不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

熊野の妖怪とコメットX/たそがれの人間(佐藤春夫)

2015-11-12 00:12:51 | 読んだもの(書籍)
○佐藤春夫著、東雅夫編『たそがれの人間:佐藤春夫怪異小品集』(平凡社ライブラリー) 平凡社 2015.7

 佐藤春夫は、ほとんど読んだことのない作家なのだが、なんとなく趣味が合いそうな気がして本書を手に取った。約30編の小品が三つのセクションに分けて収録されている。はじめの「化物屋敷を転々と」は、屋敷や場所にまつわる怪異譚が9編。心覚えのエッセイみたいなものから、かなり作品として彫琢されたものもある。全編読み終わって振り返ると、この章がいちばん怪異小説らしかった。

 次の「世はさまざまの怪奇談」は13編。フォークロアを再話したものが面白い。「『鉄砲左平次』序(ついで)にも一つ」という作品は、前段は左平次という鉄砲名人の話で「僕の地方(紀伊国か?)の温泉のある所で、民話のように伝わっているもの」と断られている。後段は僕の友人の一人が「信州の諏訪の紡績工場で事務員をしていた」時の話で、たぶん編者は後段を気に入って、このアンソロジーに入れたのだと思う。便所で縊死した女工の凄惨な話。

 「山妖海妖」は熊野の海山に住む妖怪の話が次から次と繰り広げられる。妖怪と人間の会話に土地柄があふれている。河童をカンカラコボシ(河原)と呼び、ボシ(法師)は人間を呼ぶ蔑称であるとか「暗愚カンカラコボシめ」と罵るとか。悪口雑言を「人魚の口をきく」というとか。熊野の人魚はずる賢くて口が汚い。海には海犬(波の上を飛ぶように早く這う)がいたり、二畳敷もあるアカエイの主がいたり、もちろん幽霊船も出る。水死体に遭ったときはそれなりの礼儀作法がある。こうした怪奇談は、怖いけれど太古の神秘に触れるような愉悦もある。さすがは黄泉国に通じるといわれる熊野。著者は現・新宮市の生まれだそうだ。「柱時計に噛まれた話」「道灌山」は都会風の近代的な怪異譚で、オチがつかないので、漠とした不安が余韻として残る。

 最後の「文豪たちの幻想と怪奇」には、谷崎潤一郎、与謝野晶子などの文学者との交友が語られた作品群。怪奇趣味は薄い。標題作品「たそがれの人間」(タイトルに「」がつく)には、「いずれ自滅すべき種族」を自称する「少年作家T・I」が描かれている。その次の「コメット・X」を合わせて、これは!と思ったのは、冒頭の「化物屋敷」シリーズに「石垣」という名前で登場するのが稲垣足穂である、というネタバレを読んでいたためだ。世間的には全く馬鹿で、それがために「まじりけのない芸術家」だった若き日の足穂を、著者は愛情込めて描いている。

 「永く相おもふ」は与謝野寛、晶子、そして堀口大学が登場するが、狂言まわしになっているのが、森鴎外の遺品の陶印「ゆめみるひと」である。私はかつて鴎外文庫に親しんだことがあるので、懐かしく興味深かった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする