尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ポーランドの傑作映画「COLD WAR あの歌、2つの心」

2019年07月17日 22時50分16秒 |  〃  (新作外国映画)
 ポーランド映画「COLD WAR あの歌、2つの心」は最近一番心動かされた映画だ。2018年のカンヌ映画祭で監督賞を受賞し、2019年のアカデミー賞で監督賞、外国語映画賞、撮影賞にノミネートされた。アカデミー外国語映画賞を受賞した「イーダ」(2013)のパヴェウ・パヴリコフスキ(Pawel Pawlikowski、1957~)の新作。前作と同じく今どき珍しいモノクロ映画だが、映像のあまりの美しさに魅惑された。「冷戦」に引き裂かれた恋人たちの運命を静かに見つめてゆく。しかしテーマの奥深さに対し、上映時間わずか85分だ。観客に事細かに説明せず、小さな声で歴史を語る。その姿勢に僕は感動した。

 冒頭は1949年。ポーランドの農村地帯を巡りながら伝統的な民謡を集める人々がいる。かつてアメリカのアパラチア地方に残る民謡を集めて回る「歌追い人」(Songcatcher、2000)という映画があった。また中国のチェン・カイコーの出世作「黄色い大地」(1984)では、日中戦争下に黄河一帯に残る民謡を集めて回る八路軍兵士がいた。そういうことを思い出しながら見ていると、その中から優れた歌手やダンサーを見つけ出し、民族歌舞団を創る工作だった。そして、それは成功し党幹部も評価する成果を挙げた。幹部はさらに民謡だけじゃなく、最高指導者を歌ってはと述べる。

 この最高指導者というのは、もちろんソ連のスターリンのことである。ポーランドにドイツが侵攻したことで第二次世界大戦が始まったわけだが、ポーランドはソ連軍によって解放された。そのためポーランドの処遇は戦後非常にもめたが、結局ポーランド統一労働者党の独裁国家となった。世界的に「社会主義国家」では「人民の伝統的文化」を掲げた歌や踊りの団体がよく作られた。それらは「西側」諸国でも公演し、文化発揚と外貨獲得の貴重な手段になっていた。日本でも赤軍合唱団(ソ連)や金剛山歌劇団などが知られている。この映画でも、東ベルリンやモスクワにも行けると語っている。

 合唱団でピアニストをしているヴィクトル(トマシュ・コット)は、最初からズーラヨアンナ・クーリク)の才能に魅了されていた。しかし彼女は「問題」を抱えていた。父親を殺害(?)して執行猶予中だという。事情はともかく歌の才能があるズーラは採用されて、合唱団でも中心となる活躍をする。いつのまにか、二人は愛し合うようになっていた。そして合唱団は東ベルリンの公演に出かける。これが1952年。ヴィクトルは東ベルリンで西へ亡命することを決意し、ズーラにも一緒に来て欲しいと言う。しかし、ズーラは約束の時間に現れなかった。

 ヴィクトルはパリへ行って、ジャズクラブでピアニストをしている。何とか音楽業界で生きているようだが、ズーラがいない。ユーゴスラヴィア公演があると知り、彼はクロアチアまで訪ねてゆく。舞台のズーラは客席のヴィクトルを見て動揺する。終演後に再会するが、警察がヴィクトルをパリへ送り返してしまう。(ポーランド政府は送還を主張したが、ユーゴはパリへ帰すと言っている。社会主義国ながらソ連圏から脱していた微妙な情勢を反映している。)そして1957年。今度はズーラがパリへやってくる。イタリア人と結婚して、合法的に出国したのだという。二人の愛は再び燃え上がり、ともに暮らし始めるが…。ヴィクトルはズーラのレコードを作るけれど、異国でズーラの心は晴れない。

 ズーラは突然ポーランドに戻ってしまい、ヴィクトルは合唱団に国際電話までするが行方不明と言われる。次の再会はポーランドの獄中での面会だった。ズーラを探すため、あえてポーランドに帰国したヴィクトルはスパイ罪に問われて懲役15年を宣告されたのである。ズーラは「何としてでも出してあげる」と言い残して去る。そして1964年。ようやく出獄できたヴィクトルは、ズーラの歌を聞きに行くが、そこで観客はヴィクトルが何故早期に出獄できたのかを悟る。そして二人は再会して、田舎の教会跡を訪ねて行くが…。突然のように映画は終わるが、ラストのクレジットにグレン・グールドの「ゴルトベルク変奏曲」(バッハ)が流れるとき、あまりにも悲しい結末に深い余韻が全身を満たしてゆく。

 「イーダ」もいい映画だったけど、ここでは書かなかった。モノクロの地味な映画で、これも小さな声で語られた映画だった。同じく唐突に終わってしまい、僕ももう少し説明があってもいいんじゃないかと思った。でも「イーダ」の感触は今もよく覚えている。「省略」のマジックである。そういう技法と知っているから、今度の「COLD WAR」は戸惑わない。むしろ東西を隔てて語り尽くせない哀しみが、歌に託されて心に響く。何度もリフレインされるポーランドの民謡が二人の運命を語っていた。

 僕が思い出したのは「浮雲」(林芙美子原作、成瀬巳喜男監督)や「秋津温泉」(藤原審爾原作、吉田喜重監督)である。戦争と戦後を引きずって、何度も何度も出会い直しては別れる「愛の神話」あるいは「腐れ縁」の物語である。深く心に残る真実の物語だった。
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