このイベントの指導料金は、通常4,000円、大野支部会員3,500円。これが高いか安いかは判断が難しい。比較できるのがアイドルとの交流で、例えばAKBグループとの握手会は、CD1枚を買って数秒の会話だ。女流棋士との指導対局は、1局まるまる密着できて、私語もある程度可能。希望すれば握手やツーショット写真も叶うので、女流棋士をアイドルと捉えれば、かなり格安といえる。ただ、プロとアマの垣根が低すぎるのも問題ではある。
室内ではさっきから、カシャカシャとシャッター音が鳴っている。その主は大野八一雄七段とW氏で、室谷女流二段の撮影に余念がない。せいぜいいい写真を撮ってください。
第6図以下の指し手。△3五歩▲3八飛△2五桂▲3五歩△2四飛(第7図)
室谷由紀女流二段は△3五歩と合わせた。私はまったく読んでおらず、焦る。これを▲同歩は△同飛▲3六歩△2五飛と飛車交換を迫られ下手がわるい。
ここまで苦労して構想通り来たのに、この△3五歩で仕切り直し。プロの懐の深さを思い知った。
私は気を取り直して▲3八飛だが、室谷女流二段は△2五桂。これは気持ちいい手だ。
私は目をつぶって▲3五歩だが、室谷女流二段はノータイムで△2四飛。これは意外だった。ここは△3五同飛が考えられ、A▲同飛は△同角で論外。B▲3六金は△3七歩。C▲3六歩は△3四飛で、次に△2四飛~△1七桂成から飛車の侵入を見られてイヤだった。
もっとも室谷女流二段は、1手早く△2四飛と寄り、次の△1七桂成を見て十分と見たようだ。
第7図以下の指し手。▲2八歩△3一角▲4五歩△1五歩▲同歩△1七歩▲同桂△1五香▲4四歩△同銀(第8図)
第7図で▲2六歩は△1七桂成▲同香△2六飛で、飛車成が受からず下手わるい(実際は△1七桂成に▲3六金で下手も戦えた)。
そこで私の▲2八歩が苦心の一手。これなら△1七桂成には▲同香でよい。
室谷女流二段は△3一角だが、ちょっと意味が分からなかった。
私は▲4五歩。やや筋がわるいと思ったが、△4五同歩▲同銀△4四歩なら▲3六銀とし、▲2七歩~▲2六歩と桂を取りに行く構想だった。
ただしそんな虫のいい順が実現するわけもなく、室谷女流二段は△1五歩と端攻めにきた。そうか△3一角は、この手を見ていたのだ。
△1五香に、私は▲4四歩。ここは双方の読みのぶつかり合い。室谷女流二段もじっくり考えて、△同銀と取った。
第8図▲1六歩△同香▲2五桂△1九香成▲3六桂△2五飛▲4四桂△6二金寄▲4三歩(第9図)
このあたりでKur氏の将棋が終わり、室谷女流二段の勝ち。室谷女流二段は6人均等に手を進めていたようだが、微妙に差異が生じていたようだ。
感想戦が始まったが、室谷女流二段の声は芸能人の誰かに似ている。ちょっと鼻にかかっていて、若干イメージと違う。
感想戦が終わったが、W氏が「時間内は将棋が指せますので、2局目をどうぞ」と言う。将棋が終わるごとに客が抜ければ1人あたりの進行がスピーディーになるのだが、これでは変わらない。1時間半みっちり6面指しで全員勝負が着くとは思えないが、どうなのだろう。
私は▲1六歩と打った。ここ、ふつうに▲2五桂は△同飛▲1五香△同飛でわるいと思った。先に▲1六歩△同香の交換を入れておけば、その順がない。
室谷女流二段は△1九香成と香のほうを取ったが、そこで▲3六桂が気持ちいい一手。▲4四歩と取り込んだ際の読み筋が実現した。
△2五飛には▲4四桂が銀を取りつつ金取りの先手。駒割も右側の駒で銀香交換の駒得となり、これは下手が有利じゃなければおかしい、と思った。
△6二金寄に▲4三歩と垂らす。次に歩が成れるわけではないが、角がいなくなれば実現する。さっきから私はじっとした手が多いが、下手に動けば自爆する。女流棋界史上最高のアイドルを前にしながら、今日の私は妙に冷静だった。
第9図以下の指し手。△9六歩▲同歩△9七歩▲同香△8五桂▲8六銀△9七桂成▲同銀△1五飛(第10図)
誰かが入室したが、私は振り向く余裕はない。
室谷女流二段は△9六歩。今度はこっちの端攻めにきた。かつて関浩六段だったか、大山康晴十五世名人との対局で、名人にじっと▲1五歩と伸ばされ背筋が寒くなった、という記事を読んだことがあった。
大山十五世名人は端攻めの名手でもある。先の△1五歩もそうだが、私は大山十五世名人に教わっているんじゃないか、と錯覚した。
△8五桂には迷ったが、▲8六銀と入れた。上手には切り札の△5四歩(角道を通す)もあるから、下手は穏便に収めるのがよい。そのさなか桂香が入れば、それを攻めに使えるからいいと思った。
第10図以下の指し手。▲3四歩△1七飛成▲3三歩成△4五香(第11図)
▲3四歩は微妙なところで、亀の歩みの雰囲気がなくもない。△1三角とされたら自陣に直射するので、一長一短だ。
室谷女流二段は△1七飛成。私は△1八飛成~△2九竜を予想していたのだが、それでは大勢に遅れると見たのだろう。こうしてみると、屈伏の▲2八歩もよく働いている。
▲3三歩成。指した瞬間、▲4二歩成もあったと思った。△4二同角には▲3三歩成が先手だ。が、そこで△3七歩があるか。やはり▲3三歩成でよかったようだ。
そこで室谷女流二段に△4五香と打たれドキッとした。さっきまでこの香は▲同銀と取れたから、盲点になっていた。三段目の竜はこの手を見ていたのだ。
第11図以下の指し手。▲4六桂△1三角▲4二歩成△4六香▲同金△8四桂(第12図)
このあたりで左の男性の将棋が終わる。男性氏の快勝で、最後は室谷女流二段も気付かぬ名手で即詰みに斬って落とした。
続いて感想戦。これは女流棋士とアマが対等に話せる絶好のチャンスではある。が、時刻は12時を過ぎており、これで残り4局の1局目が終わるのか、やや難しい形勢になってきた。
男性氏の2局目は、以前別の会場で指した指し掛けの将棋。これが終盤の難しい局面なのだが、何か私は違和感を覚えた。
▲4六桂に△1三角。ここで▲3五歩と角道を止めたいのだ、本当は。だが△2四角と出られた時、▲3三との処置に困る。上手は△1五角~△5九角成もあり、これは下手の気持ちがわるい。実際室谷女流二段が△2四角を指す率は小さかったと思うが、こちらは優勢を意識しているから、些細なことでも気になってしまう。
それで▲4二歩成と攻め合った。だが、こちらのほうがよほど危険だった。
△4六香▲同金のあと、たとえば△4六角▲同銀△4七金のイモ攻めはどうか。上手玉はまだまだ余裕があるから、攻めが繋がれば上手が勝つ。
やはり▲4二歩成では▲3五歩だった…と後悔し始めたところで、△8四桂が指された。
これも厳しいが、もう少し頑張れそうである。次が、本局唯一の自慢の一手だった。
(つづく)