見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

拾い読み自由/18歳からの民主主義(岩波新書編集部)

2016-07-06 00:36:14 | 読んだもの(書籍)
○岩波新書編集部編『18歳からの民主主義』(岩波新書) 岩波書店 2016.4

 2015年の公職選挙法改正によって選挙権年齢が引き下げられ、18歳から投票できる参議院選挙がすでに始まっている。「本書は、これから初めての選挙で投票をするみなさんとともに、民主主義とは何か、どうすれば民主主義を実践できるかを考えるための本です」と編集の趣旨が述べられている。

 なんと岩波新書には稀有の横組み本。普通の岩波新書(赤版)の表紙の上に、よく目立つカラーの表紙がかぶせてある(これはデカいオビだと思えばいいのか?)。斬新!と思ったが、読んでいくとそれほどでもない。いまの18歳に焦点をしぼったというよりは、あらゆる世代に向けた「選挙」と「民主主義」の入門書であり、10年後、20年後にも価値を失わない文章を揃えている。さすが「岩波新書」。

 それより、私がどぎまぎしたのは、本書が全体としては明確に自民党安倍政権に「NO」をいう立場で編集されていること。いや、岩波書店がいまの政権に「YES」を言うわけないとは分かっていても、「政治的中立」の名のもとに、テレビや新聞に対する統制と介入が強められているなかで、出版ってまだ自由なんだなと思った。裏を返せば、大した影響力は持たないから放置されているということかもしれない。

 本書には35人の著者が、数ページから十数ページの文章を寄稿している。以下に寄稿者の名前を挙げておこう。「I 民主主義のキホン」は、青井未帆、大山礼子、坂井豊貴、中野晃一、荻上チキ、三木義一。「議会」「選挙」「選挙以外の政治参加」「マスコミ」「税・財政」などの重要項目についての解説が集められている。

 私は「各国の選挙年齢」の一覧を見たのは初めてで、なるほど20歳から18歳への引き下げは遅すぎたくらいだということが分かった。「選挙結果は民意と呼べるか」についての論理モデルでは、複数の政策テーマを争点に争った場合、「どの政策テーマにおいても過半数の支持を得ていない政党が勝利することがある」という「オストロゴルスキーの逆理(パラドクス)」が面白かった。多数決主義に懐疑を持ち、政権与党を監視し続けることの必要性が理解できる。

 「II 選挙。ここがポイント!」は、愛敬浩二、小野善康、広田照幸、結城康博、坂倉昇平、砂原庸介、堤未果、柳澤協二、諸富徹、小田切徳美。「憲法改正」「教育」「年金」「就労」「地方」「医療」「安全保障」「エネルギー」などの個別政策テーマが要領よく解説されている。興味のあるものだけを拾い読みしてもいいと思う。

 経済オンチの私は、小野善康さんの「景気」の解説が非常に勉強になった。不況期には個々の企業や人々の立場からよかれと思うこと(省力化・効率化)をやると、かえって経済が悪化する=個別ではよいことでも全体では悪くなる=これを「合成の誤謬」という。総需要が変わらない限り、日本中の企業が効率化してもシェアの取り合いに終わる=入学定員が決まっている入学試験では、受験生の一人が頑張れば合格できるが、みんなが頑張っても全員合格にはならない、という比喩はとても納得した。

 「安全保障」は、集団的自衛権の行使を含む安保法制に反対の立場を取る、元防衛官僚の柳澤協二さんの解説。「なぜ今日、首相のような議論がまかり通るのでしょうか」と厳しい。「エネルギー」は諸富徹さんで、脱原発から方針転換した安倍政権の「エネルギー基本計画」には徹頭徹尾批判的である。脱原発のリスク(化石燃料の輸入による国富の流出、再エネルギー事業の収益化の困難)に関しては、具体的な反証をあげていて、分かりやすかった。

 「III 立ち上がる民主主義!」は、少し雰囲気が変わる。寄稿者は、斎藤優里彩、大澤茉実、丹下紘希、想田和弘、東小雪、金明奈、王品蓁、周庭、山森要、小原美由紀、むのたけじ、上野千鶴子、姜尚中、中村桂子、山極寿一、栗原康、瀬戸内寂聴、山田洋次、鷲田清一。年齢も性別も職業もいろいろ。文章のスタイルもばらばらである。

 最初の斎藤優里彩さんは、アイドルグループ「制服向上委員会」メンバーなのか。「憲法を守らない政治家は何故、処罰されないのか」と、安倍政権に対して鋭い批判を投げつける。SEALDs KANSAIメンバーの大澤茉実さんの文章にはちょっと泣いた。何も特別でない人間どうしが、「しんどい」暮らしをシェアするとはどういうことかが、淡々と書かれていた。あっと思ったのは、姜尚中先生の文章で、六十余歳まで日本に暮らし、日本の大学で教鞭をとり、政治学を専修してきたにもかかわらず「投票所に足を運んだことがない」「選挙権が私にはないからです」という言葉に、分かっていたはずなのに動揺してしまった。ふだん忘れているけれど、この日本社会には、そういう人たちがたくさんいるのだと思って。

 もし、本書のなかで一編だけ読むとしたら、私のおすすめは想田和弘さんの「『晩ご飯』で考える民主主義と選挙」である。投票前に時間がなければ、ぜひこの一編だけ読んでほしい。5ページだから立ち読みでも読めると思う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする