26日(土)は、「第3回日レスインビテーションカップ」の公開対局を見に、(東京の)汐留に行った。
寝不足のボーッとした頭で、開演の10時ちょっと前に某ビル3階の入口へ着くと、ガラスドアのすぐ向こうに出場選手が並んでいて、入って行ける状態ではない。本日聞き手の船戸陽子女流二段と目があって、(どうぞお入りください)と無言で言われたので、私はコソコソと入室した。
おりよく、出場選手の戦前の抱負が語られはじめた。
今回の出場選手は、トーナメント表の左から、中倉宏美女流二段×笠井友貴女流アマ名人、石橋幸緒女流王位×渡部愛ツアー女子プロ、中倉彰子女流初段×小野ゆかりアマ女王、成田弥穂女子アマ王位×中井広恵天河、である。「女流棋士VSツアー女子プロ・アマ連合軍」という構図だ。
皆さん無難なコメントだったが、宏美女流二段は、対アマ戦のプレッシャーをずっしりと感じているようだった。
今回も、楽しくも残酷な、勝利者予想がある。私は前回の勝敗予想を完璧に当て、肩身の狭い思いをした。しかし願望と予想は違う。贔屓の出場選手に勝ってもらいたいのはヤマヤマだが、予想は予想でシビアにつけねばならぬ。
そんな私の今回の勝敗予想は、まず、中井、石橋の両巨頭は、相手が誰であろうとさすがに手厚いだろう、ということで、「○」。
宏美女流二段×笠井女流アマ名人戦は、宏美女流二段のプレッシャーがかなり大きいと見て、笠井女流アマ名人に「○」を付けた。
彰子女流初段×小野アマ女王は、むずかしいが、小野アマ女王の若さ、勢いを買った。
さらに準決勝だが、ここでも中井、石橋両巨頭の信用は大きく、やはりふたりが決勝に勝ち上がると予想した。
10時15分、対局開始。片上大輔六段の解説も拝聴したいところだが、せっかくナマで対局を観戦できるのだから、私は階下(2階)の対局室へ向かう。
2階は3階とほぼ同じ広さだったから、対局スペースも観戦スペースも、十分に余裕があった。しかしながら観戦者は10人以下だった。真剣勝負をナマで見られるチャンスだというのに、これはあまりに少ない数ではないか。
しかしものは考えようである。マイナビのときのように黒山の人だかりの中を背伸びして見るより、この環境のほうが、ゆっくりと好勝負を堪能できる。なんて贅沢なんだろう、と思う。
渡部ツアー女子プロ、小野アマ女王の高校生コンビと、中学3年生の成田女子アマ王位は、そろって学校の制服を着用。靴ももちろん、学生靴だった。それでよい。
女性が成人しておカネ持ちになっても、絶対に着られない服がある。学校の制服がそれだ。高校生や中学生は、それを堂々と着られる、恵まれた環境なのだ。休日だろうが対局だろうが制服を着て、
「このコの制服姿、なんか羨ましい…」
と、目の前の女流棋士が不快になれば、それはそれでもうけものだ。
将棋はまだ序盤だが、今日も清楚な宏美女流二段が、三間飛車から穴熊に潜ったのが目を引く。宏美女流二段は、対振り飛車の玉の囲いには居飛車穴熊を採用するが、振り飛車でのそれはめずらしい。
しかし宏美女流二段には、美濃囲いからのやわらかい指し手がよく似合うと思う。宏美女流二段には申し訳ないが、この将棋は、笠井女流アマ名人が勝つと思った。
その対極に位置している彰子女流初段も、居飛車穴熊の明示。ショートカットの髪が素敵で、「戦う若奥様」という感じだ。ちょっとうつむいた姿が、鹿野圭生女流初段にそっくりだった。
各局ともむずかしい中盤を迎えたので、私は3階に上がる。
室内前方の大盤解説では、中井天河×成田女子アマ王位の一戦が掲げられている。片上六段がジョークを交えながらしゃべり、屋外用と思われる超大盤とその駒を、船戸女流二段が器用に動かしていた。
しばらくそのやりとりを見ていたが、やっぱり船戸さんは対局者じゃなきゃダメだ、と心の中でつぶやき、私は再び2階へ降りる。
局面は中盤の勝負所だった。
宏美女流二段×笠井女流アマ名人戦は、笠井アマが手厚い。
石橋女流王位×渡部ツアー女子プロ戦は、石橋女流王位が有利か。
中井天河×成田女子アマ王位戦は難しい局面だが、中井天河を持ちたい。
彰子女流初段×小野アマ女王戦は互角、というのが、私の見解だった。
その後、例によって8名の対局者の表情を長い時間観察していたが、動きがあったのが、中井×成田戦である。成田女子アマ王位は、いつもは泰然自若として駒を動かしているが、右手を宙に舞わすような、やや大きな動きで、駒を着手した。
これは成田女子アマ王位、形勢が芳しくないか? と目をやると、意外にも中井天河の表情のほうが険しい。局面を見ると、自陣に火が付いている。うつむき加減で、(こんなはずじゃないのに…)と、戸惑っているように見える。
宏美×笠井戦を見ていると、中井×成田戦が終了したようだった。成田女子アマ王位の明るい笑顔を見れば、どちらが勝ったかは一目瞭然である。大豪、緒戦で姿を消す。中井天河の日レス3連覇はならなかった。と同時に、私の勝敗予想も、連続正解がストップした。
勝ち負けは世の常とはいえ、悄然としている中井天河を見るのは忍びなかった。
気を取りなおして、石橋×渡部戦に目を転じる。私はこの前日札幌にいたのに、札幌在住の渡部ツアー女子プロがそのとき東京にいたとは、皮肉である。
局面は石橋女流王位が着実にリードを拡げ、あとはどう収束するかになっていた。石橋女流王位と渡部ツアー女子プロは、先日ブログ上で公開対局を行ったが、石橋女流王位の完勝だった。ふたりの間には、まだ棋力の差があるようである。しかし渡部ツアー女子プロはこれからどんどん強くなる。その差はすぐに縮まるだろう。
正午前後、石橋女流王位の勝ち。
私はまた宏美×笠井戦に戻る。局面は笠井女流アマ名人の勝勢である。笠井女流アマ名人は、先日のマイナビ予選一斉対局で苦杯を喫し姿を消したが、本人は相当な悔しさがあったと思われる。今日は、竹橋の仇を汐留で打つべく、角道不突き左美濃戦法から、冷静な指し回しを見せている。
宏美女流二段の表情が険しい。スッとひかれた眉は中央に寄り、「ハ」の字型になっている。ほおに手を当て、それがぐにゅっとつぶれる。笠井女流アマ名人が1手指すと、その表情はさらに大きくゆがんだ。それは私がいままでに見たことのない、泣き出しそうな、悲痛な表情だった。しかしこれこそ、指導対局や練習将棋では決して見せない、中倉宏美の真剣勝負の貌であった。
数分後、宏美女流二段の投了。アマチュアに惨敗した宏美女流二段の胸中、いかばかりか。勝負は残酷である。自分が予想した星になったのに、私はいたたまれなくなって、すぐに彰子×小野戦に移った。
こちらは小野アマ女王の姿勢がわるい。それがそのまま形勢の差を表している。将棋は、彰子女流初段がうまく攻めをつなげ、勝勢。最後は小野玉を鮮やかな即詰みに討ち取った。
これで準々決勝の4局がすべて終了した。感想戦を聞くべく、私も3階へ上がるところだろうが、なんだかこの余韻を大切にしたくて、私はそのまま1階に下りた。
自動ドアを渡り、外へ出ようとする。そのときだった。
「ンゴオオッ!!」
突然、鼻と前歯に強烈な衝撃を受け、私はその場でうずくまった。な、何があったのだ!?
前を見ると、大きな透明ガラスが、私の前に立ちふさがっていた。
ここにもガラスがあったのか…!!
透明すぎるんだよ! イテテ…。
鼻を触った手を、思わず見る。鼻や歯茎から、血は出ていないようだ。メガネには当たってなかったようで、それは幸いだった。しかし鼻と前歯が、痛いことは痛い。鼻は腫れてないだろうか。前歯の噛み合わせが、すこしおかしくなったような気がする。
表へ出て、ガラス窓に映った自分の顔を見る。外見の変化はないようだ。
駐車場にあるクルマのバックミラーを覗き、あらためて確認する。
そこに映った顔を見た私は、愕然とした。
(つづく)
寝不足のボーッとした頭で、開演の10時ちょっと前に某ビル3階の入口へ着くと、ガラスドアのすぐ向こうに出場選手が並んでいて、入って行ける状態ではない。本日聞き手の船戸陽子女流二段と目があって、(どうぞお入りください)と無言で言われたので、私はコソコソと入室した。
おりよく、出場選手の戦前の抱負が語られはじめた。
今回の出場選手は、トーナメント表の左から、中倉宏美女流二段×笠井友貴女流アマ名人、石橋幸緒女流王位×渡部愛ツアー女子プロ、中倉彰子女流初段×小野ゆかりアマ女王、成田弥穂女子アマ王位×中井広恵天河、である。「女流棋士VSツアー女子プロ・アマ連合軍」という構図だ。
皆さん無難なコメントだったが、宏美女流二段は、対アマ戦のプレッシャーをずっしりと感じているようだった。
今回も、楽しくも残酷な、勝利者予想がある。私は前回の勝敗予想を完璧に当て、肩身の狭い思いをした。しかし願望と予想は違う。贔屓の出場選手に勝ってもらいたいのはヤマヤマだが、予想は予想でシビアにつけねばならぬ。
そんな私の今回の勝敗予想は、まず、中井、石橋の両巨頭は、相手が誰であろうとさすがに手厚いだろう、ということで、「○」。
宏美女流二段×笠井女流アマ名人戦は、宏美女流二段のプレッシャーがかなり大きいと見て、笠井女流アマ名人に「○」を付けた。
彰子女流初段×小野アマ女王は、むずかしいが、小野アマ女王の若さ、勢いを買った。
さらに準決勝だが、ここでも中井、石橋両巨頭の信用は大きく、やはりふたりが決勝に勝ち上がると予想した。
10時15分、対局開始。片上大輔六段の解説も拝聴したいところだが、せっかくナマで対局を観戦できるのだから、私は階下(2階)の対局室へ向かう。
2階は3階とほぼ同じ広さだったから、対局スペースも観戦スペースも、十分に余裕があった。しかしながら観戦者は10人以下だった。真剣勝負をナマで見られるチャンスだというのに、これはあまりに少ない数ではないか。
しかしものは考えようである。マイナビのときのように黒山の人だかりの中を背伸びして見るより、この環境のほうが、ゆっくりと好勝負を堪能できる。なんて贅沢なんだろう、と思う。
渡部ツアー女子プロ、小野アマ女王の高校生コンビと、中学3年生の成田女子アマ王位は、そろって学校の制服を着用。靴ももちろん、学生靴だった。それでよい。
女性が成人しておカネ持ちになっても、絶対に着られない服がある。学校の制服がそれだ。高校生や中学生は、それを堂々と着られる、恵まれた環境なのだ。休日だろうが対局だろうが制服を着て、
「このコの制服姿、なんか羨ましい…」
と、目の前の女流棋士が不快になれば、それはそれでもうけものだ。
将棋はまだ序盤だが、今日も清楚な宏美女流二段が、三間飛車から穴熊に潜ったのが目を引く。宏美女流二段は、対振り飛車の玉の囲いには居飛車穴熊を採用するが、振り飛車でのそれはめずらしい。
しかし宏美女流二段には、美濃囲いからのやわらかい指し手がよく似合うと思う。宏美女流二段には申し訳ないが、この将棋は、笠井女流アマ名人が勝つと思った。
その対極に位置している彰子女流初段も、居飛車穴熊の明示。ショートカットの髪が素敵で、「戦う若奥様」という感じだ。ちょっとうつむいた姿が、鹿野圭生女流初段にそっくりだった。
各局ともむずかしい中盤を迎えたので、私は3階に上がる。
室内前方の大盤解説では、中井天河×成田女子アマ王位の一戦が掲げられている。片上六段がジョークを交えながらしゃべり、屋外用と思われる超大盤とその駒を、船戸女流二段が器用に動かしていた。
しばらくそのやりとりを見ていたが、やっぱり船戸さんは対局者じゃなきゃダメだ、と心の中でつぶやき、私は再び2階へ降りる。
局面は中盤の勝負所だった。
宏美女流二段×笠井女流アマ名人戦は、笠井アマが手厚い。
石橋女流王位×渡部ツアー女子プロ戦は、石橋女流王位が有利か。
中井天河×成田女子アマ王位戦は難しい局面だが、中井天河を持ちたい。
彰子女流初段×小野アマ女王戦は互角、というのが、私の見解だった。
その後、例によって8名の対局者の表情を長い時間観察していたが、動きがあったのが、中井×成田戦である。成田女子アマ王位は、いつもは泰然自若として駒を動かしているが、右手を宙に舞わすような、やや大きな動きで、駒を着手した。
これは成田女子アマ王位、形勢が芳しくないか? と目をやると、意外にも中井天河の表情のほうが険しい。局面を見ると、自陣に火が付いている。うつむき加減で、(こんなはずじゃないのに…)と、戸惑っているように見える。
宏美×笠井戦を見ていると、中井×成田戦が終了したようだった。成田女子アマ王位の明るい笑顔を見れば、どちらが勝ったかは一目瞭然である。大豪、緒戦で姿を消す。中井天河の日レス3連覇はならなかった。と同時に、私の勝敗予想も、連続正解がストップした。
勝ち負けは世の常とはいえ、悄然としている中井天河を見るのは忍びなかった。
気を取りなおして、石橋×渡部戦に目を転じる。私はこの前日札幌にいたのに、札幌在住の渡部ツアー女子プロがそのとき東京にいたとは、皮肉である。
局面は石橋女流王位が着実にリードを拡げ、あとはどう収束するかになっていた。石橋女流王位と渡部ツアー女子プロは、先日ブログ上で公開対局を行ったが、石橋女流王位の完勝だった。ふたりの間には、まだ棋力の差があるようである。しかし渡部ツアー女子プロはこれからどんどん強くなる。その差はすぐに縮まるだろう。
正午前後、石橋女流王位の勝ち。
私はまた宏美×笠井戦に戻る。局面は笠井女流アマ名人の勝勢である。笠井女流アマ名人は、先日のマイナビ予選一斉対局で苦杯を喫し姿を消したが、本人は相当な悔しさがあったと思われる。今日は、竹橋の仇を汐留で打つべく、角道不突き左美濃戦法から、冷静な指し回しを見せている。
宏美女流二段の表情が険しい。スッとひかれた眉は中央に寄り、「ハ」の字型になっている。ほおに手を当て、それがぐにゅっとつぶれる。笠井女流アマ名人が1手指すと、その表情はさらに大きくゆがんだ。それは私がいままでに見たことのない、泣き出しそうな、悲痛な表情だった。しかしこれこそ、指導対局や練習将棋では決して見せない、中倉宏美の真剣勝負の貌であった。
数分後、宏美女流二段の投了。アマチュアに惨敗した宏美女流二段の胸中、いかばかりか。勝負は残酷である。自分が予想した星になったのに、私はいたたまれなくなって、すぐに彰子×小野戦に移った。
こちらは小野アマ女王の姿勢がわるい。それがそのまま形勢の差を表している。将棋は、彰子女流初段がうまく攻めをつなげ、勝勢。最後は小野玉を鮮やかな即詰みに討ち取った。
これで準々決勝の4局がすべて終了した。感想戦を聞くべく、私も3階へ上がるところだろうが、なんだかこの余韻を大切にしたくて、私はそのまま1階に下りた。
自動ドアを渡り、外へ出ようとする。そのときだった。
「ンゴオオッ!!」
突然、鼻と前歯に強烈な衝撃を受け、私はその場でうずくまった。な、何があったのだ!?
前を見ると、大きな透明ガラスが、私の前に立ちふさがっていた。
ここにもガラスがあったのか…!!
透明すぎるんだよ! イテテ…。
鼻を触った手を、思わず見る。鼻や歯茎から、血は出ていないようだ。メガネには当たってなかったようで、それは幸いだった。しかし鼻と前歯が、痛いことは痛い。鼻は腫れてないだろうか。前歯の噛み合わせが、すこしおかしくなったような気がする。
表へ出て、ガラス窓に映った自分の顔を見る。外見の変化はないようだ。
駐車場にあるクルマのバックミラーを覗き、あらためて確認する。
そこに映った顔を見た私は、愕然とした。
(つづく)