見もの・読みもの日記

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古代から近代まで/京都の歴史を足元からさぐる・北野・紫野・洛中の巻(森浩一)

2013-07-10 22:29:02 | 読んだもの(書籍)
○森浩一『京都の歴史を足元からさぐる・北野・紫野・洛中の巻』 学生社 2008.10

 夏休みを控えて、久しぶりに京都の本。以前「洛東の巻」を読んだので、次はどの巻にしようか、少し迷ったが「洛中」を含むこの巻にした。しかし、話題は平安京域の北方に広がる北野・紫野など「野」のつく地名から始まり、なかなか洛中に至らない。

 平安京は机上で設計された都市であったから、人々が実際に暮らしてみると、不便で無駄な箇所が多く、いわば都市の「自壊作用」によって、北野が生まれた。そして、北野、紫野、平野、蓮台野などは、みやこ(平安京域)の生活を補足する重要な土地となり、最終的に秀吉による近世都市の京都に取り込まれていった。この説明には、単に「平安京の右京は衰退した」という事実認識以上の面白さがある。都市は都市だけで自立することはできなくて、葬送とか遊猟とか遊興とか耕作とか、さまざまな目的で「野」を必要としたのである。

 それにしても江戸期の俳諧手引書に、京都の産物として「大宮通 蒲萄」「嵯峨 葡萄」という記載があることや、西陣には渤海家があって、所蔵の古文書にブドウの栽培の文書があるというのは知らなかった。本書には、こんな調子で、いろいろびっくりする小話がちりばめられている。

 京都駅が、大正天皇の即位大典にそなえて、もとからあった七条駅を南に移動させたものであり、このとき、秀吉が築いた「お土居」を利用することで、むやみに長い現在の1番線ホームができたというのも知らなかった。JR東海道線・新幹線の位置に平家一門の屋敷が並んでいたことも最近知ったばかりだが、京都の土地の歴史はかように重層的である。

 北山殿と足利義満、北野天満宮と菅原道真、南蛮寺と織田信長など、さまざまな時代を自在に行き来する本書だが、特に面白かったのは、平安京の造営にかかわった古代氏族についての考察。葛野の豪族秦氏による経済的支援があったと考えたのは喜田貞吉だという。私も好きな国史学者だ。ここで都と渡来氏族の関係について「おさらいをしておこう」と言って、宣化天皇や継体天皇の宮都に話題が及ぶのは、なんだか得をした気分である。

 何にでも闊達な好奇心を示し、文書や発掘資料だけでなく、現在に残る地名や口伝や祭礼からも、古代の姿に迫ろうと試みる著者の後をついていくのは楽しい。その一方、著者は、コンピューターによる平安京の鳥瞰的な復元図や、それに基づく精密な立体模型に疑問を呈している。平安京の造営にかかわった貴族たちは、確かに「規則正しい都市計画によって完成した都城」を目指したかもしれない。しかし、それは、いつの時点でどの程度実現していたのだろうか。

 それから、あっと思ったのは、平安京には朱雀大路の左右対称の位置に、東堀川(現在の堀川)と西堀川(紙屋川)があって、造営の初期から運河として使われていたのではないかという指摘。これは弥生時代にさかのぼる日本の大集落の伝統なのだそうだ。しかし、平安京の復元図の多くが、整然とした道路網からなる中国風の都城という知識に惑わされて、運河の存在を忘れているという。ネットで調べてみたら、そのとおりだった。歴史を「足元から探る」という意味の深さを、あらためて感じた。

 また、新来の北海道民である私にとって興味深かったのは、松浦武四郎の奉納した大銅鏡が北野天満宮にあるということ。日本列島の地図を文様にしている。加藤清正奉納の地図鏡に蝦夷地(北海道)が描かれていないことを残念に思って、明治8年、北辺の地図鏡を奉納したのだそうだ。加藤清正も北方地誌に関係の深い武将のはず(伝承では)。開拓使を批判して官を辞した武四郎は、不遇な道真に共感するところが深かったのではないか、とか、北辺だけでなく竹島についての著作(多気甚麼雑誌)を残していることなど、面白かった。

 もうひとつ、東寺観智院の五大虚空菩薩像の由来も書きとめておきたい。9世紀、仏教排斥の嵐が吹き荒れる唐の長安から、江南の海鎮(鎮海か)、五島列島を経て、五体の菩薩像を運び出し、山科の安祥寺上寺に安置したのは恵運。その後、荒廃する上寺から五体を救い出して、観智院に運んだのは、14世紀の賢宝という僧侶である。正直なところ、美術品としては、いまいち魅力を感じなかった仏像だが、信仰に捧げた「男のロマン」の物語を聞いてしまうと、少し見る目が違ってくる。また見に行ってみることにしよう。客殿前方の石庭「五大の庭」は、空海の帰国の様子をあらわしたもので「昭和の作」という説明を聞いた覚えがある。しかし、著者のいうように、恵運の功績をたたえたものと思って眺めるのも一興かもしれない。
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