今回は何時も良く扱うテーマのグローバリゼーション、構造改革、先端企業の凋落、格差問題のどれにも少しずつ関わる日本企業の生産性の伸び停滞の問題について語りたい。
日本産業の二重構造
トヨタが前年度2兆円を越す史上最高の営業利益をたたき出したと昨日報じられた。高品質で燃費効率が高い商品の競争力は高く、今年ついに世界一の自動車メーカーになると予想され、所謂トヨタ方式の経営力の成果の表れと報じられている。
トヨタやキャノンなどの世界企業が好業績を上げる一方で、皮肉にも我国の労働生産性改善がトータルでは停滞している。内閣府のデータによると2005年の労働生産性(一人当たりのGDP)は米国の71%しかない。続くユーロ圏の87%にも大きく離され、OECD加盟国平均の75%にも追いつかない、甚だ惨めな状況にあるという。
これはかねてから指摘されてきた世界企業と国内市場だけで勝負する規制産業の二重構造が依然として続いている証左である。世界企業(トヨタなど製造業)の生産性は既に世界トップクラスにある一方、卸・小売・運輸業などのサービス産業の生産性が低迷しているのである。
生産性の差はIT活用の差
問題は日本の就業人口の65%がサービス産業になり、その比率は更に高まりつつあることである。大前研一氏によると、この分野の生産性は今世紀に入っても米国との差が寧ろ拡大傾向にあるらしい。逆に米国の製造業の生産性も近年改善が進み日本との差を詰めたといわれている。
サービス産業の生産性の改善が進まない原因は、コンピューターをうまく活用できてない為である。延々として続く会議を減らし、仕事のやり方を変えて作業を標準化してコンピューターにやらせ、バックルームを効率化し営業やサービスなどのフロントに出せてないと氏は指摘している。
最近引き合いに出される格差問題の一因は、ビジネスプロセスの見直しよりパートやアルバイトなどの低賃金労働力に依存する経営無策にあると私は感じている。現状の二重構造と低賃金労働力はある意味必然の関係にあるのではないだろうか。
分断されたIT
90年代末に米国から帰任後、大前氏が指摘している日米の生産性の差を実感した。米国で導入したERPは生産から営業までの全米のオペレーションをカバーし、一つのデータベースで経営管理されていた。情報の伝言ゲームは一切なし、場所は離れていても電話会議で前日までのデータをどう解釈するか議論し即意思決定した。(他に問題はあったのだがそれは別の議論)
ところが日本に戻ると、営業・工場・事業管理は別会社で責任分担、システムは繋がっておらず夫々が異なる目標とデータベースを持って活動していた。加えて生産工場は台湾や中国にアウトソースして引き取り責任がある棚卸があり、営業も量販店の棚卸残高を半ば保有した状態にあった。
つまり、仮想的には一つであるべきビジネスプロセスが海外のアウトソーシング生産会社から国内の販売店まで分割されていた。ITの視点で見るとトータル・サプライ・チェーンのエキスポージャーが10以上のシステムで分断されており、異なるデータベースで管理されていた。
その全体像を把握して迅速に経営判断することは極めて困難だった。米国から戻り経験も力も不足している私には、高速で変化する市場を理解し意思決定する根拠(データ)がなく、経営者として適切な判断を下す直観力にも欠け、最後までこの問題を克服することは出来なかった。
認識ギャップ
私のことはさておき、先月28日経営情報学会は「IT投資マネジメントの発展」をテーマに講演会を開催したという報道を読んで、数年前に違和感を持ったギャップはそれほど変わってないとショックを受けた。日経情報ストラテジーによると松島武蔵大教授は講演で次のように述べたそうだ。
「日本企業のIT投資の絶対額は米国企業に比べて少ないが、費用対効果という面では、日本企業の方が優れている。日本企業のほうがIT費用に敏感で、ITはあくまで事業目的を達成する為の道具だと割り切って投資している」と講演で述べたと報じられている。
そこには費用対効果とか省力化という発想のみで、IT投資により他社と差別化し競争力を高める発想がない。従来の組織や仕事のやり方に固執し、ITと一体化して世界で勝てる強いビジネスプロセスを作る発想に欠けているのである。
米国の実態とあるべき姿
アウトソーシングばかり目立つ米国だが、日経ビジネスによると小売業やヘルスケア関連、企業向け専門サービス業などの生産性上昇を加速させ、トータルでは海外から米国にアウトソーシングされる額のほうが多い入超になっていると報じている。
記事によると米国のサービス分野の輸出は661億ドル、輸入は442億ドルでグローバリゼーションの果実をしっかり手にしているという。言い換えれば米国式仕事のやり方、IT活用した経営、がグローバル標準になり米国に果実を取り込んでいるということだ。
日本のIT投資のほうが費用対効果の面で優れているなどというのはミスリード以外の何物でもない。効率化よりも「顧客満足度の向上」「競争優位の獲得」「新ビジネス・製品の開発」(日経ビジネス)などに重点を置いたIT投資という観点から経営の見直しが望まれる。■