見もの・読みもの日記

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子どもの王様/手塚治虫展(江戸東京博物館)

2009-05-26 22:25:30 | 行ったもの(美術館・見仏)
江戸東京博物館 生誕80周年記念特別展『手塚治虫展-未来へのメッセージ』

 手塚治虫(1928-1989)の生誕80周年を記念する特別展。1993年に開館した江戸博は、何がやりたいのか、よく分からない博物館だったが、2004年の『大(Oh!)水木しげる』→2007年の『文豪・夏目漱石』→今回の『手塚治虫』という、近現代の国民作家シリーズ(※私が勝手に名付けてみた)は、いい企画だと思う。この線で行くと、次は司馬遼太郎あたりかな?なんて、私は勝手に妄想している。

 本展は、まず「総合展示ゾーン」で、手塚の生い立ちと生涯をたどる。手塚の生涯は、本人や編集者によって何度も語られているので、新しい発見は少ない。昆虫採集に熱中した少年時代も、深甚な影響を与えた戦争体験も、既知のことである。本当は、手塚が自伝的な作品で語っている自分の人生と、事実との「齟齬」が発見できれば面白かっただろうと思うが、そこまで丁寧な読み込みはされていない。ただ、少年時代に描いたマンガや、中学時代の昆虫手帳など、多数の肉筆資料が今日に残っていることは、奇跡のように思う。あの戦争をよくぞ潜り抜けたものだ。

 後半生では、1960~70年代、劇画全盛の中で「手塚マンガはもう古い」と罵倒され、ノイローゼになるほど悩みながら、70年代後半、『ブラック・ジャック』『三つ目がとおる』で完璧な復活を遂げ(しかも基本的な絵柄は変えずに)、以後、最晩年まで第一線から引かなかった。私は、このことを背筋が凍るくらい「すごい!」と思うのだが、本展では、案外さらりと片づけられている。「作家」としての手塚治虫の偉大さが正しく評価されるには、まだあと50年くらいの年月が必要なのかもしれない。

 会場では「音声ガイド」というものを初めて使ってみた。手塚の長男・真氏を案内役に、鉄腕アトムとブラック・ジャックが合いの手を入れている。懐かしい「マグマ大使」や「リボンの騎士」の主題歌がバックに流れる。これは聴き得であると思う。

 私は『20世紀少年』の浦沢直樹さんと同世代なのだが、自分は二重の意味で「手塚治虫の子ども」であると思う。60~70年代、自分の中の、最も早熟な部分は、手塚マンガの哲学的なテーマ「人間とは?」「生命とは?」等に鋭く反応していた。一方で、子どもの部分は、手塚アニメの音や動きの楽しさを無条件に受け入れて育った。

 会場には、『鉄腕アトム』(1963~66年)のオープニングが流れており、当時を知る大人ばかりでなく、いまの中高生や、小学生までもが、白黒フィルムを食い入るように眺めている様子が感慨深かった。言うまでもなく、作詞は谷川俊太郎である。それから、日本初のテレビ用カラーアニメ『ジャングル大帝』(1965~66年)のオープニングも、どうしてここまで頑張るかというほど美しい。作曲は冨田勲。

 我ら「20世紀少年」の子ども時代、日本はまだ貧しかった。けれども私たちは幸福なことに、マンガやテレビという、一見ジャンクなメディアを通じて、豊かな本物の文化をたくさん贈られて育った。そして、戦後の子ども文化圏の中心に、北極星のように輝き、慈父のように君臨していたのが、手塚治虫なのではないかと思う。
コメント
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