hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

絵画を見る楽しみ

2009年02月28日 | 美術

勤めていたころ、会社から夜遅く帰ってきて、あわただしく食事し、新聞、TVをざっと見て、そして後は明日に備え寝るだけの生活が続いた。
ベッドに横になっても、上司の嫌味、会議での失敗、山積みの仕事などストレスがあれもこれもと襲ってくる。くよくよ考えないように鍛えているつもりだが、一度考え出すと止まらない。
珍しく順調なときでも、「ああしたらどうか、いや、こうしたら良いのでは」と少しでも良い手を思いつくと眠れなくなる。枕元にはメモを置いて、思いついたことをざっと書いて、「さあ、これで安心」と思うのだが、「いや、まてよ」「さらに、こんなことだって」と頭が休まらない。

こんなときは、好きな絵をぼんやりと見る。カレンダーから切り抜いたピサロやシスレーなどお気に入りの1枚をなんともなしに眺める。寝る前は静かで空が開けた風景画が良い。そのうちに落ち着いてきて眠る体勢に入れる。

大好きなマネの画集を取り出してパラパラと2、3枚めくることもある。初期の絵は細部まできちんと描いており、それはそれで良いのだが、後期の絵の、そのまま絵の具をポンと置いたような荒いタッチの絵が好きだ。石畳の道路に、ゴニョゴニョと筆の跡そのままに絵の具が置いてあるだけなのに、ちょっと離れてみると、確かに動き出しそうな人に見えたりする。

すべて完璧に描ききり、わずかな乱れもないサロン風の絵を越えた、印象派の荒い大胆なタッチが好きだ。マネは黒色を使ったし、印象派展には出品しなかったので、印象派に属するとは言えないのだが、それでも新時代を開いた印象派はマネを基点として始まったことは確かだ。それにもかかわらず、マネは旧来のサロンにあこがれ続けたというから、不思議で、ちょっぴり哀しい。


休日で時間のあるときは、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンなど後期印象派と呼ばれる画家の絵を楽しむ。好きな絵を眺めていると、小さな絵の中に入り込み、その向こうの空間が奥まで見え、目の前の両開きの扉を開くように絵の世界が大きく広がっていく。



印刷された絵を見るのも良いものだが、たまには美術館へ行き、実物を見るのも必要だ。何と言っても、実物の油絵は印刷物では味わえない艶やかな照りがある。何百年も経っていても未だに輝きを失わない。ちょっといじましいが、この輝きをしっかり目に留めておいて家に帰り、印刷された絵をじっとみると、輝きが戻ってくるような気さえしてくる。



絵画を見る楽しみは、極上のものだ。着物の柄と同じで、自分の気に入った絵画は理屈なしにただ見ているだけでも心が明るくなりゆったりと豊かになる。
しかし、絵画の解説本で、その画家の波乱の人生や、その絵画が画家のどのような事情のもとで描かれたか、どんな絵画動向の中に位置づけられるか、などの背景を知ると、もっと多面的に絵画を楽しめるようになる。一枚の絵画に秘められた謎、優れた絵画ほど深い謎が隠れていることが多い。また、ゴッホにみられるように一途に突き詰める天才画家の生涯はドラマチックだ。彼らの伝記を読んだあとでは、その絵を描いている彼らの姿が浮かび、絵の向こう側が見え、深みが増す。音や風、匂いまで感じられることもある。

絵画は「ただ見るだけで良し、知るとなお良し」である。


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川上弘美「ほかに踊りを知らない。」を読む

2009年02月26日 | 読書2


川上弘美著「東京日記2 ほかに踊りを知らない。」2007年11月、平凡社発行を読んだ。


「東京人」(都市出版)2004年5月から2007年4月に掲載されたもので、「東京日記 卵一個ぶんのお祝い。」につづく第二弾。

ほんとうで、ちょっとウソの日常をたんたんと語る。シュールだが、飄々として、どこかほのぼのとした可笑しさがある川上さんらしい見方、表現がある。門馬則雄さんの童話風の挿絵がとぼけた味を出している。

amazon.co.jp より

七月某日 雨
ひさしぶりに、俳句をつくってみる。
破調の句である。
「ごきぶり憎し 噴きつけても 噴きつけても」

三月某日 晴
電車に乗る。隣に座っている人が、熱心にメールを打っている。つい、のぞきこむ。「愛されることへの覚悟が、私にはないのかもしれません」という文章だった。びっくりして、思わずじっとその人の横顔を見る。不思議そうに見返される。そんなにびっくりすることも、ないのかな。思い悩む。やっぱりびっくりしたほうがいいんじゃないのかな。思いなおす。
(本文より) 



川上弘美の略歴と既読本リスト



私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)

著者はあとがきに、「中の五分の四くらいは、うそみたいですがほんとうのことです。」と書いている。ちなみに、このあとがきの最後には、「2007年晩秋 武蔵野にて」とある。
武蔵野市の図書館で借りた本には、川上とある印鑑が押してあった。川上さんの寄贈本かも。ただし、川上さんは引っ越し魔で、3年もの間、引越さなかったとあるので、今はもうどこかに?



以下、蛇足で、 「『英語 ジョークの教科書』を読む」 のつづきのジョークを一つ。

丸山孝男「英語 ジョークの教科書」2002年3月、大修館書店発行より。


It’s not true that most bachelors are lonesome. They spend a lot of time listening to the troubles of their married friends.

多くの独身者が孤独というのは本当ではない。彼らはほとんどの時間を結婚している友人たちのグチを聞いて過ごすからだ。



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角田光代「八日目の蝉」を読む

2009年02月23日 | 読書2

角田光代著「八日目の蝉」2007年3月、中央公論新社発行を読んだ。

若い女性が不倫相手の家に忍び込み、泣いていた赤ん坊を思わず抱き上げる。柔らかく、あたたかく、か弱いが、強さも持った腕の中の赤ん坊に澄んだ目でじっと見つめられ、ニッコリと微笑まれたら、そして女性は子供を生めなくなった身体だったら、貴女は?

ヒロインの希和子は、薫と名づけたその子を抱いて逃亡生活を始める。アパートも借りられず、親切にすがってようやく住めることとなった場所も、追っ手の影を感じ次々と移動しなければならない。その中でこの子だけはと本当の母親になっていく希和子。そして、いつのまにか、貴女は赤ん坊を誘拐した希和子になって、「逃げて!」とハラハラすることになる。

この小説は、2005年11月から2006年7月、読売新聞夕刊に掲載された角田さん初の新聞小説で、中央公論文芸賞を受賞した。

角田光代さんは、1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞、2005年「対岸の彼女」で直木賞、2007年「八日目の蝉」で中央公論文芸賞を受賞。なお、2006年芥川賞を受賞した伊藤たかみさんと6年間の同棲を経て2005年春に婚姻届を出した。



私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

この小説の登場人物は皆が何か大切なものを一つ失ってもがいていて、周りの人に互いにつらくあたってしまう。しかし、いつもの角田さんの小説のように、ここにも、女同士の友情、壊れかけた家族、逃げの男性、娘と母親との確執があり、そして、最後にかなたの許しが見える。

4年もの逃亡生活の末、ついに、追っ手に捕まりもう最後だというときに、わが子、薫と引き離された希和子が叫ぶ。
「その子は、・・・」
なかなか思い出せなかったこの「・・・」を、大人になった薫が思い出す場面が最後の方にあるのだが、その言葉「・・・」は、・・・秘密!!

多分、角田さんには子供はいないと思うのだが、なんでこんな言葉が紡ぎだせるのだろうか。


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佐藤勝彦「宇宙論入門」を読む

2009年02月21日 | 読書2
佐藤勝彦著「宇宙論入門-誕生から未来へ」2008年11月発行、岩波新書1161を読んだ。

表紙の裏にはこうある。
アインシュタイン以来約100年で、137億年という宇宙の歴史が明らかになってきた。その研究史は逆転につぐ逆転の連続であり、現在は暗黒エネルギーの支配という深く謎めいた状況にある。はたして謎は解けるのか?日本の第一人者が理論と観測の最前線を展望し、宇宙と人類のはるかな未来を考察する


私は宇宙論が好きだ。ただし、現在の宇宙論はロマンチックというより量子論が主で、数学的には複雑すぎてとてもついていけない。数式のない解説本を読むに過ぎないのだが。
この本にも記載があるランドール、ビレンケンなどの本を読んできた。

『量子の世界』を読む」、 「『ワープする宇宙―5次元時空の謎を解く』を途中まで読む」、 「 『多世界宇宙の探検』を読む」、「池内了『宇宙論のすべて』を読む


佐藤勝彦さんのこの本は、少なくともこれらの本より、宇宙論全体を要領よくカバーし、分かりやすい上に、読んで素人が抱く疑問をその後すぐ解決してくれる。そして、なにより最新の研究成果を、いまだ定説となっていないものでも、紹介しているのが、上記の本と異なる。

佐藤勝彦は、1945年生まれ。1968年京都大学理学部卒。1979~80年デンマーク、北欧理論物理学研究所客員教授。1982年東京大学理学部助教授。1990年同教授。東京大学大学院理学系研究科教授。
グースと同時期にインフレーション宇宙論を提唱した世界的権威。



私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

宇宙に興味のある人なら誰にでも面白く読める。ただし、細かいことにこだわらず、大意を取るようにしないと、極めて高度な内容の説明なのだから、ひっかかってしまう。



以下、後半の研究進展中、論争中の話題をいくつかあげる。

フェルミのパラドックス
広い宇宙は知的生命体で満ちあふれているはずだから、「なぜ私たちは訪れられないのか?というフェルミのパラドックスがある。答えはいろいろある。
実は彼らは訪れているのだが、人類から身を隠しているという考えや、宇宙旅行は危険で困難なのでやってこないという考えがある。もっとも一般的なのは、生命は極めて小さな確率でしか発生しないから地球以外には存在しないという考えだろう。
著者の佐藤文彦さんは、「知的生命体の社会は、高度な文明を獲得してとき自滅する」と考える。電波に信号を乗せて発することができるようになった知的生命体は100年程度で自滅する。

偶然性問題
インフレーションが終わったころには、物質エネルギー密度は現在より100桁以上高かった。これが、まさに現在の時点で100桁ほど小さくなって、ちょうど真空のエネルギーと同じ桁になった(値は真空のエネルギーが3倍ほど大きいが)。何の関係もない両者の値が、たまたま現在時点で桁が一致している。この問題は、偶然性問題と呼ばれている。

人間原理 anthropic principle
無数にある宇宙の中で、認識主体となる人間が生まれる条件を満たすものは極めてまれだ。ただし、宇宙は人間が生まれるようにデザインされているという目的論的な主張をする人もいる。

マルチバース
無限に宇宙があるという宇宙像をマルチバース multiverse (← universe 宇宙)と呼ぶ。
超ひも理論に基づくブレーン宇宙モデルでは、私たちの宇宙は10次元、もしくは11次元時空に浮かぶ膜の世界だ。一般に複数の膜宇宙が存在し、その間を行き来できるのは重力子だけだ。

ビッグクランチ
われわれの太陽は、あと50億年もすれば、大きな赤色巨星になって、地球も呑み込んでしまう。最後の最後には、宇宙は縮んでブラックホールがどんどん大きくなり、ビッグクランチ直前には時空全体が潰れてしまう。

暗黒エネルギーの量
宇宙を構成するエネルギーの中で物質とエネルギーの割合は、晴れ上がりの宇宙で暗黒物質63%、ニュートリノと光子25%、ふつうの物質12%だったのに、暗黒エネルギー73%、暗黒物質23%、ふつうの物質は4%になっていて、宇宙膨張を決めるものはもはや物質ではなく、暗黒エネルギーになっている。


蛇足の蛇足
第二次大戦中、戦局がやや好転しはじめたころ、軍人の心を引き締めるためにチャーチル首相が言った「始まりの終わり」という言葉が紹介されている。宇宙論はまさにこれからが面白いと著者はいう。
“ Now this is not the end. It is not even the beginning of the end. But it is, perhaps, the end of the beginning. “








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グレッグ・イーガン「TAP」を読む

2009年02月20日 | 読書2
グレッグ・イーガン著、山岸真訳「TAPタップ」2008年12月、河出書房新社発行を読んだ。

「『すこし不思議な』海外文学の名作を、ジャンルを超えて集成」という奇想コレクションの中に一冊で、10篇の短編集だ。

グレッグ・イーガンは、SFの人気作家で、なかでも自然科学的を主なテーマにしたハードSFの大御所だそうだが、この本には、ホラー小説が多く収録されている。

人類の未来を切り開く遺伝子操作、臓器移植、脳研究といった先端のテクノロジーが人間に適応され、いつの間にかその目的がずれ、奇妙で、醜悪な状況に変わっていく。著者の最先端技術に関する豊富な知識で、架空のテクノロジーをいかにもありそうに説得力ある形で提示して、我々を混乱に導く。一体、人間ってなんなんだと。



私の評価としては、★★☆☆☆(二つ星:読めば)

SF、ホラー好きには、とくに両者とも好きな人には必見の書だろう。
私は、SFはほとんど読んだことがないし、無理な設定、強引な論理でわざとらしさが目立つ作品が多く、どうも好きになれない、というかなじめない。さらに、単純な理系人間の私は、ホラーを頭からばかにしていて、ジョークにもならないのでほとんど読まない。

この作品は、作者の最新の自然科学、技術に関する知識が深く、SFの短編は面白く読んだ。人間の機能の一部が機械に置き換わり、どんどん進むと、物か人間かはっきりしなくなる恐ろしさが現実のものと思える。
しかし、この本の大部分を占めるSFまじりのホラーの短編は話があまりにも現実から飛びすぎるのでついていけない。

「新・口笛テスト」は、聞いた者を熱中させ上の空にする悪魔的な音楽が巻き起こす物語。潜在意識に訴えるサブリミナル効果を知っている我々は、一概に否定できないのだが。

「視覚」は、目だけが体外離脱するという話だが、少々くどい。

「ユージーン」は、遺伝子操作であらゆる点で天才を作るバイオSFだが、どこまで?という問題提起だ。ホラー的要素がなく、興味を維持して読めた。

「悪魔の移住」は、ホラーで集中して読めなかった(恐いからではなく)。

「銀炎」は、エイズより恐ろしい病気とカルト集団のホラー。「散骨」、「自警団」、「要塞」「森の奥」はホラー的で略。

最後の「TAP」は面白い。脳に埋め込むことであらゆるものを言語で表現することを可能にするインプラント“TAP”。使用者の女流詩人が謎の死を遂げた。詩人の娘から事件の究明を衣頼された女私立探偵が捜査するSF殺人ミステリ。



グレッグ・イーガン Greg Egan は、1961年、オーストラリア西海岸パース生まれ。西オーストラリア大学で数学理学士号を取得。コンピュータ・ブログラマとして勤務後、専業作家になる。1983年、デビュー。「現役最高のSF作家」と評されている。「祈りの海」でヒューゴー賞受賞。日本のSFファンの間では有名で人気が高いハードSFの大家とされている。著書に、「宇宙消失」「ディアスポラ」他。

私の大好きなオーストラリア・パースの出身なのだが、プロフィールを公開しないので詳細はわからないらしい。彼自身のホームページにも自身のことは “ I am a science fiction author and computer programmer. ” としか書いていない。このHPには、へんなCGがいろいろあって、彼自身が創っている。そのなところから、プログラマーでもあると書いているのだろう。 

訳者の山岸真は、1962年、新潟県生まれ。埼玉大学教養学部卒業。英米文学翻訳家。訳書に、イーガン「宇宙消失」「しあわせの理由」、コーニイ「ハローサマー、グッドバイ」他。




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沖縄伊江島から届いた産物

2009年02月19日 | 観光
2006年4月、沖縄の伊江島に行ったとき(「沖縄(6) 伊江島」)、「飛龍庵」に一泊した。
  
昨年、機会を見てまた行きたいと思い会員になったら、飛龍庵から会員に送られる山のようなタンカン、パパイヤ(野菜)、ゴーヤといった地元産物が届いた(「今、旬のタンカンが届く」)。

今年も、先日年会費を納めたら、また以下のようなステキな産物が届いた。いずれも飛龍庵でも販売している品だ。



小麦粉6に若もずく4の割合の「もずくそば」は、袋を開けただけで香りが匂い、食べると豊かな味がした。与論島の名物だ。

   

じねん(自然)塩は、与論島でじっくりと時間をかけて海水を煮詰めた塩で必須アミノ酸も結晶化しているという。



おにのソースは、激辛ファンに評判で、ただでさえ辛い与論島産島トウガラシを種まですりつぶして、口当たりはマイルドにさらに激辛にしている。島トウガラシは種を守るために種のまわりが一番辛いそうだ。辛いもの好きな私も、恐る恐る少しづつ使っている。

   

その他、にがりと天然酢が送られてきた。

こんなに送ってきたら、まちがいなく会費は大幅赤字だろう。昨年は伊江島に行けなかったが、今年こそと思っている。

以下、参考

飛龍庵
北海道から伊江島に移住してきた気さくで楽天的なご主人がやっている素泊まりの宿。
ログハウス風の開放的な家である。台所用品は完全にそろっているし、3人はゆうゆう入れる岩風呂からは、海が見える。港から歩いて5分位のところにあり、歩いて数分にところになんでもそろうJAのスーパーとコンビニがある。のんびりするには最適な宿だと思う。
飛龍庵 郵便番号905-0502 沖縄県伊江村東江前 TEL: 090-8271-3593 kazumaworld@rice.ocn.ne.jp


伊江村 
伊江島は沖縄本島の本部半島の北西約9kmに浮かぶ小さな島だ。南に美しいビーチ、北海岸に高さ60mの断崖絶壁を持つ景勝地だ。
島では、葉タバコ、菊、落花生などの栽培や、高級牛の伊江島牛の畜産を行っており、沖縄の他の離島に比べれば、比較的豊かと聞いた。人口約5千人。

城山(ぐすく)は、起伏のあまり無い地形の中央にそびえる標高170mほどの岩山で、10分ほどキツーイ階段を上ると、360度パノラマ展望が楽しめる。
その他、テッポウユリが100万本以上植えられているリリーフィールド公園や、60mほどの断崖がつらなる湧出(ワジー)など見所も多い。
なお、伊江島一周マラソンは、4月11日に開催され、伊江島ゆり祭りは4月18日から5月6日までの予定。


伊江島の歴史 (「Come in 伊江島から抜粋)  
太平洋戦争中、軍は人海戦術で伊江島に全長2kmほどの2本の滑走路を伊江島に建設した。
1945年3月、島の周囲の海は米軍軍艦に覆い尽くされ、空爆と艦砲は約3週間にも及び、1平方メートルごとに一発落ちた計算になる爆弾は島を完全に叩きのめした。4月16日から始まった上陸作戦により、年齢男女を問わず島民を動員した竹槍や爆弾を抱えた特攻、集団自決により島は地獄となった。4月22日、約5千人の犠牲者を出し戦闘集結した。沖縄における終戦記念日が6月23日であるように、伊江島では4月22日こそが「終戦記念日」といえる日である。


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「英語の数 聞けますか、読めますか」を読む

2009年02月18日 | 読書2
「英語の数 聞けますか、読めますか」を読む

池田和子著「英語の数 聞けますか、読めますか」1995年1月、南雲堂フェニックス発行を読んだ。

私は、英語は苦手だが、とくにヒアリングはひどい。英文を読むのは若いうちからときどき必要で、まれに書くこともあった。しかし、英会話の勉強はほとんどせず、機会があっても途中で挫折した。

60歳過ぎてから海外にときどき滞在するようになって、あらためて独学し、e-mailなどはweb辞書を検索しながら、なんとか単純なことならできるようになった。話すことも、これも日常生活に必要な単純な事柄なら、中学程度の英語を駆使して、通じることが多い。しかし、相手が外国人に慣れている人で、推理力のある人に限られるが。

ヒアリングは年取ってからではほとんど進歩しない。中学高校で外人の先生に英語を習ったという奥さまの方が聞き取れる。外国でも、話すことはなんとか私が話して、聞き取りできなかったことはそばにいる奥さんに「何だって?」と聞くことが多い。とくに、買物のときの値段、数値は聞き取れない。後ろに人が並んでいると、余計上の空になり、大きな札をだして、お釣りを黙って受取るだけになる。


長い前置きはこのくらいで、要するに、特に、英語の数が聞き取れないので、数ある英会話の本の中からこの本を選んで読んでみた。


英語の数に関する様々な表現を、生活に密着した題材から説明している。また、「数」についての役立つ情報を載っている。

小切手の書き方、お金の数え方(米ドルのみ)、スーパーのチラシの読み方、薬品のラベルの読み方などロングステイに役立つ情報も、最低限の量だが一応ある。


著者の池田和子は、東横学園女子短期大学助教授。(1998年当時)


私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)

中学生でも分かる英語で、B6判で170ページ足らずなので、気楽に読める。英語の数に特に興味のある人にはお勧めだ。受験で英語をきちんと勉強した人には当たり前の内容だが、あらためて「数」全般について復習するには良い本だ。


以下、蛇足で、いくつかピックアップしてみる。

523,956,489,058,715 Five hundred twenty-three trillion, nine hundred fifty-six billion, four hundred eighty-nine million, fifty-eight thousand, seven hundred fifteen.

ヒアリングのためには、上のような英語を自分でなるべく速く読んで、テープにとって、聞きながら、数字を書く練習を繰り返すと良いそうだ。

5×7“ five by seven inches 横5インチ、縦7インチの大きさ

Tom’s rope is five times as long as Ted’s. トムのロープはテッドのロープの5倍の長さだ

9 ÷ 2 = 4 r. 1 Nine divided by two equals four with the remainder of 1.

電話番号 512-0903 : Five. one, two / oh, nine, oh, three. 864-1179 : Eight, six, four / double one, seven, nine. 325-4600 : Three, two, five / four six hundred

Answering machineの例  “You have reached 123-4567. We’re sorry we cannot come to the phone right now. Please leave your name, telephone number, and a brief message. We’ll get back to you as soon as possible.
 
1990’s : nineteen nineties 1990年代
the early ‘70s : 70年代初期、the mid 70s : ‘70年代中期、the late ‘70s : 70年代後期





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与太話3

2009年02月17日 | その他


だいぶ前のTVで、何人かのタレントがちょっとしたウソ話をするのを見たことがある。今回は谷村新司の初デートの話。うろ覚えで、私のかなりな脚色入りでご提供。


初デートというものは男性にとってとくに緊張するものだ。あれだこれだと予定をたてて、そして途中でこの道を通り、「あれ、この喫茶店良くない?入ってみようか」などとなにげないふりで誘う。もちろん、店内はあらかじめ視察済み。

席に座り、ブルマンなど注文し終わると、緊張が続いたせいか、お腹が痛くなってしまった。どうしても我慢できずに、「ちょっと失礼」と立ち上がり、「ムードぶち壊しの大はまずい。なんとか小だと思わせなきゃ」とベルトを緩めながらトイレへ急ぐ。超特急で2, 3分で済ませ、席に戻る。

そうすると、彼女も、「私も失礼」とトイレに行った。これもすぐに戻って来て、座りながら言った。「谷村君、流すの忘れたでしょう」

これが本当の「ウンのつき」。

以来、わが相方は、私の忘れ物を見つけると、「谷村さん、したでしょう!」と言う。




蛇足の蛇足で、 「『英語 ジョークの教科書』を読む」 のつづきのジョークを若干。

丸山孝男「英語 ジョークの教科書」2002年3月、大修館書店発行より。


Customer : Waiter! There’s only one piece of meat on my plate.
Waiter : Wait a minute, sir, and I’ll cut it in two pieces.

「私の皿には、肉がたったの一切れしか入っていないじゃないか」
「少々お待ちくださいませ。切ってふた切れにしますから」


Mother : You must keep your eyes closed during prayer, Tom.
Tom : Yes, Mamma, but how do you know I don’t ?

「トムったら、お祈りしているときには目をつむっていなくちゃダメよ」
「でも、お母さん、ぼくが目をつむっていないということ、お母さんどうしてわかるの?」




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与太話2

2009年02月16日 | その他

昨日に続き、なぎら健壱の与太話2
うろ覚えだが、こんな話だった。

老人が川岸の道を散歩している。良く見ると、手には糸を持っている。糸は川の中につながっていて、覗き込むと鯉が泳いでいる。
おじさんは鯉を連れて散歩していたのだ。

これだけの話だが、手に糸を持って川岸を散歩するおじいさんの姿が目に浮かんでくる。
それにしても、私がなぎらさんに聞きたいのは、橋のところではどうするのかということだ。まさか、ご老人が川べりまで降りて行って、橋の下をくぐるわけでもなかろう。
おっと、どうでもよい話に、ちょっかいを出すのは野暮な話だった。



以下、蛇足で、 「 『英語 ジョークの教科書』を読む」のつづきのジョークを若干。
丸山孝男「英語 ジョークの教科書」2002年3月、大修館書店発行より。


Remember, a barking dog never bites ? while barking.

忘れてはいけないよ。吠える犬は決して噛み付かないということ。ただし、吠えている間だけはということ。


Ned : Jay, what’s so unusual about your girlfriend ?
Jay : She can’t stop chewing her nails.
Ned : Lots of girls chew on their nails.
Jay : Toe nails ?

「ねえ、ジェイ、君のガールフレンドがとても変わっているというが、どういうことかね」
「彼女はね、いつも爪を噛んでしょうがないんだよ」
「多くの女性が爪を噛む癖があるよ」
「えっ、足の爪をかね?」




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与太話1

2009年02月15日 | その他


タイトルは忘れたが、だいぶ前のTVで、何人かのタレントがちょっとしたウソ話をするのを見たことがある。なんといっても、なぎら健壱の、「ちょっとありそうかな、でもそんな馬鹿な」と思わせる、とぼけたウソ話が面白かった。うろ覚えだが、こんな話だった。


電車の中での話。おじさんが股を広げて席に座り、居眠りしている。その前に立っている二人の女子高生がふと下を見ると、おじさんのチャックが開いている。二人でクスクス笑っていると、一人が口に当てていたハンカチを思わず落としてしまった。落ちた白いハンカチはヒラヒラとおじさんの開いたチャックのところへ。
驚いた二人の声で目覚めたおじさんは、二人の顔を見上げ、そして、視線をたどって、自分のチャックに目を落とす。

「あっ!シャツがはみだしてる」とおじさんはハンカチを押し込んで、チャックを閉めた。






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浅田次郎「夕映え天使」を読む

2009年02月14日 | 読書2


浅田次郎著「夕映え天使」2008年12月新潮社発行を読んだ。

2003年から2008年にかけて「小説新潮」に掲載された6編の短編を集めたものだ。

私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

「小説の大衆食堂」「平成の泣かせ屋」といわれるストーリーテラーの浅田次郎だ、面白くないはずがない。

「夕映え天使」
さびれた商店街の老いた父と中年の息子の二人だけの小さな中華料理店。ある日突然現れた中年女性・純子。請われるまま住み込みの店員として彼女を雇い、天使のように働く。父はこのまま息子の嫁になってくれると期待を抱くが、突然消えてしまう。そして、ある日、純子らしい人物の情報が入り、はるばる訪れると、そこにはもう一人の中年の男性が・・・。
お定まりのように、最後はしんみりしてしまう、いやみなテクニシャン浅田次郎!
前半は、1982年直木賞を受賞した村松友視の「時代屋の女房」を思い出させる。

「切符」
どうも子供ものに弱い私は、この一遍が一番のお気に入り。
オリンピック直前の東京・恵比寿のゴタゴタした町。両親の離婚で父方の祖父のもとに引きとられた少年。2階にはわけありの年の離れた夫婦が間借りする。そのべっぴんな奥さんと、在日の同級生の少女との交流や、明治生まれの祖父の心意気が、あの時代の空気と、哀しさ、やさしさを思い起こさせる。
ラストシーンは著者も書きながら酔ってしまったのではないだろうか。

「特別な一日」
平凡なサラリーマンの定年の日が淡々と描かれ、最後の方でびっくりな、どんでん返し。
ちょっと、あざとさが気になる。

「琥珀」
樹液のなかに閉じ込められて琥珀になった虫のように、寂れたまちの古めかしい喫茶店のわけあり店主。

「丘の上の白い家」
奨学金をもらう悪がきの主人公、優等生の同級生、見上げる丘の上の白い家に住む金持ちの娘と、英語が話せる嘘つき女。一番悪いのは誰?結局、幸せになるのは誰?

「樹海の人」
今は作家となっている主人公が、自衛隊の演習中に樹海で出会った不思議な出来事を回想する。もともと三島由紀夫にあこがれ、小説家になりたかった主人公は、三島が自衛隊市谷駐屯地に乱入し自殺した事件に衝撃を受け、自衛隊に入隊してしまう。
「いずれにせよ私は、軍人になりたかった小説家とはまったくうらはらの、小説家になりたかった軍人になっていたはずである。」
この話は浅田さん自身のことだろう。

浅田次郎の略歴と既読本リスト


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時は歌と共に巡る

2009年02月13日 | 個人的記録

昔、親が懐メロばかり聞いていた。「なんであんなもの」といやでたまらなかったのに、今や、TVでフォーク特集をやっていると、思わずチャンネルを回してしまう。あらためて自分も年取ったものだと思う。

しかし、「懐メロの歌謡曲はいかにも古いでしょう。だけどフォークは時代を進める新しさがあったし、今でもビートルズは偉大であることは間違いないでしょう」と言いたくなる。

一方では、「最近の歌はメロディーがはっきりしないし、歌詞もただ語るだけで練られていない。こんなもの、覚えられるんだけど、覚えてやるものか」とつぶやく。



以下、蛇足で、 「『英語 ジョークの教科書』を読む」のつづきのジョークを若干。

丸山孝男「英語 ジョークの教科書」2002年3月、大修館書店発行より。


Karen : I made my husband a millionare.
Carol : And what was he before you married him ?
Karen : He was a billionare.

「私ね、うちの夫を百万長者にしたのよ」
「ご主人、あなたと結婚する前はどうだったの」
「億万長者だったわよ」





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角田光代「森に眠る魚」を読む

2009年02月11日 | 読書2

角田光代著「森に眠る魚」2008年12月、双葉社発行を読んだ。
「小説推理」2007年11月号から2008年12月号に連載された作品に訂正加筆したものだ。

この小説は1999年に東京都文京区で起き、「お受験殺人」としてテレビや週刊誌で騒がれた主婦による幼児殺害事件をモチーフにしている。育児を通してしだいに仲良し仲間になる5人の母親。

平凡を軽蔑する妹に対抗する千花。
高校でかつて疎外されたことのある瞳。
寮で地味な学生時代をすごしてきた容子。
レベルの高いシティライフを無理に求めた若い繭子。
なにごとも完璧を求めるかおり。

しかし、お受験が近づくと、その関係が変わっていく。最初は好ましく思っていた育児への考え方、生活レベルの差などが気になり、あの人には知られたくない、なぜわたしだけのけものに、なんでもすぐ真似るあの人は避けたいと、ばらばらになる。嫉妬、依存心、不信感が大きくなり、憎悪へと変わる。そして、やがて、それぞれの生活が崩れていく。



私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)

女性ならではの、狭い世界での虚栄心、嫉妬に基づく心理戦は、男性たる私には面倒であり、読み飛ばしてしまった。しかしおそらく、女性ならば誰しも心当たりがあり、共感することも多いのだろう。
表面上のおつきあいから、共感することがあると、一気にべたりと距離を詰め、同一化を夢想する。その結果、わずかなすれ違いが相手への憎悪に変わる。
おそろしや、おそろしや。

角田光代さんの筆力は抜群だけに、絶対ありそうに、恐ろしい迫力で迫ってくる。



角田光代さんは、1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞、1996年「まどろむ夜のUFO」で野間文芸新人賞、1997年「ぼくはきみのおにいさん」で坪田譲治文学賞、1999年「キッドナップ・ツアー」で産経児童出版文化賞フジテレビ賞、2000年「キッドナップ・ツアー」で路傍の石文学賞、2003年「空中庭園」で婦人公論文芸賞、2005年「対岸の彼女」で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年「八日目の蝉」で中央公論文芸賞を受賞。
なお、角田光代さんは、2006年芥川賞を受賞した伊藤たかみさんと6年間の同棲を経て2005年春に婚姻届を出した。


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我が家の食卓

2009年02月10日 | 個人的記録
角田光代著「何も持たず存在するということ」2008年6月、幻戯書房発行について、先日ブログを書いた。 
この本を読んで、思い出した。 



「父とアカエボシの食卓」に角田さんは書いている。
角田さんの父親は酒飲みだったので、角田家の食卓は、ビールと小鉢で始まり、最後にごはん、味噌汁、お新香で終わった。20代になってお酒を飲まない人と食事したとき、驚いた。食卓にすべてのおかずと、ごはんと味噌汁をテーブルに並べ、いただきますで、一気に食べ、あっというまに終わったと。

我家も、そして奥さんの実家もひとりも酒飲みがいない。結婚して最初の新年に、奥さんの実家に行ったとき、お屠蘇だけがでた。しかし、集まった人は誰も手をつけなかったので、翌年から一切アルコールなしの正月が30回以上続いている。
そんな家庭に育った奥さんが、我家に友人が来るのでお酒を用意したが、最初にお酒と一緒にご飯を出してきたのであせった。



お酒なしの食卓も、片付け方に二通りある。食べ終わった皿をどんどん片付けるわが実家方式と、食べ終わっても食卓はそのままで、おしゃべりを続ける奥さんの実家方式がある。奥さんは食べている途中で片付けられると落ち着かないと言うが、私は、わが実家方式は高級レストランと同じ方式だと主張する。

今、我家には全自動皿洗い機がある。テーブルの上から食器棚まで、全自動だ。そう、私が全自動皿洗い機なのだ。
片付けをする代わりに、料理については、あくまで奥さんがメインで、私は下ごしらえなどサブの立場を死守している。食後の片付けが私の分担となってからは、料理している間も、使い終わった鍋などの洗い物を優先させるので、狭い台所で料理する奥さんに邪魔にされる。








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角田光代「何も持たず存在するということ」を読む

2009年02月09日 | 読書2

角田光代著「何も持たず存在するということ」2008年6月、幻戯書房発行を読んだ。

角田さんの86編の過去のエッセイを集めた本だ。初出はそれぞれバラバラで、新聞や雑誌など掲載誌をとっておかない角田さんに代わって、この本の編集者がどこからか集めたものだ。

帯には、「へらへらした大人になりたい。大仰さがまるでない大人に。」とある。

出版社の幻戯書房のホームページにはこうある。
 
話すのが苦手で幼稚園では内向的と見られていていた少女は、文字に触れるや文章を書くという行為に魅せられ、7歳のときに志したとおり、23歳で作家になる。
とにかく書いた、読んだ、旅した。芥川賞、三島賞の候補には何度も上った。
そして37歳、直木賞受賞。

家族をめぐり、自著をめぐり、旅をめぐって各紙誌に寄せた文章を精選。作家として大成するまでの軌跡であるとともに、作家の等身大の思いの数々。

幻戯書房(げんきしょぼう)は、歌人で作家の辺見じゅんが、父であり、角川書店の創立者である角川源義の創業の精神を受け継ぎ、設立した出版社です。




角田光代さんは、1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞する。野間文芸新人賞、婦人公論文芸賞、直木賞(2005年)、川端康成文学賞、中央公論文芸賞受賞。著書多数。
なお、角田光代さんは、2006年芥川賞を受賞した伊藤たかみさんと6年間の同棲を経て2005年春に婚姻届を出した。



私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)

角田さんらしく、身近な話題を取り扱い、読みやすいが、題名ほど濃い内容ではない。ただ、角田ファンには彼女自身のことが多く語られているので興味深いだろう。
書くこと以外まったくだめな少女時代、大人の編集者に囲まれおどおどするデビューしたての頃のことが赤裸々に語られる。もっとも嘘つくことを商売とする作家の話だから、舌出しながら書いているのかも?

2003年に日経新聞のプロムナードに連載したものが前半に26編あり、ここが面白い。
また、角田さんは15年の作家生活で、11回候補となるが落選し、6回受賞したそうだが、最後の方にある受賞前後の裏話はドキドキ感が出ていて興味深く読んだ。

角田さんが、賞を受賞したと真っ先に母親に電話しても、お母さんは、あらそう、よかったじゃないとその程度の反応だった。娘にはごく普通に結婚して欲しかったのでそうなのだろうと角田さんは思っていた。
そのお母さんが、直木賞に落選したとき、笑って言った。「落ちたって電話もらって、仏壇の鐘を思いっきり鳴らしちゃった。おとうさん、なんで娘を応援しないのって、八つ当たりよ」
そして、お母さんの葬儀の4日後に直木賞受賞の報せを受けた。「へらへらした大人になり、大仰さがまるでない大人になった」角田さんが泣いてしまうわけだ。





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