(25日のつづき)
私がいただいた整理番号は「24」。これがどこで引かれるかがカギである。
ときに13時35分。これから4時間近く、マスターのめくるめくマジックショーが展開されるのである。
マスターは挨拶もそこそこに、客から指輪を所望する。すると、客席から4つが出された。それをマスターは小さな木箱に入れる。振ると、最初はカタカタ鳴っていたが、下からライターの火であぶると、やがて音がしなくなって……。
いつもながらに手際のよいマジックである。そしていつもながら、マスターは若い。私が初めてマスターにお会いしたのはいまから24年前だが、現在は老眼鏡を掛けたくらいで、全然風貌が変わっていない。
対して私はブクブク太り、しかもここ数年は禿げ散らかして、往年の面影はない。マスターに言わせれば、「毎年訓話を述べているのに、あなたはなんて怠惰な生活をしているんですか」というところだろう。
マスターがお札と小銭を所望する。私は積極的に出せば出せるのだが、マスターに望まれていない気がするので、傍観するのみである。
マスターは千円札を取ると小さく折り畳み、それを中空に浮かせた。途端にどよめきというか、歓声が上がる。きょうの男女比は4:21で、圧倒的に女性が多く、驚きの声にもハリがある。私にはこれこそが夢空間である。
マスターがESPカードを取り出した。まずはカウンターの4人対マスターの勝負で、カウンターの女性が出したマークを、マスターが当てるのである。そしてそれはもちろん当たった。
その別バージョンをやったとき、3番の女性が、4枚目のカードと5枚目のカードを、土壇場になって入れ替えた。
その2枚を開けると、マスターの予言したカードとは逆だった。
これは3番の女性がやり過ぎたというべきだろう。ここでのマジックは、マスターと私たちでいっしょに作り上げていくものである。私が1999年に続いて2000年にお邪魔したとき、マスターに好きなマークと数字を言ってくださいと言われ、私は「スペードの7」と答えた。そのときマスターに理由を聞かれた私は、「昨年もそう答えたから」と言った。これなど場を白けさせる最たる言葉で、配慮がなかったと反省している。
今回の女性もカードを取り換えるべきではなかった。
壁には新たなチェキがどんどん貼られている。今年は藤岡弘、が娘さん3人を伴って来たそうだ。藤岡弘、はあんでるせんの常連で、私たち常連にはお馴染みである。
あんでるせんのことだから芸能人もVIP扱いせずほかのお客といっしょに観戦するのだろうが、私は一度も芸能人とご一緒したことがない。観月ありさとは、1日違いだったことはある。
ちなみに、将棋界からも1人ここに来ているのを私は知っている。だって……。
マジックはどんどん進み、カードマジックとなる。お客さんから「ストップ」を4回聞き、そのたびにカウンターにカードを出す。そしてポータブルプレイヤーからウルトラセブンのイントロが流れ、カードを開くと、歌に合わせて7が4種類出る、アレである。
だが今年は、最初の3枚は7が出たが、4枚目を開くとき、マスターが「あれ?」とつぶやいた。
果たして開いたカードは「6」。このマジックでの失敗を初めて見た。いや、昨年は「A」「K」「B」「4」「8」で、4と8が逆だったか。
まあ、このくらいの失敗はなんでもない。
マスターがルービックキューブを2個取り出した。そのふたつを客に渡し、色を合わせてもらう。
しかし短時間では色が揃うはずもなく、うちひとつをマスターが引き取った。残り1つは客が持っている。
マスターは「19手か」とつぶやき、「皆さんちょっとだけ静かにしてください」と続ける。
マスターが頭上でルービックキューブを慎重に捜査する。
しばらくして、マスターがコトリ、とルービックキューブをカウンターに置いた。
「あなた、そのキューブをこちらに寄越してください」
さっきの客からキューブが手渡される。その2つは6面とも、そっくり同じ配色だった――。
お次は「恋人当て」である。最後方のお母さんが当たった。お母さんは、マスターの「好きな人の名前をキッチリ聞きたいですか? それとも何となくがいいですか?」の問いに、「キッチリでお願いします」ときっぱりと言った。
マスターがお母さんにメモを渡し、ご主人の名前を書かせる。するとマスターがすぐに、ご主人の名前を言う。
彼女が紙片を拡げると、まさにその名前が書かれていた。
「でも愛情が半分になってますよ。字が小さいです」
「そうかも……」
お次は、マスターが円周率の本を出す。そして、電卓を客に渡し、数人に任意の数字を打たせた。最後は4ケタになり、その数字を客が読み上げると、マスターは「○ページの上から○行目、左から○番目」と言う。もちろんその数字は、電卓が示す数字と同じだった。
マスターは円周率の数字をすべて記憶しているのだ。これなど、マジックを通り越してすごい。
……などなど、これらを文字に書くことがバカバカしくなってきた。マジックなぞ百聞は一見に如かずで、実際に見なければ意味がない。
「ここまでいろいろマジックをやってきましたけど、いままで一度も笑ってない方が2人いますよ」
と、マスターが真顔で言う。
マスターは客に対して厳しいところがあり、始終ぼーっとしていた客にキレたこともある。自身も真剣にやっているのだから、あなた方も真剣に聞いてください、ということなのだろう。
今度はコインマジックである。100円玉を3つに割る。100円玉をペロンとなでて、曲げてしまう。100円玉にボールペンを刺して貫通させてしまう。などなど、マジックと呼ぶにはあまりにもレベル違いのマジックが披露される。
マスターがコーヒーの缶を取り出し、カウンターの女性に渡す。そして100円玉を渡し、缶の底から通過させようとする。
素人にこんなことができるわけがないが、ちょっと彼女にはできそうな雰囲気があった。
彼女は左の掌に100円玉を置き、その上にコーヒー缶を乗せた。そして軽く振ると、100円玉は缶の中に「入った」のだった。
楽しかったマジックも、最終盤である。マスターが全員にルービックキューブを渡す。3番の客は見守り役で、今回はプレイしない。4枚のカードから、何とかいう犬が選ばれた。
カウンターには大きい木枠が立てられた。縦6×横4で、その空間にはキューブが入りそうだ。私たちは適当にキューブを回し、戻す。
それをマスターらが適当に木枠に嵌めていく。全部埋まったところでそのキューブをこちら側に向けると、それは犬の絵になっていた。最後に全員で大仕事をしたわけだ。
そろそろお開きである。マスターは最後に、
「かくも己は不幸だと首を垂れて歩いていると、前を歩いている人の埃をかぶってばかりになります」
と言った。
「過去なんて生ゴミだ」
はマスターの名言だが、こうした講話を毎年聞きながら、私はちっとも進歩しない。だからいい歳をして結婚すらできなかった。
17時15分、お開きとなった。そして今回、私は一度もカードが引かれなかった。これは25回目にして、初めてである。これはマスターが意図的に私を外したのか。それとも、たまたまか。
このあとは恒例のスプーン購入である。私が1本買うと、マスターが私の頭頂部に、気を入れてくれた。
いつもはこれで終わりなのだが、今回はマスターが両手を拡げ「がんばって」と言った。
「?」
よく聞き取れず怪訝な顔をしていると、再びマスターが「がんばって」と言い。私を包むような仕草をした。
私がよほどシケた顔をしていたのだろう。もうちょっと頑張らないとな、と思った。
(つづく)
私がいただいた整理番号は「24」。これがどこで引かれるかがカギである。
ときに13時35分。これから4時間近く、マスターのめくるめくマジックショーが展開されるのである。
マスターは挨拶もそこそこに、客から指輪を所望する。すると、客席から4つが出された。それをマスターは小さな木箱に入れる。振ると、最初はカタカタ鳴っていたが、下からライターの火であぶると、やがて音がしなくなって……。
いつもながらに手際のよいマジックである。そしていつもながら、マスターは若い。私が初めてマスターにお会いしたのはいまから24年前だが、現在は老眼鏡を掛けたくらいで、全然風貌が変わっていない。
対して私はブクブク太り、しかもここ数年は禿げ散らかして、往年の面影はない。マスターに言わせれば、「毎年訓話を述べているのに、あなたはなんて怠惰な生活をしているんですか」というところだろう。
マスターがお札と小銭を所望する。私は積極的に出せば出せるのだが、マスターに望まれていない気がするので、傍観するのみである。
マスターは千円札を取ると小さく折り畳み、それを中空に浮かせた。途端にどよめきというか、歓声が上がる。きょうの男女比は4:21で、圧倒的に女性が多く、驚きの声にもハリがある。私にはこれこそが夢空間である。
マスターがESPカードを取り出した。まずはカウンターの4人対マスターの勝負で、カウンターの女性が出したマークを、マスターが当てるのである。そしてそれはもちろん当たった。
その別バージョンをやったとき、3番の女性が、4枚目のカードと5枚目のカードを、土壇場になって入れ替えた。
その2枚を開けると、マスターの予言したカードとは逆だった。
これは3番の女性がやり過ぎたというべきだろう。ここでのマジックは、マスターと私たちでいっしょに作り上げていくものである。私が1999年に続いて2000年にお邪魔したとき、マスターに好きなマークと数字を言ってくださいと言われ、私は「スペードの7」と答えた。そのときマスターに理由を聞かれた私は、「昨年もそう答えたから」と言った。これなど場を白けさせる最たる言葉で、配慮がなかったと反省している。
今回の女性もカードを取り換えるべきではなかった。
壁には新たなチェキがどんどん貼られている。今年は藤岡弘、が娘さん3人を伴って来たそうだ。藤岡弘、はあんでるせんの常連で、私たち常連にはお馴染みである。
あんでるせんのことだから芸能人もVIP扱いせずほかのお客といっしょに観戦するのだろうが、私は一度も芸能人とご一緒したことがない。観月ありさとは、1日違いだったことはある。
ちなみに、将棋界からも1人ここに来ているのを私は知っている。だって……。
マジックはどんどん進み、カードマジックとなる。お客さんから「ストップ」を4回聞き、そのたびにカウンターにカードを出す。そしてポータブルプレイヤーからウルトラセブンのイントロが流れ、カードを開くと、歌に合わせて7が4種類出る、アレである。
だが今年は、最初の3枚は7が出たが、4枚目を開くとき、マスターが「あれ?」とつぶやいた。
果たして開いたカードは「6」。このマジックでの失敗を初めて見た。いや、昨年は「A」「K」「B」「4」「8」で、4と8が逆だったか。
まあ、このくらいの失敗はなんでもない。
マスターがルービックキューブを2個取り出した。そのふたつを客に渡し、色を合わせてもらう。
しかし短時間では色が揃うはずもなく、うちひとつをマスターが引き取った。残り1つは客が持っている。
マスターは「19手か」とつぶやき、「皆さんちょっとだけ静かにしてください」と続ける。
マスターが頭上でルービックキューブを慎重に捜査する。
しばらくして、マスターがコトリ、とルービックキューブをカウンターに置いた。
「あなた、そのキューブをこちらに寄越してください」
さっきの客からキューブが手渡される。その2つは6面とも、そっくり同じ配色だった――。
お次は「恋人当て」である。最後方のお母さんが当たった。お母さんは、マスターの「好きな人の名前をキッチリ聞きたいですか? それとも何となくがいいですか?」の問いに、「キッチリでお願いします」ときっぱりと言った。
マスターがお母さんにメモを渡し、ご主人の名前を書かせる。するとマスターがすぐに、ご主人の名前を言う。
彼女が紙片を拡げると、まさにその名前が書かれていた。
「でも愛情が半分になってますよ。字が小さいです」
「そうかも……」
お次は、マスターが円周率の本を出す。そして、電卓を客に渡し、数人に任意の数字を打たせた。最後は4ケタになり、その数字を客が読み上げると、マスターは「○ページの上から○行目、左から○番目」と言う。もちろんその数字は、電卓が示す数字と同じだった。
マスターは円周率の数字をすべて記憶しているのだ。これなど、マジックを通り越してすごい。
……などなど、これらを文字に書くことがバカバカしくなってきた。マジックなぞ百聞は一見に如かずで、実際に見なければ意味がない。
「ここまでいろいろマジックをやってきましたけど、いままで一度も笑ってない方が2人いますよ」
と、マスターが真顔で言う。
マスターは客に対して厳しいところがあり、始終ぼーっとしていた客にキレたこともある。自身も真剣にやっているのだから、あなた方も真剣に聞いてください、ということなのだろう。
今度はコインマジックである。100円玉を3つに割る。100円玉をペロンとなでて、曲げてしまう。100円玉にボールペンを刺して貫通させてしまう。などなど、マジックと呼ぶにはあまりにもレベル違いのマジックが披露される。
マスターがコーヒーの缶を取り出し、カウンターの女性に渡す。そして100円玉を渡し、缶の底から通過させようとする。
素人にこんなことができるわけがないが、ちょっと彼女にはできそうな雰囲気があった。
彼女は左の掌に100円玉を置き、その上にコーヒー缶を乗せた。そして軽く振ると、100円玉は缶の中に「入った」のだった。
楽しかったマジックも、最終盤である。マスターが全員にルービックキューブを渡す。3番の客は見守り役で、今回はプレイしない。4枚のカードから、何とかいう犬が選ばれた。
カウンターには大きい木枠が立てられた。縦6×横4で、その空間にはキューブが入りそうだ。私たちは適当にキューブを回し、戻す。
それをマスターらが適当に木枠に嵌めていく。全部埋まったところでそのキューブをこちら側に向けると、それは犬の絵になっていた。最後に全員で大仕事をしたわけだ。
そろそろお開きである。マスターは最後に、
「かくも己は不幸だと首を垂れて歩いていると、前を歩いている人の埃をかぶってばかりになります」
と言った。
「過去なんて生ゴミだ」
はマスターの名言だが、こうした講話を毎年聞きながら、私はちっとも進歩しない。だからいい歳をして結婚すらできなかった。
17時15分、お開きとなった。そして今回、私は一度もカードが引かれなかった。これは25回目にして、初めてである。これはマスターが意図的に私を外したのか。それとも、たまたまか。
このあとは恒例のスプーン購入である。私が1本買うと、マスターが私の頭頂部に、気を入れてくれた。
いつもはこれで終わりなのだが、今回はマスターが両手を拡げ「がんばって」と言った。
「?」
よく聞き取れず怪訝な顔をしていると、再びマスターが「がんばって」と言い。私を包むような仕草をした。
私がよほどシケた顔をしていたのだろう。もうちょっと頑張らないとな、と思った。
(つづく)