見もの・読みもの日記

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ETV特集『薬師寺 巨大仏画誕生~日本画家 田渕俊夫 3年間の記録~』

2016-07-09 23:47:27 | 見たもの(Webサイト・TV)
○NHK ETV特集『薬師寺 巨大仏画誕生~日本画家 田渕俊夫 3年間の記録~』(2016年7月2日、23:00~)(※NHKオンデマンド配信中)

 めずらしく母からメールが来て、この番組のことを教えてくれた。そうでなければ、たぶん見逃していたと思う。奈良・薬師寺では、16世紀までに焼失した伽藍(がらん)の復興が50年に渡り進められてきた。薬師寺のホームページによれば、昭和51年(1976)に金堂、同56年(1981)に西塔、昭和59年(1984)に中門が復興された。回廊が姿を現したのもこの頃か。現在、第3期工事まで完了済という。

 さて、まだ薬師寺ホームページの伽藍図には姿を見せていないが、2015年3月21日、白鳳伽藍復興の総仕上げとなる食堂(じきどう)の起工式が行われ、2017年5月完成に向けた工事が始まっているのだそうだ。ネットで探したら、いくつか記事が見つかったけど、関東に住んでいると、全然知らなかった。

※建設通信新聞:【薬師寺食堂】1042年の時を超える再建工事起工! 内部設計は伊東豊雄氏、完成は2年後(2015/3/24)

 建設に先立ち、食堂の本尊となる6m四方の巨大な仏画の制作にあたったのが、日本画家の田渕俊夫さん(1941-)である。薬師寺の山田法胤管長が田渕さんに白羽の矢を立てたのは2012年。2010年、京都・智積院の講堂に収められた墨画の襖絵に感銘を受けての決断だった。この襖絵も番組中で一部が映るのだが、素晴らしい。色がないのに色が見えてくる。観にいかなくっちゃ!

 山田管長は食堂の古い記録にのっとり、丈六(6メートルくらい)の阿弥陀三尊を描いてほしいと注文する。依頼を受けた田渕さんは、現代に生きる人々の祈りの対象となる仏画を描きたいと語る。そして、各地の仏像を訪ね歩き、画集や写真集を見ながら、さまざまな仏像のスケッチを繰り返し、「どういう顔にしたらいいか」をひたすら考え、「手でそのかたちを捉え直す」作業を続けていく(私の知る限り、田渕さんはあまり人物を描かず、植物や風景を多く描いてこられた画家なので、薬師寺の管長の依頼は、けっこう無理筋だったんじゃないかと思う)。そして、田渕さんが最後に、やっぱり薬師寺の聖観音像を観に行く気持ちには強く共感する…。

 まず、とても小さな下絵(手のひらに隠れるくらいの)を描き始め、完成すると、本番用のパネルをアトリエに設置し、プロジェクターで下絵を映写して、鉛筆で写し取る。全長6メートルのパネルは設置できないので、上下を分割して描き進める。それにしても上のほうを描くときは建築現場のような可動式の足場の上に乗り、下のほうを描くときは、無理な姿勢で床に寝そべって描く。下絵ができると、いよいよ二度描きできない、本番の墨の線を引いていく(中尊の顔から始めていた)。本当に気の遠くなるような作業量。阿弥陀様の螺髪のひとつひとつも田渕さんが描いているのだ。

 古い作品で、彫刻でも絵画でも、ちょっと手の込んだ大作を見ると、すぐ「工房作」という言葉を思い浮かべてしまうので、ひとりの作家が全ての線・全ての彩色に責任を負うというのが、どれだけ途方もないことか、しみじみ思い知った。たぶん本当にすごい仏画(法隆寺金堂とか、敦煌莫高窟とか)は、こんなふうにひとりの芸術家が肉体を削って描いたんだろうな。

 下絵の墨入れが終わって、色付けを始める前に筆入法要が行われるはずだったが、その前日、田渕さんはウィルス感染で呼吸困難に陥り、病院に緊急搬送されて、一命をとりとめる。まさかNHKも取材の途中でこんなことが起きるとは思っていなかっただろう。

 色付けは絵具が垂れないよう、パネルを寝かせ、その上に乗って作業をしていく。鮮やかな色彩、かすかな色彩、そして無彩色の部分が同居する、田渕さんらしい仕上がり。3月、薬師寺に運び込まれ、起工式の舞台上で披露された。食堂の完成は2017年5月ということだが、そのときはこの阿弥陀三尊図のまわりを、仏教が奈良に伝わるまでの道のりを描いた14枚の壁画が取り囲む計画、とナレーションが言っていた。それも田渕さんの作品なのか? 違うのかな? いずれにしても楽しみだ。

 田渕先生の代表作はいろいろあるけど、仏画というのは格別なものだと思う。これから、長い年月、あの阿弥陀三尊図が、薬師寺に詣でる人々の祈りを受け止めていくのだと思うと感慨深い。いつか田渕先生がこの世を去られても、私もいなくなっても、仏の姿は残っていくだろう。
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