おはようございます。アドラー心理学に基づく勇気づけの研修(外部研修もあ)とカウンセリングを行う ヒューマン・ギルド の岩井俊憲です。
11月10日(月)、11日(火)の2日間、熱海の温泉ホテルに連泊し、初日は夕食時にビールと熱燗を口にしましたが、2日目は、アルコールなしの夕食をいただきました。
おそらく温泉に宿泊しながらアルコールなしの晩を過ごした初めての日だったかもしれません。
私は、40歳代、50歳代は、300日ほどはお酒を飲んでいたでしょう。
アルコール依存の生活でした。
現在は年間100日以下に減らし、その晩の夕食時にも「お酒抜きでもこんな食事ができるんだ」としみじみ感じました。
『どうすれば幸福になれるか 下』(一光社)の第8章「誤った目標について― 脇舞台」の「アルコール中毒の心理的側面」でW.B.ウルフは、次のように書いています。
「酔っぱらった人間は自分の行動に無責任だということはよく知られている。多くの人は、からみついた伝統の束縛から自由になって、無責任な状態や表面的な幸福を手に入れるためだけに酒を飲む。・・・・・・・・・
確かに酔っているときには自分の行動に無責任になるものだが、《酔うという行動には対しては責任がある》。まず自分の分別を確認することをせず、酔って『自制心を失い』、半陶酔になって得られる幸福は、安上がりではあるが、非常にはかないものである」
さらに、次のように続きます。
「抑制された人が酔って精神が高揚するのは、ほんのわずかな間だけである。酔いがさめると、罪悪感、劣等感、自責の念は前より一段とひどくなる。するとまず、アルコールをさらに大量に飲んで、その不自然に高まった罪悪感を忘れようとする。このようにしてアルコール神経症の悪循環が始まるのである」
アルコール依存にまでなっている人は、きっと上の文章を読んでドキッとすることでしょう。
《酔うという行動には対しては責任がある》わけで、無責任な生き方を続けるかどうかが問われているのですね。
<お目休めコーナー> 11月の花(14)
