ヒトはヒマだとロクなことを考えない。私は、1年半前に大山康晴名人の著書等を処分したことを、今頃になって猛烈に悔やみだし、正確には15日深夜からだが、それがこんにちまで続いて、精神的に疲弊してしまった。
過去にも何度か記事にしたが、詳細を書くとこうである。2017年春、我が社が廃業を決めた。その機会に、オヤジが我が部屋の書物の整理を指図したのは、その年の11月だった。
私はモノが捨てられない性格で、我が部屋は半ば豚小屋と化していた。実は9月にもかなり多くの雑誌を捨てたのだが、部屋の景色はあまり変わっていなかった。それでオヤジが業を煮やし、2度目の指示となったわけだった。我が部屋は一部が動線になっており、毎日オヤジが目にしていたということもある。プーで発言権のない私は従うよりなく、11月はかなりの書物、思い出の品を整理した。オヤジは一切合切捨てろと言ったが、旅行での写真やネガ、雑誌「CM NOW」の150冊にも及ぶバックナンバー、それとこっそり、エロ写真集、「Peach John」等等は残させてもらった。
オヤジの意向は、工場横にある物置にも及んだ。この錆びた物置も壊し、中にあるモノもすべて処分すると言った。これが問題だった。
物置には、第18期十段戦(1979年)から第13期竜王戦(2000年)まで、22年におよぶ観戦記のスクラップ(厳密には、そのうちの一部は自宅に置いていた)、80年代の「近代将棋」「将棋世界」「将棋マガジン」「NHK将棋講座」が付録ともども数十冊、そして大山名人、中原誠名人の、いわゆる池田書店発行本、その他の将棋書籍等等等があった。
私が中学生の時からコツコツ続けてきた観戦記のスクラップはもちろんだが、大山名人の池田書店本がお宝で、現代なら、さしずめ「羽生の頭脳」がそれにあたるかもしれない。
とにかく、お小遣いで最初に買った将棋書籍が、大山名人「快勝シリーズ3・将棋の受け方」(1966年初版)だった。当時は定価600円だった。
ここから私は長い年月をかけ、時には本屋、時には古書店と、快勝シリーズを徐々に揃えていった。古書店では、「将棋の受け方」の初版第1刷も購入したこともある。紙質は文庫本のようにヘナヘナで、定価は250円、売価は200円だったと記憶する。
「将棋マガジン」「将棋講座」も毎月お小遣いで購入していたが、「近代将棋」「将棋世界」は、高校の部室にあり、時が経って処分されるのを、私がいただいてきた。
当時の私は、将棋雑誌を捨てるのはお宝を捨てるのと同義で、とてもできなかった。そのため、この当時の雑誌がそっくり残ったのである。
それらもろもろをなぜ物置にやったかといえば、さすがに自室に置ききれなくなったのと、大山本等はもう古典で、殿堂入りにしたからだ。そして今は心の余裕がないが、これから歳を取って余裕ができたら、落ち着いてじっくり読もう、と考えていた。
だがオヤジは今回、この保存を許さなかった。当時オヤジは体を患い、半ば、終活に伴う断捨離もあったと思う。しかしそれに巻き込まれたこちらはたまったものではなかった。
だけど商売を畳み、工場とその2階にはいっぱいスペースがある。段ボール数箱分を余計に残したって、何の邪魔にもなるまい。が、一度言いだしたら聞かないオヤジの性格は、私が一番よく知っている。
それでも抵抗すれば残せたかもしれないが、ただでさえCM NOWやエロ写真集等で、かなりの量になっていた。これ以上は残せない、という負い目もあった。
さらに当時の私は廃業のショックが尾を引いており、職も見つからない状態だった。さらにプレス機の撤去はどうするか、工場の後始末はどうするか、土地の分割の問題、叔父の家の新築問題など問題山積で、とても冷静な精神状態ではなかった。思考能力がゼロだったのだ。
いずれにしても、お宝だからこそ別所(物置)に保存したのに、それゆえそっくり廃棄の対象になるとは、皮肉なことだった。
書籍や雑誌はオヤジがヒモで縛ったが、資源ゴミ扱いになるので、何日かは工場に置いてあった。
つまり私はいつでも閲覧できる状況にあったが、そうしなかった。だって観戦記のスクラップを読めば、懐かしい棋士や観戦記者がせいぞろいで、時が経つのを忘れてしまうだろう。何しろ22年間の思い出が詰まっているのだ。
大山名人や中原名人の本もそうで、1冊1冊に思い出がある。だからこそ私は、ほとんど目を通さなかった。通せなかった。
だがいま考えれば、どんどん目を通して、どんどん残せばよかったのだ。私はオヤジに見つかるのを恐れたが、いい歳をして、何を恐れているのか。
それでも私は、「将棋の受け方」と、近代将棋の別冊付録「升田のアドバイス」だけは残した。2冊くらいなら廃棄の束からなくなっても、気付かれないと思ったのだ。何とも涙ぐましい抵抗である。
なお、これらをアカシヤ書店に売ればよかったじゃないか、という声も出よう。
でも何年か前に将棋書籍を処分する時、先方に問い合わせたが、今は買取りはやってない、と断られた。それで今回も、声は掛けなかった。
それに矛盾するようだが、アカシヤ書店に売るというエネルギー?があるのなら、私はそのまま保存したと思う。
書物類はある日、処分された。それからこの悔しさは私の中で封印していたが、それが今月の15日に、突然噴出してしまった、というわけである。
とにかく私の捨てた本は、どれも稀少品ばかり。最も古いのは54年前のものだから、もう滅多に見当たらない。アカシヤ書店でも、全冊は揃わないと思う。
じゃあ今後私は、どうすればいいのか。
観戦記のスクラップは世界にひとつだけのものだったから、もうどうしようもない。
ただ大山・中原の池田書店本等は、全国の古書店に、まだ眠っているところもあろう。それで何かのついでに見つかった時に、コツコツと買い直していくしかない。だがそんなことをするくらいなら、捨てる前になぜ再保管しなかったのか、ということになる。
しかしそこを突き詰めていくとまた狂いだしそうだから、そうした目標を持って、自分自身の平静を保っているわけだ。
だがそれでも、アカシヤ書店には行けない。あそこならほとんどの本が揃うだろうが、そういう集め方は、古本マニアとして違う気がするからである。それと、予算の問題も少なからずある。
最後に、2017年11月に捨てた将棋書籍を、記憶に残っている範囲で、一覧にしておこう。本屋で買ったものと古書店で買ったものと両方あるが、まとめて記す。
▲2017年9月処分
▲2017年11月処分
▲2017年11月処分
・快勝将棋の勝ち方 大山康晴 池田書店(旧版・新版)
・快勝将棋の攻め方 大山康晴 池田書店(新版)
・快勝将棋の受け方 大山康晴 池田書店(旧版2冊)
・快勝将棋の詰め方 大山康晴 池田書店(新版)
・快勝将棋の指し方 大山康晴 池田書店(新版)
・快勝将棋は中飛車 大山康晴 池田書店(旧版・新版)
・快勝将棋は四間飛車 大山康晴 池田書店(旧版・新版)
・快勝将棋はやぐら 大山康晴 池田書店(新版)
・快勝将棋は歩で勝て 大山康晴 池田書店(新版)
・快勝将棋棋力テスト 大山康晴 池田書店(新版)
・快勝大山流振り飛車 大山康晴 池田書店(新版)
・快勝大山の将棋金言集 大山康晴 池田書店(新版)
・升田の振飛車 升田幸三 弘文社
・升田の中飛車 升田幸三 弘文社
・大山十五世名人の穴グマ振り飛車 大山康晴 池田書店
・大山十五世名人の勝つ極意 大山康晴 池田書店
・大山十五世名人の寄せと詰めの極意 大山康晴 池田書店
・中原の将棋教室 中原誠 池田書店
・中原の将棋定跡 中原誠 池田書店
・中原の急戦将棋 中原誠 池田書店
・中原の振り飛車退治 中原誠 池田書店
・中原の寄せと詰め 中原誠 池田書店
・中原の駒別次の一手<歩・香・桂> 中原誠 池田書店
・中原の駒別次の一手<銀・金・角・飛> 中原誠 池田書店
・やさしい詰将棋 佐藤大五郎 日本文芸社
・あなたの棋力を採点する3 米長邦雄 マンツーマンブックス
・大山康晴・勝つ・実戦集 大山康晴 永岡書店
・大山将棋実年パワー若手棋士斬り 大山康晴 池田書店
・明快四間飛車戦法 鈴木大介 創元社
大山・池田書店本快勝シリーズは旧版と新版があり、それを見つけるたびに購入していた。
どれもお金にかえられないお宝で、こうして書いていても、頭がクラクラする。どうしようもない。