花形産業の凋落
かつて世界のトップに立った多くの日本のハイテック産業は「失われた10年の間」に競争力を失った。花形だった半導体、パソコン、携帯電話などの事業はいまや業績の足を引っ張り切り売りされる存在になってしまった。私もその現場に立ち会い辛い思いをしてきた。
擦り合わせ型産業の復活
しかし、一方で我国の自動車産業は圧倒的な強さでシェアを拡大し史上最高益を叩き出している。ハイテック製品は何処でも作れる単純組み立て産業であるのに対し、自動車等は生産工程間で調整が必要で日本企業の組織に適した「擦り合わせ型」と言われ日本のものづくり復活の進むべき方向として期待されている。
グローバル・プレーヤーの条件
以前にハイテック商品はグローバル戦略が機能せず日本市場向けのニッチ産業に衰退したと論評した。一方であまり議論されていないが、多くの「擦り合わせ型」日本産業はグローバル・マーケットでも強さを見せており、成功要因が必ずしもMBA取得したような「グローバル人材ありき」でないことも示している。分かりやすくいえば英語が喋れてソロバンをはじけても売れない、あくまでも商品の強さが売れる原点である。
グローバル・サプライ・チェーン
ここ数年間中国は世界の工場として揺ぎ無き地位を確立した。マクロな視点で見れば技術先進国で部材を作り、中国で組み立て、消費国に輸出するグローバル・サプライ・チェーンが出来上がり、世界で最も競争力のある生産システムであることが証明された。中国は依然最終製品組立工場だが、サプライ・チェーンの中身はかなり変容している。
国際分業の変化
詳細に見ると日本から韓国・台湾に部品を輸出、韓国台湾で中間部材に組み立て中国に輸出、中国で最終製品に組み立て輸出するパターンに変化が起こっている。韓国・台湾は技術力を高め中間財輸出は増やし、日本はより上流の付加価値の高い機能材料や部品供給に向かっており、現在も進行中である。
日本製の上流部品が強い
実は日本からの最上流の部材は模倣が難しく価格は高止まりしている。例えば液晶ディスプレイは韓国台湾勢が市場の大半を抑えているが、製品コストの7割は日本から供給される液晶ディスプレイの偏光フィルムのような機能材料や基幹部品が占めると報じられている。シャープや松下ほど名前を知られていない地味な日本企業の部材が世界を独占している。
最上流部品生産も摺り合わせ型
部品が上流に行けば行くほど日本企業は強く世界市場をほぼ独占している。比較的小さな市場なのに長年培ったノウハウと巨額の設備が必須でしかも一旦採用されると切り替えに時間がかかる材料や部品である。
参入障壁は高く短期の投資効果は期待できない。化学品に代表されるこれらの機能材料は設備を買ってきて組み合わせれば簡単に作れるわけでなく、実は各工程間の調整が必須の摺り合わせ型生産で作られるのである。
工作機械の強みと功罪
日本ものづくりのもう一つの強みは工作機械である。中台韓などのアジア諸国のマインドは即キャッシュに繋がらないビジネスには非常に消極的であるといわれ、寧ろ日本の工作機を生産のノウハウごと購入しクイック・マネーを優先する傾向が強い。結果として日本の生産や商品ノウハウが流出し日本企業淘汰の原因となったが、それが他人の褌で相撲を取る中台韓の限界にもなった。
韓国台湾の動き
韓国台湾は当然この状態はハッピーではない。長期的なキャッチアップ計画を立てて付加価値の高い上流材料部品の技術開発に取り組んできた。韓国は既に模倣から独自開発できる力を付けたと言われている。
最近韓国から中国への中間財輸出比率が急増している。米国市場で韓国車の信頼性が劇的に改善したと評価されている。しかし、ハイブリッド車となるとまだ実用化に難儀しているようだ。日本からの部品に頼っているのが現実のようだ。裾野産業の奥行きの深さがないことが限界になっている。台湾も今のところ成果はまだら模様と報告されている。
中国のアプローチ
中国の場合全てを独自でやるにはスタート地点のハンディキャップが余りに大きく、先進技術手得に日本への期待は非常に高い。中国は足元の成長を推進しながらも、韓国台湾に比べ基本的な材料から取り組む姿勢が明確であり、長期的に裾野産業の育成を視野に入れた長短期の両輪戦略をとっているように見える。それだけ奥行きが深いといえる。
当然の事ながら最終製品組立工場から脱して独自技術による商品開発を目指している。偽造がはびこる中国は皮肉にも地道な独自技術開発の芽を摘んできた。政府もやっと気がついて取り締まりを強化した。産業が成長し地道に一つ一つ積み上げていかなければ身につかない領域に到達しつつある。
摺り合わせ型は専売特許か
摺り合わせ生産だったら日本の独壇場と見るのは安易過ぎる。決して日本だけの専売特許ではない。宇宙産業や航空機は巨大な摺り合わせ生産であり、日本は後発だ。米国がその気になれば日本を凌ぐ事も十分できる。中国もその潜在能力はあると私は思う。
摺り合わせは万能か
決して万能でない。ある日突然ルールが変わり摺り合わせ商品でなくなる場合だ。Windowsの出現によりパソコン市場は商品そのものより効率のいいサプライ・チェーンが勝負の分かれ目になるルールに変わり業界のシャッフルが起こった。
革新的な商品が出て来ない限り擦り合わせ生産だけでは売れなくなる。御手洗新経団連会長は今後の成長を支えるイノベーションを生み出す土壌として,「知の宝庫である大学と産業界の連携」「世界に通用する人材育成」を指摘した。至極尤もである。
日本ものづくりの将来
日本のものづくりの未来は科学技術が先端を走り続けることが出来るかにかかっている。今日ものづくりの復活が注目を浴びているが、将来は明るいとも暗いとも言える。優れた企業は更に成長し世界的企業となる数が増えるが、そうでない企業はグローバル化が進みニッチ市場が縮小、苦難が待ち構えている。■