many books 参考文献

好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

魔女の1ダース

2021-05-15 18:42:01 | 読んだ本

米原万里 平成十二年 新潮文庫版
書評集だけで十分おもしろかったんだが、著者の書いたものをもうちょっと何か読んでみようと思って、3月くらいにだったか買い求めた古本の文庫。
テーマは、サブタイトルの「~正義と常識に冷や水を浴びせる13章~」って言葉のとおり。
さらに具体的には、「プロローグ」にある、
>ある国や、ある文化圏で絶対的と思われてきた「正義」や「常識」が、異文化の発想法や価値観の光を当てられた途端に、あるいは時間的経過とともにその文化圏そのものが変容をとげたせいで、もろくも崩れさる現場に何度立ち会ってきたことだろう。(p.22)
>見慣れた風景の中に異分子が混じることによって、見えていなかったものが、見えてくる。素っ頓狂な出来事や、意外な発見や、驚きの再発見があるのではないか。そうやって常日頃当然視している正義や常識に冷や水を浴びせてみたい。(p.25)
ということである。
ちなみにタイトルの「魔女の1ダース」は、ふつうの人間にとって1ダースってのは12個のことを指すけど、魔女の世界では13個で1ダースと決まってる、13は不吉な数だからってキリスト教徒が魔女に押し付けたのかもしれないけど、13が不吉って誰が決めた、自分だけの常識を振りかざすんぢゃない、ってな話。
ロシア語通訳として、異文化が衝突するいろんな場面を見たり聞いたりしてきたからだろう、ふつうの日本人よりはそういう、世の中には違う価値体系があるものなんだよってアンテナが敏感で、いろんな例をあげて蒙を啓こうとしてくれる。
>「相手の立場に立ってものを考えるように」
>兄弟や友達と喧嘩をするたびに、親や幼稚園の先生に叱られたものだが、いやはやこれほど難しいことはない。ましてや歴史も国も文化も異なる者どうしで、完全に相手の立場に立つことはたとえ善意からであれ土台無理だと覚悟したほうがいい。(p.117)
というように、他人を理解して相手の常識を尊重しましょう的な楽観論には立たずに、無理とわかってはいるのが潔いとは思いますが。
ただ、無知で視野が狭くて、異文化に対する想像力が欠如してる、傲慢な精神に対しては厳しい。
例としては、どうも英語圏の人間というのは、国際会議を開いても、他国の人が英語ができて当たり前というスタンスにみえるとして、
>(略)「国際語」を母語とする国民は、その分外国語を学ぼうとするインセンティブが弱く、実際、かなりの知識層の人々でさえ、外国語を学ばない人が多い。学ぶとしても、同格の「国際語」をかじる。ところが、「国際語」は、前世紀の帝国主義的世界分割にいち早く参加した同じキリスト教文明圏の国々の言語なのだ。地球上の多様な文明を反映するものになっていない。これは、彼らの精神を、とくに異なる発想法や常識に対する想像力を貧しくしている、という意味で不幸でもある。その不幸が彼らだけにとどまっていないのか、もっと大きな不幸である。(p.154-155)
という。
うん、そうだねえ、支配の基本ってのには、言語と通貨と時間の押し付けがあるし。最後の時間の押し付けってのは、キッシンジャーだっけか、アメリカの国務長官のとき、どこの国にいってもワシントン標準時で要人との面会時刻決めてたって例があるらしい、スポーツイベントでも自国のテレビ放映の都合で決勝戦の時刻をカネの力で決めちゃうのは資本主義らしい支配だよね。
それはさておき、「『評価は比較によって成立する』という真理」(p.134)という話もおもしろかった。
本業の通訳で、うまくできなかったのに次回も仕事の依頼がきたのは、自分のあとの別の通訳がもっと下手だったからだろう、って経験とか、ほかのひとから聞いた「アルバイトが後釜のアルバイトを紹介してくると、必ず自分より劣る奴を連れてくる」とかって話から、人の評価は比較でできてるから、自分がかわいいと自分より下手なひとばかりと比較してしまう、と。
で、容姿とかの努力しても変われないことについては理想と自分を比較することなどせずに、語学の習得なんかの改善ができるものについては理想の正確な発音や文法と自分の下手さを比較することによってうまくなれ、それが幸せになる道だと説く、なるほどね。
コンテンツは以下のとおり。各章のなかの小見出しが「イスタンブールの日本人」とか「奈良のロシア人」とか「京都のベトナム人」とか「ローマの中国人」とかって、異文化の常識違う環境に放り込まれちゃった例なのがおもしろい。
プロローグ
第1章 文化の差異は価値を生む
第2章 言葉が先か概念が先か
第3章 言葉の呪縛力
第4章 人類共通の価値
第5章 天動説の盲点
第6章 評価の方程式
第7章 ○○のひとつ覚え
第8章 美味という名の偏見
第9章 悲劇が喜劇に転じる瞬間
第10章 遠いほど近くなる
第11章 悪女の深情け
第12章 人間が残酷になるとき
第13章 強みは弱みともなる
エピローグ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする