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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

大仏破壊

2021-08-01 18:58:07 | 読んだ本

高木徹 2007年 文春文庫版
サブタイトルは「ビンラディン、9・11へのプレリュード」、2004年の単行本では「バーミアン遺跡はなぜ破壊されたのか」だったのを改題。
前に読んだ著者の『戦争広告代理店』がたいそうおもしろかったので、もうひとつ読んでみたくなって古本を買い求めた。
本書はタイトルのとおり、2001年3月にアフガニスタンのバーミアン大仏が爆破された件をとりあげて、どういった経緯だったのか明かしてくれる。
かつてのタリバン政権の情報文化次官にインタビューしたところ、大仏破壊はタリバンの本来の方針ではなく、破壊には反対だったという答えがあったところから始まり、タリバンが誕生した1994年に戻ってアフガニスタンの歴史をたどることになる。
いや、これが現代の歴史の教科書としてすごく役に立つんだ、私なんか無知だからタリバンとアルカイダの違いもわかってなかったんだけど、これ読んで何が起きてたか遅まきながらわかった。
神学校の関係者の集まりから始まったタリバンは、ソ連撤退後の無政府状態だったアフガニスタン国内で、勝手に武力行使してる勢力を武装解除し治安を回復させ、全土統一したら新政府にあとは任せるつもりだった。
リーダーのオマル師は謎の人物なんだけど、実像としては一般的な教育も宗教教育も受けていなくて、世界地理の知識とか、国際社会とか外交とかって概念もおそらく持ってない、国家をどう運営するかなんて理解してなかったと言われてる、でも信仰心は深く誠意にあふれたいい人物だったらしいけど。
ところが、タリバンが首都カブールを占領してみたところ、これまでの政府関係者はみんな逃げてしまって、タリバン関係者が政府の役職について運営してくしかなくなってしまった。
このときに新設した「勧善懲悪省」という組織が、イスラムの教えに基づく強硬派として、のちに強大な勢力をもってしまったのが大仏破壊にまでつながるとされる。
でも、勧善懲悪省のメンバーって地方出身者で教育もないんで、自分たちの知っている古い慣習だけがイスラムだと思いこんでいて、テレビとか歌舞音曲とか西洋風の髪型とかまで、なんでも反イスラムだって考えて規制してたらしいけど。
一方で、アルカイダはビンラディンのつくった、イスラム戦士を集めて軍事教練などを行っていた組織。
ビンラディンはもとはサウジアラビアの大富豪の家の生まれで、イスラム原理主義に傾倒してアフガニスタンで対ソ連戦に義勇兵として参加したが、タリバンと元はといえば関係ない。
ソ連撤退後に自国のサウジアラビアにアメリカ軍が駐留したのに反発して、最終的にはサウジ国籍をはく奪されて行き場がなくてアフガニスタンに来た。
これを客人としてタリバンは迎え入れることにした、おとなしくしてるならって条件つきのつもりだったんだろうけど、オマルに恭順してるふりして自由を得たビンラディンは自身の野望のために勢力拡大していく。
>タリバンの基本思想は、簡単に言えば「イスラムの教えに忠実な国をつくり、アフガニスタンに平和と秩序を回復する」ということである。この短いスローガンの中に二つの立場が微妙に共存していた。
>(略)その後、だんだんとこの矛盾は大きくなってゆく。その裂け目に巧みに入り込んでいったのがビンラディンである。(p.102)
ということなんだが、アフガニスタンという国にとっての利益を尊重しようって人もいたんだけど、全世界のイスラムの連帯・利害を優先されるべきだって主義の勢力がだんだん強くなってく。
アフガニスタンの文化を大事にしようってひとは大仏を遺跡として守ろうとするが、汎イスラム主義者は偶像を破壊せよって方向にいく。
それでも1997年に最初にバーミアン大仏をタリバンが破壊しようとしているって話が出たときには、タリバン政府関係者は、アフガニスタンに仏教徒はいなくて仏像を拝む者はいないんだから偶像崇拝ぢゃないんで破壊しない、って見解をとってた。
オマルも、イスラムの偉大な先人たちもこれまで破壊しないできたんだから、って説得されると、国民の貴重な遺産を保護するって意見になってた。
ところが過激なビンラディンのほうはというと、1998年に「民間人であれ、軍人であれ、アメリカ人を殺害することは、全世界どこにいようと、すべてのイスラム教徒の義務である」(p.116)っていう宣言を出している。
そのときはあまり注目されなかったらしいが、その三か月後に記者会見を開いて世界中の話題になると、オマルは自分の許可もなしに勝手なことをするなと激怒し、ビンラディンは謝ることになる。
でも、その後のビンラディンはオマルのご機嫌を損ねないように周到に策を練って、やっぱ自分のやりたいことをやってくようになる。
なんせカネ持ちなんで、資金は提供するわ、車両とかのモノも提供するわで、タリバンにとりいるし、アラブ兵士をアフガニスタンに集めるのはホントは違う目的があってのことなんだろうけど、タリバン兵が逃げちゃうような状況でもアラブ兵は高度な武器もつかって戦って首都を守ったりするもんだから、オマルも信頼するようになっちゃう。
そうこうしてるうちに、2000年秋くらいにはオマルもビンラディンの思想に影響されて、世界のイスラム教徒がとかなんとかいう発言をするようになったらしい。
かくして最高指導者も認めることになっちゃうと、博物館にある仏像を破壊したりとかって流れで、やっぱバーミアン大仏を破壊しようって話が強硬派のなかで再燃してしまう。
>「勧善懲悪省の連中が、こう言ったのです。『今、世界は、我々が大仏を壊すと言ったとたんに大騒ぎを始めている。だが、わが国が旱魃で苦しんでいたとき、彼らは何をしたか。我々を助けたか。彼らにとっては石の像のほうが人間より大切なのだ。そんな国際社会の言うことなど、聞いてはならない』。(略)(p.326)
という論理だそうで、正しいとは思わないが、こうかたくなになっちゃうと軌道修正はできなさそうだ。
破壊阻止交渉でオマルと直接面会したパキスタンの内務大臣は、いろいろと説得したものの、
>オマルはつづけて言った。
>「もしこの二体の仏像を破壊しなければ、その最後の審判の瞬間に仏像が宇宙空間に投げ出され、アラーのもとに飛んで行くことになるかもしれない。そのとき、アラーはこう私に聞くだろう。『(略)この二つの偶像さえ壊すことができなかったというのか? そのようなことが私の思し召しだと思うのか?』そうアラーにきかれたら、私は答えることができないではないか」
>オマルの表情は真剣そのものだった。(略)
>「オマルは、すでに現世のことを基準にして政策を考えることをやめていました。頭の中にあるのは来世のことだけでした」(p.331)
ということになってしまったという。
来世が基準になっちゃうと、喜んで戦って、死んでも天国に行けるからいい、とかになっちゃうのは困ったものだ。
この、ほかにもいろんな人がタリバンに交渉して、破壊を阻止しようとする章は、すごくおもしろい。
なかでもフランス人がいろいろと行動するところは、
>これがイギリスならば、旧宗主国だからわかるのだが、フランスは歴史的にこの地域にそれほど大きな権益をもつわけではない。にもかかわらず、フランス人の活躍の印象があちこちで残されているのである。そこに、軍事力も、経済力も、他の安保理常任理事国と比べてはるかに劣りながら、国際社会に存在感を保ちつづけるフランスの「外交力」の大きさを感じざるを得ない。(p.290)
という著者の意見に同意せざるをえない、そういうコミットメントが日本には欠けているってとこも含めて。
それに先立って、1997年くらいからのアメリカの外交政策も興味深い。
タリバン政府高官をアメリカに招いて、たとえばメトロポリタン美術館を見せたりもするツアーを実施してる。
かたやで、アフガニスタンは女性の権利を侵害する国家だ、みたいに非難しといて、政府関係者を招いてアメリカの強大さと先進ぶりを見せつけるという、「懐の深さ」があるという。
>同じ国務省の首脳が厳しい態度をとっていても、その下にある情報部門が、より長期的な視点に立ったタリバン対策のプロジェクトを自らの創意で下から立ち上げる。それも首脳の現在の政策との整合性も考えて、産学協同のオブラートに包んだ形として計画する。(略)その結果、アメリカの外交政策は、将来にわたり総合的に幅広いものになる。
>そういうことが、組織全体として自然にできるシステムがアメリカにはある。これは、今の日本が逆立ちしてもかなわないところだろう。(p.162)
と言われると、なるほどと思う。
そんなアメリカでも、2004年に発表した「9・11リポート」では、
>(略)テロの実行犯たちがどのように民間機を乗っ取ったかという機内での具体的な経緯や、いかにアメリカに入国し、航空学校で操縦方法を学んだかといったことは詳しく分析されているが、彼らを生んだアルカイダがビンラディンのもと、アフガニスタンにおいて、いかにその敵意と組織を育てていったかという点については、わずかなページしか割かれていない。
>民間機を乗っ取っての自爆というテロの一戦術が今後二度と行なわれないようにという教訓は十分に検討されているが、この巨大な国際テロ組織がいつどうしてできたのかについての戦略的な分析は不十分である。(p.77-78)
と指摘して、テロは悪であり許さないっていう前提にとどまり、アルカイダ誕生の背景みたいなことの本質には向き合っていないという。
プロローグ 二つの破壊
第1章 隠遁者
第2章 姿の見えないカリスマ
第3章 オサマ・ビンラディン
第4章 大仏・第一の危機
第5章 オマルの激怒
第6章 ビンラディンの贈り物
第7章 「アメリカ」の衝撃
第8章 ムタワキルの抵抗
第9章 アメリカ帰りの新政策
第10章 ビンラディンのメッセージ
第11章 密使
第12章 破壊を阻止せよ
第13章 アッラー・アクバル
第14章 届けられたテープ
エピローグ 大仏は、なぜ破壊されたのか
特別インタビュー「アフガニスタンは変わったか」田中浩一郎

コメント
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