尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

奇書「瑠璃玉の耳輪」ー津原泰水を発見せよ④

2019年07月21日 23時59分38秒 | 本 (日本文学)
 「原案/尾崎翠」(おざき・みどり)と書かれている津原泰水の「瑠璃玉の耳輪」(2010)という小説がある。刊行当時の「このミステリーがすごい」で18位に入っているけど、完全に忘れていた。2013年に河出文庫に入っているのを今回発見したんだけど、なかなか奇想の擬古的「探偵小説」で、こんなのがあったのかとビックリした。津原泰水はまだ読んでない本が何冊もあって、「発見」が続きそうだ。

 「擬古的」と書いたのは、舞台となった1928年(昭和2年)当時を再現するような文章で書かれているということだ。大体「プロログ」「エピログ」という目次がもう古めかしい。横浜中華街と言わずに、「南京町」と書かれる。そこには「売笑婦」がいて「阿片窟」がある。「見世物一座の女芸人」、「女掏摸」(すり)、「変態性欲の炭鉱主」、「放蕩の貴公子」…そして「東京探偵社」の「女探偵」とくる。もう江戸川乱歩か、それとも夢野久作久生十蘭だろうかという、夢のような昔の大ロマンなのである。

 どうしてそうなるかと言えば、「尾崎翠原案」に理由がある。尾崎翠(1896~1971)は戦前に新進作家と期待されたが、心身の変調で鳥取に帰省し文学活動は沈黙ぜざるを得なかった。70年代頃から再評価が進み、代表作「第七官界彷徨」などの独自な感性が注目された。今はちくま文庫や岩波文庫に収録されていて簡単に読める。この「瑠璃色の耳輪」は、阪東妻三郎プロダクションの脚本募集に応じた脚本だそうだ。結果的に映画化されなかったが、手元に残されていて全集に入った。それを当時の雰囲気を残した物語として作り直したのが本書である。

 熱海の緑洋ホテルに櫻小路伯爵一家が滞在している。岡田検事一家も滞在していて、女探偵として有名な岡田明子は櫻小路家の放蕩息子公博に魅惑された。だが彼は偶然見かけた謎の洋館の美女に心奪われてしまった。一方、東京に戻ると岡田明子名指しで、「瑠璃玉の耳輪」をした三姉妹を見つけて欲しいという依頼を受けた。依頼主も謎めいていて、探す理由も説明されない。しかも見つけた少女たちは一年後に連れてきて欲しいという。「瑠璃玉の耳輪」は父親が昔取れないように取り付けたものだという。左耳に瑠璃玉がはまった白金のピアスのようなものをしているらしい。

 岡田明子は熱海から帰路に、公博が南京町で入り浸っている美女がいて、それが耳輪をしているという噂話を聞いていた。女の格好では潜入できないので、明子は男装して「岡田明夫」として潜入する。ところがやがて「明夫」は自立的に活動する「もう一つの人格」になってゆく。単なる探偵ものというよりも、揺れ動くセクシャリティが時代を超えている。というか、もちろん現代の小説なんだけど、そこら辺のムードは原案にあったらしい。(未読だが。)そして幻覚に苦しむ描写も出てくるが、それはその頃評判だったドイツ映画「カリガリ博士」の影響らしい。幻覚、多重人格など、複雑怪奇極まる。

 そしてラスト、見つかった三姉妹の耳輪はいかにして外れるのか。それはあっと驚く仕掛けである。そして耳輪は何を意味したのか。それこそ世界平和を揺るがす秘密があり、櫻小路伯爵一家の絡んだ大陰謀だったのである。ということで最後は一応の大団円に収まるけれど、この話は一体なんなんだろうか。それは文庫の最後にある「尾崎翠フォーラム」での著者の講演に示唆されている。津原氏によれば、この物語は「南総里見八犬伝」に対応するのだという。なんで千葉の話が鳥取の人がと思うと、実は安房里見家は江戸時代初期に鳥取県倉吉市に移され跡継ぎが無く改易された歴史があった。鳥取県民にとって八犬伝は身近だったというのである。詳しいことは直接。
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