お茶屋の店頭には年末ジャンボ宝くじの幟がたなびき、出入り口のガラスには、宝くじ各種のポスター、高額当選金の実績などが掲げられていた。ここは、その筋の販売で有名なのか?
私は近くの交通整理員に聞いてみる。私はこの初夏から、この類の人には親近感を抱いているのだ。
「なんでこんなに客が来てるんですか?」
「ここは宝くじが当たるんで有名なところでしてね」
やはりそうか。「ほら、あそこに店の電話番号が書いてありますでしょ」
庇の幌のところだ。「××―1192。いいくじ、と読めるわけです」
「ほう」
その左には、「銘茶 たばこ 宝くじ 冨田園茶舗」とあった。
「最たる例があそこの○○屋さん。1等が当たったんですよ」
「おおお」
「それでもう、県外からお客さんがワンサカ来るようになって……」
「……」
それで交通整理員まで雇って?いるのだから、物凄い売り上げということだろう。
私は年末ジャンボ宝くじを買ったり買わなかったりだが、今年は買うつもりだった。今回はちょうどいい機会で、買うしかないと思った。
年末ジャンボは連番、バラがそれぞれ箱に入れられており、客は自由に取ることができた。これなら恨みっこなしだ。
私は連番20枚、バラ10枚を買った。が、欲の皮を突っ張らかして、バラも20枚にした。
「12,000円です」
店員さんが散文的に言う。が、私の指に連番がもう1袋くっついてきた。
「15,000円です」
「いや、これは違います、買いません。
……でもこれが運命の分かれ道だったりして」
私は冗談めかして言ったが、実際そうだったのではないか? 私は10億円をみすみす手放してしまったのではないか?
私は気を取り直し、お茶を買う。1,000円だったが、いい買い物をした。
しかし駅に戻る時も、あの手放した宝くじが気になって仕方がない。あれは本当に10億円だったのではないか?
私は財布をまさぐった。残金は1万円と、あといくらだろう。だが、家を出る時1万円を足したおかげで、宝くじを15,000円分買おうと思えばできた。これが微妙な綾で、私に「買え」という、神様の計らいだったとも思えるのだ。
そう考えると、私はますます落ち込むのだった。
伊万里駅前からは高速バスに乗った。博多までは鉄路で行っても似た額だが、さすがの私も乗り換えが面倒だし、高速バスは誰に気兼ねすることなくのんびりできるからいいのだ。
天神日銀前までは1,880円。ポケットには千円札を2枚忍ばせたが、小銭で880円あった。
天神日銀前でピッタリを払い、降車。いつもの天神バスターミナルでなかったのでかなり迷ったが、福岡市役所ふれあい広場になんとか着いた。いつもの「天神クリスマスマーケット」である。
今年もきらびやかにライトアップされているが、私はここに来るのが目的なので、もう中には入らなかった。
ちょっとお腹が空いた。中洲川端の商店街に「ウエスト」があったので入る。頼むはもちろん「ごぼ天うどん」(大盛り)である。福岡のうどんはコシがないが喉ごしがよく、つるつる食べられて、私は好きだ。
会計は560円。しかしSuicaは使えないとのことで、小銭をかき集めたら、5円や1円を除き、470円しかなかった。さっきは560円あると思ったのに、錯覚だったか……。
レジには「千円札が不足しています」の張り紙がある。だがないものはなく、私は最後の壱万円札を使うしかなかった。
気を取り直して、博多駅前に行く。ここは「博多クリスマスマーケット」と名前を変える。ここもお馴染みの光景で、1年振りに帰ってきたという感慨がある。しかし何というか、客の熱気が昨年ほどではないような気がした。
一回りしてくると、たぶん有名なソプラノ歌手だと思うが、ステージで素晴しい歌声を響かせていた。無料で楽しめるステージは醍醐味で、私はさっぽろ雪まつりが懐かしくなった。
時刻は午後8時にならんとしている。帰りの飛行機は21時05分なので、もう空港に向かうしかない。
博多空港に着くと、多くの客が手荷物検査場に並んでいた。時間に余裕を持たせたのに、けっこう際どかった。
飛行機はANAとスタ―フライヤーの共同運航便。機材はスターフライヤーで、背もたれの液晶画面がよかった。
無事離陸・着陸し、帰りも京急を使い、12時前に自宅に着いた。これにて1泊2日の現実逃避は終了である。
風呂に入る前にジーパンのポケットをまさぐると、なぜか千円札が出てきた。
伊万里からの高速バスのとき用意していたおカネだ。だが一部は小銭で払ったため、この千円札は使わなかったのだ。
ということは、ウエストで壱万円札を使う必要はなかったのだ。
私は呆れるしかなかった。
それはいいとして、問題は年末ジャンボである。決戦は2021年12月31日。
ここで10億円が当たればいいが、外れたら、私が買わなかったあの宝くじが、10億円だった可能性がある。
さて結果やいかに。
(おわり)
私は近くの交通整理員に聞いてみる。私はこの初夏から、この類の人には親近感を抱いているのだ。
「なんでこんなに客が来てるんですか?」
「ここは宝くじが当たるんで有名なところでしてね」
やはりそうか。「ほら、あそこに店の電話番号が書いてありますでしょ」
庇の幌のところだ。「××―1192。いいくじ、と読めるわけです」
「ほう」
その左には、「銘茶 たばこ 宝くじ 冨田園茶舗」とあった。
「最たる例があそこの○○屋さん。1等が当たったんですよ」
「おおお」
「それでもう、県外からお客さんがワンサカ来るようになって……」
「……」
それで交通整理員まで雇って?いるのだから、物凄い売り上げということだろう。
私は年末ジャンボ宝くじを買ったり買わなかったりだが、今年は買うつもりだった。今回はちょうどいい機会で、買うしかないと思った。
年末ジャンボは連番、バラがそれぞれ箱に入れられており、客は自由に取ることができた。これなら恨みっこなしだ。
私は連番20枚、バラ10枚を買った。が、欲の皮を突っ張らかして、バラも20枚にした。
「12,000円です」
店員さんが散文的に言う。が、私の指に連番がもう1袋くっついてきた。
「15,000円です」
「いや、これは違います、買いません。
……でもこれが運命の分かれ道だったりして」
私は冗談めかして言ったが、実際そうだったのではないか? 私は10億円をみすみす手放してしまったのではないか?
私は気を取り直し、お茶を買う。1,000円だったが、いい買い物をした。
しかし駅に戻る時も、あの手放した宝くじが気になって仕方がない。あれは本当に10億円だったのではないか?
私は財布をまさぐった。残金は1万円と、あといくらだろう。だが、家を出る時1万円を足したおかげで、宝くじを15,000円分買おうと思えばできた。これが微妙な綾で、私に「買え」という、神様の計らいだったとも思えるのだ。
そう考えると、私はますます落ち込むのだった。
伊万里駅前からは高速バスに乗った。博多までは鉄路で行っても似た額だが、さすがの私も乗り換えが面倒だし、高速バスは誰に気兼ねすることなくのんびりできるからいいのだ。
天神日銀前までは1,880円。ポケットには千円札を2枚忍ばせたが、小銭で880円あった。
天神日銀前でピッタリを払い、降車。いつもの天神バスターミナルでなかったのでかなり迷ったが、福岡市役所ふれあい広場になんとか着いた。いつもの「天神クリスマスマーケット」である。
今年もきらびやかにライトアップされているが、私はここに来るのが目的なので、もう中には入らなかった。
ちょっとお腹が空いた。中洲川端の商店街に「ウエスト」があったので入る。頼むはもちろん「ごぼ天うどん」(大盛り)である。福岡のうどんはコシがないが喉ごしがよく、つるつる食べられて、私は好きだ。
会計は560円。しかしSuicaは使えないとのことで、小銭をかき集めたら、5円や1円を除き、470円しかなかった。さっきは560円あると思ったのに、錯覚だったか……。
レジには「千円札が不足しています」の張り紙がある。だがないものはなく、私は最後の壱万円札を使うしかなかった。
気を取り直して、博多駅前に行く。ここは「博多クリスマスマーケット」と名前を変える。ここもお馴染みの光景で、1年振りに帰ってきたという感慨がある。しかし何というか、客の熱気が昨年ほどではないような気がした。
一回りしてくると、たぶん有名なソプラノ歌手だと思うが、ステージで素晴しい歌声を響かせていた。無料で楽しめるステージは醍醐味で、私はさっぽろ雪まつりが懐かしくなった。
時刻は午後8時にならんとしている。帰りの飛行機は21時05分なので、もう空港に向かうしかない。
博多空港に着くと、多くの客が手荷物検査場に並んでいた。時間に余裕を持たせたのに、けっこう際どかった。
飛行機はANAとスタ―フライヤーの共同運航便。機材はスターフライヤーで、背もたれの液晶画面がよかった。
無事離陸・着陸し、帰りも京急を使い、12時前に自宅に着いた。これにて1泊2日の現実逃避は終了である。
風呂に入る前にジーパンのポケットをまさぐると、なぜか千円札が出てきた。
伊万里からの高速バスのとき用意していたおカネだ。だが一部は小銭で払ったため、この千円札は使わなかったのだ。
ということは、ウエストで壱万円札を使う必要はなかったのだ。
私は呆れるしかなかった。
それはいいとして、問題は年末ジャンボである。決戦は2021年12月31日。
ここで10億円が当たればいいが、外れたら、私が買わなかったあの宝くじが、10億円だった可能性がある。
さて結果やいかに。
(おわり)