尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「MEMORIA メモリア」、アピチャッポン・ウィーラセタクンの新作

2022年03月20日 20時54分14秒 |  〃  (新作外国映画)
 香月泰男の絵を見て「判らない」と書いたけれど、その前に見ていた「MEMORIA メモリア」という映画も判らない映画だった。これはタイの名匠、というか映画という枠に収まらない現代アーティストであるアピチャッポン・ウィーラセタクンが南米のコロンビアで撮影した新作映画である。2021年のカンヌ映画祭で審査員賞を受賞したが、これはカンヌで4回目の受賞になる。(2010年の「ブンミおじさんの森」は最高賞のパルムドールを獲得した。4月にデジタル版が上映される。)彼の映画はいつもよく判らない。でも判らないから見たくないのではなく、夢のような懐かしさで魅了されるのである。

 今度の「メモリア」はどんな映画かというと、映画館のサイトには以下のように出ている。「地球の核が震えるような、不穏な【】が頭の中で轟く―。とある明け方、その【音】に襲われて以来、ジェシカは不眠症を患うようになる。妹を見舞った病院で知り合った考古学者アグネスを訪ね、人骨の発掘現場を訪れたジェシカは、やがて小さな村に行きつく。川沿いで魚の鱗取りをしているエルナンという男に出会い、彼と記憶について語り合ううちに、ジェシカは今までにない感覚に襲われる。」
(ジェシカは「音」を探る)
 突然の爆発音に驚くけれど、それは頭の中で起こっている症状なのである。監督自身が体験したというが、そんな病気がホントにあるのか。と思うとウィキペディアにも「頭内爆発音症候群」(Exploding head syndrome)という項目がちゃんとある。「寝入る直前や目覚めた直後に短時間の大きな幻聴が発生する状態のこと。不規則に発生し、通常痛みなどの深刻な健康問題は無いものの、閃光が見えるなどといった一時的な視覚障害が発生する場合がある」と書かれている。原因は不明で治療方法も未確立。テレビニュースでは、ウクライナに響く砲撃音が報じられている。あれが頭の中で起きるのから、本人は不安で仕方ないだろう。

 ジェシカを演じているのは、2007年に「フィクサー」でアカデミー賞助演女優賞を獲得したティルダ・スウィントン。最近ではウェス・アンダーソン「フレンチ・ディスパッチ」で獄中の天才美術家を見いだす批評家J.K.L.ベレンセンをやっていた。この映画は設定がよく判らないのだが、冒頭では入院している姉を見舞うためにボゴダ(コロンビアの首都)に来ていて、朝方に爆発音を聞く。彼女はその音を再現したいと思って、音響技師を訪れ様々な音を聞く。その技師はエルナンと言ったが、別の日にはそんな人はいないと言われる。その後、病院で考古学者アニエスと知り合い、古人骨の発掘現場を訪れ、そこからさまよって行くと魚のうろこ取りをしているエルナンという男にあう。
(エルナンに出会う)
 こういう風に書いていても、実は何も伝わらない。いつものアピチャッポン映画と同じく、ストーリーを語る映画ではないからだ。そこには夢のような世界が広がっていて、合理的な起承転結は存在しない。見るものはどうしてもストーリーを探して見てしまうから、彼の映画は判りにくいと感じる。僕も最初に「真昼の不思議な物体」(2000)や「トロピカル・マラディ」(2004)を見た時には、全然判らないから失敗作だと思った。その後に「ブンミおじさんの森」「世紀の光」「光りの墓」と見てきて、だんだん慣れてきたのである。判らないけどクセになるのが、アピチャッポン・ウィーラセタクンである。
(アピチャッポン・ウィーラセタクン)
 アピチャッポン・ウィーラセタクン(1970~、Apichatpong Weerasethakul)の英語表記を引用したが、当初は日本語表記も揺れていた。今は一応上記のようになっているが、ウィキペディアは「アピチャートポン」としている。アメリカに留学し、シカゴ美術館附属美術大学で、美術・映画製作の修士となった。タイの土着的な精神世界を描いているが、現代アートを学んだことが前提なのである。我々は彼の映画を通して、東南アジアのアニミズム的な世界観に接して、生者と死者が同居する不思議な世界を旅する。今回の「メモリア」では前世の記憶みたいな話になるが、南米という新たな土地もやはり現世を越えるような不思議な世界である。それでも全く違和感がないのは、ともに熱帯雨林が広がる風土だからだろうか。

 世の中には「よくわかるもの」が氾濫しているが、それは「すぐに忘れるもの」でもある。いつまでも残るのは、むしろ見た時に違和感を感じる「わかりにくさ」ではないか。アートだけでなく、政治や経済でも極端に短絡的な「わかりやすさ」は警戒した方がいい。世の中にはなんだか理解しにくいものが存在していて、そういう中に世界を見るためのヒントがある。
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