釧路には「釧路港おもてなし倶楽部」という団体があります。
この団体、事務局は釧路市の水産港湾空港部にありますが、釧路港に入港するクルーズ客船の乗船客やクルーを暖かく歓迎し、市民との交流を促進するために、入港情報やイベント情報等を広く市民に発信しています。
その活動は市職員だけではなく、開発局の港湾事務所や一般のボランティア市民などの協力の下で、出迎えやボランティアガイドなどを行っているのです。
今日は、そんな活動にずっと協力してくれた国の港湾建設事務所長のHさんがやはり人事異動で釧路を離れるというので、「おもてなし倶楽部」として私とH所長の二人を囲んでの送別会を催してくれたのです。
H君はまだ40代前半ですが、市民中心のおもてなし倶楽部にもしょっちゅう顔を出し、得意の英語で外国人クルーズ客のガイドをしたりと大活躍。
人懐こくて、港以外のイベントにも随分顔を出して、地元の人気者になっていました。
実によく地域に融け込んだ立派な活動の成果です。
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国や道の役人さんたちは、大体2~3年の間赴任してはまた転勤してゆくという生活が当たり前になっています。
そしてこれは今回の拙著の中でも書いた話題ですが、赴任先での生き方には二通りのものがあります。
一つは、「どうせ2~3年くらいなものだから、ここはあきらめて目立つことはせずに早く戻れるように祈る」というもので、もう一つは、「どうせ2~3年しかいられないのだから、思い切りあちこちを巡って会える人には全部会って、見識を深め経験を数多くして、人間力を鍛える」という生き方。
このどちらの生き方を選択するかは、個人の資質に負うところが多いのですが、H所長が後者の生き方を選んできたのは明らかです。
何よりも、共に同じ活動をしたことでいなくなるのが寂しいとして、送別会を開いてくれるというのがその証。
普通の転勤族だったらこういうことはあまり聞きません。せいぜい馴染みの飲み屋さんに挨拶して終り、というところではないでしょうか。
赴任先を去る時に、「寂しいですね」と言ってくれる人がいるということは転勤族にとっての勲章です。
もちろん地位や立場があれば、それは大いに割り引かれなくてはいけませんが、それでも「魂が触れあえた」思いを共有できる人に、一人でも多く会って話をしてみたいものです。
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そしてこのことは、地元民である人たちにも同じことです。
転勤という大きな刺激がなくたって、知らない人にできるだけ会って知っている人にするという終りのない生涯学習的生き方を頑張って貫いてほしいものです。
知っている人が多いという事は、社会のネットワークが強固だという事です。
それは情報伝達や共感の波を伝えるための見えないインフラになるのですから、この努力を忘れずにいてほしいと思います。
まちづくりはまずわが身から。
生き方ひとつで、今生の命の燃やし甲斐が変わりますよ。
H所長、お疲れ様でした。おもてなし倶楽部の皆さん、ありがとうございました。