天皇や皇族による社会福祉(慈善)活動は、第2次世界大戦前については、
多くの研究があるようですが、戦後の活動についてはどうなのでしょうか。
美智子妃の発言に「行政による経済的支えに対して、私たちは国民の精神的支えになれれば」とあった。
(NHKスペシャル「象徴天皇 素顔の記録」)
平成天皇が、どのような考えを持ち、人生を歩まれて来たか、私に知る由はありませんが、
番組を観た中で納得できることがありました。
それは、人間として生きていく上で多くの制約がありながら、その中で最善を尽くすことを
心がけておられるということです。
最善とは、文字通り「最も善きこと」で、一本、筋を通されていると感じました。
私自身、天皇制度自体は、まだまだ改革が必要と考えています。
制度と個人を、分けられるわけではないのですが、制度を少し脇において、テレビ放映を見ました。
現天皇は、戦後まもなく、昭和天皇の名代として、英国エリザベス女王戴冠式に出席します。
英国はオランダと並び、日本軍の戦争中の捕虜虐待に対して厳しい目を持っていました。
その中での渡英は若き皇太子には、精神的に大きな負担があったはずです。
それは、昭和天皇が1970年代にオランダに訪問した時の反対運動でもわかります。
英国民とオランダ国民は、戦後20年を経ても天皇家を許してはいなかったのです。
私自身、1990年代の2月、豪州訪問を何度かしたのですが、この2月は1942年
日本軍に多くの豪州軍の兵士が殺された月であり、追悼の式典がある月です。
訪れている私たちも日本人の一人であることが負担になったものです。
ですから、1950年代の英国訪問は、当時の皇太子には厳しいことだったに違いありません。
1959年、正田美智子さんと結婚し「生涯の同志」を得た皇太子は、
70年代に沖縄への慰霊の旅(沖縄海洋博参加)に出るわけですが、当時の沖縄は天皇家(制度)に
対する怒りがいまだ強く、万が一の事態さえ予測されましたし、事実不測の事態が起こりました。
平成の時代になり、新たに天皇となってからは、自らの公務に対する原理を、
「先の大戦の被害者の慰霊と新たな災害の被害者への支援と祈り」に定めてように思われます。
ですから、2年前に岡山国体への公務訪問にも、長島愛生園の訪問を同時に行っています。
天皇夫妻の訪問の効果には、驚くべきものがあります。
社会福祉の研究者には、挑戦してもらいたいテーマがここにありますが、歴史的な洞察も必要です。
とても困難な課題なのでしょうか。
※写真は平安神宮
多くの研究があるようですが、戦後の活動についてはどうなのでしょうか。
美智子妃の発言に「行政による経済的支えに対して、私たちは国民の精神的支えになれれば」とあった。
(NHKスペシャル「象徴天皇 素顔の記録」)
平成天皇が、どのような考えを持ち、人生を歩まれて来たか、私に知る由はありませんが、
番組を観た中で納得できることがありました。
それは、人間として生きていく上で多くの制約がありながら、その中で最善を尽くすことを
心がけておられるということです。
最善とは、文字通り「最も善きこと」で、一本、筋を通されていると感じました。
私自身、天皇制度自体は、まだまだ改革が必要と考えています。
制度と個人を、分けられるわけではないのですが、制度を少し脇において、テレビ放映を見ました。
現天皇は、戦後まもなく、昭和天皇の名代として、英国エリザベス女王戴冠式に出席します。
英国はオランダと並び、日本軍の戦争中の捕虜虐待に対して厳しい目を持っていました。
その中での渡英は若き皇太子には、精神的に大きな負担があったはずです。
それは、昭和天皇が1970年代にオランダに訪問した時の反対運動でもわかります。
英国民とオランダ国民は、戦後20年を経ても天皇家を許してはいなかったのです。
私自身、1990年代の2月、豪州訪問を何度かしたのですが、この2月は1942年
日本軍に多くの豪州軍の兵士が殺された月であり、追悼の式典がある月です。
訪れている私たちも日本人の一人であることが負担になったものです。
ですから、1950年代の英国訪問は、当時の皇太子には厳しいことだったに違いありません。
1959年、正田美智子さんと結婚し「生涯の同志」を得た皇太子は、
70年代に沖縄への慰霊の旅(沖縄海洋博参加)に出るわけですが、当時の沖縄は天皇家(制度)に
対する怒りがいまだ強く、万が一の事態さえ予測されましたし、事実不測の事態が起こりました。
平成の時代になり、新たに天皇となってからは、自らの公務に対する原理を、
「先の大戦の被害者の慰霊と新たな災害の被害者への支援と祈り」に定めてように思われます。
ですから、2年前に岡山国体への公務訪問にも、長島愛生園の訪問を同時に行っています。
天皇夫妻の訪問の効果には、驚くべきものがあります。
社会福祉の研究者には、挑戦してもらいたいテーマがここにありますが、歴史的な洞察も必要です。
とても困難な課題なのでしょうか。
※写真は平安神宮