解説の合間をぬって、二転三転の終盤となった、第3局のハイライトが紹介される。三浦弘行八段、半ば形作りの☗1五角に羽生善治名人が正しい合駒を逃し、三浦八段に勝ち筋が生じたものの、結局勝ち切れなかった将棋だ。突然勝ちになって、1分将棋のなか混乱したまま疑問手を続け、大魚を逸した挑戦者の心情は、察するに余りある。
第4局に戻る。現在は羽生名人のほうが持ち時間を多く残している。2日目の夜でこの時間差は、絶対的に名人有利である。ただ勝又清和六段こと勝又教授によると、名人と挑戦者は2日間、フルに頭を使っているので、新鮮なアタマで将棋を見ることができない。だから疑問手も出やすいという。
羽生名人は要の☗7六金を只で取らせて玉が脱出したが、損失が大きすぎる。これは三浦八段、楽しみが出てきたか…が、マイナビ解説場での評判だった。
☗6一角に☖6二金。この金はもともと7六にいたものである。対して羽生名人、☗8三角成とまったり指すかと思いきや、☗3三歩と攻め合いに出た。
三浦八段、☖6一金。歩が金になり、それで角を取った。これはもう、どちらが勝ちか分からない。持ち時間も双方接近してきた。三浦八段の指が震えている。羽生名人の指も震えているらしい。羽生名人の指の震えは勝利を確信したときの現象らしいが、本局はそれに当てはまらない。
「激指」には先手後手どちらが有利か、画面下にあるバーで白と黒を表示し、判定する機能がついている。それを見ると、左から「黒」、右から「白」が伸び、ほぼ中央で止まっている。これは優劣不明ということだ。
もっとも勝又教授に言わせると、将棋の優劣判定は基本的にプロ棋士の実戦譜を下敷きにしているので、サンプル数の少ない入玉形では、その判定がむずかしいという。
名人戦の持ち時間は公式戦最長の各9時間。しかしここ数年は、解説会に来た将棋ファンの帰りの足を考慮し、夕休時間を削ったりして、早めの終局を目指しているという。だから計算上では、2日目の午後9時前後には終局するはずだという。
三浦八段の指の震えがなくなったらしい。将棋はこれからまだ、ひと山もふた山もありそうだ。時刻は8時30分を回ったろうか。
「これは皆さん帰れませんよ」
と勝又教授。
まあこんなこともあろうかと、テレビ朝日系「臨場」の録画予約はしてきている。
なんと加賀さやかさんが戻ってきた。そのまま空いていた私の左の席にすわる。またドキドキの要素が増えた。
「次の一手はなんでした?」
「☗6三とでした。加賀さんは?」
「私は☗7七玉でした」
残念、とお互い慰め合う。加賀さんは棋士との親交が深く、よく扇子や色紙をいただくらしい。そして毎年開かれる将棋ペンクラブ親睦会でも、多数の品物を無償提供してくれる。ありがたいことだと思う。
三浦八段☖6七角。攻めては☗7五玉を背後から狙い、守っては3四、2三に利かす八方ニラミの角だ。名人は☗7六銀とはじく。三浦八段☖3四角成。
最初は☖6七角を絶賛していた勝又教授だが、こう収まってみると、評価が変わった。一見羽生名人に持ち駒を打たせたようだが、手順に玉を固めさせた罪のほうが大きいのだ。終盤は、自玉の固さも大きな要素だ。
しかし形勢バーは、まだ互角である。ここまで手数が伸びて、形勢の針がぶれないのは珍しい。
名人戦速報のコメント欄に、「勝又六段から、何があったんですか? のコメントが入る」との書き込みが入ったらしく、会場が爆笑の渦に包まれる。東京と小倉での無言のやりとりが全世界に配信されるとは、恐ろしい世界になったものだ。
両者は1分将棋になっているようだ。里見香奈女流名人・倉敷藤花が、聞き手と呼ぶことには躊躇するような、あまりにも鋭い読みを披露している。その声がか細いので、そのギャップが、さらに彼女の強さを引き立てる。勝又教授が「解説の里見さん――」と発するのも、あながち冗談ではない。しかし里見女流二冠が発言している符号が先後逆だ。大阪に三浦八段を呼ぶべく先手玉を寄せようとしているので、里見女流二冠の頭の中では、後手方が盤面の下にきているのだろう。
局面は三浦八段がやはり苦しくなってきた。終盤でこの形勢の傾きは大きい。苦悶の表情が浮かんでくるようだ。
ちょっと解説場もサジを投げ気味である。ここで勝又教授が気を利かし、里見女流二冠が豊島将之五段と戦った、新人王戦の一局を紹介する。その将棋がスクリーンに別ウインドウで現われた。
天才棋士の呼び声も高い豊島五段に対し、里見女流二冠は一歩も引かず渡り合う。里見女流二冠の感想を聞いていると、ゴキゲン中飛車あらゆる変化に精通し、研究量も凄まじいことが分かる。里見女流二冠の1/10でも将棋の勉強をしている女流棋士が、現在何人いるか。里見女流二冠は、女流名人を獲るべくして獲ったのだと、あらためて思う。
羽生名人、最後の1歩を使って☗3三歩。さらに☗4四角打。次に☗3二歩成の両王手が厳しい。☗3三角成。これで後手玉は必死だ。もう三浦八段は王手ラッシュを掛けるしかないが、解説場の検討では、数手後に☗7七玉と落ちてわずかに詰まない。
しかし羽生名人だって、1手トン死や3手トン死を喰らったことがある、と勝又教授がその将棋を映す。とはいえあまりにも虚しい。観客は無反応だ。「激指」の形勢バーは黒一色となっている。
☖6七同成桂☗7六玉。ここで三浦八段が投了したようだ。9時53分。三浦八段、善戦むなしく、小倉に散る。羽生名人、7期目の名人位、おめでとうございます。
勝又教授と里見女流二冠は、7時の再開から1回も休憩を挟まず、解説を続けてくれた。厚く御礼を申し上げたい。
帰り際、いつの間にか解説会に顔を見せていたバトルロイヤル風間氏が、里見女流二冠に話かけている。やっぱりバトルさんは将棋関係者といえよう。
そんな里見女流二冠は、手に汗握る熱戦を観客に伝え続け、紅潮している。ちょっと私は里見女流二冠の存在を軽視していたのだが、やはりとてもかわいらしい。いまや女流棋士会の顔であり、第一人者として、風格も出てきた感がある。
そんな里見女流二冠の眼はすでに、2ヶ月先のマイナビ一斉予選に向けられているような気がした。
第4局に戻る。現在は羽生名人のほうが持ち時間を多く残している。2日目の夜でこの時間差は、絶対的に名人有利である。ただ勝又清和六段こと勝又教授によると、名人と挑戦者は2日間、フルに頭を使っているので、新鮮なアタマで将棋を見ることができない。だから疑問手も出やすいという。
羽生名人は要の☗7六金を只で取らせて玉が脱出したが、損失が大きすぎる。これは三浦八段、楽しみが出てきたか…が、マイナビ解説場での評判だった。
☗6一角に☖6二金。この金はもともと7六にいたものである。対して羽生名人、☗8三角成とまったり指すかと思いきや、☗3三歩と攻め合いに出た。
三浦八段、☖6一金。歩が金になり、それで角を取った。これはもう、どちらが勝ちか分からない。持ち時間も双方接近してきた。三浦八段の指が震えている。羽生名人の指も震えているらしい。羽生名人の指の震えは勝利を確信したときの現象らしいが、本局はそれに当てはまらない。
「激指」には先手後手どちらが有利か、画面下にあるバーで白と黒を表示し、判定する機能がついている。それを見ると、左から「黒」、右から「白」が伸び、ほぼ中央で止まっている。これは優劣不明ということだ。
もっとも勝又教授に言わせると、将棋の優劣判定は基本的にプロ棋士の実戦譜を下敷きにしているので、サンプル数の少ない入玉形では、その判定がむずかしいという。
名人戦の持ち時間は公式戦最長の各9時間。しかしここ数年は、解説会に来た将棋ファンの帰りの足を考慮し、夕休時間を削ったりして、早めの終局を目指しているという。だから計算上では、2日目の午後9時前後には終局するはずだという。
三浦八段の指の震えがなくなったらしい。将棋はこれからまだ、ひと山もふた山もありそうだ。時刻は8時30分を回ったろうか。
「これは皆さん帰れませんよ」
と勝又教授。
まあこんなこともあろうかと、テレビ朝日系「臨場」の録画予約はしてきている。
なんと加賀さやかさんが戻ってきた。そのまま空いていた私の左の席にすわる。またドキドキの要素が増えた。
「次の一手はなんでした?」
「☗6三とでした。加賀さんは?」
「私は☗7七玉でした」
残念、とお互い慰め合う。加賀さんは棋士との親交が深く、よく扇子や色紙をいただくらしい。そして毎年開かれる将棋ペンクラブ親睦会でも、多数の品物を無償提供してくれる。ありがたいことだと思う。
三浦八段☖6七角。攻めては☗7五玉を背後から狙い、守っては3四、2三に利かす八方ニラミの角だ。名人は☗7六銀とはじく。三浦八段☖3四角成。
最初は☖6七角を絶賛していた勝又教授だが、こう収まってみると、評価が変わった。一見羽生名人に持ち駒を打たせたようだが、手順に玉を固めさせた罪のほうが大きいのだ。終盤は、自玉の固さも大きな要素だ。
しかし形勢バーは、まだ互角である。ここまで手数が伸びて、形勢の針がぶれないのは珍しい。
名人戦速報のコメント欄に、「勝又六段から、何があったんですか? のコメントが入る」との書き込みが入ったらしく、会場が爆笑の渦に包まれる。東京と小倉での無言のやりとりが全世界に配信されるとは、恐ろしい世界になったものだ。
両者は1分将棋になっているようだ。里見香奈女流名人・倉敷藤花が、聞き手と呼ぶことには躊躇するような、あまりにも鋭い読みを披露している。その声がか細いので、そのギャップが、さらに彼女の強さを引き立てる。勝又教授が「解説の里見さん――」と発するのも、あながち冗談ではない。しかし里見女流二冠が発言している符号が先後逆だ。大阪に三浦八段を呼ぶべく先手玉を寄せようとしているので、里見女流二冠の頭の中では、後手方が盤面の下にきているのだろう。
局面は三浦八段がやはり苦しくなってきた。終盤でこの形勢の傾きは大きい。苦悶の表情が浮かんでくるようだ。
ちょっと解説場もサジを投げ気味である。ここで勝又教授が気を利かし、里見女流二冠が豊島将之五段と戦った、新人王戦の一局を紹介する。その将棋がスクリーンに別ウインドウで現われた。
天才棋士の呼び声も高い豊島五段に対し、里見女流二冠は一歩も引かず渡り合う。里見女流二冠の感想を聞いていると、ゴキゲン中飛車あらゆる変化に精通し、研究量も凄まじいことが分かる。里見女流二冠の1/10でも将棋の勉強をしている女流棋士が、現在何人いるか。里見女流二冠は、女流名人を獲るべくして獲ったのだと、あらためて思う。
羽生名人、最後の1歩を使って☗3三歩。さらに☗4四角打。次に☗3二歩成の両王手が厳しい。☗3三角成。これで後手玉は必死だ。もう三浦八段は王手ラッシュを掛けるしかないが、解説場の検討では、数手後に☗7七玉と落ちてわずかに詰まない。
しかし羽生名人だって、1手トン死や3手トン死を喰らったことがある、と勝又教授がその将棋を映す。とはいえあまりにも虚しい。観客は無反応だ。「激指」の形勢バーは黒一色となっている。
☖6七同成桂☗7六玉。ここで三浦八段が投了したようだ。9時53分。三浦八段、善戦むなしく、小倉に散る。羽生名人、7期目の名人位、おめでとうございます。
勝又教授と里見女流二冠は、7時の再開から1回も休憩を挟まず、解説を続けてくれた。厚く御礼を申し上げたい。
帰り際、いつの間にか解説会に顔を見せていたバトルロイヤル風間氏が、里見女流二冠に話かけている。やっぱりバトルさんは将棋関係者といえよう。
そんな里見女流二冠は、手に汗握る熱戦を観客に伝え続け、紅潮している。ちょっと私は里見女流二冠の存在を軽視していたのだが、やはりとてもかわいらしい。いまや女流棋士会の顔であり、第一人者として、風格も出てきた感がある。
そんな里見女流二冠の眼はすでに、2ヶ月先のマイナビ一斉予選に向けられているような気がした。