私がいない間の学校での練習は完全に選手に任せています。指示を出しています。やはり気になるのが「自分達でやる」という部分。今のチーム状態なら確実に練習はやります。が、怖いのは「判断ミス」です。動き等を自分達で見ながらやるのでうまく伝わらない部分があると。
練習が終わってから連絡をとって走りがどうだったか、感覚的なモノを少し確認するようにしています。選手は面倒かもしれませんがきちんと確認しておかなければ、次の段階には進めないと。
そな中で「自分としてはかなり進んだ感覚があるのだが、○○が出来ていないと指摘された」という話が数度出ました。難しい部分ですが今の段階では「進む感覚」が大切だと思います。「身体が起きる」「膝が出ない」というのは「理想の形」と比べてではないかと感じています。今大切なのは「個人内の変化」です。誰かと比較してどうこうというのではなく、「出来ていなかった動きに意識が置けるかどうか」「少しずつ動きに変化があるか」「修正する事で進む感覚があるか」が重要だと。
どうしても「~が出来ていない」という見方をします。まー当然です。私もそういう見方をします。が、逆の部分もしっかりと見ていかなければいけないと思います。「~が出来るようになった」という部分ですね。1本目と2本目を見てポイントを意識させる事でどれだけ修正出来たか?そこが変わる事で「感覚」はどう変わったか?ここが重要だと思いますね。すぐに変わるモノではないから何度も何度も繰り返します。「意識する」「強制的に作り出す」を合わせながらやらなければいけない。ここは相反するような感じがしますが、大切な部分だと思います。
ドリルというのは「分習法」として位置付けられます。全体的な動きをいきなり意識できないので各曲面に分けて意識させる。もちろん上手くいかないパターンでは「分習」が独立してしまって上手くかみ合わないからです。これでは意味がない。エッセンスを抜き出しながらもどうやってつなげていくか。
今回の練習では「自分」と「他の者」の差があったようです。最終的には「感覚の変化」を重視させました。「100」か「0」かではなく、「20」が「40」になっただけでも今の段階では十分だと。今の時期にいきなり「100」にはならないでしょう。繰り返していきながら完成度を高めたいですね。
指導者がいない中でやっていくというのはやはり大変だと感じましたね。周りからの情報に左右されてしまい、自分のやろうとしている事が分からなくなってしまう。だからきちんと「自分がやろうとしている事」を自分自身が理解して、そこがどう変わったかを見てもらう必要があります。「出来ていない」と指摘された部分に意識を置いて2本目走り、それで修正出来たのか、感覚はどい変わったのか、きちんと進んだのかを判断しなければいけないと。
指導者がいない中で取り組むというのは難しいですが、それなりに意味はあると思いますね。数年前なら出来なかったと思います。私自身が「自分がいなければきちんとできない」というような変な感覚がありました。実際に出来なかったと思います。そういう意味でチームとして成熟してきているのではないかと思います。
一時的に良い選手がいて結果が出ても「チーム」として育てていかなければ、いなくなった時に元に戻ります。きちんと積み重ねていかなければいけないと感じますね。
まだまだですが、少しずつ前に進んでいきたいですね。ある程度は感覚が分かってきたようです。慢心せずに取り組んでいきます。
練習が終わってから連絡をとって走りがどうだったか、感覚的なモノを少し確認するようにしています。選手は面倒かもしれませんがきちんと確認しておかなければ、次の段階には進めないと。
そな中で「自分としてはかなり進んだ感覚があるのだが、○○が出来ていないと指摘された」という話が数度出ました。難しい部分ですが今の段階では「進む感覚」が大切だと思います。「身体が起きる」「膝が出ない」というのは「理想の形」と比べてではないかと感じています。今大切なのは「個人内の変化」です。誰かと比較してどうこうというのではなく、「出来ていなかった動きに意識が置けるかどうか」「少しずつ動きに変化があるか」「修正する事で進む感覚があるか」が重要だと。
どうしても「~が出来ていない」という見方をします。まー当然です。私もそういう見方をします。が、逆の部分もしっかりと見ていかなければいけないと思います。「~が出来るようになった」という部分ですね。1本目と2本目を見てポイントを意識させる事でどれだけ修正出来たか?そこが変わる事で「感覚」はどう変わったか?ここが重要だと思いますね。すぐに変わるモノではないから何度も何度も繰り返します。「意識する」「強制的に作り出す」を合わせながらやらなければいけない。ここは相反するような感じがしますが、大切な部分だと思います。
ドリルというのは「分習法」として位置付けられます。全体的な動きをいきなり意識できないので各曲面に分けて意識させる。もちろん上手くいかないパターンでは「分習」が独立してしまって上手くかみ合わないからです。これでは意味がない。エッセンスを抜き出しながらもどうやってつなげていくか。
今回の練習では「自分」と「他の者」の差があったようです。最終的には「感覚の変化」を重視させました。「100」か「0」かではなく、「20」が「40」になっただけでも今の段階では十分だと。今の時期にいきなり「100」にはならないでしょう。繰り返していきながら完成度を高めたいですね。
指導者がいない中でやっていくというのはやはり大変だと感じましたね。周りからの情報に左右されてしまい、自分のやろうとしている事が分からなくなってしまう。だからきちんと「自分がやろうとしている事」を自分自身が理解して、そこがどう変わったかを見てもらう必要があります。「出来ていない」と指摘された部分に意識を置いて2本目走り、それで修正出来たのか、感覚はどい変わったのか、きちんと進んだのかを判断しなければいけないと。
指導者がいない中で取り組むというのは難しいですが、それなりに意味はあると思いますね。数年前なら出来なかったと思います。私自身が「自分がいなければきちんとできない」というような変な感覚がありました。実際に出来なかったと思います。そういう意味でチームとして成熟してきているのではないかと思います。
一時的に良い選手がいて結果が出ても「チーム」として育てていかなければ、いなくなった時に元に戻ります。きちんと積み重ねていかなければいけないと感じますね。
まだまだですが、少しずつ前に進んでいきたいですね。ある程度は感覚が分かってきたようです。慢心せずに取り組んでいきます。