見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

肖像と書跡と詩文/一休(五島美術館)

2015-11-17 21:12:25 | 行ったもの(美術館・見仏)
五島美術館 開館55周年記念特別展『一休-とんち小僧の正体-』(2015年10月24日~12月6日)

 禅僧、一休宗純(1394-1481)の実像と、没後のイメージの成長を捉えようとする展覧会。五島美術館にしては珍しい企画だと思った。展示品は、ほとんどが外部からの借受け。京都の酬恩庵(一休寺)と大徳寺真珠庵の所蔵品が多い。どちらも一休にゆかりのお寺だ。

 会場に入ると、壁面にずらりと一休の肖像(頂相)画。微妙に面構えや持ちものが違うのだが、全身坐像の場合、右手に長い竹篦(しっぺい)を斜めに傾けて持ち、右足を左膝の上に載せた半跏像であることは共通している。最も古い肖像(1447年、奈良国立博物館)は、墨染の衣に墨染の袈裟で、椅子の肘掛けに長い朱鞘の太刀を立てかけている。朱鞘の太刀といえば傾き者のイメージだが、当時はそういう連想は無かったのかなあ。頭頂部をきれいに丸めた、知的で清潔な僧侶像である。

 私が「一休」と聞いて思い浮かべるイメージに近かったのは、酬恩庵の半跏像。15世紀の作というから、奈良博本とあまり時期は隔たっていないが、短い髪と髯を生やし、八の字眉の困り顔で、右後方を横目で凝視している。僧侶の肖像画は、正面の礼拝者と視線を合わせるように描くのが普通だと思うから、この視線の向きはルール破りで、ちょっと無作法な感じがする。顔つきのよく似た作品は他にもあるのだが、横目づかいはこの肖像画だけだった。ただし、あとで図録を見たら、首から上をUPにした肖像画(東京国立博物館、11/17~展示)があって、これが同様に横目づかいである。髪と髭のボサボサ感が、より一層リアルで、すぐそこに生身の一休禅師がいるように思える。酬恩庵の半跏像は、この東博本の影響を受けたものであるそうだ。

 正木美術館の一休宗純・森女像は、鼓を脇に置いた森女が手びねりの泥人形のように愛らしい。そして、これら肖像画の多くに一休の自賛がついており、引き続き、一休の書跡の展示に進む。癖が強くて、あまり好きになれないなあと思って眺めていたが、代表作『七仏通戒偈』の二行「諸悪莫作、衆善奉行」(真珠庵)はスピード感があって、すっきりした書面が好きだ。四文字一行ずつを二幅に分けて書いており、冒頭の一文字は楷書に近いが、みるみるスピード感が増して草体に変化していく。見たことがあるような、ないような、と思ったのは、出光美術館の八文字一行バージョンなど、一休が好んで書いた語句らしい。『遺偈』は2件とも(真珠庵、酬恩庵)よいが、「須弥南畔」の南の字を後から補記している真珠庵本のほうが好きかな。

 一休の漢詩集『狂雲集』については、諸本を見比べることができて面白かった。徳川家康から受け継いだ「駿河御譲り本」と見られる冊子体の写本(蓬左文庫)は会場の冒頭に展示。同書は、森女との交情を赤裸々に綴った詩もあり、宗門では禁書同然に扱われていたため、わずかな写本でのみ伝わった。初の出版は、一休没後150年近く経った寛永19年(1642)京都の書肆、西村又左衛門によるもの(展示は個人蔵)で、再び公刊されるのは明治42年だという。しかし、寛永版『狂雲集』は、一休を主人公とする無数の物語を生み出した。なるほどなあ。

 成立初期の姿を伝え「第一本」と呼ばれる酬恩庵本『狂雲集』も展示。緻密な細字で書写された巻子本である。巻末の識語に近い部分が展示されているが、「看森美人午睡」「吸美人婬水」等々、直接的にエロチックな描写もあって、ここには書けないが、四角い漢字が並んでいるだけなので、みんな覗きもせずに通り過ぎていく。

 第二部の展示室は、伝説化する一休像。17世紀には既に『一休ばなし』『一休諸国物語』等が出版されている。京大附属図書館所蔵の『一休清語(一休骸骨)』は図録で見ると骸骨の挿絵がかわいい~。会場では違う場面が開いていたように思う。一休と骸骨(あるいは髑髏)の結びつきは早く、髑髏を杖の先に挿した一休の姿、あるいは遊女・地獄太夫とペアの図は、浮世絵にもよく描かれた。歌川国芳も月岡芳年も河鍋暁斎も一休を描いている。さらに明治・大正時代の『一休諸国物語』(多い!)や講談社の絵本、アニメのセル画まで並んでいた。展示品は「個人蔵」だったが、どなたのコレクションなのだろう。

 しかし後世のどんな想像力も、一休その人には及ばない気がする。今回初めて知ったエピソードで、平家物語の『祇王失寵』の段を聴いて悟りを得たというのは心に沁みる。あと、大徳寺では内紛があって、自殺者が出たり僧侶が投獄されたりしていたのか。一休は心痛のあまり、ひそかに餓死を図ったという。純粋な人間が生きるには、つらい時代だったことをしみじみ思った。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする