○国立文楽劇場 夏休み文楽特別公演(14:00~、19:00~)
・第2部【名作劇場】『薫樹累物語(めいぼくかさねものがたり)・豆腐屋の段/埴生村の段/土橋の段』『伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)・古市油屋の段/奥庭十人斬りの段』
金曜に仕事で京都出張が入ったので、土曜日の公演のチケットを取って見てきた。累(かさね)といえば、醜く恐ろしい怨霊の物語だと思っていたので、江戸後期の趣味かと思ったら、『薫樹累物語』は寛政2年(1790)初演というので、わりと古い作品だ。国立文楽劇場では14年ぶりの上演(東京では1972年以来。そりゃ私が初見のはずだ)。開演前にプログラムをパラパラ見ていたら、いわゆる怪談話ではない、ということが書かれていた。おや、そうなのか。
豆腐屋の段。力士の絹川谷蔵は、傾城・高尾に溺れて政治を省みない主君を思うあまり、高尾を殺してお尋ね者になっている。高尾の兄・三婦(さぶ)の豆腐屋で高尾の法要が行われているところに谷蔵が迷い込んでくる。高尾の妹の累は、かつて谷蔵に危ないところを助けられたことがあり、再会した谷蔵と夫婦になることを願う。三婦も谷蔵の忠義心をみとめ、許そうとするが、高尾の怨念によって、累は顔に大きな痣を負う。この恩讐半ばする複雑な関係。高尾の怨霊が降臨する場面を語ったのは咲寿太夫さん。高い声の印象が強かったのに、地の底にとどくような深々とした美声に驚いた。
埴生村の段。谷蔵は与右衛門と名を改め、累と睦まじく暮らしていた。ならず者の金五郎が現れ、与右衛門(谷蔵)の主君の許嫁・歌潟姫を吉原に売り飛ばそうとしていることが発覚。与右衛門は歌潟姫を譲ってほしいと持ちかけ、百両の工面を思案する。これまで与右衛門の心遣いで己れの容貌の変化を知らなかった累は、夫の危機を救うため、女郎屋に身を売ろうとするが嘲笑を受け、恥じて身投げを決意する。
土橋の段。歌潟姫を連れた金五郎と与右衛門の会話を聞いた累は、夫が心変わりをしたと誤解し、嫉妬に狂って歌潟姫に鎌で切りかかる。止めようとした与右衛門だが、累に高尾の怨念が乗り移っているのを悟り、悪縁を悲しみながら、とどめを刺す。谷蔵は最後まで累を愛しく思っているのに、うまくいかない人の仲…。人間の心理のあやの描き方が近代的で、恐ろしくも悲しい物語だった。累は吉田和生さんで、激しい嫉妬も含めて、全力で恋に生きる若い娘らしさがとってもいい。谷蔵は吉田玉男さんで、時代物の主人公より、こういう役を演じるときが好き。
続いて『伊勢音頭恋寝刃』。何度も見て、よく知っている演目だけど、このご時世にこの内容、大丈夫なのか…とちょっと不安になった。こういう血みどろ芝居を見て、ぞっとするのが近世人の娯楽だったのかなあ。「油屋」が津駒太夫、「十人斬り」が咲太夫さん。前回は「油屋」が咲太夫さんだったんだな。津駒太夫さんの万野の「お紺さ~ん」も、かなり嫌味たらしくて苦笑いした。人形はお紺を蓑助さん。やっぱり生きているように美しいわあ。福岡貢は桐竹勘十郎さん。
・第3部【サマーレイトショー】『金壺親父恋達引(かなつぼおやじこいのたてひき)』
モリエールの戯曲「守銭奴」をもとに井上ひさしが書き下ろした新作文楽。昭和47年(1972)にラジオで放送され、義太夫節を用いない演出では人形劇団プークが上演を重ねている。しかし、文楽として上演するのはこれが初の試みだそうだ。単純明快なストーリーで、短い時間に(ほぼ1時間)たっぷり笑えて面白かった。詞章は時代物らしく作っているが、台詞は少し現代的。現代劇まではいかないが、大阪風味が薄い気がする。
全くの文楽ビギナーでも楽しめるし、文楽ファンなら、ところどころに入る文楽の名作のパロディに笑ってしまう。そもそも登場人物の多くが「実は生き別れた家族」というのがパロディ的である。原作「守銭奴」を知らないんだけど、やっぱりこんな都合の良い話なのかしら。人形は勘十郎さん、玉男さん、和生さん揃い踏みで華やか。語りの英太夫、文字久太夫、睦太夫らは、笑顔で楽しそうだった。「テンペスト」「ファルスタッフ」など、近年の新作文楽はどれも面白い。もっと自信をもって、どんどん新作を増やしてもいいんじゃないかと思う。
・第2部【名作劇場】『薫樹累物語(めいぼくかさねものがたり)・豆腐屋の段/埴生村の段/土橋の段』『伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)・古市油屋の段/奥庭十人斬りの段』
金曜に仕事で京都出張が入ったので、土曜日の公演のチケットを取って見てきた。累(かさね)といえば、醜く恐ろしい怨霊の物語だと思っていたので、江戸後期の趣味かと思ったら、『薫樹累物語』は寛政2年(1790)初演というので、わりと古い作品だ。国立文楽劇場では14年ぶりの上演(東京では1972年以来。そりゃ私が初見のはずだ)。開演前にプログラムをパラパラ見ていたら、いわゆる怪談話ではない、ということが書かれていた。おや、そうなのか。
豆腐屋の段。力士の絹川谷蔵は、傾城・高尾に溺れて政治を省みない主君を思うあまり、高尾を殺してお尋ね者になっている。高尾の兄・三婦(さぶ)の豆腐屋で高尾の法要が行われているところに谷蔵が迷い込んでくる。高尾の妹の累は、かつて谷蔵に危ないところを助けられたことがあり、再会した谷蔵と夫婦になることを願う。三婦も谷蔵の忠義心をみとめ、許そうとするが、高尾の怨念によって、累は顔に大きな痣を負う。この恩讐半ばする複雑な関係。高尾の怨霊が降臨する場面を語ったのは咲寿太夫さん。高い声の印象が強かったのに、地の底にとどくような深々とした美声に驚いた。
埴生村の段。谷蔵は与右衛門と名を改め、累と睦まじく暮らしていた。ならず者の金五郎が現れ、与右衛門(谷蔵)の主君の許嫁・歌潟姫を吉原に売り飛ばそうとしていることが発覚。与右衛門は歌潟姫を譲ってほしいと持ちかけ、百両の工面を思案する。これまで与右衛門の心遣いで己れの容貌の変化を知らなかった累は、夫の危機を救うため、女郎屋に身を売ろうとするが嘲笑を受け、恥じて身投げを決意する。
土橋の段。歌潟姫を連れた金五郎と与右衛門の会話を聞いた累は、夫が心変わりをしたと誤解し、嫉妬に狂って歌潟姫に鎌で切りかかる。止めようとした与右衛門だが、累に高尾の怨念が乗り移っているのを悟り、悪縁を悲しみながら、とどめを刺す。谷蔵は最後まで累を愛しく思っているのに、うまくいかない人の仲…。人間の心理のあやの描き方が近代的で、恐ろしくも悲しい物語だった。累は吉田和生さんで、激しい嫉妬も含めて、全力で恋に生きる若い娘らしさがとってもいい。谷蔵は吉田玉男さんで、時代物の主人公より、こういう役を演じるときが好き。
続いて『伊勢音頭恋寝刃』。何度も見て、よく知っている演目だけど、このご時世にこの内容、大丈夫なのか…とちょっと不安になった。こういう血みどろ芝居を見て、ぞっとするのが近世人の娯楽だったのかなあ。「油屋」が津駒太夫、「十人斬り」が咲太夫さん。前回は「油屋」が咲太夫さんだったんだな。津駒太夫さんの万野の「お紺さ~ん」も、かなり嫌味たらしくて苦笑いした。人形はお紺を蓑助さん。やっぱり生きているように美しいわあ。福岡貢は桐竹勘十郎さん。
・第3部【サマーレイトショー】『金壺親父恋達引(かなつぼおやじこいのたてひき)』
モリエールの戯曲「守銭奴」をもとに井上ひさしが書き下ろした新作文楽。昭和47年(1972)にラジオで放送され、義太夫節を用いない演出では人形劇団プークが上演を重ねている。しかし、文楽として上演するのはこれが初の試みだそうだ。単純明快なストーリーで、短い時間に(ほぼ1時間)たっぷり笑えて面白かった。詞章は時代物らしく作っているが、台詞は少し現代的。現代劇まではいかないが、大阪風味が薄い気がする。
全くの文楽ビギナーでも楽しめるし、文楽ファンなら、ところどころに入る文楽の名作のパロディに笑ってしまう。そもそも登場人物の多くが「実は生き別れた家族」というのがパロディ的である。原作「守銭奴」を知らないんだけど、やっぱりこんな都合の良い話なのかしら。人形は勘十郎さん、玉男さん、和生さん揃い踏みで華やか。語りの英太夫、文字久太夫、睦太夫らは、笑顔で楽しそうだった。「テンペスト」「ファルスタッフ」など、近年の新作文楽はどれも面白い。もっと自信をもって、どんどん新作を増やしてもいいんじゃないかと思う。