駐車場にあるクルマのバックミラーで自分の顔を確認した私は、愕然とした。
なんと、左の鼻の穴から、数本の鼻毛が飛び出ていたのだ。
私はアキバ系オタクを絵に描いたような自分の顔が大嫌いで、旅行中はもちろん、ふだんでも自分の顔は滅多に見ることがない。しかし外出するときぐらい、鏡を見るべきだった。
この顔で昨日、LPSA金曜サロンで船戸陽子女流二段と対峙していたのかと思うと、激しい自己嫌悪に陥る。
しかし見られてしまった?ものはしょうがない。こんなもの、なんでもない。
私は気を取り直して、新橋の街をぶらぶら歩く。こうして昼ご飯の店を物色するのが楽しい。
某所で餃子定食を食し、午後1時半ごろ、某ビルに戻る。
席についてLPSA金曜サロンの棋友とおしゃべりをしていると、石橋幸緒女流王位がいらっしゃり、
「成田さんにフラッグを立てなくてよかったんですか?」
と言う。「個人でスポンサーになってもいいんですよ」。
石橋女流王位はタイトルホルダーにもかかわらず、私のようなものにも、いつもジョーク交じりでにこやかに話しかけてくださる。ありがたいことだと思う。
「いえいえ、今回は中井先生に入れてましたから」
石橋女流王位の勝利のお祝いを言い忘れたまま、私は返す。いやまったく、中井広恵天河の敗退はショックだった。いくら売り出し中の若手女子アマ強豪とはいえ、さすがに中井天河のほうが厚い、とフンでいたのだが…やはり中井天河の調子がいまひとつだったのだろうか。しかしなんであろうと、中井天河に勝つのは、文句なくスゴイ。ここは成田女子アマ王位の充実ぶりを讃えるべきである。
午後2時、準決勝開始。私は例によって2階へ降りるべく、エレベーターの前に行く。本当は階段で下りたいのだが、フロアの構造の関係で、エレベーターで降りるしかないのだ。そこへ中倉宏美女流二段が通りかかり、
「お帰りですか?」
と声をかけてくれる。
「いえ、2階で対局を拝見します。午前は残念でしたね」
「……」
さすがに気落ちしているようだ。
「いや、あ、あの、次がありますよ、次が! ほら女流王位戦とか…あっ…、次は船戸戦でしたっけ?」
「一公さんは船戸さんを応援するんですよね…」
「え、いや、な、中倉先生を応援するに決まってるじゃないですか! いま目の前で話してるんですから!」
私はまたもしどろもどろになって、怪しい激励をする。そういえば18日の将棋ペンクラブ大賞贈呈式では、船戸女流二段に、
「(女流王位戦の予選では)誰が対局者になっても、ボクだけは船戸先生を応援しますから!」
とか言いきったような気がする。まあいい。
2階の対局室へ入る。またも観戦者は少ない。
石橋女流王位×笠井友貴女流アマ名人は、石橋女流王位の中飛車に、笠井女流アマ名人は昔懐かしい玉頭位取り戦法。前局の引き角戦法もそうだったが、笠井女流アマ名人は将棋をよく勉強していると思う。
中倉彰子女流初段×成田弥穂女子アマ王位戦は、成田女子アマ王位のクラシック中飛車に、彰子女流初段は、得意の居飛車穴熊を採った。
笠井女流アマ名人は、軽くうつむいたまま、盤上没我だ。黒のパンプスがピカピカ光っている。現在大学4年だというが、来年はどの道へ進むのだろう。このまま将棋関係の職に就いてもらえればと思う。
中盤になったので、いったん3階の解説場へ戻る。
大盤は石橋×笠井戦を取り上げていた。石橋女流王位が積極的に仕掛けたが、笠井女流アマ名人が自然に受けて、笠井女流アマ名人がやや有利とのこと。
スクリーンに映っている彰子×成田戦は、やや彰子女流初段が指しやすいように思った。
この日は夕方からヤボ用があり、途中で抜けることになっている。勝利者予想は外したし、宏美女流二段は敗れたし、まあ彰子女流初段と成田女子アマ王位は勝ち残ったが、それほど後ろ髪を引かれずに、対局場をあとにすることができる。
石橋×笠井戦は、笠井女流アマ名人がさらに優位を拡げたようだ。石橋陣は穴熊に潜っているが、桂馬を跳ねているのが痛い。その下の7二から妖しく香を据えた。
再び2階の対局室に入る。
笠井女流アマ名人は、うつむいたまま微動だにしない。これは午前の対局から一貫している。その姿には魅かれるものがあるが、ちょっと固くなっている気もした。
彰子×成田戦は一進一退の攻防が続いている。成田女子アマ王位が銀取りを放置し☗1四歩と勝負手を放ったところで、その後の展開はしばし見なかったが、現在は飛車角を成りこんだ彰子女流初段が指しやすいように思われた。
彰子女流初段は、ファンを前にした時のにこやかな顔と、対局時の顔がまるで違う。対局時の顔は厳しく、近寄りがたいオーラを放っている。私はもちろんこちらの顔が好きだ。
石橋×笠井戦は、石橋女流王位がいよいよ苦しい。手がなくなって、☖7一金と締まった。苦しい時は暴発せず、じっと我慢する。この手渡しが女流トッププロならではである。ここで笠井女流アマ名人が、遊んでいる2八の飛車を働かせるべく、☗2四歩と突く気持ちの余裕があれば、殊勲の金星を獲得できると思った。
彰子×成田戦は、以下も彰子女流初段が気持ちよく攻めていたようだが、成田女子アマ王位の追い上げもすごく、☗2五桂と跳ね、端に標準をつけて、イヤミ嫌味と迫る。現在は1手を争う激戦の終盤だ。
石橋×笠井戦をのぞく。盤上には、☗2四歩が指されていた。まだ先は長いだろうが、これは笠井女流アマ名人の勝ちと断じて、彰子×成田戦に戻る。
もうそろそろ会場を出る時間だ。☗1二香に☖2一王。この局面で当然とはいえ、☗3九歩が好手だった。成田女子アマ王位には、大山康晴15世名人を思わせる受けの手がときどき出る。これは大山将棋を並べて体得したものなのか、天性のものなのか、あるいは特技である空手から習得したものなのか…。
いずれにしても、LPSAの女流棋士にはいないタイプの選手である。この将棋は成田女子アマ王位の勝ちと予想して、私は会場をあとにした。
ところが…数時間後に帰宅し、LPSAのホームページで日レスインビテーションカップの結果を見ると、意外なことになっていた。
石橋×笠井戦は、なんと石橋女流王位の勝ち。あの将棋が引っくり返ったのか。石橋女流王位、さすがの勝負術というところだが、負けた笠井女流アマ名人の心情、察するにあまりある。しかし笠井女流アマ名人は若い。これからリベンジのチャンスはいくらでもある。本当の勝負はこれからである。
彰子×成田戦は、あのあとすぐに終局したようだ。やはり成田女子アマ王位の勝ち。もう成田女子アマ王位がLPSA女流棋士に勝っても、誰も驚かない。
彰子女流初段は閉会式の参列をうっかりして、そのまま2階で成田戦の検討を続けていたという。その意気やよし。
これからの中倉姉妹の活躍を、大いに期待したい。
なんと、左の鼻の穴から、数本の鼻毛が飛び出ていたのだ。
私はアキバ系オタクを絵に描いたような自分の顔が大嫌いで、旅行中はもちろん、ふだんでも自分の顔は滅多に見ることがない。しかし外出するときぐらい、鏡を見るべきだった。
この顔で昨日、LPSA金曜サロンで船戸陽子女流二段と対峙していたのかと思うと、激しい自己嫌悪に陥る。
しかし見られてしまった?ものはしょうがない。こんなもの、なんでもない。
私は気を取り直して、新橋の街をぶらぶら歩く。こうして昼ご飯の店を物色するのが楽しい。
某所で餃子定食を食し、午後1時半ごろ、某ビルに戻る。
席についてLPSA金曜サロンの棋友とおしゃべりをしていると、石橋幸緒女流王位がいらっしゃり、
「成田さんにフラッグを立てなくてよかったんですか?」
と言う。「個人でスポンサーになってもいいんですよ」。
石橋女流王位はタイトルホルダーにもかかわらず、私のようなものにも、いつもジョーク交じりでにこやかに話しかけてくださる。ありがたいことだと思う。
「いえいえ、今回は中井先生に入れてましたから」
石橋女流王位の勝利のお祝いを言い忘れたまま、私は返す。いやまったく、中井広恵天河の敗退はショックだった。いくら売り出し中の若手女子アマ強豪とはいえ、さすがに中井天河のほうが厚い、とフンでいたのだが…やはり中井天河の調子がいまひとつだったのだろうか。しかしなんであろうと、中井天河に勝つのは、文句なくスゴイ。ここは成田女子アマ王位の充実ぶりを讃えるべきである。
午後2時、準決勝開始。私は例によって2階へ降りるべく、エレベーターの前に行く。本当は階段で下りたいのだが、フロアの構造の関係で、エレベーターで降りるしかないのだ。そこへ中倉宏美女流二段が通りかかり、
「お帰りですか?」
と声をかけてくれる。
「いえ、2階で対局を拝見します。午前は残念でしたね」
「……」
さすがに気落ちしているようだ。
「いや、あ、あの、次がありますよ、次が! ほら女流王位戦とか…あっ…、次は船戸戦でしたっけ?」
「一公さんは船戸さんを応援するんですよね…」
「え、いや、な、中倉先生を応援するに決まってるじゃないですか! いま目の前で話してるんですから!」
私はまたもしどろもどろになって、怪しい激励をする。そういえば18日の将棋ペンクラブ大賞贈呈式では、船戸女流二段に、
「(女流王位戦の予選では)誰が対局者になっても、ボクだけは船戸先生を応援しますから!」
とか言いきったような気がする。まあいい。
2階の対局室へ入る。またも観戦者は少ない。
石橋女流王位×笠井友貴女流アマ名人は、石橋女流王位の中飛車に、笠井女流アマ名人は昔懐かしい玉頭位取り戦法。前局の引き角戦法もそうだったが、笠井女流アマ名人は将棋をよく勉強していると思う。
中倉彰子女流初段×成田弥穂女子アマ王位戦は、成田女子アマ王位のクラシック中飛車に、彰子女流初段は、得意の居飛車穴熊を採った。
笠井女流アマ名人は、軽くうつむいたまま、盤上没我だ。黒のパンプスがピカピカ光っている。現在大学4年だというが、来年はどの道へ進むのだろう。このまま将棋関係の職に就いてもらえればと思う。
中盤になったので、いったん3階の解説場へ戻る。
大盤は石橋×笠井戦を取り上げていた。石橋女流王位が積極的に仕掛けたが、笠井女流アマ名人が自然に受けて、笠井女流アマ名人がやや有利とのこと。
スクリーンに映っている彰子×成田戦は、やや彰子女流初段が指しやすいように思った。
この日は夕方からヤボ用があり、途中で抜けることになっている。勝利者予想は外したし、宏美女流二段は敗れたし、まあ彰子女流初段と成田女子アマ王位は勝ち残ったが、それほど後ろ髪を引かれずに、対局場をあとにすることができる。
石橋×笠井戦は、笠井女流アマ名人がさらに優位を拡げたようだ。石橋陣は穴熊に潜っているが、桂馬を跳ねているのが痛い。その下の7二から妖しく香を据えた。
再び2階の対局室に入る。
笠井女流アマ名人は、うつむいたまま微動だにしない。これは午前の対局から一貫している。その姿には魅かれるものがあるが、ちょっと固くなっている気もした。
彰子×成田戦は一進一退の攻防が続いている。成田女子アマ王位が銀取りを放置し☗1四歩と勝負手を放ったところで、その後の展開はしばし見なかったが、現在は飛車角を成りこんだ彰子女流初段が指しやすいように思われた。
彰子女流初段は、ファンを前にした時のにこやかな顔と、対局時の顔がまるで違う。対局時の顔は厳しく、近寄りがたいオーラを放っている。私はもちろんこちらの顔が好きだ。
石橋×笠井戦は、石橋女流王位がいよいよ苦しい。手がなくなって、☖7一金と締まった。苦しい時は暴発せず、じっと我慢する。この手渡しが女流トッププロならではである。ここで笠井女流アマ名人が、遊んでいる2八の飛車を働かせるべく、☗2四歩と突く気持ちの余裕があれば、殊勲の金星を獲得できると思った。
彰子×成田戦は、以下も彰子女流初段が気持ちよく攻めていたようだが、成田女子アマ王位の追い上げもすごく、☗2五桂と跳ね、端に標準をつけて、イヤミ嫌味と迫る。現在は1手を争う激戦の終盤だ。
石橋×笠井戦をのぞく。盤上には、☗2四歩が指されていた。まだ先は長いだろうが、これは笠井女流アマ名人の勝ちと断じて、彰子×成田戦に戻る。
もうそろそろ会場を出る時間だ。☗1二香に☖2一王。この局面で当然とはいえ、☗3九歩が好手だった。成田女子アマ王位には、大山康晴15世名人を思わせる受けの手がときどき出る。これは大山将棋を並べて体得したものなのか、天性のものなのか、あるいは特技である空手から習得したものなのか…。
いずれにしても、LPSAの女流棋士にはいないタイプの選手である。この将棋は成田女子アマ王位の勝ちと予想して、私は会場をあとにした。
ところが…数時間後に帰宅し、LPSAのホームページで日レスインビテーションカップの結果を見ると、意外なことになっていた。
石橋×笠井戦は、なんと石橋女流王位の勝ち。あの将棋が引っくり返ったのか。石橋女流王位、さすがの勝負術というところだが、負けた笠井女流アマ名人の心情、察するにあまりある。しかし笠井女流アマ名人は若い。これからリベンジのチャンスはいくらでもある。本当の勝負はこれからである。
彰子×成田戦は、あのあとすぐに終局したようだ。やはり成田女子アマ王位の勝ち。もう成田女子アマ王位がLPSA女流棋士に勝っても、誰も驚かない。
彰子女流初段は閉会式の参列をうっかりして、そのまま2階で成田戦の検討を続けていたという。その意気やよし。
これからの中倉姉妹の活躍を、大いに期待したい。