一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

蕨異変(後編)

2020-09-24 00:39:57 | 蕨将棋教室
8時になり、2組の母子は帰った。例の母子は次回も来るふうだったが、どうなるのだろう。
ようやく私の指導対局の時間である。飛車落ち君の席に座ると、右のOku戦は横歩取りになっており、植山悦行七段がウンウン考えていた。なんだか、私が入るのが申し訳ない気持ちになった。

初手からの指し手。▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩▲7七銀△6二銀▲2六歩△3二銀▲2五歩△3三銀▲4八銀△5四歩▲5六歩△7四歩▲7八金△7三銀▲6九玉△6四銀(第1図)

▲7六歩に△3四歩なら振り飛車のつもりだったが、△8四歩だったので、居飛車にスイッチした。
△3二銀は左美濃の構想だと思うので、早くも▲2五歩と突いてしまう。
「それじゃしょうがないナ」
と、植山七段は△3三銀。その後△7三銀から△6四銀の早繰り銀に出た。これは予想されたところである。

第1図以下の指し手。▲6六銀△8五歩▲5七銀上△3二金▲4六銀△4四銀▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2五飛(第2図)

私が▲6六銀と対抗すると、「大沢君だけだよ、そうやって対抗してくれるの」と言った。いや私も▲6六歩としたいのだが、むかし植山七段にそう指したとき、「ここは▲6六銀と指さにゃあ!」と窘められたことがある。よってここは▲6六銀が最善と信じる。
以下はお互い二枚銀を繰り出し一触即発の形だが、私の▲2五飛がちょっとした工夫。一公流ではないが、Oku戦での指し手を参考にした。

第2図以下の指し手。△1四歩▲3六歩△4一玉▲3七桂△7三桂▲9六歩△8六歩▲同歩△同飛▲8七歩△8一飛(第3図)

▲9六歩としたあと、植山七段は飛車先の歩を交換する。▲8七歩に△8一飛が工夫で、この将棋でも下段飛車が有効のようだ。なるほど、そう指したいから△7三桂を跳ねるまで、飛車先の歩の交換を保留していたのだ。

第3図以下の指し手。▲5八金△6二金▲1六歩△9四歩▲2八飛△5五歩▲同歩△7五歩▲5四歩△7六歩▲4五桂△5二歩▲3五歩△6五桂▲3四歩(第4図)

第3図で▲5五歩△同歩▲5四歩と指そうと考えたが、あまり効果がなさそうで止めにした。だが▲5八金の感触はあまりよくなかった。
△9四歩に、▲2八飛と引く。前回同様、また私が後手番になってしまった。
植山七段は△5五歩▲同歩に△7五歩。なるほどこうやって手を作っていくのか。
私は▲4五桂と跳ね、△5二歩と謝らせた。これは大きなポイントに見えたが、そうでもない気もしてくる。
私は▲3五歩から▲3四歩と取り込んだが、次の3手をうっかりした。

第4図以下の指し手。△4五銀▲同銀△7七桂打▲同桂△同歩成▲同銀△同桂成▲同角△同角成▲同金△5五角(投了図)
まで、66手で植山七段の勝ち。

植山七段はいきなり△4五銀と桂を食いちぎった。返す刀で△7七桂打。これで下手が潰れているのに愕然とした。実は私も▲3四歩と取り込んだとき、桂があれば▲3三桂打がある、と考えていた矢先だった。
△7七桂打以下は必然の手順が続き、△5五角まで投了。前回に続いて、またも惨敗してしまった。

「最近は早い将棋ばかり指すようになってね」
と、植山七段。確かにそれは最近の傾向である。私は定跡を外れた急戦の形になり、指し方がよく分からなかった。▲5四歩に△5二歩と受けさせたが、意外と効果が薄かった。
「この形は昔、田丸(昇九段)さんと研究したことがあるんだよ」
「ああ、田丸先生はこんな将棋好きそうですもんね」
私は惨敗だったから感想戦のしようもないが、いま考えると、第3図の▲3四歩では、こちらが先に▲6五銀とし、△同銀に▲3四歩(参考図)と取り込むのだったか。

ただこのあと上手と同じ順に進んだとしても、最後の▲5五角が両取りにならない。ここでも△8一飛型が活きている。いずれにしても▲6五銀△同銀▲3四歩のほうが、5筋を凹ませた効果は活きた。
以上、今日は3局指していずれも惨敗だったが、得るところは多かった。何となくだが、次の社団戦は全勝できる気がした。
時刻は8時半を過ぎたところ。右の将棋は、こちらが一局終わったのに、数手しか進んでいない。どちらも長考派だが、植山七段の気合の入り方がハンパではない。
W氏がいれば食事会までおしゃべりをして時間をつぶすのだが、これでは間が持てない。「半沢直樹」はビデオ予約をしているが、早く見るに越したことはない。私はここで教室を後にした。
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蕨異変(中編)

2020-09-23 00:08:01 | 蕨将棋教室

第1図以下の指し手。▲6五銀△2四歩▲同飛△6五銀▲6六歩△5三銀(第2図)

飛車が五段目にいるうちに、私は▲6五銀と桂を食いちぎった。これで有利と思ったが、△2四歩が意表の好手。▲同飛△6五銀に▲6六歩でまだ有利と思いきや、そこで△5三銀でシビレた。

第2図以下の指し手。▲5五歩△2三歩▲2五飛△5五角▲5七銀△7五歩▲5六歩△3三桂▲2八飛△4四角▲8八角△8六歩▲同歩△7六銀(第3図)

第2図で▲2二飛成△同金▲6五銀は、△4九飛が厳しく先手不利。私は▲5五歩としたが、大駒を近づけてもメリットがなく、ここはふつうに▲8八角だった。
△5五角に▲5七銀が味のいい活用だと思ったが、△7五歩が好手だった。▲6五歩は相変わらず△9九角成が厳しい。
私は遅ればせながら▲8八角だが、△7六銀と、捕獲予定の駒にのさばられては計画が破綻した。また負けたか、と思った。

第3図以下の指し手。▲7六同金△同歩▲7三歩△8七歩▲同金△6七金▲7二歩成△4七金▲8一と△6七銀▲7一飛△5一金▲4九銀△6八銀打(投了図)
まで、Oku氏の勝ち。

以下は指してみただけ。最終▲4九銀は△6八銀打をうっかりしたのだが、仮に▲5九銀でも△6八歩で詰んでいた。
感想戦である。
「1筋の端の突き合いはいいですけど、▲9六歩はどうだったですかね……」
とOku氏。以前大野教室でアマ五段の小学生と対局したとき、同じことを言われたことがあった。高段者になると、端歩の1手にも神経を遣うのだと感心した。
そして第1図からの▲6五銀が急ぎすぎだったようで、ここは▲4七銀(参考図)を指摘された。

その後▲5八玉~▲8八角とすれば一局の将棋。対局中は私も▲4八銀の中途半端が気になっていたのだが、▲6五銀と桂を取れるチャンスはここしかないと思い、つんのめってしまった。強豪相手に、腰が据わっていなかった。
以上2局戦ってみて、Oku氏は確かに強かった。同じ相手に短時間で吹っ飛ばされたのは、相当に久しぶりである。とはいえ、次に戦えれば、もう少し抵抗できそうな気はする。
ただOku氏は基本的に植山七段としか指さないし、第一私が蕨にあまり行かないので、今後その機会は訪れないと思う。とにかく、ひどい将棋を指してしまった。

ここで私が植山悦行七段に代わり、母子への講義を申し出た。母子は私の正体が分からず不審そうだったが、構わない。

私は第1図を並べ、「どこに香車を打つのがいちばんいいですか」と問うた。
だが小学生君はまったく興味がなく、香車をおもちゃ代わりにして遊び始めた。植山七段はこの状況下で将棋を教えていたのかと思うと、同情を禁じ得ない。こっちは気が短けぇからこの母子にお引き取り願いたいところだが、そんなわけだから、耐えた。
その後もいくつか出題してみたが、やはり小学生君の心はここにあらずで、まったく興味を示さなかった。しかしいま思うと、たとえば第1図は、すでに▲4九香と▲7九香を配置し、次に先手がどう指すか答えてもらうべきだった。

ヤンママに聞くと、いままでテレビゲームの類はさせなかったが、教育上将棋がいいと思い、今回将棋をやらせることにしたという。
これも将棋ブーム、いや藤井聡太ブームの影響なのだろう。駒の動かし方を知らない、並べ方を知らない、は教室で教えるからいいとしても(まあこれも、覚えてから来てほしいが)、本人にやる気がないのは致命傷である。
しょうがないから、私はヤンママに比重を置いて話す。
「将棋は最終的に玉を仕留めますが、その段階として、相手の強い駒を取って自分の戦力を強くするのです。この▲2二歩(第6図)で桂馬を取りますよね。その桂馬で両取り(第2図)をかけて、また高い駒を取る。そしてその駒を使って、玉を仕留めるのです」
「なるほどォ……って、あたしが頷いちゃった」
とヤンママさん。

「あとはかなり高度になりますが、歩そのものをパワーアップさせる方法もあります。これは直接▲2三歩と打つのではなく、▲2四から打って、次にと金を作るのがいいのです。ほら、敵陣の三段目に駒が入るとパワーアップするって教わりましたよね。あのルールを利用するのです」

私は第9図を作る。「ここで▲6一と寄とやると、相手は△8一金と逃げますね。続いて▲6二と寄とやると、△8二金寄と逃げる。後手はと金を取っても歩だから、交換したくないのです」

私は第10図を作る。「今度同じように▲6一金寄とやると、後手は△同金と取ります。なぜなら金を持てるからです。だけどと金なら逃げますね。だからと金のことを、『マムシ』と呼んだりします。将棋の駒は飛車が強いですが、交換しても飛車ですから、その意味では、と金が最強かもしれません」
ヤンママはフンフンと頷く。ただこの話は高度すぎた。
7時45分になったので、私も話を終わりにした。小学生君は相変わらず遊んでいた。
しかしここでも植山七段である。
「でもお子さんは素晴らしいですよ。たいていの子供は、駒を放っぽりだして遊ぶものです。だけどお子さんは駒で遊んでいる」
指導対局の傍ら、ヤンママにそう告げた。植山七段の師匠である佐瀬勇次名誉九段は褒め上手だったというが、その遺伝子は立派に受け継がれているのだ。
(つづく)
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蕨異変(前編)

2020-09-22 00:28:15 | 蕨将棋教室
蕨将棋教室はコロナ禍の関係で室内滞在人員が最大9名となった。そこで同ブログへの事前申し込み制となった。13日の該当ブログを見ると、差出人不明のコメントが3件、そのあとにYos氏と思しき人のコメントが1件入っていた。私が入っても定員内に収まりそうなので、13日の分を申し込んだ。
夕方、蕨駅の駅そばでかけそばを手繰り、「くるる」に入ったのが午後5時45分だった。
教室では植山悦行七段とOku氏が談笑中だった。「宣言法……」とかいう単語が聞こえたので、先日の倉敷藤花戦本戦のことだと思った。この準決勝で中井広恵女流六段と野原未蘭女流2級の将棋が持将棋模様になったのだが、野原女流2級が投了の時期を逸し、大変な長手数になったのだ。最近は持将棋のルールも整備されてきたが、植山七段に聞くと、両者は「宣言法」のことをそこまで詳しく把握しておらず、終盤グダグダになったものらしい。
ともあれ中井女流六段は久々の挑戦者決定戦進出である。仮に挑戦者になっても私は倉敷まで応援に行かないけれど、頑張ってください。

6時には10分前だが、「はじめましょうか」と植山七段が言う。まだW氏が来ていないが、今日は休みとのことだった。そうか、それでOku氏がスタッフ席に座っていたのだ。
そこに母子がきた。ここは初めてのようで、ブログには申し込みをしたという。
子供は小学2年生で、もちろん彼が生徒なのだが、母親が「息子は将棋のルールを知らない」というので、私たちはのけぞった。私はすごくすごくイヤな予感がした。
さらにもう一組の母子が来た。どちらかの母子の名字が「Yos」だったようで、常連のYos氏ではなかったようだ。では今日の生徒はこれで終わりか。
あとの母子は、ヤンママが小学生の子供を置いて帰った。
先の母子は、ヤンママがそのまま残った。さあこれは植山七段が大変である。植山七段は母子に駒の読み方、駒の動き、初形の配置、を教え始めた。これでは植山七段は私たちに手が回らず、もうひとりの小学生はそのまま指導対局、いっぽう私とOku氏はふたりで対局することになった。「大沢さん、Okuさんは強いからね」。
それはこちらも承知しているが、どのくらい強いのか、ようやく体感できるのだ。
Oku戦は植山七段が先手で指しているのだから、当然私が先手でいいのだが、初対局なので、Oku氏に振ってもらった。そして私が後手になった。
▲7六歩△3四歩▲2六歩。ここで△4五角戦法に誘導しようと思ったが、Oku氏はすべての定跡に精通しているとフンだ。私は△4四歩と角道を止め、四間飛車に振った。
するとOku氏は▲5八金右から▲5七銀。穴熊はなさそうだが、作戦は何か。すると▲5五歩と来られビックリした。最近マイブームの5筋位取りをやられたからで、私以外にこの手を指すアマがいるとは思わなかった。

第1図で△7三桂を考えたが、▲7七桂と対抗されるので△6三金と上がった。しかし▲6五歩から1歩交換されたのは面白くなく、してみると1回は△7三桂とすべきだったかもしれない。振り飛車側から見ると、6筋の歩交換は居飛車にとってかなり大きいと思った。
私も1歩を入手すべく△5四歩から動いたが、これはのちに▲5三桂の筋を残して、よくなかった。どうも、後手の陣立てが微妙におかしい。
そして数手進んだ第2図で、私は悪手を指す。

△6五歩がそれで、これはのちに攻撃目標になってよくなかった。さらに△3五歩▲同歩△3八歩も、相手に歩を渡して疑問。言い訳をするわけではないが、このあたり、さして読みを入れず感覚的に指してしまい、取り返しのつかないことになってしまった。

断言しておこう。振り飛車が△3八歩と垂らしたら、100%振り飛車が勝てない。
話を戻して、Oku氏相手に2つも悪手を指しては勝てず、以下Oku氏にペシャンコにされた。▲8四桂(投了図)となって、攻防ともに見込みなく、投げた。

感想戦では、やはり△6五歩と△3五歩に悪手の烙印を捺された。しかしこれはこちらも承知していたので、まあいい。もっともOku氏は手厚い指し回しで、仮に私が最善手を続けたとしても、結局は負けたと思う。植山七段がOku氏に平手で苦戦しているという話も、あながち大袈裟ではないと思った。
時刻は6時24分である。Oku氏は指導対局に入りたいだろうが、植山七段はまだ小学生君に手一杯である。しかし肝心の彼は、駒を立てて遊んでいる。ここは児童館か。
飛車落ちの小学生には、植山七段が投了していた。植山七段も小学生相手にはうまいこと負けるのである。続けて第2局が始まった。
私はOku氏にお願いし、もう一局指すことにした。もう私の先手で、▲7六歩△8四歩。私は▲6八銀とし、以下相矢倉となった。といっても昨今は後手が急戦で来るのが主流で、Oku氏も米長流急戦できた。Oku氏は意外に、昭和の指し手が多い。
私はふつうに駒組を進めたが、▲7九角が若干誘いの隙で、Oku氏は△6五歩▲同歩△同桂ときた。ここで▲8八銀は弱気で、△5五歩以下潰される。よって私は▲6六銀と上がった。
Oku氏は飛車先の歩を交換し、第1図。ここで先手には指したい手があるが……。

(つづく)
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8月23日の蕨将棋教室(後編)

2020-09-09 00:11:08 | 蕨将棋教室

第2図以下の指し手。△3四銀▲4四桂△6二玉▲3二桂成△4五銀▲2二成桂△4六桂▲6九金打△5八桂成▲同金上(第3図)

第2図で△3四銀と歩を払ったのが悪手。ここはふつうに△4四歩だった。実は本譜の▲4四桂を軽視していた。これを△同銀は▲同飛△同角▲同角で捌かれる。よって△5二玉と逃げたのだが、▲3二桂成以下1枚多く取られ、ヨリが戻ってしまった。
私は気を取り直して、△4六桂。これには▲5九金と面倒を見られるのがイヤだったが、Yos氏は▲6九金打。まあ、ここは無難に収めたくなるところであろう。
▲5八同金上に次の手もどうだったか。

第3図以下の指し手。△6六歩▲同歩△6五歩▲同歩△6六歩▲6四歩△同金▲5六桂△6五金▲6四歩(第4図)

第3図では平凡に△2九飛と下ろしておくくらいでよかった。
△6六歩も急所の攻めだが、2歩を渡すのがマイナスだ。
△6六歩と垂らした局面で植山悦行七段がトイレから戻ってきて、「(下手が)角を押さえられてますね」と言った。だが私は、見た目ほどの自信はなかった。
ここでYos氏は▲6四歩と打ち捨てたが、歩切れの私に歩を渡して疑問。▲5六桂にも手順に△6五金と進出して、この将棋は負けられないと思った。
ところが第4図で、私はココセを指す。

第4図以下の指し手。△3九飛▲1七角(途中図)

△3五歩▲3九角△5六銀左▲同歩△同銀▲3二飛△5二桂▲6三銀△7一玉▲5二飛成△6七銀打▲同金右△同歩成▲同金△同銀成▲同玉△5六金打▲5八玉△4七金打▲6九玉△6八歩▲7九玉(投了図)
まで、Yos氏の勝ち。

私は△3九飛と下ろして勝った気でいたが、Yos氏が角を手にしたのでどこに打つのかと思いきや1七に打ち、これが王手飛車だったので、飛び上がった(途中図)。
△4九飛は▲2七角を気にしていたが、この筋はうっかりしていた。まったく、こんな純粋な王手飛車を喰らったのは久し振りである。
ここで投了してもいいのだが、感想戦を始めたら植山七段に不審に思われるので、私は指し続ける。
▲6三銀に私は△7一玉と引いたが、まだ△5三玉だったか。これも▲5二飛成~▲5四竜がピッタリだが、まだ難しいところもあった。
△6七銀打には▲7九玉で負けだったが、Yos氏は▲同金右。私は希望を持ったが、それでも上手が負けていてクサッタ。
最後は▲7九玉に王手が続かず投了。植山七段は対角線で指していたので投了の声は聞こえなかったようで、私は感想戦の声だけ大きくした。これで私が勝ったと思われる。

「△3九飛には▲1七角があると思ってたんですよ。そしたら本当に打ってくれたので……」
とYos氏。私は腐るばかりである。まったく、上手とは思えない飛車打ちだった。
なお、中盤でYos氏が指し損ねた▲2二角成は、それがあっても上手が十分だった。それより、どこかで▲1二歩△同香▲2四桂の筋(金香取り)はあったと思う。

4人目氏と5人目氏も対局をしていたが、終わったようである。すぐに感想戦、というか、W氏を交え、居飛車対振り飛車の研究を始めた。私にも見解を聞かれたが、私は1週間前のKob戦で惨敗したので、モノを言える立場にない。
植山―Oku戦は難しい戦いだったが、植山七段が優勢に見えた。だが感想戦が始まったので見に行くと、植山七段が投了していたようだった。また負けたのか?
植山七段は「おかしいなあ、おかしいなあ」とつぶやいている。植山七段、私たちには強いのに、なぜOku氏には勝てないのだろう。
時刻は9時半になり、強制的にタイムアウト。このあとは食事である。くるるを出ると、植山七段が
「ボクは最近、将棋の勉強をよくしているよ。現役時代よりしているくらいだ。だけど将棋は弱くなったね」
と言った。
「将棋は弱くなってもらうほうがいいです。それで私たちとの棋力が近づきます」
と私は返した。
食事参加は、植山七段、W氏、Oku氏、Yos氏、私の5人となった。近くの中華料理屋に入ったが、私は初めての店である。
店内は広く、私はOku氏の対面に座るつもりだっただが、Oku氏が気を利かせ?席を離れ、代わりに植山七段が座った。
私は五目チャーハン(税別500円)と餃子(同220円)を頼んだ。チャーハンはお米がパラパラで、美味かった。
食後はゆんたくである。植山七段に夏子さんの話をしても詮無いのだが、固有名詞は伏せ、「私も20代のころに結婚のチャンスがあったかもしれません」と言った。
植山七段はしばらく考えたあと、「一局だよ」と言った。結婚する人生もしなかった人生も一局、ということだ。
植山七段は運命論者のところがあり、私が高校生のとき、私は某女子高校の文化祭で、植山四段から指導対局を受けている。そしてその27年後、LPSA駒込金曜サロンで再会したのだが、のちに植山七段はこのときのことを、「いつか再会する運命だった」と言ったものだ。
「でも私は、結婚して子供をもうけて、両親を安心させてやりたかったと思っています」
「……それもどうかなァ」
子供のいない生活も、やはり一局の人生、と捉えているふうだった。
あっちのグループは、将棋の話ばかりしている。W氏が中継係になって、私に
「山口恵梨子ちゃんは何年生まれだったっけ?」
「ひねり飛車の得意な棋士って誰だったっけ?」
とか聞く。私は
「1993年じゃない?」
「勝浦修九段かな」
と適当に答えた。しかし前者は1991年の誤り、後者はほかに適任者がいたと思う。
私と植山七段は、景気のいい話が出ない。
「このコロナには参ったねえ……出口が見えない」
「私も蕨にはビビりながら来ました。厳格にやられたら、東京から(こっち)はアウトですからね。就職はできないし……」
「でも大沢さんは若いでしょ。数年後にはボクは70だよ」
「それを言ったら私も数年後は還暦ですよ」
私はため息をつくばかりであった。
時刻は午後11時を過ぎ、散会となった。帰りはOku氏と駅まで一緒だったが、聞くと、植山七段との指導対局は、いずれもOku氏が後手だったという。
「植山先生に、君にも後手番の辛さを味わってもらいた、と言われまして……」
「……」
つまりさっきの感想戦の図は、こういう先後になる。

ま、まああれだ、ゴキゲン中飛車とか横歩取らせとか、後手番で指したい戦法というのもある。植山七段はそれを欲していたのかもしれない。
またOku氏についてはW氏から、森内俊之九段に平手の指導対局で勝ったことも聞いていたので、確認した。
「ええ、勝たせていただきました。でもあれは十数人の多面指しで、森内先生の見落としがあったので……」
本人は謙遜したが、プロにポカがあってもふつうは勝てない。そこを勝ち切ったのはやはりすごい。
どうも、Oku氏も相当の将棋バカだ。彼とは近い将来、将棋談義をしそうな気がする。

帰宅後、蕨将棋教室は、事前の予約が必要になったことが分かった(蕨将棋教室の申し込み)。これならみんなに参加状況が分かるから、便利だ。今後の蕨将棋教室に期待したい。
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8月23日の蕨将棋教室(中編)

2020-09-08 00:10:58 | 蕨将棋教室

第3図以下の指し手。▲8三桂△9二香▲9五歩△3六歩▲9四歩△3三桂▲2七飛△2六歩▲2九飛△8三飛▲2六飛(第4図)

室内は冷房がガンガン効いている。風が直接当たっているので、寒いくらいだ。なお、ドアはコロナ対応で開けっ放しだ。
植山―Oku戦は終わったようで、感想戦をやっている。植山悦行七段もずいぶん追い上げたようで、ちらっと盤面を見た限り、どちらが勝ちか分からない。
第3図でまず浮かぶのは▲2三歩である。だが▲2二歩成となっても、△2四歩▲同飛△3三銀で効果が薄い。
そこで私は▲8三桂と打った。この桂で香を取りに行くのは私の得意技である。Tod氏のTod銀を笑っていられないのだ。これを△同飛なら▲2一飛成で下手有利。捨て置けば▲9一桂成△同飛▲8二角で、下手が指せると思った。
だが植山七段の△9二香が渋い手で、シビれた。これに▲9一桂成△同飛▲8二角△8一飛▲6四角成は、△6三銀(もちろん金もある)▲6五馬△7三桂で下手不満。よって私は▲9五歩としたが明らかに遅く、ここで非勢を自認した。
△3六歩には▲3三歩が第一感だったが、1歩しかない上手に歩を与えるのがイヤだった。
よって▲9四歩と取り込んだが、攻めている場所が遠すぎて、全然手応えがない。
植山七段は△3三桂と打つ。私は「▲3三歩と打っておくのだった」と後悔した。
これに▲2九飛は△2八歩▲同飛△3九角(△3七角)がある。よって▲2七飛で止めたが、植山七段は△2六歩。これを▲同飛は△3五銀~△4六銀と活用されるので▲2九飛だが、これでは丸々の一手パスだ。結果植山七段にゆうゆう△8三飛と桂を取られ、私の「▲8三桂作戦」は破綻した。
このあたりで5人目の客が来た。またも成人男性で、常連のようだ。コロナ禍のなか、5人集まればオンの字だろうか。
私は▲2六飛と歩を取って飛び出す。もはやこちらの主張は歩得しかない。

第4図以下の指し手。△2五角▲6八玉△8六歩▲同歩△同飛▲8七歩△8一飛▲2九飛△2一飛▲2六歩△3四角▲8三角(途中図)

△7五歩▲7四角成△6三金▲7五馬△2八歩▲7九飛△2六飛(投了図)
まで、80手で植山七段の勝ち。

第4図で△2五角と打ったのが、プロっぽい好手。次に△3七歩成があるので▲6八玉と寄ったが、▲5八玉型がアダになった。
植山七段は△8六歩。たんに飛車を引くより、行きがけの駄賃で1歩を手にする。昨年11月の指導対局でも出た手筋で、このあたりもニクイ。
△2一飛は、次に△3七歩成▲同金△5八角成▲同玉△2九飛成の狙いがある。ふつう飛車が向き合うと、その間に駒が挟まっている側が苦労するのだが、本局は私のほうが苦労している。
私は忍の▲2六歩から待望の▲8三角(途中図)の反撃だが、そこで△7五歩が取られる寸前の歩を働かせる好手で、また私は唸った。
私は▲7四角成の初王手だが、△6三金に▲9二馬は△7六歩が厳しいので、▲7五馬。だが私はこんな歩を払うために馬を作ったのではない。しかも、そこで△2八歩が痛かった。
これを▲同飛は、△5六角▲同歩△3七銀(△3九銀)で下手壊滅。
よって▲7九飛と逃げたが、△2六飛と走られてはもういけない。実はここで▲3八金と寄って耐えていると思ったのだが、素朴に△3五桂と打たれて受けなしなのに愕然とした。△2五桂から△3七歩成の筋もあるし、もうバカバカしくなって投了した。

感想戦。第3図の▲8三桂はプロ的に見ると疑問手で、やはり▲2三歩がよかったという。以下△3六歩▲2二歩成△2四歩▲同飛△3三銀となるが、そこで▲5四飛があり、△同歩▲3二と△3九飛(参考A図)となる。

さらに▲4九金打△1九飛成▲6五銀直△3七歩成▲同金△6九角▲同玉△4九竜▲6八玉(参考B図)。

そこから△6五歩▲6四桂△6三玉▲6五銀と進むが、これは上手玉に詰めろをかけにくいものの、上手も駒を渡さずに迫りにくい。ともあれ実戦では、とりあえず▲2三歩だったという。

Oku氏は2局目に入り、ほかの対局も忙しくなってきたので、私はとりあえず場を外す。
W氏が2局目を勧めてくれたが、指し掛けになりそうなので固辞した。
廊下で世をはかなんでいると、W氏が、Yos氏の対局が終わったと呼びに来てくれた。よって、最終2局目はYos氏とである。私の飛車落ち。駒を並べながら聞くと、Yos氏は植山七段との飛車落ち戦を勝ったという。
対局開始。私は定跡通り指したが、玉を6二に留め、全力で下手の攻めを受けるつもりだ。
Yos氏は前局と同じ、▲8七銀型に組む。この形が上手にとって厄介なのだが、咎める手段がない。△5二玉と手待ちすると、Yos氏は頃合いはよしと、攻めてきた。

第1図以下の指し手。▲2五歩△同歩▲1五歩△同歩▲4五歩△同桂▲同銀△同歩▲同桂△4四銀▲3五歩△6六歩▲同角△5五銀▲8八角△4四歩▲3四歩△4五歩▲同飛(第2図)

Yos氏は2筋と1筋の歩を突き捨て、▲4五歩。変化球の△同桂に▲同銀ときた。△同歩にYos氏は▲同桂だが、「しまった、角を換えるのだった」と後悔した。ただこのあたりは上手陣が手厚く、仮に角交換があっても、上手が指しやすいと思った。
そこで▲3五歩が失着。ここは何はともあれ▲4四歩とし、駒損を回復しなければならなかった。私は△6六歩~△5五銀と強引な進出のあと△4四歩から桂を取り切り、銀得となった。これは気分的に、上手必勝である。
だが▲4五同飛に、次の手はしくじった。

(つづく)
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