一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

振り飛車の神様

2025-01-14 23:41:18 | 男性棋士
きょう1月14日は、振り飛車の神様・大野源一九段の命日である。1979年の没だから、もう46年も経ってしまった。
大野九段は1911年生まれ。木見金治郎九段門下で、弟弟子に升田幸三実力制第四代名人、大山康晴十五世名人がいる。戦後から振り飛車を採用するようになり、その芸術的な捌きは、多くの棋士に影響を与えた。
大山九段(当時)が升田名人(当時)にタイトルを全部取られたころ、疲労困憊だった大山九段に、大野九段が振り飛車を勧めたのは有名な話である。

図は1962年9月3日に指された、第1期十段戦挑戦者決定リーグ・大山名人戦(主催:日本将棋連盟、読売新聞社)。
大野九段は三間飛車が得意で、左銀を4六に出る手を好んで指した(歩は4七が定型。以下の指し手も記したいのだが、長くなるので省略する)。
1969年度のB級1組順位戦は好調で、最終局を前に9勝3敗。もちろん自力だったが、最終戦に米長邦雄七段(当時)に敗れ、大魚を逸した。なおこのときの一戦は、のちに米長永世棋聖の脚色によって、「米長哲学」として、広く知られることになった。
1973年には、当時一般棋戦だった王座戦で、62歳にして挑戦権を獲得した。結果は中原誠王座に2連敗したが、その奮闘は当時大きな話題になった。
晩年はC級1組まで落ちたが、まだまだ腕に歳は取らせない、というところで、1979年1月14日、列車待ちのとき、踏切を無理に渡ろうとして、事故死。衝撃的な最期だった。
余談だが、この年から私は十段戦の観戦記をスクラップしはじめたのだが、陣太鼓氏(山本武雄九段)がこの訃報を伝えていたのを思い出す。
さらに余談だが、「大野の振り飛車」(弘文社、1971年)の古本を持っていたが、2017年の例の大掃除で、上のスクラップともども、(たぶん)棄ててしまった。まったく、あのときの私はどうかしていた。
それはともかくAI全盛の今、大野九段の捌きを彷彿とさせる若手棋士は、もう現れないだろう。
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八代七段の順位戦の成績

2025-01-07 13:05:50 | 男性棋士
先日佐々木大地七段の順位戦の成績に言及したが、八代弥七段も、順位戦には縁が薄い。そんな八代七段は昨年の第37期竜王戦で1組に昇級したが、実は「復帰」である。すなわち八代七段は2021年、第34期竜王戦2組で渡辺明名人に勝ち、1組昇級を決めた。C級2組の棋士が永世竜王に勝ったのだから、実力のほどが分かるというものだ。
しかも第35期1組では残留を決めた。第36期は残念ながら2組に降級したが、翌第37期に復帰した、というわけだ。
では、順位戦の成績はどうだったのだろう。確認してみよう。

第71期 46位・6勝4敗→18位
第72期 17位・5勝5敗→21位
第73期 22位・6勝4敗→17位
第74期 15位・8勝2敗→4位(頭ハネ)
第75期 4位・7勝3敗→6位
第76期 4位・5勝5敗→21位
第77期 19位・5勝5敗→25位
第78期 26位・6勝4敗→20位
第79期 19位・6勝4敗→19位
第80期 20位・6勝4敗→18位
第81期 19位・7勝3敗→12位
第82期 11位・8勝2敗→5位
第83期 4位・5勝2敗8位(7回戦まで)
以上、通算80勝47敗.630。

八代七段は2012年4月デビュー。その年の順位戦から参加した。だが、そこから3年間は可もなく不可もない成績である。
惜しかったのは4期目の8勝2敗だが、順位も悪く、頭ハネとなった。
しかし惜しかったのはこの期だけで、以降も昇級に絡まない星が続く。この間、2017年には朝日杯将棋オープン戦で優勝し、2019年には七段に昇段した。そして竜王戦は1組に昇級である。
つまり佐々木七段と同じく、順位戦以外の棋戦に強いのだが、八代七段は順位戦がパッとしないのも面白い。
第82期順位戦では久々に爆発し8勝を挙げたが、順位が悪く、届かず。
今期も5勝を挙げているが、6勝者が7人いて、微妙なところだ。
そんな八代七段は、七段になってからも勝ちまくっているので、八段昇段まで「あと17勝」である。順位戦で昇級できなくても引退後に八段になった例はあるが、C級2組在籍中に八段は、極めて珍しい。ちなみに八代七段の公式戦の通算成績は、順位戦のそれを覗くと、290勝140敗.6744となる。今年中の八段昇段は固いだろう。
九段になるまでに、順位戦で昇級できるか。
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いまあらためて、佐々木大地七段

2025-01-05 23:25:42 | 男性棋士
各順位戦は中盤戦を終了し、年明けから佳境に入る。
私が注目している佐々木大地七段は、C級2組で5勝2敗。毎期昇級を期待されているが早くも2敗を喫し、今期の昇級も厳しくなった。
ここで、佐々木七段の順位戦の成績をまとめてみよう。

第76期 48位・8勝2敗→8位
第77期 6位・8勝2敗→4位(頭ハネ)
第78期 5位・8勝2敗→4位
第79期 3位・7勝3敗→6位
第80期 7位・7勝3敗→10位
第81期 11位・8勝2敗→4位
第82期 3位・6勝4敗→15位
第83期 14位・5勝2敗(7回戦まで)

佐々木七段は2016年4月に四段デビューしたが、次点2回でフリークラス入りしたため、ここを抜ける必要が生じた。
しかし11ヶ月足らずで規定をクリアし、2018年度の順位戦から参加した。
1期目の第76期は8勝を挙げ、48位から8位に大躍進。
続く第77期も8勝を挙げたが、無念の頭ハネ。
続く第78期も8勝を挙げたが、今度は下位の棋士が9勝以上を挙げ、またも昇級はおあずけとなった。
第79期は3位でのスタートとなったが、4期目でついに7勝で終わってしまった。これでは昇級は無理である。
第80期も7勝に終わる。
第81期は11位からのスタートだったが、またも8勝を挙げる。しかしまたもや、ほかの棋士が9勝以上を挙げ、4位に終わった。
失意の第82期は自身ワースト(!)の6勝に終わり、第82期は7回戦を終えて5勝2敗となっている。
第76期から82期まで、7期中8勝が4回。第83期7回戦までの順位戦通算成績は57勝20敗.740。驚異の7割台である。
公式戦の通算成績は309勝139敗.6897なので、順位戦のほうが成績がよい。その間、タイトル戦にも2回登場している。これでどうして昇級できないのか、まさに将棋界の七不思議だ。
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関浩七段、逝去

2024-12-06 23:42:33 | 男性棋士
5日の当ブログは、973人の訪問、1717ページビューだった。ページビューはこの3日間、似た数字になっている。

   ◇

関浩七段が、11月11日に亡くなっていたとのこと。享年64歳。
関七段は1985年3月デビュー。私は知らなかったのだが、羽生善治四段に初黒星を付けた棋士だった。
私はむしろ順位戦1年目の成績に驚いた記憶がある。関四段は1985年度の第44期順位戦に間に合ったのだが、いきなり3連敗。以後どうなることかと思ったが7勝3敗で1期目を終えた。
ある年、関七段は、自宅の近所に出没した泥棒を捕まえた。これは新聞にも載ったから、知る人ぞ知る。私もその記事を観戦記スクラップに貼ったのだが、そのノートは2017年に棄ててしまった。これはいまでも後悔している。
結局順位戦では昇級できぬまま、1997年、フリークラスに降級。ただ、竜王戦では4組まで昇級している。
2007年、46歳で現役引退となった。
関七段といえば、指し将棋より文筆である。関七段はいつごろからか、毎日新聞で名人戦・A級順位戦の観戦記者を務めた。「将棋世界」などでも、たびたび健筆をふるった。その文体は本人のイメージ通り、誠実なものだった。将棋ペンクラブ大賞にも何度か最終選考に残ったが、ついぞ入賞することはなかった。私は関七段をひそかに、「無冠の帝王」と呼んでいた。
そんな関七段だから、河口俊彦八段「新・対局日誌」、先崎学九段「千駄ヶ谷市場」に続く読みもの連載が務められたと思うのだが、その機会はなかった。
それにしても64歳とは……。医学は長足の進歩をとげているが、それだけではどうしようもない人間の寿命があるのか。
これから滋味を増した文章が読めると思ったのに……。合掌。
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西田五段の活躍

2024-11-24 23:39:30 | 男性棋士
最近びっくりしたのは、西田拓也五段の活躍である。
西田五段は第74期王将戦で一次予選、二次予選と7連勝し、挑戦者決定リーグ入りした。
王将戦は、名人戦・順位戦が毎日新聞から朝日新聞に移ったのち、毎日新聞が創設した棋戦である。そのためか、予選は上位陣に手厚く、リーグ在籍者は順位戦A級のメンツに勝るとも劣らない。
今期のリーグは菅井竜也八段、永瀬拓矢九段、佐々木勇気八段のA級勢に、レジェンド羽生善治九段、元竜王・王位の広瀬章人九段、それにリーグ4期目の近藤誠也七段が名を連ねる。
このメンバーでは、C級1組在籍の西田五段では家賃が高い…と思いきや、西田五段はよく勝ち、最終戦を前に4勝1敗。挑戦権も見えてきたのである。
しかし西田五段とは何者か? 私には「振り飛車党」のイメージしかないが、調べてみると、25歳で四段になった苦労人であった。
将棋界はなんだかんだいっても若くして四段になった棋士が有利で、トータルでは好成績になる。
だが西田五段はデビュー後もよく勝っていた。まず、今年度は最終戦の前まで17勝8敗。2017年のデビューから2023年度まで、7年間で勝率6割以上が5回もあった。
直近の活躍は今年の第17回朝日杯将棋オープン戦で、本戦準決勝まで勝ち上がっている。そのときは永瀬九段に敗れていた。
ちなみに朝日杯での西田五段の戦績を遡ってみると、意外にも一次予選からの出場がない。なんと、第14回でも本戦準決勝まで進んでいたのだ。
ううむ……。これは「木村一基型」で、西田五段は要するに、大器晩成なのだった。
話を戻し、20日のリーグ最終戦は、西田五段は広瀬九段に勝ち5勝1敗とした。例年ならこの星で挑戦権獲得だが、今期は永瀬九段も5勝1敗。なんと、プレーオフとなった。5勝のプレーオフは極めて珍しく、直近では第70期にその例がある。ちなみにそのときも永瀬九段が名を連ね、最終的に挑戦権を獲得したのだった。
今回のプレーオフは、あす25日である。両者の対戦成績は永瀬九段2勝、西田五段1勝。西田五段のこの1勝は、今期リーグ戦である。
私は振り飛車党ではないが、振り飛車は好きである。しかしAI界では、振り飛車の評価が低い。さらにプロの振り飛車党も少ないときている。だから逆に、振り飛車党の棋士は応援したいのである。
西田五段の振り飛車には興味がある。ぜひタイトル戦で、その将棋を見てみたい。
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