日垣隆 平成十八年 新潮文庫版
これは、米原万里さんの書評集で、2004年の〈今年の三冊〉のひとつとして、
>凶悪犯が「心神喪失」なる口実で無罪放免される刑法の犯罪的欠陥、それを運用し続ける司法関係者の思考停止、被害者の哀しみ、怒り、悔しさを冷静に論理化体系化した感動の一冊
って紹介されてたのに興味をもって買い求めた古本の文庫。
そういうわけで、ミステリーみたいなタイトルだけどフィクションぢゃなくて、実際の日本の近年の凶悪犯罪がうじゃうじゃ、で、その加害者が裁判で無罪になるとか、それ以前に不起訴ってことで裁判にもならんとかって実例を取材している。
べつに全部を極刑にしろとまでは言わんが、無罪になった瞬間に被告がニヤリとしたとか、凶悪犯のなかには犯罪の前歴があるけどそのときに心神喪失って理由なら罪を問われないって学習した奴がいるとかって話を読むと、やっぱなんだか納得できないものがある。
>被告弁護側が心神喪失(異常)を、検察側が完全責任能力(正常)を主張し、裁判所がその中間(心神耗弱)をとる、という実に安易で頽廃的な判決が頻出する。(p.167)
というパターンが多いらしい、それって思考停止してるでしょって話だ。
そういうときは精神鑑定ってのを行うんだが、それがダメダメだというのは何度も繰り返して主張している。
>およそ精神鑑定とは、結論先にありきの有罪無罪を誘導するための便宜(フィクション)にほかならないのである。(p.133)
とか、精神鑑定は検証反復可能ぢゃないんで、
>だが精神鑑定は、科学的検証に全く耐ええない。結論は専門家によって異なる。(略)精神鑑定は科学ではなく、証拠でもなく、推測に基づく意見にすぎない。(略)精神鑑定の主務は、現在の、ではなく、事件が起きた過去の一時点における精神状態を推理することにほかならない。(p.82)
とかって言われると、そうなのかってハッとするものある。
精神鑑定をする医師が心神喪失っていって加害者を守っちゃう理由としては、
>(略)犯罪者と患者の混同である。精神科医は医者であって、もちろん法律に通じていなくてもいい。しかし司法精神医学にかかわる以上、そのような怠慢は許されない。診断は医療の仕事だが、精神鑑定は司法の仕事だからだ。心身喪失認定をめぐっては、法律家の精神医学的無知と、精神科医の法学的無知とが混乱をもたらしている。(p.121)
などとしている。別のとこでは、
>(略)鑑定を誰に頼むかで結論は最初からわかってしまうのが日本における精神鑑定の現実なのである。(p.37)
とも言っている。
もちろん医者だけが悪いんぢゃなくて、検察とか裁判所もなんかっつーと理解できない異常な事件が起きると、それを「無かったこと」にしちゃう習性があるんだという。
>精神障害者の責任能力や人格を認めたくないのである。言葉の真の意味において職業的差別者であると言うほかない。(p.112)
とか厳しい。著者は精神鑑定というものについて、
>(略)今では確信をもって害悪と見なすようになった。検察庁や裁判所に思考停止を強い、それを正当化するものにほかならず、時間の無駄と言わざるをえない。(p.80)
という見解をもつにまでいたった。
それで、不起訴や無罪とするんだったら、そうなった凶悪犯罪者を処遇する施設がないのは問題であり、
>そのような刑事治療処遇施設がない状態での心神喪失認定は無効であり、社会正義にも著しく反する。(p.22)
と主張している。この本の最初の出版が2003年12月らしいから、そのあと刑法とかどうなったか私は知らないけど。
どうして凶悪犯のやらかした犯罪の責任を免じちゃうのかって日本社会の体質については、序章で被害者家族の問いに答える形で、
>「犯罪者の責任に限って言えば、被害と法秩序侵犯という結果に対して犯人は責任を負う、というのが正常な考え方だと思います。でも現実には、捜査官や検察官や裁判官が犯人に尋ねるから言葉にして答えるにすぎない“動機”や、事件発生の瞬間に心身喪失だったかどうかなんて誰にもわかるわけもないフィクションによって、犯罪の結果を免責してしまう。日本の司法は、結果ではなく、ひたすら動機を裁いているわけですよね。法律実務家に『理解できない犯罪』は『なかったこと』にしてしまう。動機なるものが不合理だと、どんなひどいことをやっていても、その結果を白紙にしようとするわけです」(p.13-14)
と著者は説明しているけど、なんだやいやな社会だなという気がしないでもない。
序 章 通り魔に子を殺された母の声を
第1章 覚醒剤使用中の殺人ゆえ刑を減軽す
第2章 迷走する「責任能力」認定
第3章 不起訴になった予告殺人
第4章 精神鑑定は思考停止である
第5章 二つの騒音殺人、死刑と不起訴の間
第6章 分裂病と犯罪の不幸な出合い
第7章 日本に異常な犯罪者はいない?
第8章 闇に消える暗殺とハイジャック
第9章 心神耗弱こそ諸悪の根源
第10章 判決に満悦した通り魔たち
第11章 刑法四〇条が削除された理由
第12章 日本は酔っ払い犯罪者天国である
第13章 もう一つの心神喪失規定「準強姦」
第14章 女性教祖「妄想」への断罪
第15章 家族殺しが無罪になる国
第16章 人格障害者という鬼門を剥ぐ
終 章 古今東西「乱心」考