○滝沢馬琴作、丸屋おけ八訳『全訳 鎮西八郎為朝外傳 椿説弓張月』 言海書房 2012.1
しばらく前から、原文でも現代語訳でもいいので、とにかく全文が読みたいと思って探していたら、本書を見つけた。訳者は、古典文学の専門家ではないらしいので、ちょっと不安を感じたが、悪い訳文ではなさそうなので、買うことに決めた。昨日の夜から読み始めたら、面白くて面白くて、三連休の三日目、ついに一歩も家の外に出ずに読み切ってしまった。
原作は、ご存じ曲亭馬琴作の読本。馬琴の生涯をよく知らないのだが、寛政8年(1796)、30歳のころより本格的な創作活動を始めたとWikiにあるから、文化4年(1807)から同8年(1811)にかけて刊行された本作は、比較的初期の作と言えるだろう。長編『南総里見八犬伝』の刊行が始まるのが、文化11年(1814)である。私は『南総里見八犬伝』も全文読んだけど、面白かったのは前半だけで、後半(第9輯)は義務感だけで読み続けた。それに比べると本作は最後まで飽きない。馬琴の代表作として、もっと顕彰されてしかるべきだと思ったが、『南総里見八犬伝』ほど流布していないのは、どうしてなのかな。
主人公は『保元物語』に登場する強弓の武将・鎮西八郎為朝である。前半は、保元の乱で崇徳上皇方に与し、敗戦後、伊豆大島に流された為朝が、島の代官を追い出し、周囲の島々を従えるまで。これは『保元物語』そのままの展開と聞いて(Wikiの記述)へえ~そうなんだ、とあらためて驚く。『保元物語』は、すいぶん前に読んだはずだが、すっかり忘れているな。後半は、為朝が琉球に渡り、琉球王国創建の英雄となるまでを描く。前半は、いちおう中世らしき雰囲気をまとっているが、後半は、歌舞伎(近世)の中にしつらえられた「中世」が舞台である。でも、そこがよい。
前半の為朝(少年~青年時代)は、文武に秀でた優等生すぎて(馬琴だからね)もう少し悪童っぽいほうがいのに、と思わないでもない。でも相次ぐ艱難を、個性的な脇役たちに助けられて凌いでいく姿は魅力的だ。女性の登場も多く、好色家ではないが艶福家である(馬琴だからね)。そして、意図的に、あるいは偶発的に別れた旧知と「あわや」というところで再会する因縁の展開が、とってもスリリングで面白い。この「○○と見せて、実は△△」という歌舞伎・文楽的な趣向は後半にも続き、だんだん読者も先が読めてくるのだが、最後(第63~64回)の仕掛けは全く想像していなかったので、大いに唸った。
前半の為朝は、まだ『保元物語』のとおり、強弓の武人だが、後半になると、あまり弓の逸話がないのは残念。戦闘シーンも、もっぱら剣で戦っている感じがする。物語世界では、文治3年(1187)まで、五十歳近い生涯を送ったことになる。史実の上では、保元の乱の一瞬の活躍をとどめたに過ぎないのに、これだけ豊かな伝承で肉付けされた人物も珍しいのではないかと思う。琉球王朝だけでなく、足利氏とも因縁つけられているのだね。
今さらのようだが、さまざまな発見があった。むかしから大好きな歌川国芳の『讃岐院眷属をして為朝をすくふ図』は、実はどういう場面なのか、よく分かっていなかった。そもそも為朝がなぜ海上にいるのか、船上の為朝にまとわりつく天狗たち、並走する巨大な怪魚、その背中の人物も、誰が敵で誰が味方なのかを怪しんでいたくらいだ。本書でまさにこの場面に行きあったときは、おお!これか!と思った。それから、琉球編の仇敵・曚雲(もううん)の名前に聞き覚えがあると思い、しばらく考えて、歌川豊国(三代目)描く『奇術競 蒙雲国師』を思い出した。他所のサイトになるけど、見つけた画像にリンクを貼っておく。
琉球編には、ところどころ池上永一の『テンペスト』の元ネタか?と思う箇所もあった。真鶴(まなつる)という辰の月、辰の日、辰の刻生まれの少女も登場するし。主人公の孫寧温には、男勝りの活躍を見せる寧王女(為朝の妻女・白縫の魂魄が憑依)も少し影響を与えているかもしれない。ドラマ『テンペスト』から派生した関心で、琉球の三山統一の歴史などを読んでいたことも、琉球編の理解に役に立った。
破天荒な生涯をおくる為朝であるが、最後まで崇徳院への忠義を忘れず、崇徳院も為朝を守護し続けるのである。この物語の裏主人公は崇徳院であると言ってもよいほど。もちろん井浦新さんの上皇様で脳内補完している。最終章(第68回)、為朝昇天の後日談として、讃岐国の白峯御陵で目撃される為朝の姿には泣けた。これは馬琴の理想とする武士の姿なのか? むしろ、なんだか秋成みたいだと思った。
参考:橋本治『双調 平家物語』8~10(中公文庫)
『椿説弓張月』を読みたいと思い始めた発端。
しばらく前から、原文でも現代語訳でもいいので、とにかく全文が読みたいと思って探していたら、本書を見つけた。訳者は、古典文学の専門家ではないらしいので、ちょっと不安を感じたが、悪い訳文ではなさそうなので、買うことに決めた。昨日の夜から読み始めたら、面白くて面白くて、三連休の三日目、ついに一歩も家の外に出ずに読み切ってしまった。
原作は、ご存じ曲亭馬琴作の読本。馬琴の生涯をよく知らないのだが、寛政8年(1796)、30歳のころより本格的な創作活動を始めたとWikiにあるから、文化4年(1807)から同8年(1811)にかけて刊行された本作は、比較的初期の作と言えるだろう。長編『南総里見八犬伝』の刊行が始まるのが、文化11年(1814)である。私は『南総里見八犬伝』も全文読んだけど、面白かったのは前半だけで、後半(第9輯)は義務感だけで読み続けた。それに比べると本作は最後まで飽きない。馬琴の代表作として、もっと顕彰されてしかるべきだと思ったが、『南総里見八犬伝』ほど流布していないのは、どうしてなのかな。
主人公は『保元物語』に登場する強弓の武将・鎮西八郎為朝である。前半は、保元の乱で崇徳上皇方に与し、敗戦後、伊豆大島に流された為朝が、島の代官を追い出し、周囲の島々を従えるまで。これは『保元物語』そのままの展開と聞いて(Wikiの記述)へえ~そうなんだ、とあらためて驚く。『保元物語』は、すいぶん前に読んだはずだが、すっかり忘れているな。後半は、為朝が琉球に渡り、琉球王国創建の英雄となるまでを描く。前半は、いちおう中世らしき雰囲気をまとっているが、後半は、歌舞伎(近世)の中にしつらえられた「中世」が舞台である。でも、そこがよい。
前半の為朝(少年~青年時代)は、文武に秀でた優等生すぎて(馬琴だからね)もう少し悪童っぽいほうがいのに、と思わないでもない。でも相次ぐ艱難を、個性的な脇役たちに助けられて凌いでいく姿は魅力的だ。女性の登場も多く、好色家ではないが艶福家である(馬琴だからね)。そして、意図的に、あるいは偶発的に別れた旧知と「あわや」というところで再会する因縁の展開が、とってもスリリングで面白い。この「○○と見せて、実は△△」という歌舞伎・文楽的な趣向は後半にも続き、だんだん読者も先が読めてくるのだが、最後(第63~64回)の仕掛けは全く想像していなかったので、大いに唸った。
前半の為朝は、まだ『保元物語』のとおり、強弓の武人だが、後半になると、あまり弓の逸話がないのは残念。戦闘シーンも、もっぱら剣で戦っている感じがする。物語世界では、文治3年(1187)まで、五十歳近い生涯を送ったことになる。史実の上では、保元の乱の一瞬の活躍をとどめたに過ぎないのに、これだけ豊かな伝承で肉付けされた人物も珍しいのではないかと思う。琉球王朝だけでなく、足利氏とも因縁つけられているのだね。
今さらのようだが、さまざまな発見があった。むかしから大好きな歌川国芳の『讃岐院眷属をして為朝をすくふ図』は、実はどういう場面なのか、よく分かっていなかった。そもそも為朝がなぜ海上にいるのか、船上の為朝にまとわりつく天狗たち、並走する巨大な怪魚、その背中の人物も、誰が敵で誰が味方なのかを怪しんでいたくらいだ。本書でまさにこの場面に行きあったときは、おお!これか!と思った。それから、琉球編の仇敵・曚雲(もううん)の名前に聞き覚えがあると思い、しばらく考えて、歌川豊国(三代目)描く『奇術競 蒙雲国師』を思い出した。他所のサイトになるけど、見つけた画像にリンクを貼っておく。
琉球編には、ところどころ池上永一の『テンペスト』の元ネタか?と思う箇所もあった。真鶴(まなつる)という辰の月、辰の日、辰の刻生まれの少女も登場するし。主人公の孫寧温には、男勝りの活躍を見せる寧王女(為朝の妻女・白縫の魂魄が憑依)も少し影響を与えているかもしれない。ドラマ『テンペスト』から派生した関心で、琉球の三山統一の歴史などを読んでいたことも、琉球編の理解に役に立った。
破天荒な生涯をおくる為朝であるが、最後まで崇徳院への忠義を忘れず、崇徳院も為朝を守護し続けるのである。この物語の裏主人公は崇徳院であると言ってもよいほど。もちろん井浦新さんの上皇様で脳内補完している。最終章(第68回)、為朝昇天の後日談として、讃岐国の白峯御陵で目撃される為朝の姿には泣けた。これは馬琴の理想とする武士の姿なのか? むしろ、なんだか秋成みたいだと思った。
参考:橋本治『双調 平家物語』8~10(中公文庫)
『椿説弓張月』を読みたいと思い始めた発端。