(つづく)
室谷由紀女流二段は△2九銀成。ここは竜もあるが、すでに何手か動いたので、銀に活躍の場を譲ったのだ。中村桃子女流初段は、「次の対戦を楽しみにしておる。今日はここまでじゃ。無念じゃ」と投了した。
【投了図は△2九銀成まで】
この勝敗はすかさず織田信長に伝えられた。
対局者のコメント。
由紀女流二段「駒たちがよく動いてくれて、見晴らしもよくて、またこの舞台で指したいと思いました」
桃子女流初段「きょうは皆さんといっしょに将棋を指しているような一体感を味わいました。またこの場でリベンジできるようにがんばります」
続いて阿部健治郎七段。「銀冠からすべての駒を活用して、最後は綺麗な詰みだったと思います」
聞き手の北尾まどか女流二段。「おふたりの掛け合いが楽しくて、いいイベントだったと思います」
最後に西軍の勝鬨が行われる。由紀女流二段と20人の兵がズラッと並び、「エイ、エイ、オー!!」とやった。将棋は孤独な戦いだが、これはある種の団体戦であり、由紀女流二段のよろこびも格別だったと思われる。感動的な大団円であった。
この後は由紀女流二段と阿部七段、武者らによる「縁起餅まき」があるらしい。しかしその後、私は衝撃的な放送を聞くことになる。それは何と、3時からの指導対局の参加者への案内だった。
…何!? もう参加者は決まったのか!? そんな受付、どこでやってたのだ!?
私もこの手の放送には気を付けていたのだが、受付云々は聞かなかった。どこかで一言言ってくれてもいいじゃないか!
私が人間将棋に夢中になっていたのも悪いのだが、納得がいかない。本日最大の楽しみが奪われて、私は消沈した。
室谷女流二段らの餅まきが始まった。もしキャッチできれば一生の宝物になるが、まあこういうモノは捕れないとしたものだ。私は室谷女流二段の笑顔を目に焼き付けるに留まった。ただ何だか、流れがすごく悪くなっていた。
とりあえず人間将棋会場を出ると、フーリオ君がいた。午前中も見たが、先月の府中に続き、また彼に再会できるとは思わなかった。もはやフーリオだけだ、私を癒してくれるのは。
人間将棋会場では、参加者の記念撮影が行われていた。
このあとの指導対局者は、阿部七段、室谷女流二段、中村女流初段であろう。女流のふたりに指導を受けるファンは夢心地だろうが、私はおもしろくない。もう帰っちゃおうかと思ったが、ホテルにチェックインするには早すぎるし、ほかに行きたいところもない。結局私は指導対局を見るしかないのだった。
裏の原っぱにはすでに準備がなされていた。対局を待つ客の中に、東京で見た愛棋家が何人かいた。彼らがそこに座っているということは、ちゃんと受付を済ませたということだ。クソッ、いまいましい。彼らもわざわざ山形くんだりまで、ご苦労なこった。
まず阿部七段が現れ、指導対局を始めた。盤面は数えていないが、たぶん15面指しだろう。ちなみに9年前の私は片上大輔六段に当たり、飛車落ちで教えていただいたものだ。
やや遅れて、室谷女流二段と中村女流初段も登場した。おふたりとも春の装いだ。そして、何という美しさであろう。満開の桜か、室谷由紀か中村桃子か、というところである。
私はカメラを構えたが、あれっと思った。このシチュエーションなら、ここでうんうん将棋を考えるより、観戦者として室谷女流二段と中村女流初段を撮影させていただくほうがベターなのではないか?
で、さっそく室谷女流二段を撮った。こんな至近距離で撮るのは初めてで、緊張する。関係者からお咎めがあればすぐにカメラを仕舞うつもりだったが、撮影は黙認のようだった。何だかカメラ小僧の血が騒いできた。
室谷女流二段が髪をかき上げる。左手の人差し指に指環がはめられている。これの意味するところを由紀ファンは理解しないといけないと思う。
あ、いま室谷女流二段がこっちを見たんじゃないか? な、何で私がオロオロしなくちゃいけないんだろう。盗撮しているわけじゃないのに、咎められた気分だ。
中村女流初段のほうに行ってみる。ふたりは並んで指しているので、私の移動距離が短くて済むのだ。
彼女は室谷女流二段比べてやや顔を上げているので撮りやすい。既婚女流棋士には関心度は落ちるが、中村女流初段のみずみずしさは特筆モノだと思う。
傍らでは一般の将棋も行われている。ガタイのいいサングラスのオッサンが、女性相手に3面指しをしている。しかも彼の横にも美女がいる。彼はカタギじゃないなと思った。
奥の阿部七段は黙々と指している。私は室谷女流二段と山口女流初段を交互に撮り、合間に阿部七段を撮る感じだ。
対局者は年配の男性からちびっ子諸君まで幅広い。中には妙齢の女性もいるが、そこは女流棋士のお姉様が、巧妙に緩めてくれるのだろう。
…あれっ!? ミスター中飛車氏!? さっきのサングラスのオッサンがサングラスを外したら、ミスター中飛車氏だった!!
人恋しさもあって、私はつい声を掛けてしまった。
それにしても中飛車氏、天童まで来て女性相手に3面指しとは、訳が分からない。彼女らは現地調達なのか、東京から同行してきたのか。
何だかそこに触れてはいけない気がして、たいして話もせず、私はその場を離れた。
対局開始から小一時間、そろそろ終わったところも出てきたようだ。室谷女流二段は感想戦に入ると、しゃがむ。つまり対局者の眼下に室谷女流二段の顔が位置するわけだ。それで下から見つめられたらたまらない。男性陣はこれで全員陥落する。由紀教の仲間入りというわけだ。
感想戦が終わると、女流棋士から終了証が渡されていた。
中村女流初段の一局は、詰むや詰まざるやになっている。
第1図から男性氏は▲7一角と打ったが、中村女流初段は「…うーん、ちょっと詰まないようです」と、指し直しを促す。「たぶん、ほかの順で詰みがあると思います」
この辺が女流棋士の優しいところで、負けることに抵抗がない。ちなみに私だったら、ニンマリしてそのまま進めてしまう。
私も考えるが、17手詰のようだ。
(つづく)
【投了図は△2九銀成まで】
この勝敗はすかさず織田信長に伝えられた。
対局者のコメント。
由紀女流二段「駒たちがよく動いてくれて、見晴らしもよくて、またこの舞台で指したいと思いました」
桃子女流初段「きょうは皆さんといっしょに将棋を指しているような一体感を味わいました。またこの場でリベンジできるようにがんばります」
続いて阿部健治郎七段。「銀冠からすべての駒を活用して、最後は綺麗な詰みだったと思います」
聞き手の北尾まどか女流二段。「おふたりの掛け合いが楽しくて、いいイベントだったと思います」
最後に西軍の勝鬨が行われる。由紀女流二段と20人の兵がズラッと並び、「エイ、エイ、オー!!」とやった。将棋は孤独な戦いだが、これはある種の団体戦であり、由紀女流二段のよろこびも格別だったと思われる。感動的な大団円であった。
この後は由紀女流二段と阿部七段、武者らによる「縁起餅まき」があるらしい。しかしその後、私は衝撃的な放送を聞くことになる。それは何と、3時からの指導対局の参加者への案内だった。
…何!? もう参加者は決まったのか!? そんな受付、どこでやってたのだ!?
私もこの手の放送には気を付けていたのだが、受付云々は聞かなかった。どこかで一言言ってくれてもいいじゃないか!
私が人間将棋に夢中になっていたのも悪いのだが、納得がいかない。本日最大の楽しみが奪われて、私は消沈した。
室谷女流二段らの餅まきが始まった。もしキャッチできれば一生の宝物になるが、まあこういうモノは捕れないとしたものだ。私は室谷女流二段の笑顔を目に焼き付けるに留まった。ただ何だか、流れがすごく悪くなっていた。
とりあえず人間将棋会場を出ると、フーリオ君がいた。午前中も見たが、先月の府中に続き、また彼に再会できるとは思わなかった。もはやフーリオだけだ、私を癒してくれるのは。
人間将棋会場では、参加者の記念撮影が行われていた。
このあとの指導対局者は、阿部七段、室谷女流二段、中村女流初段であろう。女流のふたりに指導を受けるファンは夢心地だろうが、私はおもしろくない。もう帰っちゃおうかと思ったが、ホテルにチェックインするには早すぎるし、ほかに行きたいところもない。結局私は指導対局を見るしかないのだった。
裏の原っぱにはすでに準備がなされていた。対局を待つ客の中に、東京で見た愛棋家が何人かいた。彼らがそこに座っているということは、ちゃんと受付を済ませたということだ。クソッ、いまいましい。彼らもわざわざ山形くんだりまで、ご苦労なこった。
まず阿部七段が現れ、指導対局を始めた。盤面は数えていないが、たぶん15面指しだろう。ちなみに9年前の私は片上大輔六段に当たり、飛車落ちで教えていただいたものだ。
やや遅れて、室谷女流二段と中村女流初段も登場した。おふたりとも春の装いだ。そして、何という美しさであろう。満開の桜か、室谷由紀か中村桃子か、というところである。
私はカメラを構えたが、あれっと思った。このシチュエーションなら、ここでうんうん将棋を考えるより、観戦者として室谷女流二段と中村女流初段を撮影させていただくほうがベターなのではないか?
で、さっそく室谷女流二段を撮った。こんな至近距離で撮るのは初めてで、緊張する。関係者からお咎めがあればすぐにカメラを仕舞うつもりだったが、撮影は黙認のようだった。何だかカメラ小僧の血が騒いできた。
室谷女流二段が髪をかき上げる。左手の人差し指に指環がはめられている。これの意味するところを由紀ファンは理解しないといけないと思う。
あ、いま室谷女流二段がこっちを見たんじゃないか? な、何で私がオロオロしなくちゃいけないんだろう。盗撮しているわけじゃないのに、咎められた気分だ。
中村女流初段のほうに行ってみる。ふたりは並んで指しているので、私の移動距離が短くて済むのだ。
彼女は室谷女流二段比べてやや顔を上げているので撮りやすい。既婚女流棋士には関心度は落ちるが、中村女流初段のみずみずしさは特筆モノだと思う。
傍らでは一般の将棋も行われている。ガタイのいいサングラスのオッサンが、女性相手に3面指しをしている。しかも彼の横にも美女がいる。彼はカタギじゃないなと思った。
奥の阿部七段は黙々と指している。私は室谷女流二段と山口女流初段を交互に撮り、合間に阿部七段を撮る感じだ。
対局者は年配の男性からちびっ子諸君まで幅広い。中には妙齢の女性もいるが、そこは女流棋士のお姉様が、巧妙に緩めてくれるのだろう。
…あれっ!? ミスター中飛車氏!? さっきのサングラスのオッサンがサングラスを外したら、ミスター中飛車氏だった!!
人恋しさもあって、私はつい声を掛けてしまった。
それにしても中飛車氏、天童まで来て女性相手に3面指しとは、訳が分からない。彼女らは現地調達なのか、東京から同行してきたのか。
何だかそこに触れてはいけない気がして、たいして話もせず、私はその場を離れた。
対局開始から小一時間、そろそろ終わったところも出てきたようだ。室谷女流二段は感想戦に入ると、しゃがむ。つまり対局者の眼下に室谷女流二段の顔が位置するわけだ。それで下から見つめられたらたまらない。男性陣はこれで全員陥落する。由紀教の仲間入りというわけだ。
感想戦が終わると、女流棋士から終了証が渡されていた。
中村女流初段の一局は、詰むや詰まざるやになっている。
第1図から男性氏は▲7一角と打ったが、中村女流初段は「…うーん、ちょっと詰まないようです」と、指し直しを促す。「たぶん、ほかの順で詰みがあると思います」
この辺が女流棋士の優しいところで、負けることに抵抗がない。ちなみに私だったら、ニンマリしてそのまま進めてしまう。
私も考えるが、17手詰のようだ。
(つづく)
室谷由紀女流二段は△6二銀と上がった。「今日が(居飛車の)デビュー戦じゃ」。
▲3八玉に△4二玉と上がり、由紀女流二段事実上の居飛車が確定した。私たちは貴重な場面に立ち会えたのかもしれない。
中村桃子女流初段は「取っていいものか?」と角を換え、以下駒組合戦となった。これは駒が動くことを意味するので、いいことだ。
なお両者が1手指すごとに、大手門奥の櫓で、王将太鼓が叩かれる。太鼓の音でそれぞれの駒を表し、たとえば金は「ドン、ドン」と重厚だが、銀や桂馬は「トンカラカッカ」と軽やかだ。
桃子女流初段「由紀殿、さっきはワインの試飲コーナーでだいぶ飲んでいたが、フツーに指せておるな」
由紀女流二段「おぬしも飲んでおったが」
桃子女流初段「勧め上手だったんじゃ。1杯のつもりが4杯も飲んでしまったんじゃ」
何だか知らないが、両人ともいける口だったようだ。「出羽桜」が旨かったらしい。
桃子女流初段が、「3月のライオン」の話題を振る。今回の人間将棋は映画「3月のライオン」とのコラボで、あす23日は主演の神木隆之介と大友啓史監督のトークショーがある。
ちなみに私は、3月のライオンを見たことは一度もない。
前述のとおり、私の芝生席からは桃子女流初段の横顔が見える。烏帽子がよく似合っている。室谷女流二段は少し遠いが、その美形はここからでも分かる。
二人はソプラノの声で掛け合いもおもしろいが、普段の口調と全然違ううえに、話題が将棋に限らないので、別人がしゃべっている錯覚に陥る。ある意味彼女らの素の部分を見ているようで、私たちは相当貴重な場に立ち会えているのかもしれない。
桃子女流初段は高美濃に組み、▲3七桂と跳ねた。
阿部健治郎七段「(このあと)▲1七香~▲1八玉~▲3九金~▲2八金とする手をカンピョウ囲いというそうです」
そのココロはよく分からない。
だいぶ不動駒が少なくなってきた。桃子女流初段▲6六銀。ここは▲6六歩なら駒が動いたのだが、この歩は由紀女流二段が何とかするということで話がついた。
本譜△5四銀▲5五歩には△6五銀とぶつけたいところだが、それは▲7七銀と引かれて、次の▲6六歩が受からない。由紀女流二段、やむをえず△6三銀と引いた。
阿部七段「この手損は関係ないでしょう」
あとは端の香の動きが懸案だ。由紀女流二段が、「香を動かす…」とつぶやく。桃子女流初段も付き合え、というわけだ。阿部七段が「談合みたい」とつぶやいた。
△9二香に桃子女流初段は▲9七香。たんにお付き合いするのではなく、場合によっては▲9八飛の端攻めも見ている。
阿部七段が△5五歩を推奨すると、由紀女流二段も△5五歩。「おぬし解説まで味方につけるのか?」と桃子女流初段が揺さぶる。
と、ここで織田信長と東西の戦奉行が再び現れた。また戦奉行がチャンチャンバラバラやる。それが一段落して、
「戦況はいかがでござるか」
織田信長が阿部七段に聞いた。
「いや、これからです」
阿部七段が散文的に答え、場内が笑いに包まれた。
織田信長は残り30分を告げ、去っていった。
ボクシングじゃあるまいし、対局に制限時間を設けられても困るが、織田信長の命とあらば、従わざるを得ない。
対局再開。聞き手は北尾まどか女流二段に交代した。対局者は△7七角、▲7三角からお互い馬を作る。その数手後、由紀女流二段は△9七馬と香得に成功した。▲9七香と1マス高く浮いた手が悪手になってしまったが、これは結果論であろう。
桃子女流初段、▲5四歩と押さえる。ここで由紀女流二段が妙なことを言う。
「△6六歩と打ちたいんじゃが…」
現在不動駒は▲6七歩のみ。そしてこの歩は由紀女流二段が責任をもって動かすという約定がなされていた。そこでいまのうちに「△6六歩▲同歩」を利かしておきたい、というわけだった。
桃子女流初段も応じ、かくして上の2手が実現した。
場内からねぎらいの拍手が起こり、ここからは純粋?な勝負である。しかし両陣営とも固く、この後15分か20分で勝負がつくとは思えない。
△4六桂の両取りに▲5七飛と浮く。さりげなく△9七馬に当たっているが、由紀女流二段はむろん承知で、△7九馬と飛車に当て返した。以下▲4四桂△5七馬▲同金△3八桂成▲同銀△5九飛▲3二桂成△同飛▲4四歩△4二金(第2図)と進む。
ここで本手は▲5八金打だろう。金取りを防ぎつつ自陣を厚くする。しかしこの対局は終了時間が決まっている。よって桃子女流初段は▲4五桂と跳ねて勝負をつけにいった。
由紀女流二段△5七飛成。以下▲3三桂成△同金▲4三歩成としたあと、桃子女流初段は再び、「3月のライオン」の話題を振る。しかしもう話している時間はなかったようで、北尾女流二段よる秒読みが始まらんとしていた。
△5五竜▲3二と△同金▲4一飛△5七竜(第3図)と進む。
先手玉は△2七香▲同銀△2九金以下の詰めろ。そこで桃子女流初段は▲3七桂をひねりだす。詰めろ逃れの妖しい手だ。
対して由紀女流二段は△3一金打!! ここに至って頑強に受けた。▲4四角△3三桂に、もはや飛車は逃げていられないので、桃子女流初段は▲3一飛成。以下△同玉▲5三角成△2二玉▲4四桂(第4図)。桃子女流初段、ゲタをあずけた。
桃子女流初段「おぬし詰将棋は得意か?」
由紀女流二段「…得意ではない」
でも詰ましてみせる、の気概があった。
△3九角▲同玉△4八金▲2八玉△3八金▲同玉△4八飛。
「この飛車はさっきまでウチにいたのに…」
と桃子女流初段がつぶやく。昨日の友は今日の敵、なのが将棋だ。「上がるしかない」と▲2七玉。以下△3八銀▲2八玉△3七竜▲同玉△4七飛成▲2八玉。
由紀女流二段が詰ましにきているので、先手玉はいそがしい。「玉が何度も動いているほうはダメです」と阿部七段。まあ、それはそうだろう。
△2七竜▲1九玉(第5図)。
あと1手で先手玉は詰むが、ここはどちらの駒で行くべきか。由紀女流二段になったつもりでお考えいただこう。
(つづく)
▲3八玉に△4二玉と上がり、由紀女流二段事実上の居飛車が確定した。私たちは貴重な場面に立ち会えたのかもしれない。
中村桃子女流初段は「取っていいものか?」と角を換え、以下駒組合戦となった。これは駒が動くことを意味するので、いいことだ。
なお両者が1手指すごとに、大手門奥の櫓で、王将太鼓が叩かれる。太鼓の音でそれぞれの駒を表し、たとえば金は「ドン、ドン」と重厚だが、銀や桂馬は「トンカラカッカ」と軽やかだ。
桃子女流初段「由紀殿、さっきはワインの試飲コーナーでだいぶ飲んでいたが、フツーに指せておるな」
由紀女流二段「おぬしも飲んでおったが」
桃子女流初段「勧め上手だったんじゃ。1杯のつもりが4杯も飲んでしまったんじゃ」
何だか知らないが、両人ともいける口だったようだ。「出羽桜」が旨かったらしい。
桃子女流初段が、「3月のライオン」の話題を振る。今回の人間将棋は映画「3月のライオン」とのコラボで、あす23日は主演の神木隆之介と大友啓史監督のトークショーがある。
ちなみに私は、3月のライオンを見たことは一度もない。
前述のとおり、私の芝生席からは桃子女流初段の横顔が見える。烏帽子がよく似合っている。室谷女流二段は少し遠いが、その美形はここからでも分かる。
二人はソプラノの声で掛け合いもおもしろいが、普段の口調と全然違ううえに、話題が将棋に限らないので、別人がしゃべっている錯覚に陥る。ある意味彼女らの素の部分を見ているようで、私たちは相当貴重な場に立ち会えているのかもしれない。
桃子女流初段は高美濃に組み、▲3七桂と跳ねた。
阿部健治郎七段「(このあと)▲1七香~▲1八玉~▲3九金~▲2八金とする手をカンピョウ囲いというそうです」
そのココロはよく分からない。
だいぶ不動駒が少なくなってきた。桃子女流初段▲6六銀。ここは▲6六歩なら駒が動いたのだが、この歩は由紀女流二段が何とかするということで話がついた。
本譜△5四銀▲5五歩には△6五銀とぶつけたいところだが、それは▲7七銀と引かれて、次の▲6六歩が受からない。由紀女流二段、やむをえず△6三銀と引いた。
阿部七段「この手損は関係ないでしょう」
あとは端の香の動きが懸案だ。由紀女流二段が、「香を動かす…」とつぶやく。桃子女流初段も付き合え、というわけだ。阿部七段が「談合みたい」とつぶやいた。
△9二香に桃子女流初段は▲9七香。たんにお付き合いするのではなく、場合によっては▲9八飛の端攻めも見ている。
阿部七段が△5五歩を推奨すると、由紀女流二段も△5五歩。「おぬし解説まで味方につけるのか?」と桃子女流初段が揺さぶる。
と、ここで織田信長と東西の戦奉行が再び現れた。また戦奉行がチャンチャンバラバラやる。それが一段落して、
「戦況はいかがでござるか」
織田信長が阿部七段に聞いた。
「いや、これからです」
阿部七段が散文的に答え、場内が笑いに包まれた。
織田信長は残り30分を告げ、去っていった。
ボクシングじゃあるまいし、対局に制限時間を設けられても困るが、織田信長の命とあらば、従わざるを得ない。
対局再開。聞き手は北尾まどか女流二段に交代した。対局者は△7七角、▲7三角からお互い馬を作る。その数手後、由紀女流二段は△9七馬と香得に成功した。▲9七香と1マス高く浮いた手が悪手になってしまったが、これは結果論であろう。
桃子女流初段、▲5四歩と押さえる。ここで由紀女流二段が妙なことを言う。
「△6六歩と打ちたいんじゃが…」
現在不動駒は▲6七歩のみ。そしてこの歩は由紀女流二段が責任をもって動かすという約定がなされていた。そこでいまのうちに「△6六歩▲同歩」を利かしておきたい、というわけだった。
桃子女流初段も応じ、かくして上の2手が実現した。
場内からねぎらいの拍手が起こり、ここからは純粋?な勝負である。しかし両陣営とも固く、この後15分か20分で勝負がつくとは思えない。
△4六桂の両取りに▲5七飛と浮く。さりげなく△9七馬に当たっているが、由紀女流二段はむろん承知で、△7九馬と飛車に当て返した。以下▲4四桂△5七馬▲同金△3八桂成▲同銀△5九飛▲3二桂成△同飛▲4四歩△4二金(第2図)と進む。
ここで本手は▲5八金打だろう。金取りを防ぎつつ自陣を厚くする。しかしこの対局は終了時間が決まっている。よって桃子女流初段は▲4五桂と跳ねて勝負をつけにいった。
由紀女流二段△5七飛成。以下▲3三桂成△同金▲4三歩成としたあと、桃子女流初段は再び、「3月のライオン」の話題を振る。しかしもう話している時間はなかったようで、北尾女流二段よる秒読みが始まらんとしていた。
△5五竜▲3二と△同金▲4一飛△5七竜(第3図)と進む。
先手玉は△2七香▲同銀△2九金以下の詰めろ。そこで桃子女流初段は▲3七桂をひねりだす。詰めろ逃れの妖しい手だ。
対して由紀女流二段は△3一金打!! ここに至って頑強に受けた。▲4四角△3三桂に、もはや飛車は逃げていられないので、桃子女流初段は▲3一飛成。以下△同玉▲5三角成△2二玉▲4四桂(第4図)。桃子女流初段、ゲタをあずけた。
桃子女流初段「おぬし詰将棋は得意か?」
由紀女流二段「…得意ではない」
でも詰ましてみせる、の気概があった。
△3九角▲同玉△4八金▲2八玉△3八金▲同玉△4八飛。
「この飛車はさっきまでウチにいたのに…」
と桃子女流初段がつぶやく。昨日の友は今日の敵、なのが将棋だ。「上がるしかない」と▲2七玉。以下△3八銀▲2八玉△3七竜▲同玉△4七飛成▲2八玉。
由紀女流二段が詰ましにきているので、先手玉はいそがしい。「玉が何度も動いているほうはダメです」と阿部七段。まあ、それはそうだろう。
△2七竜▲1九玉(第5図)。
あと1手で先手玉は詰むが、ここはどちらの駒で行くべきか。由紀女流二段になったつもりでお考えいただこう。
(つづく)
空はギラギラの快晴で、直射日光がきびしい。
島井咲緒里女流二段は飛車先の歩を伸ばし、棒銀模様。早くも「シマイ攻め」が炸裂しそうな雰囲気だ。聞き手の北尾まどか女流二段が「島井さん、ネコパンチの気配が…」とつぶやく。
阿部健治郎七段は、「(下手の心得は)角を負担にしないことです」と説く。続けて下手の攻め筋を解説するのだが、符号をモロに言うので、対局者に聞こえやしないかとヒヤヒヤしてしまう。「上手は角がいないから固いんですよ」と続けた。
私は芝生席に腰をおろしているが、前夜の雨が残っているのか、お尻がしめっている。しかしそんなことに構っていられない。
局面は中盤になり、「ここで▲5五歩△同歩▲同角から▲5六銀がありますか」と阿部七段。相変わらず予想手がモロだ。その阿部七段は山形県の初代小学生県名人だという。局面がむずかしくなっているからか、相手を慮ってか、もう島井女流二段は発言しない。
清野君は▲3七桂△2二銀を交換した後、▲5五歩と突いた。
島井女流二段は端攻めに出る。「ここで受け切るのが勝つ条件ですね」と阿部七段。
清野君は端を丁寧に収めたあと、▲2四歩と打ち捨てる。これも阿部七段推奨の手で、「私のマネをしなくていいんですよ」と苦笑した。
島井女流二段は△5二飛と角取りに回る。阿部七段「今は平手将棋でも角をイジメるのがトレンドなんです」
▲4六角には△4四香が飛んできた。以下▲4五香△同香▲同桂。阿部七段は「桂馬の高跳び歩のエジキですが…」と心配する。果たして島井女流二段は△4四歩だが、このあとすぐに△4五歩だと、▲4四桂の王手飛車取りがある。
そこで島井女流二段は△2五歩▲同飛と呼んで△3四銀(第1図)と飛車取りに打ちつけたが…。
第1図から清野君▲3三桂成。ここ▲2八飛だと△4五銀でまた後手を引く。清野君、行き掛けの駄賃で桂を捨てたのかと思った。それは阿部七段も北尾女流二段も同じだった。もちろん島井女流二段も。
ところが△3三同銀に清野君は勇躍▲8五飛! いきなり飛車が世に出た。
北尾女流二段「うっかりしてましたけど、飛車が8五まで通ってたんですね」
阿部七段「私も気付きませんでした」
これで均衡が崩れた。すなわち下手勝勢である。以下は清野君が的確に寄せの網をしぼる。しかも震えはなく、△5二金打の竜取りに、ズバッと切った。
以下上手玉を△5五に追い詰め、清野君は勝利まであと一歩だ。そこで▲7五銀。見事な縛りだ。というところで阿部七段は「玉は端にいたほうがいいですね」と妙な理論を述べる。そのココロは、一方からしか攻められないから、らしい。
島井女流二段は△5八飛の王手。清野君は冷静に▲6八歩と受け、島井女流二段は「無念じゃ…」と投了した。
健闘のふたりにインタビューである。
島井女流二段「▲3三桂成から▲8五飛をうっかりしました。完敗です」
清野君「端攻めが恐かったけど、受けられた。攻めもつながったし、よかったです」
阿部七段は、「清野君は初段以上の実力があります」と講評した。
清野君、終始落ち着いた指し回しで、見事な勝利だった。
さて、いよいよ天童人間将棋である。今年の女流対局者は、室谷由紀女流二段と中村桃子女流初段。早くもここが最初の分岐点である。すなわち私は現在、大盤解説場の近くにいる。時計に譬えれば、私が7時、解説場が8時だ。そして対局のふたりは10時と2時の場所にある櫓に登って対局する。対局者を均等に撮るなら「6時」に移動すればいいが、それではどちらの女流棋士も横顔しか撮れない。私はもちろん室谷女流二段を撮影したいが、横顔よりナナメ顔を撮りたい。ということは室谷女流二段が2時の席に着いてくれれば、私はこの場を動かなくてよい。
人間将棋は向かって左側が先手なので、室谷女流二段が後手になればいいが、現在は先後が分からない。それなら先後が分かってから移動すればいいが、現在はかなり観客が増え、移動が難儀なのだ。迷った私は、その場に留まることにした。
13時ちょうど、織田信長が登場した。かなりの男前である。続いて東軍西軍の戦奉行が登場し、派手なチャンバラを始めた。
しかし勝負はつかない。そこで双方の武者、腰元らが登場した。武者は背中に、おのが働きの駒の幟をさしている。一人ひとりの姓名も呼ばれたが、それは彼らが一人も欠かすことのできない戦力だからだろう。
武者をバックに、戦奉行が再び槍や刀でやりあうが、やはり決着がつかない。
「この信長、しかと見たぞ! かくなる上は正々堂々、対局にて勝敗を決するのがよかろう!」
「異論はござらぬ」
「御意でござりまする」
「あい分かった! ではこれより、本日の対局者をお迎えいたす!」
ついに、室谷女流二段と中村女流初段が現れる…!? 緊張の一瞬である。「かたや、室谷の由紀殿! 室谷の由紀殿!! こなた、中村の桃子殿! 中村の桃子殿!! いざお出ましあれい!!」
奥の門扉が開き、室谷女流二段と中村女流初段が登場した。それぞれ赤、青の甲冑を身に付けている。どちらもかわいらしく勇壮で、実によく似合っている。
室谷女流二段「皆さまこんにちは、室谷由紀です。天童は6年振りです。満開の桜の中で、いい将棋を指したいです。桃子殿、よろしく頼むぞ」
中村女流初段「こんにちは、中村桃子です。天童へは7年振りです。今日は全力で戦います。由紀殿、覚悟するがよい」
両者が櫓に上がり、対局の準備は整った。解説は阿部七段、聞き手は島井女流二段である。
阿部七段「ふたりは仲がいいので、力一杯指してくれることを願います」
桃子女流初段の先手で対局開始となった。「由紀殿、よろしくお願い申す。▲7六歩じゃ」
由紀女流二段「意外とふつう(の手)じゃな。△3四歩」
私は由紀女流二段と桃子女流初段の肉声が聞けて、感激を抑えきれない。
盤上では、「おぬし振り飛車党じゃな?」と桃子女流初段が▲6八飛と振った。
人間将棋では、「すべての駒を動かす」という不文律がある。それを達成するには対抗形が適しているのだが、桃子女流初段が先に飛車を振ってしまったわけだった。由紀女流二段の作戦はいかに?
「様子見じゃ。△1四歩」
「▲1六歩じゃ」
さらに△9四歩▲9六歩。
「もう一度様子見じゃ。△2四歩」
これは相振り飛車か? 桃子女流初段は▲4八玉である。由紀女流二段の次の一手が注目された。
(つづく)
島井咲緒里女流二段は飛車先の歩を伸ばし、棒銀模様。早くも「シマイ攻め」が炸裂しそうな雰囲気だ。聞き手の北尾まどか女流二段が「島井さん、ネコパンチの気配が…」とつぶやく。
阿部健治郎七段は、「(下手の心得は)角を負担にしないことです」と説く。続けて下手の攻め筋を解説するのだが、符号をモロに言うので、対局者に聞こえやしないかとヒヤヒヤしてしまう。「上手は角がいないから固いんですよ」と続けた。
私は芝生席に腰をおろしているが、前夜の雨が残っているのか、お尻がしめっている。しかしそんなことに構っていられない。
局面は中盤になり、「ここで▲5五歩△同歩▲同角から▲5六銀がありますか」と阿部七段。相変わらず予想手がモロだ。その阿部七段は山形県の初代小学生県名人だという。局面がむずかしくなっているからか、相手を慮ってか、もう島井女流二段は発言しない。
清野君は▲3七桂△2二銀を交換した後、▲5五歩と突いた。
島井女流二段は端攻めに出る。「ここで受け切るのが勝つ条件ですね」と阿部七段。
清野君は端を丁寧に収めたあと、▲2四歩と打ち捨てる。これも阿部七段推奨の手で、「私のマネをしなくていいんですよ」と苦笑した。
島井女流二段は△5二飛と角取りに回る。阿部七段「今は平手将棋でも角をイジメるのがトレンドなんです」
▲4六角には△4四香が飛んできた。以下▲4五香△同香▲同桂。阿部七段は「桂馬の高跳び歩のエジキですが…」と心配する。果たして島井女流二段は△4四歩だが、このあとすぐに△4五歩だと、▲4四桂の王手飛車取りがある。
そこで島井女流二段は△2五歩▲同飛と呼んで△3四銀(第1図)と飛車取りに打ちつけたが…。
第1図から清野君▲3三桂成。ここ▲2八飛だと△4五銀でまた後手を引く。清野君、行き掛けの駄賃で桂を捨てたのかと思った。それは阿部七段も北尾女流二段も同じだった。もちろん島井女流二段も。
ところが△3三同銀に清野君は勇躍▲8五飛! いきなり飛車が世に出た。
北尾女流二段「うっかりしてましたけど、飛車が8五まで通ってたんですね」
阿部七段「私も気付きませんでした」
これで均衡が崩れた。すなわち下手勝勢である。以下は清野君が的確に寄せの網をしぼる。しかも震えはなく、△5二金打の竜取りに、ズバッと切った。
以下上手玉を△5五に追い詰め、清野君は勝利まであと一歩だ。そこで▲7五銀。見事な縛りだ。というところで阿部七段は「玉は端にいたほうがいいですね」と妙な理論を述べる。そのココロは、一方からしか攻められないから、らしい。
島井女流二段は△5八飛の王手。清野君は冷静に▲6八歩と受け、島井女流二段は「無念じゃ…」と投了した。
健闘のふたりにインタビューである。
島井女流二段「▲3三桂成から▲8五飛をうっかりしました。完敗です」
清野君「端攻めが恐かったけど、受けられた。攻めもつながったし、よかったです」
阿部七段は、「清野君は初段以上の実力があります」と講評した。
清野君、終始落ち着いた指し回しで、見事な勝利だった。
さて、いよいよ天童人間将棋である。今年の女流対局者は、室谷由紀女流二段と中村桃子女流初段。早くもここが最初の分岐点である。すなわち私は現在、大盤解説場の近くにいる。時計に譬えれば、私が7時、解説場が8時だ。そして対局のふたりは10時と2時の場所にある櫓に登って対局する。対局者を均等に撮るなら「6時」に移動すればいいが、それではどちらの女流棋士も横顔しか撮れない。私はもちろん室谷女流二段を撮影したいが、横顔よりナナメ顔を撮りたい。ということは室谷女流二段が2時の席に着いてくれれば、私はこの場を動かなくてよい。
人間将棋は向かって左側が先手なので、室谷女流二段が後手になればいいが、現在は先後が分からない。それなら先後が分かってから移動すればいいが、現在はかなり観客が増え、移動が難儀なのだ。迷った私は、その場に留まることにした。
13時ちょうど、織田信長が登場した。かなりの男前である。続いて東軍西軍の戦奉行が登場し、派手なチャンバラを始めた。
しかし勝負はつかない。そこで双方の武者、腰元らが登場した。武者は背中に、おのが働きの駒の幟をさしている。一人ひとりの姓名も呼ばれたが、それは彼らが一人も欠かすことのできない戦力だからだろう。
武者をバックに、戦奉行が再び槍や刀でやりあうが、やはり決着がつかない。
「この信長、しかと見たぞ! かくなる上は正々堂々、対局にて勝敗を決するのがよかろう!」
「異論はござらぬ」
「御意でござりまする」
「あい分かった! ではこれより、本日の対局者をお迎えいたす!」
ついに、室谷女流二段と中村女流初段が現れる…!? 緊張の一瞬である。「かたや、室谷の由紀殿! 室谷の由紀殿!! こなた、中村の桃子殿! 中村の桃子殿!! いざお出ましあれい!!」
奥の門扉が開き、室谷女流二段と中村女流初段が登場した。それぞれ赤、青の甲冑を身に付けている。どちらもかわいらしく勇壮で、実によく似合っている。
室谷女流二段「皆さまこんにちは、室谷由紀です。天童は6年振りです。満開の桜の中で、いい将棋を指したいです。桃子殿、よろしく頼むぞ」
中村女流初段「こんにちは、中村桃子です。天童へは7年振りです。今日は全力で戦います。由紀殿、覚悟するがよい」
両者が櫓に上がり、対局の準備は整った。解説は阿部七段、聞き手は島井女流二段である。
阿部七段「ふたりは仲がいいので、力一杯指してくれることを願います」
桃子女流初段の先手で対局開始となった。「由紀殿、よろしくお願い申す。▲7六歩じゃ」
由紀女流二段「意外とふつう(の手)じゃな。△3四歩」
私は由紀女流二段と桃子女流初段の肉声が聞けて、感激を抑えきれない。
盤上では、「おぬし振り飛車党じゃな?」と桃子女流初段が▲6八飛と振った。
人間将棋では、「すべての駒を動かす」という不文律がある。それを達成するには対抗形が適しているのだが、桃子女流初段が先に飛車を振ってしまったわけだった。由紀女流二段の作戦はいかに?
「様子見じゃ。△1四歩」
「▲1六歩じゃ」
さらに△9四歩▲9六歩。
「もう一度様子見じゃ。△2四歩」
これは相振り飛車か? 桃子女流初段は▲4八玉である。由紀女流二段の次の一手が注目された。
(つづく)
新庄行き奥羽本線は2両編成。先頭車両に行くと、運転士は女性だった。横に若い運転士がいて、彼がコーチしていた。「前方よし! 最高速度○キロ!」など、女性運転士の口調はハッキリしている。
08時42分、定刻に発車。しばらく走ると、霞城公園のお堀に出た。下から見上げる桜も艶やかだが、運転士の目には入っていないだろう。桜と女性運転士。これは絵になると思ったが、私は着座してしまったので、もう撮れない。絶好のシャッターチャンスを逃した。
タイム21分で天童に着いた。天童に来るのは2008年以来、9年振りである。前回は船戸陽子女流二段と島井咲緒里女流初段の人間将棋だったが、初日は天候不順で、天童市市民文化会館での対局となった。今日、幸い天気は回復したので、予定通り舞鶴山で行われるだろう。
駅前に出ると、シャトルバスが待機していた。でも10時開演なので、まだ時間はある。
スタッフにチラシをもらうと、「舞鶴山山頂まで徒歩30分」と教えてくれた。もちろん私は歩きで行く。舞鶴山は不案内だが、山を目標に行けばいいから分かりやすい。
途中に鳥居があり、ここが舞鶴山への入口になっているらしかった。その先の舗装道路を、さっきのシャトルバスが抜けて行った。
建勲神社は山の中腹にあった。織田信長を祀っているそうだが、ここで深い勉強をしないのが私の甘いところだ。とりあえずお賽銭だけは投じた。
それはそうと、市街の眺めが素晴らしい。ここまでで十分な観光になっているが、山頂はどうなのだろう。山頂までは急斜面だが、登るしかない。私の前を行く3名の男子中学生は軽快で、歳の差を感じた。
山頂に出ると、桜でいっぱいだった。あたりは綺麗に舗装されており、その先はまた斜面になっていた。下を見下ろすと巨大な将棋盤が設えてあり、まさにここが人間将棋会場だった。
階段は座席を兼ねていて、すでに多くの観客が座っていた。手前には、大山康晴十五世名人の書による巨大な王将碑があった。天童は将棋駒の産地なのだ。
私は最後列に腰を下ろすと、10時ちょうど、女性アナウンサーのナレーションがあった。
「本日は第62回天童桜まつりに、ようこそお越しくださいました。このまつりは昭和31年から始まり…。ここ舞鶴山には2,000本の桜が咲き…」
そして今日のスケジュールが案内された。メインはもちろん、13時からの人間将棋・室谷由紀女流二段×中村桃子女流初段である。11時50分からの島井女流二段×山形県小学生名人戦も見逃せない。個人的には15時ごろからの指導対局で、ここは室谷女流二段に教えていただくチャンスである。ただ、いつ、どこで申し込みをすればいいのだろう。
その前に現実的な問題として、ここからでは遠い。人間将棋を高見するのはいいが、私は局面を見たいわけではないのだ。で、ちょっと下に降りる。
10時10分、まずは「将棋供養祭」である。御坊様が何人も登場し、厳かに階段を上る。王将碑の前で般若心経を唱えた。
10時30分から開会式。関係者がズラッと並ぶ中、ピンクの制服の女性に目をひかれた。いわゆる「将棋の女王」である。私は階段をさらに降り、また彼女らに近づいた。
…あれっ? 向かって右手にいるハッピ姿の女性は、室谷由紀ちゃんたちじゃないか?
私がボーッとしている間に、いつの間にか現れた感じだった。
将棋の女王の引継ぎ式である。前女王から花束の贈呈があり、私は何故だかうるうるしてしまう。そして「さっぽろ雪まつり」でのミスさっぽろ引継ぎ式を思い出した。現在は廃止してしまったが、あれは感動的なセレモニーだった。
現実に戻り、今度は出場棋士が紹介された。左から阿部健治郎七段、室谷女流二段、北尾まどか女流二段、中村桃子女流二段、島井女流二段。阿部七段は地元山形県酒田市の出身。今年の春から地元に戻っているという。室谷女流二段は相変わらずの美形で、現・将棋の女王さえしのぐ麗しさだが、女王にも庶民的なかわいらしさがあり、これは好みが分かれるところだ。
今回はトルネギスタンの方が来賓として出席していた。人口は5~600万人、面積は日本の1.3倍で、日本との国交はこの21日で25年になるという。
10時50分からは演舞である。まずは幼稚園児による「ニャー将棋音頭」。アニメ「3月のライオン」の挿入歌らしい。「こま八」なるゆるキャラも出てきて、賑やかに踊る。
幼稚園児はよほどおけいこをしたのか、一糸乱れぬ踊りに驚きを禁じ得ない。音頭は駒の働きを歌ったもので、この曲を覚えれば将棋が指せるというくらいのものだ。
ちびっ子諸君、まことに感動的な踊りだった。
続いて南部小学生による、「維新音楽隊」。
「私たちが通う小学校は、織田藩の城跡に建った小学校です…」
と主将の言葉。総勢30人前後の小学生が、太鼓や笛で演奏する。赤の鉢巻に赤のちゃんちゃんこ?、赤の幟で、何だか知らないが勇壮だ。
続いては北部小学生による「北部太鼓」。こちらも総勢30人前後で、和太鼓の演奏だ。こちらは青の祭りハッピで、南と北、赤と青で対比しているのかもしれない。
小学生の演舞が終わり、私はあたりを散策する。舞鶴山は霞城公園をはるかに凌駕する桜の森だった。しかも枝が低いので、すぐ目の前にキッ、と開いた桜の花がある。空は快晴、絶好の花見日和だ。失職の危機がなかったら、心から楽しめるのにと思う。
会場ではもちろんブースが出ていて、将棋駒関係や天童ワイン、出張郵便局、食事処などがあった。もちろん対局スペースもある。私も一局指したいが、ここで時間を取るわけにはいかない。
私は前夜に買ったおにぎりをほおばった。ここまで天童市には5円しかおカネを使っていないが、仕方ない。
イベント再開。11時50分、島井女流二段と山形県小学生名人・清野君の対決である。私は大盤解説場の近くまで来て観戦する。すぐ前の通路は進入禁止になっているが、ここは歩行者用なのだろう。
まずは出場者にインタビュー。
島井女流二段「今日の風のように、さわやかな将棋にしたいと思います」
そのあと、しっかりネコShogiバトルの宣伝をした。
清野君「悪手を指さないように、正確に指したいです」
阿部七段「今日は解説です。島井さんのパンチに期待します」
北尾女流二段「人間将棋には毎年来ているんですが、今年は桜がすばらしいです」
本局は将棋盤の中央に対局場を配置し、ふつうの対局。島井女流二段の角落ちで対局開始となった。
△6二銀▲7六歩△8四歩▲5八金右。
と、島井女流二段が「左利きとはカッコイイね」と切り出した。
阿部七段「(対局中なのに)…話すんですか!?」
場内に笑いが起こる。
島井女流二段「ここにマイクがあるんで」
DJ・シマイを見るようだった。
(つづく)
08時42分、定刻に発車。しばらく走ると、霞城公園のお堀に出た。下から見上げる桜も艶やかだが、運転士の目には入っていないだろう。桜と女性運転士。これは絵になると思ったが、私は着座してしまったので、もう撮れない。絶好のシャッターチャンスを逃した。
タイム21分で天童に着いた。天童に来るのは2008年以来、9年振りである。前回は船戸陽子女流二段と島井咲緒里女流初段の人間将棋だったが、初日は天候不順で、天童市市民文化会館での対局となった。今日、幸い天気は回復したので、予定通り舞鶴山で行われるだろう。
駅前に出ると、シャトルバスが待機していた。でも10時開演なので、まだ時間はある。
スタッフにチラシをもらうと、「舞鶴山山頂まで徒歩30分」と教えてくれた。もちろん私は歩きで行く。舞鶴山は不案内だが、山を目標に行けばいいから分かりやすい。
途中に鳥居があり、ここが舞鶴山への入口になっているらしかった。その先の舗装道路を、さっきのシャトルバスが抜けて行った。
建勲神社は山の中腹にあった。織田信長を祀っているそうだが、ここで深い勉強をしないのが私の甘いところだ。とりあえずお賽銭だけは投じた。
それはそうと、市街の眺めが素晴らしい。ここまでで十分な観光になっているが、山頂はどうなのだろう。山頂までは急斜面だが、登るしかない。私の前を行く3名の男子中学生は軽快で、歳の差を感じた。
山頂に出ると、桜でいっぱいだった。あたりは綺麗に舗装されており、その先はまた斜面になっていた。下を見下ろすと巨大な将棋盤が設えてあり、まさにここが人間将棋会場だった。
階段は座席を兼ねていて、すでに多くの観客が座っていた。手前には、大山康晴十五世名人の書による巨大な王将碑があった。天童は将棋駒の産地なのだ。
私は最後列に腰を下ろすと、10時ちょうど、女性アナウンサーのナレーションがあった。
「本日は第62回天童桜まつりに、ようこそお越しくださいました。このまつりは昭和31年から始まり…。ここ舞鶴山には2,000本の桜が咲き…」
そして今日のスケジュールが案内された。メインはもちろん、13時からの人間将棋・室谷由紀女流二段×中村桃子女流初段である。11時50分からの島井女流二段×山形県小学生名人戦も見逃せない。個人的には15時ごろからの指導対局で、ここは室谷女流二段に教えていただくチャンスである。ただ、いつ、どこで申し込みをすればいいのだろう。
その前に現実的な問題として、ここからでは遠い。人間将棋を高見するのはいいが、私は局面を見たいわけではないのだ。で、ちょっと下に降りる。
10時10分、まずは「将棋供養祭」である。御坊様が何人も登場し、厳かに階段を上る。王将碑の前で般若心経を唱えた。
10時30分から開会式。関係者がズラッと並ぶ中、ピンクの制服の女性に目をひかれた。いわゆる「将棋の女王」である。私は階段をさらに降り、また彼女らに近づいた。
…あれっ? 向かって右手にいるハッピ姿の女性は、室谷由紀ちゃんたちじゃないか?
私がボーッとしている間に、いつの間にか現れた感じだった。
将棋の女王の引継ぎ式である。前女王から花束の贈呈があり、私は何故だかうるうるしてしまう。そして「さっぽろ雪まつり」でのミスさっぽろ引継ぎ式を思い出した。現在は廃止してしまったが、あれは感動的なセレモニーだった。
現実に戻り、今度は出場棋士が紹介された。左から阿部健治郎七段、室谷女流二段、北尾まどか女流二段、中村桃子女流二段、島井女流二段。阿部七段は地元山形県酒田市の出身。今年の春から地元に戻っているという。室谷女流二段は相変わらずの美形で、現・将棋の女王さえしのぐ麗しさだが、女王にも庶民的なかわいらしさがあり、これは好みが分かれるところだ。
今回はトルネギスタンの方が来賓として出席していた。人口は5~600万人、面積は日本の1.3倍で、日本との国交はこの21日で25年になるという。
10時50分からは演舞である。まずは幼稚園児による「ニャー将棋音頭」。アニメ「3月のライオン」の挿入歌らしい。「こま八」なるゆるキャラも出てきて、賑やかに踊る。
幼稚園児はよほどおけいこをしたのか、一糸乱れぬ踊りに驚きを禁じ得ない。音頭は駒の働きを歌ったもので、この曲を覚えれば将棋が指せるというくらいのものだ。
ちびっ子諸君、まことに感動的な踊りだった。
続いて南部小学生による、「維新音楽隊」。
「私たちが通う小学校は、織田藩の城跡に建った小学校です…」
と主将の言葉。総勢30人前後の小学生が、太鼓や笛で演奏する。赤の鉢巻に赤のちゃんちゃんこ?、赤の幟で、何だか知らないが勇壮だ。
続いては北部小学生による「北部太鼓」。こちらも総勢30人前後で、和太鼓の演奏だ。こちらは青の祭りハッピで、南と北、赤と青で対比しているのかもしれない。
小学生の演舞が終わり、私はあたりを散策する。舞鶴山は霞城公園をはるかに凌駕する桜の森だった。しかも枝が低いので、すぐ目の前にキッ、と開いた桜の花がある。空は快晴、絶好の花見日和だ。失職の危機がなかったら、心から楽しめるのにと思う。
会場ではもちろんブースが出ていて、将棋駒関係や天童ワイン、出張郵便局、食事処などがあった。もちろん対局スペースもある。私も一局指したいが、ここで時間を取るわけにはいかない。
私は前夜に買ったおにぎりをほおばった。ここまで天童市には5円しかおカネを使っていないが、仕方ない。
イベント再開。11時50分、島井女流二段と山形県小学生名人・清野君の対決である。私は大盤解説場の近くまで来て観戦する。すぐ前の通路は進入禁止になっているが、ここは歩行者用なのだろう。
まずは出場者にインタビュー。
島井女流二段「今日の風のように、さわやかな将棋にしたいと思います」
そのあと、しっかりネコShogiバトルの宣伝をした。
清野君「悪手を指さないように、正確に指したいです」
阿部七段「今日は解説です。島井さんのパンチに期待します」
北尾女流二段「人間将棋には毎年来ているんですが、今年は桜がすばらしいです」
本局は将棋盤の中央に対局場を配置し、ふつうの対局。島井女流二段の角落ちで対局開始となった。
△6二銀▲7六歩△8四歩▲5八金右。
と、島井女流二段が「左利きとはカッコイイね」と切り出した。
阿部七段「(対局中なのに)…話すんですか!?」
場内に笑いが起こる。
島井女流二段「ここにマイクがあるんで」
DJ・シマイを見るようだった。
(つづく)