見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

お手頃ハンドブック/すぐわかる絵巻の見かた(榊原悟)

2012-10-17 23:35:13 | 読んだもの(書籍)
○榊原悟『すぐわかる絵巻の見かた』 東京美術 2012.6改訂版

 サントリー美術館の『お伽草子』展を見に行って、うきうきした気持ちだったので、図録と一緒にミュージアムショップで買ってしまった。2004年初版発行、一部図版を拡大したり増補した改訂版である。「合戦絵巻」「伝記絵巻」などにジャンル分けをして、計33本の絵巻が見開き2ページ(作品によっては4ページ、または6ページ)で紹介されている。少なくとも1場面は「名場面」をカラー写真で紹介。そのほかに、所蔵者、物理形態(○巻、長さ)、成立年代などの基礎データ、見どころ紹介、そして「ハイライト・シーン」から成っている。

 文は榊原先生の執筆かと思ったら、主には佐伯英里子さんと内田啓一さんという方であった。特に内田さんの解説が軽妙で「こりゃ気が抜けない」とか「あら不思議」とか、絵解きの講釈師みたいな語り口で、ときどき吹き出しそうになった。「ハイライト・シーン」は白黒の単純化されたイラストで、カラー図版以外の「名場面」を紹介する。これが、あ、この絵巻のこのシーン見たことある、というインデックスとして、けっこう役立つ。いや、見たことがなくても、だいたいどんなシーンか目に浮かぶ気がする。人間の連想力というのは不思議なものだ。

 本書で気づかされたことのひとつは、当たり前だが、右→左という文法の大切さ。ボストン美術館の『平治物語絵詞(絵巻)』を見て、巻末の武士の行軍を「巻頭」と間違えて激賞したアメリカ人学者がいるという。本当かな。『源氏物語絵巻』の登場人物が、一様に「引目鉤鼻」であるのは、鑑賞する側がそこに複雑微妙な心理を重ね合わせて見るためである。これは、文楽人形につながる原理だと思う。それから『信貴山縁起』の「見えないものを見せるテクニック」で、「転がり出た鉢の動き」や「護法童子の飛翔した軌跡」が、現代マンガと同様、細い墨線で表現されていることには気づいていたが、「犬の吠え声」が短い直線(一本だけ?)で表わされているのは知らなかった。どの場面だ? 今度、探してみたい。

 見たいと思ったのは、まず『賢学草紙絵巻』。一回見てるけど、また見たい。これ、巨大な蛇身(最後は龍)となった女の姿を、後ろからおそるおそる開いていって、正体(顔)を見出す瞬間って、怖いだろうなあ。これと似て非なるドンデン返しが楽しめるのが『華厳宗祖師絵伝(義湘絵)』なわけだが…。逸翁美術館の『大江山絵詞』も見たい。「名場面」の鬼が可愛すぎる。「ハイライト・シーン」の「(酒天)童子に仕える鬼たちは、仮装行列で頼光らをもてなす」というトボケたイラストも可愛い。『前九年合戦絵詞』『後三年合戦絵詞』は、「ハイライト・シーン」を見ると、さらし首などの残酷シーンが淡々と描かれているようだ。こういう場面は、見たいけど、展示でもあまり開けてくれないからなあ…。

 本書では「物語絵巻」や「説話絵巻」と並べて「お伽草子」というジャンル立てをしていて、なるほど美術史の人はこういう言い方をするんだ、と思った。とりあえず有名絵巻を見るには、お手頃で便利なハンドブックだと思う。
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匂い立つ個性/尚意競艶 宋時代の書(台東区立書道博物館)

2012-10-17 00:09:00 | 行ったもの(美術館・見仏)
台東区立書道博物館 『尚意競艶-宋時代の書-』(2012年10月2日~11月25日)

 東京国立博物館と台東区立書道博物館の連携企画、10回目の記念展でもある。両館のほか、京博、大阪市立美術館、香港中文大学所蔵の名品も出品されている。東洋美術のさまざまなジャンルの中でも、「書」は、いちばん近寄りがたいと思っていたが、最近、その感じが薄れてきた。日常生活で文字を書かなくなった分、書を芸術として眺めることに抵抗がなくなってきたように思う。

 今年は、北宋時代の四大家の一人である蔡襄(1012-1067)の生誕1000年にあたる。ということで、1階の特大展示ケースには『楷書泉州万安橋碑』。なんと朱墨の拓本である。顔真卿に学んだという男ぶりのいい書風で、好きだ。万安橋(別名・洛陽橋)は、福建省・泉州に現存する。ただし、万安橋記(万安橋碑)は別の場所に写されているらしい(→個人ブログ:やた管ブログ)。行ってみたいなあ、泉州。

 『楷書謝賜御書詩表巻』2件は蔡襄の自筆だ、と思ってよく見たら写真複製版。前期は東博で現物を展示し、書道博物館では後期(10/30~)展示である。さらに前後期の中でも展示替があるのでややこしい。面白いと思ったのは『楷書顔真卿自書告身帖跋』。書道博物館が誇る名品、顔真卿自筆の『告身帖』の巻末に、蔡襄が堂々と大きな、しかし畏まった筆跡で書き添えた跋文である。展示箇所より前の、軸に巻かれた部分を眺めながら、この部分に顔真卿の『告身帖』があるのかーと想像すると、感慨深かった。

 同じように、蘇軾筆『行書李白仙詩巻』も、これは本体を楽しむとともに、跋文が別巻になっており(ともに大阪市立美術館蔵)、長尾雨山、内藤湖南による長文の跋も見もの。むかしは日本の文人も美しい漢字を書いたものだ。

 蔡襄、蘇軾とともに北宋の四大家と呼ばれる黄庭堅、米芾(べいふつ)の書もむろんある。私は、やっぱり米芾が一番好きかな…。連携企画『尚意競艶』公式サイトの四人の紹介が面白い。しかし、一番印象的だったのは、徽宗皇帝の『行書神霄玉清万寿宮碑』(拓本)だ。誇り高い美しさにゾクゾクする。痩金体は、私には絶対書けない書体だと思う。

 「宋時代の書」ではないが、書聖・王羲之の「蘭亭序」の拓本3件も展示されていた。南宋の丞相・游似は、百種の蘭亭序を蒐集していたと言われ、そのコレクションに由来するもの。香港中文大学から出陳(展示替を含め全7件)。ふーん、微妙に違うものだなあ、と見比べて楽しむ。

 なお、この展覧会では、音声ガイドの無料貸出を行っている。やっぱり、素人が書を見るには、何か解説があったほうがいいし、小さなキャプションボードより、ずっと情報量が多くて親切。ただし、前掲の游似旧蔵・蘭亭序コレクションのところなど、ちょっと説明不足に感じられるところもあった。あと、地名も人名も資料名も、耳で聞くだけだと、なかなか漢字に結びつかなくて、ストレスを感じるときがある。でもありがたい試みなので、今後も続けてほしい。
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