鈴木環那女流二段の△2六歩に、室谷由紀女流初段は▲8六竜。△7三歩に室谷女流初段、左手を右のほおにあて、▲4八馬と引いた。室谷女流初段は金銀が少ないが、それを馬で補おう、のハラだ。関西流の雰囲気もある。
「自陣の馬は金銀何枚ぶんになりましたかネ」
と解説の島朗九段。ともあれ、長期戦の様相になってきた。
△4五馬の王手に、室谷女流初段、右手でアゴをさわり、▲2八玉と引く。鈴木女流二段も右手を口元にあてて考えている。前傾姿勢になる。後手が攻め切っているのか、先手が受け切っているのか。島九段が「分からない」とつぶやく。まさにゼニの取れる将棋で、私は「こんなに凄い熱戦、帰らなくて本当によかった」と、胸をなで下ろしていた。
鈴木女流二段、△7六飛と打ち、▲2六銀取り。「ここはこれ(▲6六歩)がありますネ」と島九段。▲4八馬が利いている。しかし室谷女流初段は▲2七歩と打った。
ああ、これも重大な逸機だった。鈴木女流二段の玉頭攻めは諸刃の剣で、反撃の▲2四歩がある。だから先手としても、▲2七歩は極力打ちたくなかったのだ。しかし、そう支えたい気持ちもよく分かる。
室谷女流初段、左手を左ほおにあて、▲4五角。ふたりとものけぞる。さっきから30秒将棋が延々と続き、同じ姿勢で指しているので、「伸び」も必要なのだ。
聞き手の上田初美女王(当時)はよく手が見える。たびたび島九段の読みにない手を指摘し、「これであさって(のマイナビ女子オープン第3局)は勝ちますネ」と、島九段に太鼓判を押されていた。
対局場周辺は熱気で包まれている。一階上の踊り場からも覗いている客がいる。みな将棋は知らないだろうが、ただごとならぬふたりの熱気が、客を吸い寄せるのだ。
室谷女流初段は左手をパタパタやり、自らに風を送っている。飛んでいってあおいでやりたいが、そうもいかない。
鈴木女流二段、△2五歩と打ち、お茶を飲む。先ほどから鈴木女流二段はお茶を飲む回数が多い。それがリズムになっているかのようだ。
銀桂交換ののち、△6六竜。次に△2六歩の狙いだが、▲6七歩と横利きを消しに来たらどうするのか。だが室谷女流初段は先ほどから、島九段の二択をことごとく外している。
しかし室谷女流初段は▲6七歩! やっと島九段の予想が当たった。△4六竜に室谷女流初段、襟元に手をやり、首を傾げ、▲4七歩と突きあげる。鈴木女流二段、今度は△4五竜とひとつ引く。
どちらも盤にかぶさっている。室谷女流初段の前髪が額にへばりつき、色っぽい。将棋は体力なのだ。
鈴木女流二段、金桂交換の駒得ののち△4五角だが、▲8一竜にはヒモが付いている。室谷女流初段、一瞬天を仰いで▲5二と。鈴木女流二段、△8一角では大勢に遅れると見て、△6七角成。しかし▲5八銀とハジかれ、△4五馬と引き揚げるようでは変調か。。室谷女流初段、▲6一竜と金を取る。鉄壁の防波堤が、ついに崩れた。この数手は室谷女流初段だけが何手も指した計算になり、形勢がぐっと縮まった感じだ。
鈴木女流二段、気を取り直して△3六馬。2七への打ち込みがあるので、島九段は▲2七金や▲3七金と、馬にあてる手を推奨する。
しかし室谷女流初段は▲2八金!! なるほど、ジカに馬に当てず、ひとつ引いて受けるのが味わい深い。30秒将棋でよくこうした手が思い浮かぶものだ。島九段が大いに感心する。私も然りで、本局、私が最も感心した一手であった。
△4五角に▲3九桂と思いきや、室谷女流初段は▲3七飛!! 今度は強気の受けに出た。いや、攻め駒を責める手というべきか。
とはいうものの、この手はどうだったか。鈴木女流二段、△2七歩~△2五歩~△2六銀とかぶせ、後手の攻め勝ちが見えてきた。
室谷女流初段、▲3九桂と辛抱する。鈴木女流二段、と金に自らアテにいく△4二金!! 中盤、二枚飛車の攻めの防波堤に打った△3一香が、何と先手玉のヨセに参加してきたのだ!!
室谷女流初段はやむなく▲3七歩だが、鈴木女流二段はシャニムニ2七の地点を攻める。
島九段は間隙を衝く▲5五角の王手を推すが、それは△4四金で逆先を食ってしまう。ゆえに上田女王は▲6六角を指摘したが、「なるほどそれは道理ですね」。
果たして室谷女流初段は▲6六角。やはり対局者はよく読んでいる。
鈴木女流二段、やむない△4四金だが、ここに一枚使ったのは痛い。また形勢が縮まった。
時間は午後5時をとっくに過ぎているが、果たして決着が付くのだろうか。いや付くに決まっているが、両者の死闘には、そう思わせない迫力がある。安易に使いたくはないが、本局どちらが勝っても「名局」となろう。
その後も先手陣の玉頭でごちゃごちゃある。鈴木女流二段が駒得の攻めで、徐々に先手玉を薄くしていく。
「これはどうやら、先が見えてきたようですね。確実に決着がつきます」
と島九段。
△3七歩▲同桂に、△3七同金があった。室谷女流初段は泣く泣く▲2九玉。▲3七同玉では、△3六飛▲4八玉△5六桂まで、ピッタリ詰んでしまう。▲5八銀と▲5九香が左辺への壁になっているのが痛いのだ。お互いの下段の香は、鈴木女流二段のほうに軍配が上がったようである。
鈴木女流二段、△3六桂と詰めろ。室谷女流初段、▲3八金。駒を使っては勝ちがないと見たものだが、やや薄い受けだったか。
2筋でバラバラと駒の精算があり、鈴木女流二段、△3五桂と打ち、お茶を飲む。「これで終わりました」と、その仕草が語っている。
△3六香に、室谷女流初段、首をガクッと垂れて投了。ここに鈴木女流二段の連覇なる! 不動駒は3つのみ。対局時間・3時間近く。実に190手の熱闘だった。
観客の前に、両雄が並び立つ。激闘を制した鈴木女流二段は、実にいい表情だ。室谷女流初段は負けて悔しくないはずがないが、精一杯戦った感じ。
「過去6回で、最も激闘だったと思います」
と島九段の弁。そしてそれは、その場にいた誰もが抱いた感慨だった。
表彰式は時間の関係か、鈴木女流二段に楯と花束を贈呈したのみとなった。楯を受け取りながら、客席に顔を向けるのが鈴木流である。
今回、「世田谷花みず木将棋オープン戦」を観戦するのは初めてだったが、手作り感がある、良心的な造りの将棋大会だと思った。現在将棋大会を取り巻く環境は厳しいが、こうした内容の将棋が続けば、未来は明るい。末永く続くことを願っている。
(おわり)
「自陣の馬は金銀何枚ぶんになりましたかネ」
と解説の島朗九段。ともあれ、長期戦の様相になってきた。
△4五馬の王手に、室谷女流初段、右手でアゴをさわり、▲2八玉と引く。鈴木女流二段も右手を口元にあてて考えている。前傾姿勢になる。後手が攻め切っているのか、先手が受け切っているのか。島九段が「分からない」とつぶやく。まさにゼニの取れる将棋で、私は「こんなに凄い熱戦、帰らなくて本当によかった」と、胸をなで下ろしていた。
鈴木女流二段、△7六飛と打ち、▲2六銀取り。「ここはこれ(▲6六歩)がありますネ」と島九段。▲4八馬が利いている。しかし室谷女流初段は▲2七歩と打った。
ああ、これも重大な逸機だった。鈴木女流二段の玉頭攻めは諸刃の剣で、反撃の▲2四歩がある。だから先手としても、▲2七歩は極力打ちたくなかったのだ。しかし、そう支えたい気持ちもよく分かる。
室谷女流初段、左手を左ほおにあて、▲4五角。ふたりとものけぞる。さっきから30秒将棋が延々と続き、同じ姿勢で指しているので、「伸び」も必要なのだ。
聞き手の上田初美女王(当時)はよく手が見える。たびたび島九段の読みにない手を指摘し、「これであさって(のマイナビ女子オープン第3局)は勝ちますネ」と、島九段に太鼓判を押されていた。
対局場周辺は熱気で包まれている。一階上の踊り場からも覗いている客がいる。みな将棋は知らないだろうが、ただごとならぬふたりの熱気が、客を吸い寄せるのだ。
室谷女流初段は左手をパタパタやり、自らに風を送っている。飛んでいってあおいでやりたいが、そうもいかない。
鈴木女流二段、△2五歩と打ち、お茶を飲む。先ほどから鈴木女流二段はお茶を飲む回数が多い。それがリズムになっているかのようだ。
銀桂交換ののち、△6六竜。次に△2六歩の狙いだが、▲6七歩と横利きを消しに来たらどうするのか。だが室谷女流初段は先ほどから、島九段の二択をことごとく外している。
しかし室谷女流初段は▲6七歩! やっと島九段の予想が当たった。△4六竜に室谷女流初段、襟元に手をやり、首を傾げ、▲4七歩と突きあげる。鈴木女流二段、今度は△4五竜とひとつ引く。
どちらも盤にかぶさっている。室谷女流初段の前髪が額にへばりつき、色っぽい。将棋は体力なのだ。
鈴木女流二段、金桂交換の駒得ののち△4五角だが、▲8一竜にはヒモが付いている。室谷女流初段、一瞬天を仰いで▲5二と。鈴木女流二段、△8一角では大勢に遅れると見て、△6七角成。しかし▲5八銀とハジかれ、△4五馬と引き揚げるようでは変調か。。室谷女流初段、▲6一竜と金を取る。鉄壁の防波堤が、ついに崩れた。この数手は室谷女流初段だけが何手も指した計算になり、形勢がぐっと縮まった感じだ。
鈴木女流二段、気を取り直して△3六馬。2七への打ち込みがあるので、島九段は▲2七金や▲3七金と、馬にあてる手を推奨する。
しかし室谷女流初段は▲2八金!! なるほど、ジカに馬に当てず、ひとつ引いて受けるのが味わい深い。30秒将棋でよくこうした手が思い浮かぶものだ。島九段が大いに感心する。私も然りで、本局、私が最も感心した一手であった。
△4五角に▲3九桂と思いきや、室谷女流初段は▲3七飛!! 今度は強気の受けに出た。いや、攻め駒を責める手というべきか。
とはいうものの、この手はどうだったか。鈴木女流二段、△2七歩~△2五歩~△2六銀とかぶせ、後手の攻め勝ちが見えてきた。
室谷女流初段、▲3九桂と辛抱する。鈴木女流二段、と金に自らアテにいく△4二金!! 中盤、二枚飛車の攻めの防波堤に打った△3一香が、何と先手玉のヨセに参加してきたのだ!!
室谷女流初段はやむなく▲3七歩だが、鈴木女流二段はシャニムニ2七の地点を攻める。
島九段は間隙を衝く▲5五角の王手を推すが、それは△4四金で逆先を食ってしまう。ゆえに上田女王は▲6六角を指摘したが、「なるほどそれは道理ですね」。
果たして室谷女流初段は▲6六角。やはり対局者はよく読んでいる。
鈴木女流二段、やむない△4四金だが、ここに一枚使ったのは痛い。また形勢が縮まった。
時間は午後5時をとっくに過ぎているが、果たして決着が付くのだろうか。いや付くに決まっているが、両者の死闘には、そう思わせない迫力がある。安易に使いたくはないが、本局どちらが勝っても「名局」となろう。
その後も先手陣の玉頭でごちゃごちゃある。鈴木女流二段が駒得の攻めで、徐々に先手玉を薄くしていく。
「これはどうやら、先が見えてきたようですね。確実に決着がつきます」
と島九段。
△3七歩▲同桂に、△3七同金があった。室谷女流初段は泣く泣く▲2九玉。▲3七同玉では、△3六飛▲4八玉△5六桂まで、ピッタリ詰んでしまう。▲5八銀と▲5九香が左辺への壁になっているのが痛いのだ。お互いの下段の香は、鈴木女流二段のほうに軍配が上がったようである。
鈴木女流二段、△3六桂と詰めろ。室谷女流初段、▲3八金。駒を使っては勝ちがないと見たものだが、やや薄い受けだったか。
2筋でバラバラと駒の精算があり、鈴木女流二段、△3五桂と打ち、お茶を飲む。「これで終わりました」と、その仕草が語っている。
△3六香に、室谷女流初段、首をガクッと垂れて投了。ここに鈴木女流二段の連覇なる! 不動駒は3つのみ。対局時間・3時間近く。実に190手の熱闘だった。
観客の前に、両雄が並び立つ。激闘を制した鈴木女流二段は、実にいい表情だ。室谷女流初段は負けて悔しくないはずがないが、精一杯戦った感じ。
「過去6回で、最も激闘だったと思います」
と島九段の弁。そしてそれは、その場にいた誰もが抱いた感慨だった。
表彰式は時間の関係か、鈴木女流二段に楯と花束を贈呈したのみとなった。楯を受け取りながら、客席に顔を向けるのが鈴木流である。
今回、「世田谷花みず木将棋オープン戦」を観戦するのは初めてだったが、手作り感がある、良心的な造りの将棋大会だと思った。現在将棋大会を取り巻く環境は厳しいが、こうした内容の将棋が続けば、未来は明るい。末永く続くことを願っている。
(おわり)