権力とメディアの闇を鋭く描く藤井道人監督の映画「新聞記者」がヒットしている。日本には珍しい政治的サスペンス映画であり、安倍政権下で起こった数々の出来事(を思わせるもの)が連続して描かれている。しかし政権批判のノンフィクション・ドラマではなく、純然たるフィクションである。後半は主人公二人の人生の選択に焦点が当てられる。この映画をどう評価するべきだろうか。
僕の見るところ、まずまず面白く見られるサスペンス映画だと思う。だが、この後で書くようにいくつかの疑問もある。大傑作というほどの出来映えじゃなかったと思う。政治的スタンスから評価をかさ上げして見るなら別だが、話題先行かもしれない。僕はこの映画を超える企画を望みたいと思う。公開後2週にわたって興業収入10位に入るヒットを記録している。連休中だったこともあり、僕の見た映画館も朝から満席だった。このような映画に需要があることが示されたのは良かった。
宣伝コピーを引用すると、「新聞記者」とはこんな映画。
東都新聞記者・吉岡(シム・ウンギョン)のもとに、 大学新設計画に関する極秘情報が匿名FAXで届いた。 日本人の父と韓国人の母のもとアメリカで育ち、 ある思いを秘めて日本の新聞社で働いている彼女は、 真相を究明すべく調査をはじめる。 一方、内閣情報調査室官僚・杉原(松坂桃李)は葛藤していた。「国民に尽くす」という信念とは裏腹に、与えられた任務は現政権に不都合なニュースのコントロール。愛する妻の出産が迫ったある日彼は、久々に尊敬する昔の上司・神崎と再会するのだが、その数日後、神崎はビルの屋上から身を投げてしまう。真実に迫ろうともがく若き新聞記者。「闇」の存在に気付き、選択を迫られるエリート官僚。二人の人生が交差するとき、衝撃の事実が明らかになる!
主演の官僚、松坂桃李が素晴らしい。去年の「孤狼の血」など近年の充実ぶりには目が離せない。一方、記者側には韓国のシム・ウンギョンを起用した。日本人の有名女優をキャスティングすると、観客が恋愛描写を期待してしまうからだという。吉岡エリカは母が韓国人で米国育ちという設定だから、日本語が多少不自由でもやむを得ないと思えるかどうか。最初の頃は記者としては多少違和感がある。シム・ウンギョン(1994~)って誰だっけと調べると、ドラマ「ファンジニ」の子役などで有名となり、映画「サニー 永遠の仲間たち」主演者の高校生時代、「怪しい彼女」の若返った姿などを演じた。そう言われると思い出すが、なかなかの演技派ぶりを発揮している。
(主演の二人)
僕には前半の東都新聞のシーンが手持ちカメラで揺れるのが困った。最近はデジタルカメラの性能がいいから、手持ちカメラの映像が多い。昔は大丈夫だったけど、年を取ってきたら映像酔いするのだ。後半はほとんど固定されているから、これは新聞社の覚悟、スタンスを象徴的に描いているのかもしれない。それより問題だと思ったのは、この映画の原案者である東京新聞の望月衣塑子記者や加計学園問題で発言が注目された元文部科学次官の前川喜平氏が映画内に実際に出ていることである。主人公が見ているテレビに彼らが討論会をしているところが映るのだ。「日本の危うさ」を示すときに、主人公が自らの体験や思考でたどり着くのではなく、画面の外部から解説されてしまうのである。
(望月記者と前川氏)
僕は望月氏や前川氏は大切なことを語っていると思うけれど、だからといって劇映画でこれはないだろうと思った。これじゃ映画は原作の「絵解き」になってしまう。全体的にも「いかにも」的な進行が残念なのである。近年のアメリカ映画では「スポットライト」や「ペンタゴン・ペーパーズ」のような現実の新聞をモデルにした傑作映画が評判になった。大昔の日本には「暴力の街」(1950、山本薩夫監督)や「黒い潮」(1954、山村聡監督)など政治的テーマで新聞社を描く映画があった。しかし、その後は「誘拐報道」(1982、伊藤俊也監督)や「クライマーズ・ハイ」(2008、原田眞人監督)など、新聞社が描かれても社会部が多い。現実に「闘う新聞社」がないから、ノンフィクション・ドラマが作れないのか。
ただこの映画が貴重だと思うのは、「内調」(内閣情報調査室)が正面から描かれていることだ。謎が多く、マスコミでもほとんど触れられない「内調」だが、CIAのカウンターパートとされる重要なインテリジェンス組織である。安倍内閣で「国家安全保障会議」が発足し、「情報」部門の重要性が政権内で高まっているとされる。かつて内閣情報調査室長、初代内閣情報官(どっちも内調のトップ)を務めた杉田和博氏が、安倍内閣発足時よりずっと内閣官房副長官を務めている。杉田氏は2017年8月からは、なんと内閣人事局長を兼務している。警察官僚で公安畑出身の杉田氏が安倍内閣の情報と人事のトップを握っている。この杉田氏の存在こそが、安倍内閣の方向性を示唆している。
「新聞記者」ではなんだか「外務官僚」である杉原が飛ばされてイヤイヤ仕事しているような感じだが、そうじゃないだろう。インテリジェンスをめぐって、警察官僚と外務官僚の考え方の差があるんだと思う。杉原だって、「国民に尽くす」理想的な官僚ではなく、神崎も含めて、中国に関するインテリジェンスが専門だと考えられる。公安警察的な「国民監視」的な発想になじめない杉原にしても、インテリジェンスの重要性は認めているだろう。むしろ専門である「中国」や「北朝鮮」情報の仕事に戻りたいんだろうと思って見た。本当はそこら辺まで背景を描いて欲しかった。
それにしても上司である多田(田中哲司)の不気味さ。「子どもが生まれるんだってな」とそれとなく、家族を絡めてくる。出産祝いをさりげなく手渡す。この「パワハラ」寸前のねちっこい上司を、田中哲司が見事な存在感で演じている。状況は違えど、こういうタイプには人生で何度か出会うことになる。それが日本社会で働くということだ。最後に、「神崎の思い」とは何だったのだろうか。僕は「日本の軍事国家化を許してはならない」ということだと考える。それを吉岡記者や杉原が、あるいは我々が引き継いでいけるだろうか。それが一番大切なことで、声を大にして語り続けないといけない。
僕の見るところ、まずまず面白く見られるサスペンス映画だと思う。だが、この後で書くようにいくつかの疑問もある。大傑作というほどの出来映えじゃなかったと思う。政治的スタンスから評価をかさ上げして見るなら別だが、話題先行かもしれない。僕はこの映画を超える企画を望みたいと思う。公開後2週にわたって興業収入10位に入るヒットを記録している。連休中だったこともあり、僕の見た映画館も朝から満席だった。このような映画に需要があることが示されたのは良かった。
宣伝コピーを引用すると、「新聞記者」とはこんな映画。
東都新聞記者・吉岡(シム・ウンギョン)のもとに、 大学新設計画に関する極秘情報が匿名FAXで届いた。 日本人の父と韓国人の母のもとアメリカで育ち、 ある思いを秘めて日本の新聞社で働いている彼女は、 真相を究明すべく調査をはじめる。 一方、内閣情報調査室官僚・杉原(松坂桃李)は葛藤していた。「国民に尽くす」という信念とは裏腹に、与えられた任務は現政権に不都合なニュースのコントロール。愛する妻の出産が迫ったある日彼は、久々に尊敬する昔の上司・神崎と再会するのだが、その数日後、神崎はビルの屋上から身を投げてしまう。真実に迫ろうともがく若き新聞記者。「闇」の存在に気付き、選択を迫られるエリート官僚。二人の人生が交差するとき、衝撃の事実が明らかになる!
主演の官僚、松坂桃李が素晴らしい。去年の「孤狼の血」など近年の充実ぶりには目が離せない。一方、記者側には韓国のシム・ウンギョンを起用した。日本人の有名女優をキャスティングすると、観客が恋愛描写を期待してしまうからだという。吉岡エリカは母が韓国人で米国育ちという設定だから、日本語が多少不自由でもやむを得ないと思えるかどうか。最初の頃は記者としては多少違和感がある。シム・ウンギョン(1994~)って誰だっけと調べると、ドラマ「ファンジニ」の子役などで有名となり、映画「サニー 永遠の仲間たち」主演者の高校生時代、「怪しい彼女」の若返った姿などを演じた。そう言われると思い出すが、なかなかの演技派ぶりを発揮している。
(主演の二人)
僕には前半の東都新聞のシーンが手持ちカメラで揺れるのが困った。最近はデジタルカメラの性能がいいから、手持ちカメラの映像が多い。昔は大丈夫だったけど、年を取ってきたら映像酔いするのだ。後半はほとんど固定されているから、これは新聞社の覚悟、スタンスを象徴的に描いているのかもしれない。それより問題だと思ったのは、この映画の原案者である東京新聞の望月衣塑子記者や加計学園問題で発言が注目された元文部科学次官の前川喜平氏が映画内に実際に出ていることである。主人公が見ているテレビに彼らが討論会をしているところが映るのだ。「日本の危うさ」を示すときに、主人公が自らの体験や思考でたどり着くのではなく、画面の外部から解説されてしまうのである。
(望月記者と前川氏)
僕は望月氏や前川氏は大切なことを語っていると思うけれど、だからといって劇映画でこれはないだろうと思った。これじゃ映画は原作の「絵解き」になってしまう。全体的にも「いかにも」的な進行が残念なのである。近年のアメリカ映画では「スポットライト」や「ペンタゴン・ペーパーズ」のような現実の新聞をモデルにした傑作映画が評判になった。大昔の日本には「暴力の街」(1950、山本薩夫監督)や「黒い潮」(1954、山村聡監督)など政治的テーマで新聞社を描く映画があった。しかし、その後は「誘拐報道」(1982、伊藤俊也監督)や「クライマーズ・ハイ」(2008、原田眞人監督)など、新聞社が描かれても社会部が多い。現実に「闘う新聞社」がないから、ノンフィクション・ドラマが作れないのか。
ただこの映画が貴重だと思うのは、「内調」(内閣情報調査室)が正面から描かれていることだ。謎が多く、マスコミでもほとんど触れられない「内調」だが、CIAのカウンターパートとされる重要なインテリジェンス組織である。安倍内閣で「国家安全保障会議」が発足し、「情報」部門の重要性が政権内で高まっているとされる。かつて内閣情報調査室長、初代内閣情報官(どっちも内調のトップ)を務めた杉田和博氏が、安倍内閣発足時よりずっと内閣官房副長官を務めている。杉田氏は2017年8月からは、なんと内閣人事局長を兼務している。警察官僚で公安畑出身の杉田氏が安倍内閣の情報と人事のトップを握っている。この杉田氏の存在こそが、安倍内閣の方向性を示唆している。
「新聞記者」ではなんだか「外務官僚」である杉原が飛ばされてイヤイヤ仕事しているような感じだが、そうじゃないだろう。インテリジェンスをめぐって、警察官僚と外務官僚の考え方の差があるんだと思う。杉原だって、「国民に尽くす」理想的な官僚ではなく、神崎も含めて、中国に関するインテリジェンスが専門だと考えられる。公安警察的な「国民監視」的な発想になじめない杉原にしても、インテリジェンスの重要性は認めているだろう。むしろ専門である「中国」や「北朝鮮」情報の仕事に戻りたいんだろうと思って見た。本当はそこら辺まで背景を描いて欲しかった。
それにしても上司である多田(田中哲司)の不気味さ。「子どもが生まれるんだってな」とそれとなく、家族を絡めてくる。出産祝いをさりげなく手渡す。この「パワハラ」寸前のねちっこい上司を、田中哲司が見事な存在感で演じている。状況は違えど、こういうタイプには人生で何度か出会うことになる。それが日本社会で働くということだ。最後に、「神崎の思い」とは何だったのだろうか。僕は「日本の軍事国家化を許してはならない」ということだと考える。それを吉岡記者や杉原が、あるいは我々が引き継いでいけるだろうか。それが一番大切なことで、声を大にして語り続けないといけない。