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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

絆――棋士たち 師弟の物語

2021-05-29 18:52:24 | 読んだ本

野澤亘伸 2021年 日本将棋連盟
前作『師弟』の続編の本書が出たと知って、ちょっと迷って、買ったのは3月だったか、読んだのはつい最近。
なんで迷ったかっていうと、ほとんどは初出時の不定期連載で読んでたからで、「大幅加筆」がどのくらいのものかはともかく、でも、まとまった一冊として持っとくのもいいかとも思った。
前作でも思ったんだけど、インタビュー内容が濃いというか深いというか、めずらしいというか、貴重な証言いっぱいなんで、おもしろい。
その秘密については、著者が「はじめに」で以下のように明かしている。
>個としての棋士は、意志が強く、インタビューを通して自分の世界観の中に他者を簡単には踏み込ませない。(略)
>それが師弟という関係性でアプローチすることで、意外な一面が見えてきた。今を輝くトップ棋士たちが、師との絡みの中では自らの未熟さや少年期のあどけないエピソードを、次々と話してくれたのだ。
ということなので、なるほどと思った。
まあ、もちろん、そういう良好なというか、他人にははかりしれない強い関係をもってる師弟の組み合わせをとりあげているからではあるが。
雑誌掲載時に読んだ細かい内容は忘れてたんだけど、また読んでみて、なんつってもおもしろいのは、中田功×佐藤天彦の、出会ったときは28歳と8歳だった二人の話である。
それは、やっぱ、コーヤンこと中田八段が、先ちゃんこと先崎九段とギャンブルばっかやってたような豪快なひとで、昔気質の将棋指しっぽいとこあるからってのもあるだろう。
タイトル挑戦したりA級に上がったりという成績はないけど、将棋は天才肌で、実際18歳で四段=プロになった、そのとき周囲に「あんなに遊んでいてプロになった奴は他に知らない」と言わしめたんで、やっぱ天才型なんでしょう。
弟子の天彦が奨励会三段リーグで二度目の次点をとってプロ入り資格を得たときに、師匠コーヤンの意見で三段リーグに残ったということは別のとこでも読んだけど、本書によれば中田八段は、
>「うまく言えないけど、気に入らない」
から始まって、
>「フリークラスなんて、勝てなくなった棋士の救済措置じゃないか。そんなところに、佐藤天彦をやれるかよ……」(p.48)
という思いを語っている、うん、やっぱその矜持が弟子をのちに名人にまで押し上げたんでしょう。
ところで、そのむかしの棋士とちがって、当世はけっこう師匠が弟子と将棋を指すらしく、淡路九段が久保九段の子どものときに王将一枚の手合いから教えたというのは有名な話だが、本書では畠山×斎藤とか木村×高野とか盤にみっちり向かい合う師弟関係が明かされている。
(ちなみに昭和的言い伝えでは、師匠が弟子と指すのは2回だけ。入門のときの試験代わりと、プロになれなかった弟子との別れのとき。後者では師匠は負けてやって「お前は強くなった、教えることはもうない、今日の棋譜を持って国に帰れ」と言うという。)
ところが、中田功・佐藤天彦の師弟は、東京と福岡という離れた場所にいたんで、ネットで対局してたんだという、いま風ですね、ちなみに中田八段は昭和の無頼派みたいなイメージある一方で、ネットでバンバン指す人物なんである。
ところが、ところが、佐藤天彦が二段のときに、師匠との対局をやめたいと言い出した、「師匠と指していると感覚が変になります」(p.42)だそうだ。
これはべつに悪口ぢゃなく(あたりまえだ)、勝負に徹する奨励会では相手の手を殺すような指し手が多くて、飛車角をバシバシ切りとばして攻めてくるような人はいないんで、ってことらしい、これまたコーヤン流らしいエピソードでおもしろい。
どうでもいいけど、中田八段の師匠は大山十五世名人なんだけど、弟子入りで上京した中田少年が中学校に通い始めるときに、大名人は自身の揮毫した色紙を校長へのあいさつに持って行かせたんで大歓迎されたという、あまり知られていないんぢゃないかと思われる、いい話がある。
孫弟子が名人になったのは、そんな師匠への恩返しになってるんぢゃないかと思うと、弟子のことおもうこの世界の伝統がうるわしくみえる。
第一章 中田功×佐藤天彦「弟子が叶えた師への恩返し」
第二章 畠山鎮×斎藤慎太郎「少年時代に交わした二つの約束」
第三章 木村一基×高野智史「遠い背中を見つめて」
第四章 淡路仁茂×久保利明「本当の恩返しととは」
第五章 勝浦修×広瀬章人「鷹揚流でつかんだ竜王位」
第六章 石田和雄×高見泰地「悩めるシンデレラボーイが歩んだ一年」
第七章 桐山清澄×豊島将之「二人の師匠」
第八章 杉本昌隆×藤井聡太 師弟対談「将棋の真理を目指して」

コメント
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