10月22日の社団戦最終日で、大野八一雄七段に久々にお会いした。
「大沢さん、久しぶりです。12月23日なんですけど、宮嶋健太のパーティーをやるんですが、どうですか」
「宮嶋健太」とは大野七段の弟子で、今年10月1日付で四段昇段した、大野門下期待のルーキーである。
私も土日はなかなか予定が取れないのだが、展開次第では参加も考えた。
そして今月16日、九州旅行中の私に、大野七段からあらためて電話が来た。いわく、23日は宮嶋四段と加藤圭女流二段の指導対局会があり、それに参加しませんか、とのことだった。
大野教室の指導対局会は不定期に行われていて、現在は2棋士セットで10,000円である。これが高いか安いかはさておき、社団戦のときの話とは若干様相が異なるが、宮嶋四段へのご祝儀の意味でも、参加させていただくことにした。
当日朝は桃の木の手入れをやったため、川口駅の立ち食いソバ屋に入る時間がなかった。
11時少し前に大野教室に入室した。実に昨年の3月25日以来で、(女流)棋士との指導対局となると、2019年10月22日の飯野愛女流初段以来となる。
教室内は、まったく変わっていなかった。ま、そりゃそうだ。
W氏に会うのも久しぶりだ。
「そんなに変わってないんじゃない?」
とW氏。私が頭髪のことを気にしているので、それを慮っての言葉だ。ほぼ同じセリフを社団戦のShin氏からも聞いたが、その気づかいが心苦しい。ハゲ具合は私がいちばんよく知っているからだ。
寒暖差でメガネが曇ってしまったが、その先に宮嶋四段がいた。
「お久しぶりです」
曇ったレンズの先で、宮嶋四段がにこやかに笑う姿が見て取れた。これが勝者の笑顔だと思った。
「先日は竜王戦の勝利、おめでとう」
宮嶋四段は19日のデビュー戦(第37期竜王戦6組)で、初勝利を飾ったのだ。
が、そこから宮嶋四段は意外なことを言う。「(大沢さんの)ブログを読みました。7~8年前に対局をしたと思うんですけど、そのときは失礼しました。私も高校生だったもので……」
「……?」
話を聞くと、そのとき宮嶋奨励会初段の態度に私がカチンときて、そのことをブログで書いたらしいのだ。
なにしろ私は、対局相手の小学生が失礼な態度を取っても、それをブログに書き、ご尊父の怒りを買う始末である。だが私は、宮嶋四段の言う核心部分の記事は、まったく記憶になかった。
だけど、書かれたほうは書かれ損で、反論さえできないのだ。ペンは剣よりも強し、という。私も将棋ブロガーの端くれとして、ゆめゆめ気を付けなければならない。
ともあれ、指導対局の開始である。3面指しで、私はいちばん右に座る。左はときどき見る常連氏で、対局中のボヤキが印象的である。
私は角落ちを所望し、左氏は飛車落ち、その左の紳士氏は二枚落ちを所望した。「指し方」も聞かれ、私と左氏は「ふつう」、だけど二枚落ち氏は、「急所で緩めてもらえれば……」。いわゆる「天使モード」を所望した。
初手からの指し手。△6二銀▲7六歩△4二玉▲2六歩△3二玉▲2五歩△6四歩▲3六歩△6三銀▲3八銀△2二銀(第1図)
宮嶋四段の△6二銀からスタート。それはいいとして、7手目の△6四歩が変化球である。でもそれに惑わされず、私は自分の信じる手を指さねばならない。
第1図の次の手が、早くも急所だった。
第1図以下の指し手。▲3五歩△8四歩▲3七銀△8五歩▲7八金△8六歩▲同歩△同飛▲8七歩△8二飛▲3六銀△4二金▲6九玉△7四歩(第2図)
指導対局の制限時間は1時間。これは想像以上に短く、下手は直感で本筋の手を見極めなければならない。
第1図で▲2四歩から1歩を手にするのがいつもの私だ。しかしこれはその代償として後手を引くし、あとから2筋を盛り上がられて困ったことが、大野七段戦で何回もあった。よって▲2四歩は後回しでいい。
それより私には最優先の手があり、それが▲3五歩だった。言うまでもなく二枚落ち定跡の応用で、私の「飛車落ち一公流▲2五飛戦法」も、中座飛車の応用である。
本譜▲3五歩に戻り、これは△3四歩からの盛り上がりを防いだもの。また▲2五歩も、現在は位としての役目を果たしている。まずまずの序盤だと思った。
宮嶋四段の指し手は静かだ。八代弥七段のように、駒を慈しむように指す。
△8五歩に▲7八金と上がると、宮嶋四段は手を止め、「飛車先は受けないんですか?」と言った。
「むかし大野先生から、こういう局面では飛車先を受けないほうがいい、と言われまして。もちろん似た局面ですが」
そうですか……と、宮嶋四段は飛車先の歩を換える。私が不安だったのは▲8七歩に△7六飛と歩を取られる手だ。これには▲6六角が常套手段だが、本局は△6四歩型なので、直後に△6五歩がある。
だから△7六飛は有力と思ったのだが、それは素人考えだったようで、宮嶋四段はふつうに△8二飛と引いた。
△7四歩に、次の手を褒められた。
第2図以下の指し手。▲5五角△5二金右▲8八銀△5四歩▲3七角△4四歩▲4六歩△4三金直▲4八飛△5三金上▲2六角(第3図)
私は▲5五角と飛び出した。角を右辺に転回しようの意で、「いい手ですね」と宮嶋四段が言う。
「これは経験がありましたか?」
「いえ、5筋を突いてなかったもので、対局中に考えました」
「……」
そんなに感心されるような手を指しただろうか。
本譜に戻り、私は▲3七角と引いた。宮嶋四段は△4四歩。当然の一着だが、私は4筋に争点ができたので、ありがたかった。
私は▲4八飛と増強し、△5三金上に▲2六角。これなら▲7七角~▲5九角~▲2六角の3手角と一緒だが、本譜は▲4八飛がいるので、そうスムーズにはいかない。幸い、▲5五角と出た手に意味はあった。
しかしこの手は早まった。上手の次の手がまったく見えていなかった。
第3図以下の指し手。△5五歩▲3七桂△5四銀▲5八金△3一銀▲3四歩△4二銀▲4五歩△同歩(第4図)
左氏は定跡通り果敢に攻めている。そこで上手の△5一銀打が異筋の受けで、下手がやや混乱している。
第3図で宮嶋四段は△5五歩と指した。これが上手らしい一着で、私はまったく気が付かなかった。角落ちは位負けしない、というのが常識である。その教えを軽視したツケがここで回ってきた。
▲3七桂に△5四銀と上がられ、▲4五歩と仕掛けづらくなってしまった。
そこで▲5八金と一手待つ。そこで△7三桂と換わっても下手のほうがつまらないが、宮嶋四段は△3一銀。壁銀を立て直した手だが、私はありがたかった。
なぜなら下手はいつか▲3四歩と突いて角道を通さねばならないが、そのとき△2二銀型だと、△3四同歩のあとに△3三銀と応援する手が生じる。本譜はそれがなくなったのが大きい。
本譜に戻り、▲3四歩△4二銀に、私はいよいよ▲4五歩。△4五同歩に次の手はこれしか考えなかった。
(つづく)