糸山サイクルセンターに戻り返却手続きをし、時刻を聞くと4時20分だった。往路よりかなり速いペースで走ったことになる。単純な私は怪我をしても不思議に満足だった。私を見た職員が驚き救急車を呼ぼうかと聞かれ、不要だと答えた。洗面所に行き鏡に映る顔を見て驚いた。左目下から出た血が頬から顎まで流れて固まっていた。人差し指を何度か引っ張ったが戻らなかった。
ロビーに戻ると救急車を呼んだので承知してくれと職員に言われた。放っておけなかったと。礼を言うしかない。間もなく救急車が来て今治市内の救急病院に連れて行かれた。車中、救急車出動の事故扱いになるので警察に調べられことになると、事故の場所や経緯を聞かれた。
最初CTとレントゲン撮影をした。設備が最新鋭の大病院だった。最初外科で顔の裂傷を縫合してもらった。6針縫ったという。CTの輪切りにした写真で、頬骨の折れやすい薄い部分とかを示し、骨に異常がなかったといわれた。骨折など予想もしなかったが、改めてホッとした。
その後、先生が代わって指の脱臼を戻してくれた。このとき指の根元と関節に打った麻酔が一番痛かった。看護婦にそう言うと、力ずくで骨を戻すのだから強い麻酔が必要と笑いながら説明してくれた。考えてみると両方とも荒っぽい原始的な治療だ。術後のレントゲンであっち向きになっていた指の骨が見事に繋がっていた。だが、添え木を付け3週間は用心しろ、帰京後は整形外科に行けと言い、手紙を書いてくれた。
会計を待っている間に、今治署の警官2人が来て事故の説明をした。何度か説明しているうちにぼんやりしていた記憶が確かになった気がした。土地勘もなく曖昧で推測でいった部分を繰り返すと確かな事実になっていく過程を経験してなるほどと思った。彼らにとっては起こった場所が問題だった。生口島は因島警察の管轄と分ると、調べの結果は因島署に伝えておく、事故扱いするかどうかで処理が変わるので連絡するよう指示された。その時は意味が良く分かってなかった。
保険証も治療費も持ち合わせのないので、支払いは銀行振り込み、保険証はファックスで送ることで了解してくれた。待ち時間に因島警察署に一報を入れると、話が通じていた。同じ説明を繰り返し、事故扱いにするかどうか確認され、サイクルセンターと相談して連絡するよう助言された。
その頃には、大分気分が良くなって車で自宅に帰る気分になっていた。治療を受ける前には夜間の運転は自信がなく、今治のホテルで一泊するか迷っていた。看護婦は目の近くの治療だったので、安全の為ホテルに一泊することを勧めてくれた。だが、実家のベッドで安眠したかった。
その前に眼鏡の修理が必要だった。幸いレンズは無事だった。会計の女性が教えてくれたコンビニに行き相談すると親切に対応してくれた。残った眼鏡の軸に付ける接着剤を勧めてくれ、若い店員が私の代わりに取り付けてくれた。何とか片耳にメガネはぶら下がった。
その次は処方箋の薬だ。7時過ぎになると殆どの店が閉まっており、3軒目の薬局の灯りがついていた。最初現金も保険証もないので難色を示していた。店の主人と四方山話をし今治の景気を聞いたが、人口減がモロに響く商売で景気良いとは言わなかった。独り暮らしの母を見るために田舎に来ていると言うと、彼も瀬戸内海の小島に独り暮らしの母親がいると言う。病院での扱いを説明して同じ扱いで了解してくれた。主人が奥さん風の女性に目配せしているのが見えた。
奥さんが呼んでくれたタクシーでサイクルセンターに戻った。運転手は私の様子を見て気にかけてくれた。家族に知らせたかと言うから、今は実家にいるので連絡しても心配かけるだけと応えた。彼は年金を貰いながら仕事をしていると言い、私もそうだと応じた。タクシー業界と自由化の話で盛り上がった。
運転手はホテル兼用だから係りがいるはずと言った通りで、サイクルセンターの明りはついていた。窓口で簡単に報告し迷惑をかけたと言い、型どおりだが礼を言った。保険は明日係りから連絡するという。路肩に止めた車に行きトレーナーを着た。かなり気温が下がっていたはずだが、その時まで寒さを感じなかった。
どうも、私の見かけは同情を買うには十分なくらい悲惨だったようだ。帰途、ガソリンを入れた後お釣が出ないとベルを鳴らすと中年の係員が出てきて、目が良く見えなくてお釣りに気がつかなかったみたいだ(実際そのとおりだった)。大洲まで行くと言うと、「用心して帰れ、高速は必ず法定速度を守れ、特に反応速度の遅れが危険」と言い、彼が目を悪くした時の経験を教えてくれた。
大きな車の後につけて走る私にしては極めて安全運転で、9時過ぎに無事実家に戻った。味噌汁を作り残り物を食べた。両手の治療した部分が痛く、濡れないように料理するのは凄く不便だった。昨夜はぐっすり眠れた。首を回すと鞭打ち症のように鈍い痛みを覚え、今日も続いているがそれだけだ。だが看護婦が予言したように、今朝はもっと酷い顔になっていた。見かけは最悪だ。
朝食後、尾道サイクルセンターから保険の件で電話があった。交換した自転車に保険をかけているのでそうなるという。何がしかの保険金を出す、事故扱いは不要と言う。私は納得して事故扱いしない旨因島警察に伝えると、それならば現場検証立会いは不要、最後「迷惑かけました」と「お大事に」を交換して電話を終えた。何だか皆親切だった、ホント迷惑かけました。■