見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

投票は日曜日/はじめて投票するあなたへ(津田大介)

2016-07-08 22:15:31 | 読んだもの(書籍)
○津田大介監修;ブルーシープ編集『はじめて投票するあなたへ、どうしても伝えておきたいことがあります。』 BlueSheep 2016.6

 江口寿史さん描く、制服姿の美少女の表紙が印象的な本。初めての投票を控えた若者たちに向けた30人のメッセージが収められている。先日読んだ『18歳からの民主主義』(岩波新書)と同じようなコンセプトだが、できあがったものはずいぶん違う。

 本書の監修者は津田大介さん。はじめに「政治ってむずかしいですよね」と語りかける。せっかく投票するんだったら、投票後に後悔したくないと思っている人は多いだろう。それには自分の「ものさし」を持とう。たくさんある政治課題の中から、自分は何に重きを置くかを決めること。そこで、本書には「エッジの効いた優れたものさし」がたくさん入っています、という紹介になる。

 政策課題ごとに分けられた「ものさし」の面々の名前を挙げておこう。「憲法と民主主義」には、海渡雄一、想田和弘、岩井俊二、水上真央、島田雅彦、熊谷和徳、茂木健一郎、谷口真由美、田原総一朗、いとうせいこう。「原発とエネルギー」には、田坂広志、稲垣えみ子、蓮池透、遠藤ミチロウ。「沖縄と基地」には、目取真俊、中山きく、屋良朝博、仲村颯悟、大田昌秀。「差別と貧困」には、香山リカ、ドリアン助川、浜矩子、森達也、桑原功一、島本脩二、園子温、むのたけじ、上原良司、奥田愛基。

 私が知っていた名前は三分の二くらい。当然というか、岩波新書に比べると「やわらかい」職業の方が多い。しかし、10代の若者が親しみを感じる有名人かというとそうでもない。編集者や監修者の好みがあらわれている気がする。

 面白かったものをいくつか挙げると、まず谷口真由美さん。「全日本おばちゃん党」代表代行を名乗る大阪国際大学の先生。非常勤講師をつとめる大阪大学での「日本国憲法」講義が人気だという。5ページほどのメッセージは、全文、大阪のおばちゃん語で書かれていて、引き込まれる。憲法に出てくる「日本国民」とか「われら」とかを「私」という一人称に置き換えて読んでみてほしいねん、という提唱はとってもいい。12条は「この憲法が私に保障する自由及び権利は、私の不断の努力によって、これを保持しなければならない」となる。97条も「この憲法が私に保障する基本的人権は」と置き換えることで、絶対に手放してはならない条文であることが身に迫ってくる。

 熊谷和徳さんはタップダンサーだが、タップダンスという文化が奴隷制のために話すことや歌うことを禁じられたアフリカの人々によって生み出されてきたことを、私は彼の文章で初めて知った。

 蓮池透さんは原発について語っている。蓮池さんは、東京電力の社員として福島第一原発で6年ほど働いていた。だからこそ語れる、原発の闇の深さ。使用済み燃料の置き場所がいずれなくなるのだから、原発に未来はないと、3.11の前から思っていた。大の大人が5万年先とか10万年先とか、無責任な議論をしている様子に白けていく蓮池さんの感覚は、きわめてまっとうだと思う。

 本書にはたくさんの写真ページあって、メッセージの言葉以上に多くのことを考えさせる。とりわけ原発に関しては、「原子力 明るい未来のエネルギー」という福島県双葉町のアーチ型の看板の下にたたずむ野良犬のアップ写真、除染で発生した放射線廃棄物を詰めたゴミ袋(「しゃへい」と書かれている)が順序よく何重にも積み上げられた写真は、言葉を失って凝視を迫られた。

 沖縄については、全て沖縄県生まれの人からのメッセージ。普通の人々の日常がどれほど傷つけられてきたかが、ひりひりするような言葉で語られている。でも仲村颯悟さんの言うように、沖縄が特別なのではなく「きっと日本各地にも、その地域だけでは解決できない問題が多く存在していると思うんです」という認識は大事だなと思う。

 「あとがき」は本書編集者である江上英樹さんが、極小の署名を添えて書いているが、この最後の比喩はなかなかいい。ひとひらの雪は、地表に落ちた瞬間に消えてしまうけれど、次々に舞い降りて、いつしか辺り一面を白銀の世界に変えてしまうことができる。江口寿史さんが、むかし苦労をかけた編集者が出版社を立ち上げたので、刊行第1弾の表紙を描いたとおっしゃっていたのは彼のことかな。

 そして、最後の奥田愛基さんのメッセージは、いつもながらシンプルでいい。「一つでも言いたいことがあるなら、選挙に行こう」。投票日は7月10日(日)!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする