見もの・読みもの日記

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史料から知る実像/兼好法師と徒然草(金沢文庫)

2022-07-07 22:22:59 | 行ったもの(美術館・見仏)

神奈川県立金沢文庫 特別展『兼好法師と徒然草-いま解き明かす兼好法師の実像-』(2022年5月27日~7月24日)

 『徒然草』の著者・兼好法師と言えば、ぼんやり京都の人だと思っていたので、武州金沢に縁があるとは、長いこと知らなかった。2017年4~6月の同館『国宝 金沢文庫展』で、兼好母が鎌倉に住む娘(兼好の姉)に宛てて、兼好父の仏事を「うらべのかねよし」の名前で行うよう依頼した書状を見て、驚いたのが最初である。その後、2017年11月刊行の小川剛生氏『兼好法師』(中公新書)を読んだら、通説となっている兼好の出自と経歴は後世の「捏造」と断じ、文献史料から、真実の経歴を再構築する試みが論じられてて、興味が増した。本展は、歴史史料から兼好の実像と彼の生きた時代について読み解くことを主眼としたもので、現在の私の関心にぴったりの企画だった。

 上述の書状以外にも、「称名寺聖教・金沢文庫文書」に兼好に関わる史料が存在することは、早くから知られていたそうだ。一例として「卜部兼好書状立紙」の名で知られるものが2件ある。書状の包み紙に使われた料紙で、現在はきれいに軸装されていた。それぞれ白紙の左端に「進上 称名寺侍者 卜部兼好状」「謹上 称名寺侍者 卜部兼好状」と記されている(よく読めずに悩んでいたら、ちょうど学生さんに説明をしていた学芸員の方が読んでくれた)。称名寺長老・剱阿の侍者に宛てて、金沢貞顕の使者か右筆であった兼好がしたため、貞顕書状に添えた副状(そえじょう)を包んでいたものと解釈されている。なお、この立紙の中身と判断できる書状は未発見で、かつて学芸員の方が、金沢文庫の文書を全部ひっくり返して探しても、見つからなかったそうだ。

 また、円慶2年(1308)の金沢貞顕書状(右筆の倉栖兼雄筆)にも「兼好」の文字が見える。かつて見た兼好母の書状(氏名未詳書状)も出ており、兼好の姉(鎌倉こまち在住)が仏事に関して剱阿に謝意を述べた書状、同じく兼好の姉が剱阿に宛てて、称名寺へ故父の墓参りに行きたいと伝える書状も展示されていた。これらは、筆跡に加えて、紙背の聖教の一致から関連性を推測していく手法の説明がおもしろかった。

 一方、かつて兼好書状と目されていたが、現在は否定されている「氏名未詳書状」もある。墨付きが黒々として筆跡が立派で、文面に教養(漢文の素養)が感じられるため、兼好書状と考えられていたが、紙背文書を根拠とする時代考証など、実証的な研究が進んだことで、兼好と関わりを見出すことは困難と結論づけられているそうだ。

 兼好は、言わずと知れた和歌の上手でもあるが、金沢文庫には「詠五十首和歌」「和歌詠草」などの和歌資料も、紙背文書で伝わっている。和歌の作者は漢字一文字で表記されており、「卜」は兼好、「阿」は剱阿と見られている。二条為世門下の和歌四天王のひとりと言われた兼好はともかく、称名寺長老の剱阿が、こんなに和歌をたしなんでいたことが意外で、親しみが湧いた。

 さて、時代は下って近世初期、古活字版の刊行が契機となって『徒然草』の人気が高まり、古筆愛好家の間では兼好の筆跡が珍重された。しかし兼好真筆と断定できるものは少なく、本展に複製品が参考出品されている『宝積経要品・紙背和歌短冊』(原品は尊経閣文庫所蔵)は、稀少な真筆である。あとは年代が近いと兼好筆と鑑定されていた、という趣旨の解説に苦笑してしまった。

 江戸時代には、兼好法師と徒然草を元ネタにした絵巻や絵本、屏風が多数制作されている。金沢文庫は、かなり意識的にこれらを蒐集しているようだ。兼好が武蔵国金沢に住んでいたことは、兼好法師家集からも分かる。しかし、江戸時代に流布していた兼好法師伝説は、中宮小弁との恋→小弁の父に阻まれ、失意の出家→諸国放浪して東国へ(業平か!)とか、怪鳥退治(頼政か!)とか、盛りだくさんのフィクションが加わっており、これはこれで面白そうだと感じた。

 図録には小川剛生氏が寄稿していて、さまざまな指摘をあらためて読むことができて、興味深かった。たとえば六浦には卜部姓の土地の有力者がいたこと。金沢貞顕の御家人・倉栖兼雄は、かつて兼好の兄弟とされたこともあったが、倉栖氏が平姓であるのでこれは否定されている。しかし親しい関係は推定できること。倉栖氏はやがて高師直の麾下に参ずるので、兼好と師直の関係が生じたのもこれに連動すると考えられること、などである。

 『徒然草』は、じじむさい古典で、若い頃はあまり好きになれなかったのだが、そろそろ読み返してみると面白いかもしれない。

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