見もの・読みもの日記

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真っ当な男子/敗者(松山ケンイチ)

2013-05-25 23:35:07 | 読んだもの(書籍)
○松山ケンイチ『敗者』 新潮社 2013.2

 3月末に読んだまま、感想を書いていなかった本。芸能人エッセイというのは、ふだんあまり私の眼中に入らないジャンルだが、本書には特別な関心があった。2012年の大河ドラマ『平清盛』に主演した著者が、一年間を赤裸々に語った日記という宣伝文句にすっかり釣られたのだ。

 私の2012年が全く『平清盛』とともにあったことは、このブログの読書記録や旅行・探訪記録からも分かるとおり。そして、その余波は、3月17日に東大・福武ホールで開催された「清盛ファイナル・パーティー」(ちょっとだけ覗きに行った)、3月30日にtwitter上で行われた「清盛王争奪戦」に続き、3月末日(と言いながら4月初めだった)の公式サイト閉鎖を経ても、まだ愛され続けている。そのことを、ときどき「#平清盛」タグで確認させてもらっている。

 かくも不思議なほど愛されるドラマだったにもかかわらず、「王家」問題に端を発し、厳しい(というより単に口汚い)批判がマスコミの好餌となり、歴代大河ワーストとなるまで視聴率は低迷した。脚本が悪い、演出が悪い、いや主演の松山ケンイチが悪い、という責任者探しの議論もあった。そんな中で、本書の書名『敗者』を知ったときは、新潮社あざといなーと苦笑したものだ。

 私は、他の作品での著者をほとんど知らないが、『平清盛』に関しては非常に満足している。いや、正直、序盤は少し先行きを危ぶんだが、回を重ねるごとに役との一体感が高まっていった。いまは清盛と聞けば、人懐っこい、黒目の印象的な松山ケンイチの顔しか浮かばなくなっている。

 本書は、2011年3月11日の東日本大震災から幕を開ける。4月1日、入籍。そして、2011年8月中旬から、大河ドラマの撮影が始まる。女優でもある妻との生活。第一子の誕生。日記は、ときどき過去にさかのぼる。高校二年生の春、オーディションに合格し、東京と青森を往復してモデルの仕事をするようになり、二十歳を目前に上京するが、なかなか役者としてうまくいかない。ドラマの前半、若き清盛が迎える人生の節目節目に、自分の人生の回想が重ね合わされる。何をしてもうまくいかないとき。うまくいっていても、そのことの重要性に気付かなかった日々。

 なんというか、至極まっとうな男子の半生記だった。役者という仕事も、特別なカリスマとか天賦の才があってやっているというより、過去の関連作品を見て学んだり(影響されすぎるから見ないほうがよかったと反省する場面もある)、いろいろ考えてアイディアを生み出したり、分からないことは専門家に聞いたりする。要するに世間一般の仕事のやりかたとあまり変わらないように思った。そして、妻となる女性と出会い、子供を授かり、家族となる。芸能人がこんなに普通でいいのかなあと思うくらい、普通である。でもその「ふつう」を恥じない感性というのは、清々しかった。

 『平清盛』という作品は、全く無関係な外野席からいろいろな非難を浴びたが、そのことに対する関心はほとんど払われていなくて、著者がひたすら作品(脚本)と格闘していたことが、本書から感じられた。限界に突き当たり、疲労困憊して体調を崩したりしながら、最後は「清盛を通してわいの精神は今まで来たことのない場所まで来る事が出来た」と書いていることに感動した。よかった。「恥ずべきことは自分の持っている力を発揮できるところで発揮しない事だ。自分が本気になれない事を棚に上げ、本気になっている人をあざ笑う事だ」というのは、いま読み返しながら見つけた言葉。

 そして、打ち上げでスタッフを笑わせようとして失敗したことを理由に、「もう一度大河ドラマをやって、リベンジしてやると心に決めた」と書いているのも嬉しかった。待ってるからね、何年でも。
コメント (1)
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