many books 参考文献

好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

法の悲劇

2019-11-10 17:49:04 | 読んだ本

シリル・ヘアー/宇野利泰訳 昭和35年 ハヤカワ・ポケット・ミステリ
ついに、手に入れた。
『法の悲劇』という本の存在を知って、以来気になったしかたなかったのは、2016年の初めころに『膝を打つ』という丸谷才一エッセイ選の文庫を読んだときからだった。
「長い長い物語について」というその文章は、もともとは「エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン日本版(EQMM)」のコラム「マイ・スィン」で1962年1月に書かれたものなんだが、いわく、
>それゆえ、ぼくと同じように長い探偵小説が好きな人は、たとえばシリル・ヘアーの『法の悲劇』を読みたまえ。(これは傑作である。早川ミステリからベスト・テンをぼくが選ぶとすれば、かなり上位にこの本は位置を占めるはずである。)
ということなんで、ぜひ読みたいと思ったもんだ。
でも、なかなか見つからないんで、そんときは同じ文章で「心からおすすめする」とされていた『月長石』をとりあえず読んだんだが、それがおもしろかったもんだから、ますます『法の悲劇』のほうが気になってきてしまった。
ところが、簡単には見つからないんだ、これが。
しかたないんで、ネットで検索したら、やっぱ世の中にはあるもんで、売りに出されているものもあったんだが、ちょっと私には「えっ!?」と言わざるをえない値段。
それまで街の本屋で探してたときは、どんな外見をしている本かも知らなかったんだけど、どうもハヤカワ・ポケミスらしい。(でも、そうと知ると、ポケミスでそのお値段?って思わざるをえない。)
以降は、初めて入った古本屋とか行くと、ポケミス並べてるあたりを目をさらにして探したりするようになったんだが。あるわけないんだ、そんなもん。
で、ことし9月のとある日に、何気なくネット探してたら、一冊見つけて、うーん、これだけ探して見つからないなら、この値段ならいいかって思えるようになってしまっていたんで、サッと買った。 「日本の古本屋」、グッジョブ、大好きなサイト。
と前置きばかり長くなったが、そんなわけで手に入れただけで半分以上満足したような気分がちょっと落ち着いたとこで、さっそく読んだ。
こういう本の場合、持ち歩いて電車のなかで読んだりとかしない、ウチのなかだけで読んだ、寝転んでだけど。
舞台は1939年10月のイングランド、第二次世界大戦が勃発してる。
登場人物は、巡回裁判の一座、各都市を何日かずつ滞在しながら当地の刑事・民事の裁判をおこなっていく、そんな制度の関係者一同。
高等法院王座部判事のバーバー閣下がいちばんえらい、≪きれもの≫とも呼ばれている。
でも、その全行程に同行してる夫人のヒルダは、かつて法曹界においてすごく優秀だといわれていて、もしかすると判事より法や判例にくわしいかもって存在。
お付きのものが何人もいて、特に出番が多いのは事務官のマーシャル、判事夫妻を近くで観察したりして、このひとの視線が語り部に近いものかも。
あと書記官のビーミッシュってのは、仕事はちゃんとやってるようだが、夜な夜な宿舎抜け出して盛り場でダーツやってる、ちょっとあやしげな人物。
ほかには、弁護士のペティグルウ、このひとの名前はほかの作品で読んだような気がするんだが、判事なり検察なりでもっと出世したかったらしく、本人は現在の境遇には満足していないっぽい。
巡回裁判のおこなわれる先々では、それなりの晩餐会みたいのも開催されてるようだが、とある場所でのその帰りに、判事の運転する車が歩行者をひいてしまうという事故が起きる。
あいにくと、判事の免許証は期限切れ、保険もない状態だったのに、さらに悪いことに被害者はピアニストで商売道具の指がつぶれてしまったという事態になる。
その後の仕事も続けながら、なんとか示談で賠償をほどほどにおさめたいと双方弁護士をたてて交渉するんだが、なかなかまとまらない。
一方で、巡回裁判の道中では、ときどき判事周辺に奇妙なことが起こる。
脅迫状のような手紙が舞い込む、これは過去に判事の下した判決が不当だと思っている仮出獄者の逆恨みではないかと想像されるんだが。
贈られてきたチョコレート菓子に異物が混入されてるとか、深夜の宿舎の廊下でヒルダ夫人が顔面を殴打されるとか、ヒルダは狙われてるのは判事だというが。
ネズミの死骸が送られてきたりとか、判事の寝室のストーブからガス漏れがしてるとか、いろいろ起きる。
いまにも連続殺人事件の幕が開くのかなと思って読んでいくわけだが、小さい事件があるわりには、関係者のだれも死なずに話は進んでいく。
で、とうとう終盤になって、物語世界では冒頭から半年も経ったころに、ようやく本当の悲劇が起きる。
これまたほかの作品で名前を見た、マレット警部が登場して、事件の謎は解明されるんだけど。
ちょっと変わったつくりで、よくあるあるの最初に殺人が起きて、謎を調べて明かしていく探偵の動きを追う、みたいなことになってない。
それは訳者あとがきにあるように、奇をてらう技巧ってわけぢゃなく、
>(略)犯人、被害者、探偵と、主要登場人物の全部にわたつて、その性格を描きだしてみようという作者の野心にもとづくものである。
ということで、仕掛けがどうのこうのぢゃなく、読ませる探偵小説として出来ている、長い長い物語なんだと。
いいんだ、ミステリとしての評価がどうだろうと、私なんかは、手に入れただけで満足しちゃってんだから。
原題「TRAGEDY AT LAW」、1954年の作品。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする