〇MOA美術館 『大蒔絵展 漆と金の千年物語』(2022年4月1日~5月8日)
MOA美術館で始まった『大蒔絵展』がすごい、という噂を聞いたので、必ず行こうと思っていた。会期末の週末に東京から出かけることを予定していたが、思い立って、関西旅行の帰りに途中で寄ってしまうことにした。私がMOA美術館を最後に訪ねたのは2014年で、2017年にリニューアルオープンした後も全く来ていなかったので、熱海駅に下りて、駅ビルがおしゃれになり、駅前のバス乗り場が整備されていることに驚いた。
会場に来て初めて知ったのだが、本展は、MOA美術館、三井記念美術館、徳川美術館の3館が共同で開催するものだという。本展を皮切りに、2022年秋には三井記念美術館、2023年春には徳川美術館での開催が予定されており、3会場あわせて70点以上の名品を通して、平安時代から現代の漆芸家作品にいたるまで蒔絵の全貌に迫るという、壮大な企画である。
久しぶりの「黄金の茶室」をチラリと覗き、『大蒔絵展』のエリアに入ったつもりだったが、第1室は参考展示だった模様。壁一面を使った、畳敷きの大きな展示ケースの中に、平安時代の阿弥陀如来と両脇侍(観音・勢至菩薩)坐像を安置する。来迎印の阿弥陀如来は温和な表情で、高く燃え上がるような透かし模様の光背には、化仏というか飛天(?)を配し、優美で華やかな印象。両脇侍は、簡素な放射光の光背で、膝頭を開けた大和座り。体にぴったりした衣で、腰のくびれが目立つ。さらに左右の外側には、全員立ち姿の『二十五菩薩来迎図』(鎌倉時代)2幅が並んでいた。関西旅行の最初に見た中之島香雪美術館『来迎』展の復習のようだった。
次室には、本展の呼びもの『源氏物語絵巻・宿木一』(碁を打つ今上帝と薫)が出ており、蒔絵の調度品が描かれているという説明がついていた。徳川美術館の所蔵巻は(五島美術館の所蔵巻に比べて)見る機会が少ないのでありがたかったが、それ以上に珍しかったのは、同じく徳川美術館所蔵の『葉月物語絵巻・第三段』である。数名の男女が几帳越しに、あるいは几帳の中で、対面する様子が描かれていた。『源氏物語絵巻』につぐ物語絵巻の遺例だというが、物語の内容が明らかでないため、あまり関心を引かないのだろうか。私も実物を見たのは初めてだと思う。
それから、古筆の名品。MOA美術館所蔵の『継色紙』『寸松庵色紙』と三井記念美術館の『升色紙』が出ていた。『継色紙』の「わたつみのかざしにさせるしろたへの なみもてゆへるあはぢしま山」は久しぶりに見たなあ。最後の「山」が一行になっているところ、可愛くて好き。三井の『高野切』第一種、MOAの『翰墨城』もよかった。
続いて、ようやく本題の蒔絵の品々が登場する。平安時代の蒔絵は、神仏の荘厳のため、神社やお寺に伝わったものが多い。京都・東寺(教王護国寺)の『海賦蒔絵袈裟箱(かいふまきえけさばこ)』(午前中に東寺宝物館で見た犍陀穀糸袈裟(けんだこくしのけさ)を納めていた箱!)も、和歌山・金剛峯寺の『澤千鳥螺鈿蒔絵小唐櫃(さわちどりらでんまきえしょうからびつ)』も、細かく描かれた鳥や魚が可愛い。
鎌倉時代には、さまざまな手箱が作られた。時代は下って、室町時代・東山文化の蒔絵は優美で好き。桃山時代には、技術の進歩、権力者の嗜好や西洋との出会いによって、新しい華麗な蒔絵が誕生する。『秋草蒔絵折敷』は、四角いお盆の表面に菊や撫子、薄などの露を含んだ秋草を描く。いわゆる「高台寺蒔絵」の様式と言ってよいのだろうか。江戸時代は、やっぱり琳派が面白い。光悦の『樵夫蒔絵硯箱』、光琳の『住之江蒔絵硯箱』(静嘉堂文庫)など、名品をまとめて見ることができた。
そして、近代(明治・大正)の蒔絵を経て、東近美や京近美などが所蔵する現代の蒔絵までを一気に通観。盛りだくさんで疲れたけれど、貴重な経験ができた。客層の雰囲気が、都会を離れて「映える」風景を楽しむついでに、ちょっと展示も見ていくか、という感じで、漏れ聞こえる素直な感想や意外な蘊蓄が、けっこう面白かった。