かぶれの世界(新)

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今どき葬儀ビジネス

2016-09-11 14:22:28 | 社会・経済
母が亡くなって一連の行事をやったが、最後の仕上げは香典返しだ。今週初め四十九日の納骨が終った翌日、香典返し専門の会社の担当に来て貰って方針を確認した。ハリカという聞いたこともない会社名だが本社は東京で、聞くと10年余り前に当地に進出したという。

一昔前は香典返しというと三越とか高島屋といった百貨店のビジネスだったという。言われてみればそうだった。今では贈り物専門の会社が葬儀会社と連携して香典返しビジネスをやるように変わってきている。

当地の葬儀会社はかつての小規模の葬儀社に代わって、専用の葬儀会館を持った農協系の「ルミエール」と隣の八幡浜市をベースにした「セレモニー」の二社になったそうだ。昔は葬式は自宅でやったが、今は葬儀会館でやるようになり小規模の葬儀社は成り立たなくなったという訳だ。

話を聞いて、葬式を行う葬儀社を中心にお寺、石材店、香典返しの会社がネットワークを作って葬儀ビジネスを展開している全体像が見えて来た。そのネットワークから百貨店は弾き出され、融通の利く専門の贈り物会社が成り立つのだろうと感じた。とは言っても百貨店もまだ存在感があるのだと言う。

上記の担当氏は葬儀があれば市内のあらゆる家に行くそうだ。私は母や家内が生まれたミカン農家に向かう山間部の狭い道を想像し、未だに怖い思いをして車を運転した記憶が甦って来た。彼は仕事上軽自動車は必須で、それでもすれ違いや引き返せない狭い道を通ったり、何度か脱輪した経験があると言った。百貨店はここまで顧客サービスは出来ないよねーと言って二人で笑った。

こうやってコンビニに始まり電気製品やレストランから、衣料品、家具、レンタルビデオまで殆ど総てのジャンルでフランチャイズ店が全国展開され、香典返しまで来たという印象だ。顧客への到達度という点では、郵便局とか宅急便より深いかも知れない。私の目には全国展開のキーワードは「ネットワーク」のように感じる。ネットワークの触手が田舎の山間部まで届いている。■
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エコな変人

2016-09-08 10:16:24 | 日記
母の四十九日が終り後片付けをしながらもう二度と使わないだろうと思った。作り付けの仏壇の下に仏具を整理して収納した。一旦引き出しから総てを出すと、ロウソク立て等の仏具から供物やお霊供などの類似品が出て来た。父や祖母の葬式の度に新しい物が使われ保存されてきたのだろう。

昨日思いついてお世話になった葬儀社に電話し、用意して貰った仏壇や仏具は使うことはないので、利用するならお返ししますと伝えた。多分、今迄そんなこと言って来る人は無かったと思う。暫く話し合ったが、物の性格上誰も再利用したくないだろうという結論になった。

私は使えるものなら母の遺品でも気にせず利用している。そのうち時間をおいて残された衣服等も近所の方々に差し上げて利用して貰おうと思っている。だが、流石に葬式に使った仏具の再利用は体よく断られた。電話を受けた人は変わった申し出に呆れたかもしれない。

私は自称エコで合理的な節約家だ。食料品の買い出しは必ず3個の買い物バッグを持って行く。先日地元の野菜を扱う市場に行き、いつもの様に袋はいらないというとレジの女性がいたく感激して褒めてくれ驚いた。毎週買い物に行き馬鹿話を交わすので、顔とエコバッグを対で覚えてくれて言ってくれたのだろう。嬉しかった。

しかし、正面切ってべた褒めしてくれると年甲斐もなく恥ずかしくなり、小さな声で「イヤイヤ」と答えるのがやっとだった。恥ずかしくもなく仏具の再利用を申し出るかと思えば、エコバッグ一つ褒められて恥じ入る私はホント変人だ。実はレジの女性の思わない一言に虚を突かれただけかもしれないが。■
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往く人来る人(13)

2016-09-05 22:24:50 | 日記
母が死亡して四十九日の今日、納骨を済ませ一連の行事が終わった。自宅の仏壇にお霊供の準備をしてなかったとか、最後にお墓にお骨を納めた時に線香を持参せず和尚さんに借りるといった失態もあったが、とにかく終わった。夕方出合った近所のオバサンに報告すると、これで一息つけるねとねぎらわれた。

朝10時前に実家に和尚さんが来てお経をあげて頂きいた。その後お寺に骨壺や位牌とあの世への旅立ちの小道具を持って行き本堂で拝んで頂き、最後にお墓に行き骨壺を納めた。その時初めてお墓の中に骨壺を安置する結構広いスペースがあるのに気付いた。ところが、入っているはずの父と祖母の骨壺がなかった。

和尚さんに「変だな、何も無い。」というと、彼も「どうしたのかのう?」と頭を捻った。一体骨壺はどこに行ったのだろう。一番最初に聞きたい母はもういない。他の誰に聞けばいいのかもわからない。この謎が解けるかこれからじっくり考えたいと思う。

骨壺を納め拝んで頂き本堂に戻る途中、「今回が私がやる初めてで最後の葬式、次は子供が私の葬式をやる番」と和尚さんに言った。それを聞いて彼は、「その時は自分じゃない」と切り返された。数年前にガンを取り除く手術をしたと聞いていたので実感がこもっていた。私は笑っただけで返事できなかった。

住職の奥さんに骨壺の行方に心当たりがないかいつか聞いてみようと思う。彼女は74才、和尚さんは77才だそうだ。お寺だけではやって行けないので先代から引き継ぐまで二人とも学校の先生だった。和尚さんは校長先生だったのを記憶している。二人の年金で生活には困らないという。問題は跡継ぎがいないことだと言う。

彼女によれば息子さんは有名企業の社員で跡を継がないという。他に跡継ぎの当てがある様子ではなかった。あちこちでこういう話を聞く。お寺とは事情が違うが、都会で生まれた私の子供達が田舎で暮らせるとは思えない。この先どうなるかは子供達に決めさせると私も言った。だが、取り敢えず来年の一回忌・新盆・灯送り等をどうするか悩んでいるというと、来年の行事は纏めてやれるよう時期が来たら相談に乗ると彼女は言ってくれた。

午後から郵便局に行き母の預金の相続手続きを終わらせた。大阪に住む妹にゆうちょ銀行間転送をし、私の取り分は地方銀行に転送した。ゆうちょ銀行間は手数料が144円、地銀へは約850円の手数料で、意外に大きな差だった。郵便局を出ると、これで終わったと思った。後は葬儀に参列して頂いた方々にお礼をすればすべて終わりだ。そう思うと気が楽になった。■
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天邪鬼・リオ五輪の教訓

2016-09-04 15:38:23 | ニュース
南米で初めて開催されたオリンピックは成功したのだろうか。総合的に見ればリオデジャネイロ五輪は成功したと思う。事前に心配されたテロなどの大きな治安問題は起こらず、ロシアのドーピング問題にも拘らず大会は盛り上がりを見せ、総合的には成功したと言ってよいのではないだろうか。観客が少なかった競技も報じられたが、ブラジルではサッカーに勝ったら大満足のはずだ。

日本では大会前に大会準備の遅れやリオの犯罪の多さなど心配なニュースが何度となく流れた。マスコミはリオ五輪は問題だらけと競って報じた様に感じる。多くの人達が心配したはずだ。しかし、大会が始まると報道は連日の日本選手の活躍に集中し、指摘した問題がどうなったのか全く分からなかった。正直、いまだに分からない。

私はマスコミのこの報道姿勢は無責任だと思う。散々問題を指摘しそれがどうなったか知らん顔だ。自分が報じたことには責任を持ってフォロウし、どうなったか報じるべきた。ブラジルを馬鹿にしたような報じ方だと感じた。もしかしたら、マスコミが騒ぎ立てる問題はいい加減だから無視しろという教訓を与えているつもりなのだろうか。

多分、そういうことだと理解すべきだ。物事ブラジルぐらいいい加減(失礼!)にやっても良い、細かいことを騒ぎ立てる報道など気にするな、大体うまく行ってれば大丈夫。これがリオ五輪の最大の教訓ではないだろうか。小池知事、大筋間違わなければ大丈夫、気楽にやって下さい。失礼な言い方だが、指摘を受けたら「ブラジルよりまし」と答えればいい。■
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民主主義・資本主義の危機(前)

2016-09-03 15:25:21 | 国際・政治
米大統領選や英国のEU離脱、中ロに続きトルコや東欧政権の強権化、イスラム過激派のテロ多発など昨年からの世界情勢と識者の分析を見聞きして、私なりに考えを纏めてみたので紹介したい。世界は容易ならぬ方向に向かっている、大袈裟なタイトルだが「民主主義・資本主義は危機に向かっている」というのが今の私の思いだ。先ずは現状認識について。

暗転したアラブの春
5年前にチュニジアから始まったアラブの春がアフリカの他の国に波及し始めた時、私は遂に民主主義がここまで来たという感慨を持った。ITによってアフリカの人達は力を与えられ、ようやく地球上のあらゆる国に民主主義が広まっていく兆しを感じた。だが、それは見事に打ち破られた、淡い希望でしかなかった。

今日、アラブ世界は寧ろ暴力によって支配される国が増えた。中国・ロシアは言論が制限された独裁政治下にあり、トルコや東欧の権力者に中ロを追う姿勢が見られる。一方で、かつて民主主義を世界に広める群を抜く力を持っていた米欧が相対的に力を失った。経済的力の前に民主的主義主張は力を失ったように見える。

グローバリゼーションの鬼子
冷戦を戦ったロシアは米国の圧倒的経済力に無残に敗れた。ソ連は解体され東欧諸国は雪崩を打ってEU民主主義に加盟した。今となれば、それは民主主義の勝利というより、資本主義の勝利だったと私は感じる。だが、その後政治的独裁を保ちながら資本主義のいいとこ取りをした中国の国家資本主義が、リーマンショック後回復に手間取る民主主義・資本主義国を追い越す勢いで急成長し事情は変わった。

この変化のベースとなったのはグローバリゼーションだったと思う。国内では夫々に法規制があり法の下に物事は動く。しかし国際間では基本的には各国の振る舞いを規定する法はない。国家資本主義は国内活動とグローバリゼーション下で国際取引を切り分けて、極めて都合の良い仕組みで実行できた。

世界は理想より経済
今、私の目に映るのは国益という名で民主主義の理想より経済を優先する方向に世界の多くの国は舵を切ったのように見える(舵は元々経済優先に向いていたかもしれない)。或いはその綱引きがかつての冷戦とは違う形で起こっていると感じる。各国メディアも内外で論理が異なるのを見かけるのは興味深い。

そのよい例が、中国が主導するAIIBにビジネス機会を求め英国が加盟後EU諸国が雪崩を打って参加した。昨日米国と密接な関係にあるカナダまで参加したと伝えられた。英国は半年前からチベットなど中国の人権問題に全く触れなくなった。何が優先度が高いか明らかである。中国が札びらを切れば新興国どころか英国も尻尾を振った。彼等はもう人権だとか言論の自由など恥ずかしくて言えなくなるのを承知してやった。

より深刻な米国
最大の問題は米大統領選で明らかになった様に、民主主義国の旗手である米国民が民主主義・資本主義に対する疑いを持ち始めた事にあると思う。英国はありえても米国は違うと私は思っていた。しかし、大統領選で示された民意は資本主義(ウォールストリート)に対する決定的な不信だ。それがねじ曲がって奇妙奇天烈な主張を繰り返すトランプ氏を大統領候補にした。従来ならあり得ない事だった。

経営者は国際間のビジネス・ネットワークで知恵を絞り利益を得るが、税金になって国民には戻らない。その手法が何年にもわたり磨かれて来た。最近話題のアップルの国際間の節税(私に言わせれば脱税)は、明確な国際規制はない状況で起こった。企業レベルで同じことをやったと言える。企業は国際間取引で税金を減らす一方で、国民は税金を国内規則通りに払うしか手段を持たない。国民が怒るのも無理のないことだ。

機能しなくなった資本主義
不満のタネは資本主義が国民に富をもたらさなくなった、機能しなくなったからだ。そうなると政権周辺に巨額の富が集まる中ロとの違いは何だということになる。90年代に私が米国に赴任した頃は既にアウトソーシングで米国の労働者は職を失う一方で、会社は利益を得る経営判断が始まっていた。そのトレンドは急激に進化した。決定的だったのはリーマンショック時に破産寸前の会社を税金で救済した一方で、多くの労働者は職を失った。

オバマ政権になり雇用は改善したがこの仕組みは改善されてない。変わってないのだ。それが私に言わせればウォールストリート寄りのヒラリーが苦戦する唯一の原因だ。英国を含むEUでも同じ傾向にある。今日の日本経済新聞では日本の労働分配率は66%の低水準に低下した一方、企業の内部留保は4年連続で過去最高の377兆円になったと報じた。各国で資本主義が正しく機能していないと疑われているのだ。■
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