星のひとかけ

文学、音楽、アート、、etc.
好きなもののこと すこしずつ…

ずっと…

2018-04-09 | アートにまつわるあれこれ
日曜日、、 六本木のミッドタウンへ行く用事があったので、 ちょうど今 FUJIFILM SQUARE で開催されている 「昭和が生んだ写真・怪物 時代を語る林忠彦の仕事」写真展を見ました。



、、私は文学部大学だったにもかかわらず 文壇の人物関係など全く疎いのですが、 この太宰治先生のフォトは有名ですね。 銀座の文壇バー「ルパン」でくつろぐ姿。 チラシでは分かりにくいですが、 瞳がきらきらしてて本当に楽し気に見えます。 太宰は《文壇》を愛した人だったのでしょうね。。

この写真は縦長にトリミングされていて、 元はこの右側の人物と語らっていたのですね、 そのオリジナル写真がありました。 その作家さんの姿も…

他に、 終戦後の昭和21年~25年くらいの東京を写した写真が何点もあって、 とても有名な写真ばかりですから 見覚えのあるものも沢山… 

前に書いた、 椿實作品の中の 終戦直後の都会…、 椿も、 中井英夫も、 三島も、 安部公房も、 吉行淳之介も、、 皆ほとんど同年代で、、 終戦時にはたちそこそこ… という若き日をこの街で送っていたのだな、、 とあらためてそんな眼で写真を見ていました。

 「戦争の記録というものが、そうした指導者たちの回顧やざんげ、もしくは反対に虐げられた兵士や難民の抵抗といった図式ばかりで積みあげられてゆくのも奇妙な話で、大部分の市民たちは、それらの戦史にもかかわりのない地点でただ濁流に押し流され、あらがっていた筈である。戦史には記されない戦争、いわばもうひとつの、まったく別な戦争を生きた人々がほとんどではないのか」

 「…たとえば昭和十九年の八月には、銀座を桃色のワンピースに下駄ばきという女性が平気で闊歩していたし…」

 (いずれも中井英夫「見知らぬ旗」より)

、、という文章を先日読んでいたばかりだったので(前回の日記)、、 林忠彦の写した戦後の街に、 少しそのような 「市民たち」の姿を思いました。 かといって、 その市民たちが「平気」に見えた生命力の逞しさの一方で、、 中井も、 椿も、 生涯「終戦時」の記憶が 筆を執る人生の核(マグマ)みたいなものであり続けたのでしょうから、、 大きな傷痕ではあった筈です。

ボリス・ヴィアンも戦争について語っていました。 1920年生まれのヴィアンは 1940年にはたち、 終戦時に25歳、、 「そのことの意味」についてインタビューで語っていたのを前に読んだ覚えがあります。 だから自分は「笑う(嗤う)」のだと、、 戦争が始まる前に笑っておかなければ、 戦争が起こってからでは笑えませんから… というような。。(今、本を参照してないので間違っていたらすみません)

 ***

フジフィルムスクエアが ミッドタウン六本木にあるので、 写真展のあと 緑あふれるガーデンの方を歩きました。 桜の花はすっかり若葉に変わりましたが、、 色とりどりに花が植えられた花壇、、 遊歩道のまわりの新緑、 高層ビルと青空と白い雲、、 みんなきらきらしていました。





ガーデンの中ほどに、 オープンカフェがあって、、 大きな桜色の風船がいっぱいいっぱい浮んでいて 「何だろう…」と思ったら、 リッツカールトンと「モエ・エ・シャンドン」とのコラボレーションカフェだそうで、、 桜をイメージした素敵なスイーツや モエのロゼや 桜色のカクテルや、、

あまりにも綺麗なのでメニューボードに見とれていたら、、 ウェイターさんが丁寧に説明してくださるので つい誘われて、、 陽射しはありましたが少し風が冷たくて、、 歩いていたらちょっと体も冷えたので 「ホット桜カクテル」を頂きました。 シュークリームには中に大粒のチェリーが入っていてとても美味しかったです。 今度の日曜日までなのですって…



、、 都会の中にも こんな緑の木々がいっぱいのオアシスがたくさんあります。。 それは人工楽園なのかもしれないけれど、、 ビルがひしめく 人々もひしめく都会で 心地良く散歩したり 子供たちが遊んだりできる場所、、 昔より確実に増えて来たと思って…

上野公園も 私が上京した頃には博物館へ行くのも独りでは怖いような場所でしたし、 西新宿もしかり… 、、 でも上野も噴水のまわりで いつも子供連れの家族がお昼を食べている風景に変わって、、 

、、 私は東京が好きです。。 故郷の山々の美しさはずっと記憶にあるけれども、 たぶん生涯都会で暮らしていくと思う、、 私のようなひ弱な人間に生きられる場所は ここ都会なんです。。 人工楽園の中で、 半分 人造人間みたいなあっちこっち手を加えられた自分は 生きていけるんです…(笑




、、 昭和十九年の八月に 桃色のワンピースで銀座を闊歩していた…
たぶん そのひとも都会を愛していたのでしょうね。。 そしてどんなときでも お洒落して今のその季節を生きていたいと…



ずっと ずっと これからも 此処で。。

絵画を読む…:『怖い絵展』上野の森美術館

2017-12-16 | アートにまつわるあれこれ
(12/14)
寒波… 各地で今年一番の冷え込みだそうですね、、

でも風さえ強くなければ、 マイナスでも平気な山っ子なので いまの東京は光も空も樹々も美しくて いちばん好きな季節。。


今朝8時の写真を…









(本文はまた書きますね、、)

   ***

上野の森美術館で開催の 『怖い絵展』へ行って来ました。

もうTVでも(ワイドショーなどでも)話題で、 入場まで3時間待ち、、などという状態が続いていて、、 一体なぜそれほどまでに関心を惹くのか 正直まったく意外な気がしていました。 

だって、、 今回取り上げられている オデュッセウスの神話やセイレーン、 ハーピーやキルケー、 男を破滅させるファム・ファタールの図像、、 ヨカナーンやオルフェウスの断頭の場面、、 これまでにも様々な展覧会でも取り上げられてきたテーマだったのですから。。

『怖い絵展』オフィシャルHP 作品紹介


確かに 日本初公開という 「レディ・ジェーン・グレイの処刑」の大作は貴重な展示に違いないのですけれど、 でもこの大作の展示というだけではここまでの大騒ぎにはならなかったのでしょう、、。 この展覧会のポイントは、、絵画の背景にある意味、恐怖として描かれた文化的、歴史的、社会的、図像的な《意味》をキャプションによって 「絵を読ませる」という企画の成功、だったのでしょうね。

 ***

、、《レディ・ジェーングレイ》は 夏目漱石の短編『倫敦塔』でも描かれている作品で、 前から見てみたいとは思っていたので、 『怖い絵展』を知った時にすぐ前売券を買ったのです、、 だけど、、 こんなに待ち時間や大混雑とあっては いつ見に行ったらいいのか… ずっと悩んでいて、、

東京ドームまでは体調をぜったい崩せない! と思っていたので(そんなに大事なの? 大事なんです、東京ドーム…) 、、 しかし会期は今週末まで、、 悩んだ末 お伴だちが仕事を2,3時間遅刻してくれる… ということになって、 平日朝イチの入場の為に並びました。 (それが冒頭の写真、 幸い真っ青な空と美しい紅葉見れたし…)

、、 ライヴの開場を待つと思えば何のその(←ドームの余韻しつこい・笑)、、 でも最初の入場が出来たので、 まだ展示室の大混雑もなく、 すべての絵を見ることができました。。

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絵画の背景に興味をもって、 絵画と時代のかかわりや、 神話的・文学的な関連を読み取ったりすることは すごく楽しいことだし、、 私自身、 東京で暮らすようになって 大学の公開講座とか市民講座とか行けるようになって、 そこで文学と芸術の関連を 有名な大学の先生がたに教えてもらえて、、 新しい知識にすっごくわくわくした日々を思い出します。。 だから、 今回 「恐怖」という《意味》に焦点をあてて 詳しい解説をつけて構成したのは、 大成功だったのかもしれませんが…

、、 でも、、

正直、 ほとんどの方が《解説》を読んだり、 音声ガイドに聞き入っているので、 絵の前から人が動かない、、 それでますます会場内が大混雑に、、。 お身体のつらい人や杖や車椅子の方では 到底ご覧になれない状況の展示だったと思います。 そういう 《絵画を読む》ことが前提の展示なら、 もう少し何か工夫があっても良かったのでは…と 思ってしまいます。。







「レディ・ジェーン・グレイの処刑」は やはり見応えのある、 そして美しい絵でした。 、、本などではすでに幾度も目にしてきたので、 断頭の血を吸うための敷き藁(この藁の量がとても少ないのも、 残酷さを和らげているような…)、、 首が落ちなかった時のための処刑人が腰に挿した短剣、、 など知ってはいたけれど、、 気づいていなかったのが 白いドレスのジェーングレイのために敷かれた 《豪華なクッション》、、 あの美しく分厚いクッションを見て なにか救われる思いがしました。 、、 石で囲まれた寒々しい倫敦塔の中で 厚さが20センチはあろうかというクッション… 、、 見れば侍女のほうにも赤いクッションがありませんか?(ごめんなさい、フォトには映っていません) 

まるでジェーングレイの身体を暖めるように そっと前へ導く聖職者の図にも 慈悲をこめて描かれているようですし、、 この緑のクッションがとても心に残りました。。

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他にも、 ヘンリー・フューズリの「夢魔」はもちろん、、 エデュアルド・ムンクの作品 「死と乙女」や「森へ」が見れたし、 ジョージ・フレデリック・ワッツの作品が幾つか見られたのも嬉しかった。。

、、 あまりの混雑や待ち時間に鑑賞を断念した方も多かったのでは…? でも、 フューズリも、ムンクも、 ピラネージも、ロップスも、、 わが国立西洋美術館にはちゃんと所蔵されているので 常設展でみることだって出来るんですもの、、

ムンクの「マドンナ」 「ヴァンパイアー」  「ハルピュイア」(いずれも国立西洋美術館より)

、、 「怖さ」、、という点で言ったら、、 あのウィリアム・ウォーターハウスが描く 可憐な瞳の乙女たち、、 「La Belle Dame Sans Merci>>」 や 「Hylas and the Nymphs>>」だって、 あんなに愛らしいのに それはそれは怖い絵ですよね、、


来年は、、 同じ上野の森美術館で、 「フェルメール展」だそうです。 今度は日時指定の入場制なのだそうです、、 早めにチケット用意しないと… また大変。。


、、 でも 朝の上野公園に行けたのは 最大の収穫だったかも、、 混雑のおかげかな…




、、 おはよう 、、  よい週末を。

「沖ノ島」展と 「ベルギー奇想の系譜」展

2017-08-15 | アートにまつわるあれこれ
今年は美術展をわりとたくさん見られて嬉しいな。。

7月の末に、藤原新也写真展「沖ノ島」(日本橋高島屋) 

それから先週末に、 bunkamura ザ・ミュージアムで「ベルギー奇想の系譜」展。 それぞれ tweet のほうにも簡単に載せてしまったので、 こちらは思い出話なども一緒に…

 ***

「沖ノ島」、、この7月に世界遺産に登録されたのですね。 一昨日あたりTVでも見かけました。 でも、TV映像で見ると、 ごく普通に昼間の島と社殿がクリアにきれいに映っていただけで、 写真展で見たような神宿る島のおごそかさ、 森の呼吸みたいなものが 感じられなかった気がします。。




藤原新也さんの写真展は、 いくつか見ています。

渋谷PARCOで 『南島街道』を観たのは93年の夏だったようです。 まだ東京に住んでいなくて、 故郷からこちらの友人に会いに来て一緒に見ました。
それよりも前、 『メメント・モリ』もどこかで見ていたはず… (記憶が曖昧) 95年頃、 駒ヶ根美術館でも見ています(HP>>

「人間は犬に食われるほど自由だ」(メメント・モリ) というガンジス河縁の写真に 解放されました。。 癒される、という語は嫌いでしたあの頃、、 癒えはしないことがわかっているから、、。 癒しではなく、 解き放たれた… のでした。

パルコで南国の島々を見た時も、 渋谷という象徴的な場所で(今よりもっとPARCOは象徴的でしたよね) 若い子がいっぱいいて(自分も含め)、、 一歩外へ出れば公園通りに人が溢れてて、 そんな「こちら側」と青い海と空の「あちら側」が繋がっていて、、 それがいかにも藤原新也ぽかった。

それから24年、、 若者は中年になり、 藤原さんは老年になり、、 会場はパルコから高島屋になって… というのがなんか可笑しかった。。 百貨店の催事場スペースを入っていくと、 そこに太古の森の息吹きと、 神事を司る異空の光がある。。。 その不思議さと、、 それこそが藤原新也的、とでも言うような、、。 彼岸を見つめる衆目の立つ「こちら側」は、 「犬に食われる」以前の、 物と金銭と雑言が行き交う現世(うつしよ)なのですから。。
 
、、決して皮肉などではないのです。 そのように現世(うつしよ)を踏まえてこその作家だと、 藤原さんをずっと見てきて思っているということなのです。。 神宿る島の先は… 何処へむかわれるのでしょう…?

 ***


 

「ベルギー奇想の系譜」展のほうも tweet に先に載せてしまったので あまり重ならないことを。。

チラシには、ボス、マグリットから ヤン・ファーブルまで、、 と書かれていますが、、 ボスやマグリットは今までにも見たり読んだりした知識もあり、、 
その有名な絵を見る、という視点よりも、 15世紀から19世紀に至るまで 何度となく描かれた「聖アントニウスの誘惑」という題材の絵を追って観るのも面白かったです。

聖アントニウスについては、 前に(ベルギーとは全然関係ありませんが) ジュール・シュペルヴィエルの短編小説 「沙漠のアントワーヌ」について書いた事がありましたね(>>) あのアントワーヌが聖アントニウスのことなのですよね。 小説でも 修行を続けるアントワーヌの寝所に誘惑のおねぃちゃんの人形(笑)を投げ入れられたりしていましたが、、

今回の美術展でも 数々の描かれた聖アントニウスが ヘンな怪物とかあられもない姿のニンフとか、 幻? 夢魔? に苛まれてギャーーーと頭を抱えていたり… 大変苦悩している、、 心底苦悩している、、のですが 何故かどこかコミカルに見えてしまう。。 そう見えるのは何故だろう… なぜか危機感をおぼえないのは、 聖アントニウスが誘惑に耐えている姿がみんな身につまされるものだから恐怖とか厳粛なかたちで描かれないのかな、、などと思ったり、、

第二部の ベルギー象徴派以降、ロップス、クノップフ、デルヴィル、デルヴォーなど、、 こちらは 月光と闇と黎明と、 死者と精霊と妖魔が 人の心にしのびよる世界。。

ツイートにも書きましたが、 デルヴィルは今までよく知らなかった画家ですが アラン・ポーの『赤死病の仮面』を題にした絵や、 無数の鳥が斃れた男のからだに舞い降りてくる 「ステュムパーリデスの鳥」など、、怖くてそして美しかった。 ステュムパーリデスって何だろう… と帰って調べたら、 ギリシャ神話に出てくるのだそうです(Wiki>>) 

「レテ河の水を飲むダンテ」は、清浄な百合をマテルダに捧げるダンテ…色彩がとても美しかった。

 

デルヴィルを検索していたら 思わぬ発見があって…
ロシアの作曲家スクリャービンは、、1909~1910年ブリュッセルに住み、 デルヴィルらのベルギー象徴主義絵画に影響を受けた作品を創っているのだそうです。
… たまたま、先日から「アシュケナージ・プレイズ・スクリャービン 焔に向かって」というCDを聴いていたので 思わぬ繋がりに吃驚。。 さらに検索したら、 

国立音楽大学図書館のサイトに「図書館展示7月●2005 スクリャービンの世界~神秘主義とロシア・ピアニズム~」という記事を見つけました。
https://www.lib.kunitachi.ac.jp/tenji/2005/tenji0507.pdf

アシュケナージのCDの解説にも、 1902年頃からスクリャービンはニーチュの哲学から、 プラヴァツキーの神智学へ関心を高めていったということがあり、、 その後、ブリュッセルでデルヴィルの絵画に出会うのですね。

そしてデルヴィルの1907年の「プロメテウス」という絵画のイメージから、、 音楽に色光ピアノを用いた交響曲「プロメテウス」が創られたのだと、、

《色光ピアノ》…これかな、、?
Scriabin's Prometheus: Poem of Fire

はぁ~~、、 このあたりはまだまだ知らないことばかり。。 これからだんだん勉強していきましょう、、 面白い発見でした。

 ***

bunkamura ザ・ミュージアムへ初めて行ったのは、 「エゴン・シーレ展」でした。。 さっきカタログを開いてみたら、 91年の秋でした。



26年前なの…?  なんだか、、 ついこのまえのことのように憶えてる。。 ミュージアムの外のカフェでお茶を飲んだことも、、。


お盆ですから、、 きっと この26年の間に空へのぼった魂も、 近くにかえってきているのだと思います。 どうしてわたしがまだ此処にいて、 生きていたらまだ60にもならない筈の貴方や、 幼馴染みだった貴女がたがいないなんて、、。 でもきっと、 そこには何かしら理由があって、、

現世(うつしよ)の行いが未熟で足りないから、、 わたしは 此処に居なさいと、 まだそう言われているのでしょう。。


でも此処にいるからこそ、、 26年前と同じ美術館へ、 そのときと同じ友と一緒に行って絵を楽しむことができる、、

そんな 奇跡のような恩寵もあるのです。。
 


富士山を文字であらわすと…

2017-08-11 | アートにまつわるあれこれ
お盆休み、ですね。 それから山の日、ですね。

でも我が家はまったくの通常モードです(きょうも仕事場へ出かけた者約一名)。 わたしも休めな~~い。。

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先月、 不忍池のことを書いた時、 横山大観、和田三造、 谷崎潤一郎という二大画伯+大作家というお三方の対談集 『鼎談 餐 』(1983年)という本があるということを書きました(>>) あれから早速、読みました。




昭和23年に、熱海の大観荘という旅館で行われた、酒肴を楽しみながらの芸術談義の記録です。 でも、本になったのは昭和58年、ですよね、、 大観先生はこの対談から十年後に亡くなられ、 和田画伯は昭和42年に、 一番若い谷崎先生も昭和40年に、 みなこの世を去られてからの本の出版、ということらしいです。

というのも、 お三方が「存命中はなるべくこの記録を世に出さぬように」と言われたそうで、、(笑)

お酒を召し上がりながらのくだけた対談でもあり、 大観先生のお人柄ゆえか、 ご自身のこと、交遊のあった方のこと、 率直な思い出話を誘われるままいろいろと語っていらして、、 (決して問題のある話ではないとは思うのですが) そんなこんなの配慮があって のちの出版、ということになったのでしょう。

このとき大観先生81歳と仰ってますが、 谷崎先生もすでに大作家でしょうけれどすっかり聞き役にまわって、 大観先生の数々の思い出などを興味深く聞いている、という感じです。

前回ちょっと知りたいなと思った、 大観先生と菱田春草との若き日のインド、アメリカ訪問の様子も、 大観先生の楽しい語り口で読むことができたし、 漱石とは同い年の大観先生、 交流もわりとあって 漱石の印象なども語っています。 今まで 大観先生の略歴など殆んど知らないでいたけれど、 美術を学ぶ前に英語を学んでいらして語学は達者だったのですね、、 タゴール来日時に大観先生のご自宅に3カ月も滞在した話も面白かったし、 何よりアメリカで春草と美術展をひらいてお金をこしらえるべく奔走する話は、もっと知りたいなぁ、、と思って、、 今度は雑誌「太陽」なども入手して見ています。

 ***

対談の中で、 とても印象に残ったのは… 「富士山」に対する大観先生の言葉。。 大観先生が富士を好んで描くのは知ってはいましたが、、

「写実だけでは富士は描けない」と。。 ある人(本には名前も)に「富士なんか俗だ」と言われたそうです。 それで、、

「魂のない学者では駄目だ。 大体あの富士山を文字で表わすと、 心という字が出来る。
(といいつつ指先で卓上に酒のしづくで大きく描いて見せられる)


この箇所に感動してしまいました。。 大観先生、 よく富士の裾野を右に大きくとって、 そこに朱の太陽や、 薄靄の満月や、 描いたものがありますよね、、 あの形、、「心」だったんだ… と。

そして 「すべて芸術は無窮を追う姿に他なりません」と。

お酒を召し上がって楽しいお話をしていても、 芸術に対する自分の思い、 絵画に対する信念を語られるときには、 まるで画学生のような熱い口調になって、、。 決して偉ぶらず、尊大な様子もなく、 81歳にしてこうした純粋さが言葉の端々に感じられて それがすごく印象的でした。

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でも、、 大観先生、、 ちょうど春草と渡航していた明治35年ごろからのしばらくは とても辛いことが重なっていたのでした。 奥さまも外遊の留守中に亡くされて、 まだ小さいお子さんも外国滞在中に亡くされて、、 お父さんも、妹も、、 そしてともに苦労した友、春草も明治44年に、、 たいせつな人を次々に亡くされて、、 たくさん悲しい経験をされたのでしょうけれども
(対談の中ではそういうお話はされていません。あとから年譜などで知ったものです)

対談は、、 楽しいお話ばかりで 最後に大観先生のご長寿にあやかって乾杯でおひらき。。 いいお話でした。
(和田画伯、 谷崎先生のこと、、書いていませんが、 『春琴抄』の絵物語という雑誌掲載があったらしく、 それを和田画伯が描いた話など、、 大観先生よりは少なめですが語られています)

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今年の春、 野間美術館で大観先生の鶴を見たとき、 鶴の顔がいわさきちひろ、、って書きましたけど(>>) 大観先生の描く動物や童子の眼って可愛いんですよ。 かわいいというか、 優しい、、


漱石が文展を見に行って、「気の利いた様な間の抜けた様な趣」と評した、 大観先生の「瀟湘八景」はこちら>>
この中の、雁が飛んでいる画を漱石が、、「蚊のやうにとんでゐる」、、って(笑) たしかに雁というより蚊、なんですけど、、(笑・ちゃんと他の部分では褒めています) 

別冊太陽に、 漱石が大観先生に贈った漢詩の書(掛け軸)を床の間に飾って、 そこで描いている写真が載っているのですが、 その書は戦災で焼けてしまったのですって。。。
漱石先生も もう少し長生きされたら、 きっと大観先生の鷹揚なお人柄とはとてもウマが合って きっと良い交流がつづいたでしょうに、、、 と思うのでした。

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立秋も過ぎ、、 今日は涼しい朝でした。

今朝は曇っていましたが 朝、 美しい夏雲を見るとそれだけで気持ちも高まります。 この部屋から見た この夏の空を…




楽しい夏休みをお過ごしください。。

不忍池と東京国立博物館 つづき…

2017-07-20 | アートにまつわるあれこれ
ツイートの方にも載せましたけど、 先日の、東京国立博物館のおみやげに《文香》を買いました。

大好きな酒井抱一の四季花鳥図巻の絵柄で四季4種類あって、、 夏にしようか秋にしようか迷った末、「秋」の絵柄を…。 萩にとまった鈴虫や、朝顔のパーツは中に香木のチップが入っていて、 はずして手紙に入れたり、抽斗に入れたりできまるんです。



カードみたいにお部屋に飾っているとエアコンの風に香が涼やか…  
絵皿などを立てかける皿立てがどこかにあったはずなので探してそこに立て掛けておけば、 良い香りがすることでしょう。。 白檀を基調としたやさしい香りです。

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不忍池で蓮の花を見た日には まだ知らなかったのですが、、 不忍池のほとりに 横山大観先生が明治41年から住まわれた家があって、、 現在は「横山大観記念館」になっているんですって。。

居宅は戦災にあったので新しく建てたものだそうですが、 以前の形を再現してあるそうで、 お部屋からは不忍池が眺められるそう…

大観先生、、 89歳と長生きされたので 昭和のTV映像の中で磊落に笑っておられる姿とか覚えていて、、 だから漱石などよりずっと年下のイメージを勝手に持っていたのですが、 明治元年生まれで漱石とほぼ一緒。。 漱石が『吾輩は猫である』を書いていた明治38年には 菱田春草とともに英国へ行って展示などしていたと…

東京文化財研究所 年譜 http://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/8862.html

「横山大観記念館」は夏季休業があるそうなので、 秋になったらぜひ行ってみたいと思っています。
http://taikan.tokyo/index.html

、、今、 菱田春草さんのwiki見てみたら、 大観さんとインド、アメリカ、ヨーロッパと回られたそうですね、、 ずっと仲が良くて帰国してからもしばらく一緒に住んで共に絵を描いていたのですね… 春草さん、 早く亡くなったけれども、 濃密な時間を大観さんと過ごしたことでしょう。。 春草さんの画をいつも見たい、見たいと思っているのだけど、 なかなか展示を目にする機会が得られなくて…

大観さんと春草さんの外遊記とかあるかしら… 今、検索したらなんか無いみたいだけど、、 なにか残っていないかなぁ。。

代りに出てきたのが、
『鼎談 餐 』(1983年) 横山 大観, 和田 三造, 谷崎 潤一郎 による対談集みたい。 大観先生、、 大酒のみのイメージですけど、、 どんなお話をしているのか今度読んでみましょう。。

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最近、 ようやく日本画に目覚めてきた気がします。。 それは 東京での暮らしが長くなって、 日本はこんなにも雨の多い国だったのかと身を以て知ったことが大きいかもしれません。。  故郷はと言えば 日本のギリシャ並みに降水量の少ない、 青空が多くて、紫外線が強烈で、湿気の少ない山岳だったので、、 自分の知っていたのはあれはちょっと日本的ではなかったんだな、、と(笑)

今読んでる『猫』でも、、 鰹節が有名な南国育ちの寒月さんが、 「女もあの通り黒いのです」「だって一国中ことごとく黒いのだから仕方がありません」と、 みんな日焼けしている話をしますが、、 そういう画はきっと さっきの『鼎談』で 大観先生と対談されている和田三造画伯の「南風」ですね..
http://kanshokyoiku.jp/keymap/momat08.html

あ、、この絵 1907年、、これも『猫』の同時代の絵ですね、、
 

、、抱一の画からずいぶん話が逸れました(笑)


梅雨の緑も美しかったですが、、 からりと晴れ渡った夏空もまた、、 良いものです。


暑さにまけないよう…

蓮華の回廊を抜けて二千年のタイムトラベル

2017-07-17 | アートにまつわるあれこれ
上野の不忍池へ、 蓮の花を初めて見に行きました。 

蓮の花は午前中しか開いていないと聞いたので、出来るだけ朝のうちに行こうと… それでも 今は午前4時台に日が昇りますから、 そんなに早くは行かれず、、 上野に着いた頃にはもうすっかり陽も高く…

大通りから一本向こうの 蓮池が見えた時のびっくりしたこと。。 いちめんの蓮の葉、葉、葉、、、 そこからすっと顔を出しているピンクの大きな花、、花、、そして 宝珠のような大きな蕾。。

、、前回書いたみたいな、 水の上の葉と花が浮かんでいるのは「睡蓮」なのですよね。 ボリス・ヴィアンの、 クロエの肺に咲くのも睡蓮ですよね、、 



大きな葉が 日傘のように透けて、 水面の暗さとところどころ陽を受けて輝くコントラストが美しかったです。



 
今朝の「天声人語」に蓮の花のことが載っていました。 蓮の花が開くときに音がするのか、と… (http://www.asahi.com/articles/DA3S13041154.html
そこに 石川啄木の詩の一節が載っていました。

 しづけき朝に音立てゝ
 白き蓮(はちす)の花さきぬ

、、 新聞によれば、花が咲く音はしないそうですが、 上のような大きな蕾を見たら、 ほんとうに音がするような気がしてしまいます。。 

おやゆび姫が生まれるのは、 チューリップの花でしたか? でも 蓮の蕾の中にも ちいさな小さな仙女が眠っていそうな感じですね。



…ちょっとピンぼけ。。

 ***

そのあと、、 国立博物館の常設展を見ました。 開館時刻9時半ぴったりに着いたのですが もうかなりの人が並んでいました。 外国からの方とても多し。。 人気がある場所なのですね。

お目当ては 11室の「十二神将立像」、、 このように展示の配置も動きを感じさせるもので、 外国の方たちが盛んにカメラを向けていました。 



1室にあった飛鳥仏、 如来立像 (法隆寺献納宝物 7世紀)は、 とても小さなものでしたが、 柔らかな薄い体躯の飛鳥仏で おだやかで(あぁ、やっぱり飛鳥仏はいいなぁ…)と。。 そっと手に取ってみたくなるような仏さまなのでした。


ほかにも刀剣や、 能面や、 屏風や、 弥生土器や、 いろいろと目をひくものがありましたが、 埴輪の猿さんに会えたのも嬉しかったです。 ほんと可愛らしい、、。 古墳時代の人も、 きっと猿の愛らしい姿を親しみを抱いて作ったのでしょう、、


 ***

戸外は倒れそうなほどの熱波でしたが、、 二千年の時空を閉じ込めた堅牢な建物の中は、 しずかにひんやりと、、 そしてゆっくりと、 時が流れているようでした。






またタイムトラベルに行きたいな…



明日は七夕…☆

2017-07-06 | アートにまつわるあれこれ
7月になりました。。

、、どうもブログのほうはすっかり間が空いてしまっていけませんね、、
書きたいことはたくさんあるのですけれど、 なかなか向き合う時間が取れません。。 いえ、多忙というわけではないのです。 ただ、 気候に体調がついていかなくて、 動けるときにはやることが一杯で、 動けないときはひたすら休んでいるしかないので、 少々の読書くらい。。

読書記や、 美術展記録を書く代わりに、、 写真でごまかしてしまおう…(笑)

 ***

先週、 国立西洋美術館へ行きました。 「アルチンボルド展」
アルチンボルドの作品は けっこう詳しく書籍で見ていたものだったので、 驚きとかはそれほど無くて(すみません・笑)、 むしろ 同時代作品として展示されていた 玉(ぎょく)をくりぬいて金の縁取りや取っ手を付けて加工した盃など工芸品に興味をひかれました。

久しぶりの常設展のほうは、 展示作品がかなり入れ替わっていて、 もともと西洋美術館の常設展は、 宗教画などが多くて、 大好きな場所なので ゆっくりゆっくり見たかったんだけれど、 企画展含め 会場がとても冷房が強くて(これも体調をくずす要因に…)、 外は猛暑日で (でも長袖持参で行ったのだけど) もう寒くて耐えられずに、 常設展示 駆け足になってしまってすごく残念。。。

大好きなクールベ作品、 「波」は前と同じだったけれど、 雪景色の作品と、 馬小屋の作品が展示されてた。。 その代わり、 ジプシー娘はなくて、、 どこかへ貸し出し中かな、、

宗教画のところには、 教会で使われたのを再現するように、 木の祭壇のようにテーブルが置かれて展示されていたのが印象的でした。 前はそういうものはなかったから。。
また行きたい、、 常設展。





美術館前庭の 白い木槿とカレーの市民。

自己犠牲とひきかえに市民の命を救った六人のカレーの市民、、。 裸足で、 縄を巻かれ、、 城を明け渡す悲痛の姿、、という説明をサイトで読んだことがあるけれど、、 でも いつもあの前庭に立つと、 この片手を空に向けた姿が、 常設展の中にある演説をする洗礼者ヨハネのポーズと重ね合わされて、 力を失わない者の姿に見える。
(結局は 王妃の助命でこの者たちの処刑は行われなかったとのことだから、 やはり英雄なのだ…) ロダンは 絶望の姿をあらわそうとしたわけではないのだと、、 そう思うな。。

 ***


こちらは 目覚めるまえのアガパンサスの花。
この花は 都会へ来て知りました、、 彼岸花のなかまなのだそうですね。




西のほうの雨、、 はやくおさまりますように。。


天空の星の川、、 おだやかにかがやいていますように。。

  


『横尾忠則 HANGA JUNGLE』 と 『ランス美術館展』

2017-05-04 | アートにまつわるあれこれ
このGW、 ふたつの美術展に行きました。



まずは、町田市立国際版画美術館の 『横尾忠則 HANGA JUNGLE』

もう15年くらい前でしたか、 ここで竹久夢二を見ました。 あのときは5月の末で、優しい雨が降っていました。 今回はとても良いお天気。



この美術館は、大きな森の公園にあって、とてもとても緑が豊かで美しい場所にあるのです。 横尾さんも この公園の素晴らしさと、 美術館のカフェのぜんざいとカレーをおすすめしていらっしゃいます…(笑)
https://twitter.com/tadanoriyokoo

カレーとぜんざいは時間がなくていただけなかったのですが、 横尾さんのトークイベントの予約が出来たので、それを楽しみに出かけました。
(美術館のHP http://hanga-museum.jp/

そのトークの中でも、ぜんざいのお話が出て… 昔、 故池田満寿夫さんと、対談をしているうちに、ぜんざいかおしるこかで喧嘩になってしまったんですって。。 池田満寿夫さんの名前が出て、 なんだか懐かしくなりました。 横尾さんも、 書評とか読むととても文章が巧いし話の組み立てもさすが美術家という視点で書かれていて感嘆する事しばしばなのですが、、 池田さんもお話の素敵なかたでしたよね。

横尾さんとはまたちがった方向性でエレガントで、知性があって…。 つい、 懐かしくて、、横尾さんと池田さんのトークがもし今 聞けたら、きっと 深い楽しいお話がいろいろ聞けたのだろうなぁ、、、なんてちょっと遠い時代を想ってしまいました。。

ちょっと不満を言うようで申し訳ないのですけど、、 せっかく横尾さんが 池田さんや、 草間彌生さんや、 オノ・ヨーコさんや、、 60~70年代の思い出の話を振っても、 そこから話が膨らまずにみな切れ切れに終わってしまったのが残念でした。。 

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それはともかく、 作品展のほうはすごい見応え。 そして色彩と エネルギーの横溢。。

横尾さんの作品展は、前に Y字路シリーズの油彩展を観に行きましたが、、その時も、 ちょっと具合が悪くなるくらい、、 いったん部屋を出ないとならないくらい なんだかクラクラする胸騒ぎや目眩のような気分に襲われましたが、 版画作品でも そのざわざわしたものが迫ってくる感じは、 横尾さんの作品にはどの時代にもあって…

でも、 それは 芸術として不快なものではないんですよね、 むしろ必要なざわざわ感。 そして、 横尾さんの作品はすごく真摯だと思うのです、、 ポスター作品にしても、 キリコとか巨匠の作品をモチーフにしたものにしても、 対象をすごく真面目に(真面目なんて失礼な言い方なんですけど、真正面に、真剣に)扱っている気がする。 だから全然不快な感じがしない。。 

作品が発する異様な言語にざわざわしたり、 エネルギッシュすぎる色彩にくらくらしたり・・・は、するんですけど、、 見て、 そして緑あふれる戸外に出て、、 結局すっきりとした刺激になっていることに気づくんです。

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損保ジャパン日本興亜美術館の『ランス美術館展』は 西新宿の42階。 だけどGW中なのでむしろ西新宿は静かな感じで歩くのも心地よいです。

こちらは ダヴィッド(工房)の「マラーの死」が見たくて出掛けました。 以前、ベルギー王立美術館から確か来日したはずですが、そのときに見ていないので、 でもこの絵の構図とか物語性とか 好きでずっと観てみたかったのでした。(マラーの死についてのWiki>>

上のウィキにも載っている、 ボードレールの論評とか、 他の画家の描いたマラーの死、とか 探してみたくなりますね。。 そういう想像力をかきたてる物語性を持った作品なんですね、、やっぱりダヴィッドは絵に込める美の理想化というか、物語化が巧み。

ダヴィッドの少し後に並んでいた ドラクロワの描いた「ボロニウスの亡骸を前にするハムレット」も、 その隣のシャセリオーの「バンクォーの亡霊」も、 すごく物語性があってよかったなぁ。。 バンクォーの出現にぎょっとしている一瞬のマクベスの表情とか、、 

大好きな画家クールベの作品もありました。 「彫刻家マルチェロ」、、クールベと同時代の女性彫刻家で、女性であることを偽るためにマルチェロと名乗っていたのだそうです。。 リアリズムの画家クールベですから、 この女性彫刻家の笑顔の内側の意志の強さが表れていて、 いろいろと女好きのクールベではありましたが、 芸術家としても一本筋の通った人でしたから、 このマルチェロ・マスケリーニという人を芸術家として敬意を払って描いている肖像のように見えました。

そして、、 きらきらした明るい色彩のモーリス・ドニの隣に 突然あらわれた、、 黒い肖像画。。 初めて見る画家、 チェコの ヨーゼフ・シマ(Joseph Sima) の「ロジェ・ジルベール=ルコント」の肖像に 惹きつけられてしまいました。 内覧会でのフォトがありましたので、 こちらのブログにリンクさせて貰いましょう(弐代目・青い日記帳)
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=4699

顔だけがきちんと描かれていて衣服や手などは暗く塗られて不明なのに、 この少年? 青年? の才気とか鋭敏な資質を想像させられてしまう。。 帰ってからすぐに Joseph Sima という画家の絵をググってしまいました。 シュルレアリスムの画家ということで、 抽象的な作品が多いですが、 少ないながら肖像画があって、 そのどれもが秀逸。。 この人の作品、よく見てみたいなぁ、、

あ、、そして 描かれているほうのルコントという詩人については、こういう本が出ているそうです
谷昌親『ロジェ・ジルベール=ルコント――虚無へ誘う風』
水声社、2010年7月(表象文化論学会のサイト)

本の表紙がシマの絵ですね。 こんど探してみよう。。。

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さて、、 この美術展の後半は、 レオナール・フジタ(藤田嗣治)の晩年の宗教画や、 フジタがランスに購入し壁画を描いた礼拝堂に関する作品が、 30点近く並んでいました。

フジタの油彩は、、 そんなに特別好きなわけではないですが、、 今回見たキリストの磔刑や降架のフレスコ画のための「下絵」=デッサンといってもとても大きな絵でしたが、、 それらが素晴らしかったです。 フジタの素描はすばらしい、、と同行の友からも聞いていましたが、 本当に。

そして、 フレスコ画が壁を埋め尽くす礼拝堂の内部の写真も展示されていましたが、、 これを手掛けたのが80代になって、、ということ。。 画家の全精力が注がれた礼拝堂なのだと感じました。 そこにフジタ夫妻は眠っていらっしゃるそうですが、 自分が祈りを込めて全力で描いて、そうして自らの命とともに神に捧げたものなのですね。

フジタの礼拝堂については こちらのサイトに詳しく載っていました
メゾン・デ・ミュゼ・デュ・モンド 

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たくさんの発見と、 新しい絵との出会いがあった美術展でした。。 いつも、 何かと出会える展覧会は その後の力になります。。

、、さあ、、 お休みはあと少しだけ。。 このあと 十年ぶりのお部屋の配置換えをするのです、 ソファとか動かして。。

理由は・・・
レコードプレイヤーを置く場所が無い~~! から。 手伝ってもらって、、 

頑張ります。


(…あ、上のフォトにある吉田博展は損保ジャパン美術館の次回展のチラシです)

お花見散歩と 野間記念館

2017-04-03 | アートにまつわるあれこれ
お花見 行かれましたか…?

温かく晴れた日曜日、、 野間記念館の「横山大観と木村武山」展に出掛けました。



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でもその前に、、 まずは散策。

江戸川橋から 神田川沿いの桜の道を通って、、 椿山荘方面へ、、



桜、、 ほぼ満開になりました。
この場所の花の遊歩道を歩くのは初めてでしたが、 川べりに立ち並ぶ淡いピンクのたくさんの桜を見て、 また今年もこの桜の風景に出会えたことを感謝したくなりました。 一年ぶじに生きて、 桜のもとを歩けること、、

自分の心臓ではないような、、そんな危うい胸の鼓動にびくびくしながら、 まだくっついていない胸骨を守りながら、 そうっと小一時間もかけてゆっくりゆっくり歩いて桜を見に行ったあの日から、、 一年経つごとに桜を見上げる思いは年々特別なものになっていきます。 おそらく、いろんな方にとって、命の糸を紡いでまた一年を過ごして見上げる桜は、 そういう風に特別なものになっていくのでしょう。。

まだ午前10時台だったので 人通りはそれほどではありませんでしたが、 すでにお酒の壜を並べて準備を始めている方々… どのお顔も幸せそうです。

椿山荘の冠木門から庭園に入って、、(私、東京生活二十数年にして初めてこちらへ入りました) 美しいお庭を愛でつつ、、 池に お花に 三重塔に、、







滝のトンネルもありました。。

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そして椿山荘の正面玄関となりには、、 今日お目当てのカフェ「oto no ha Cafe」が。

店内はモーニングセットを楽しむ方ですでに満席でしたが、 私たちは11時からのランチタイムを待って、、。


有機野菜がたっぷりの、 とってもとってもヘルシーかつヴォリュームある 大満足のランチをいただきました。。

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そして お隣の「野間記念館」へ。。
この、 江戸川橋~椿山荘~oto no ha cafe~野間記念館 のコース、、 素敵なお花見散策コース! お薦めですよ。 野間記念館のお庭にも素晴らしい 枝垂れ桜があるんですよ。 あまり知られていないのか写真を撮りに来る方も少なくて、、でも ほんと数メートルもある見事な枝垂桜なんです、ぜひ。。



作品展のほうは、 今回は 木村武山さんの精緻な仏画、、まるで ギュスターヴ・モローの描いた精密な衣装の胸飾りを思わせるような、、 観音さまのお衣装の飾りがとてもとても細かくて、、

それで武山さんの色使いはとても独特で、 日本画には珍しいようなパステルの黄緑とかパステルの水色、橙色、、。 12ヶ月それぞれを題材にした色紙には、 これまた精緻な花や雀やツバメの姿とともに、、 繊細な蜘蛛の巣とクモ、とか、、 スイッチョンとか、、

お花の絵の茎や枝に、、それはそれは細く繊細な松葉が、、(松葉って二本のVの字になっていますよね)、、それが引っ掛かっているのを描かれるのが好きみたいで、、 あちらの画にも、 こちらの画にも。。

一方、 横山大観さんは大きな大きな屏風絵の鶴に、、 掛け軸の朦朧体の白鷺に。。 この朦朧体の「白鷺」さんが可愛かったなぁ、、 ふわふわと丸くって、、 真っ白い「キウィ」←鳥の、、 みたいで(笑)

それで、、 鶴の屏風を見て友が、、「鶴の顔がいわさきちひろだ・・・」、、これには笑ってしまいました、、本当にそうなんだもの。。 可愛いんですよ、ちひろの少女のようなお顔をした「鶴」・・・  大観さんのお人柄が出ているような気がしました。。
(もうひとつ、 見逃せないのが 大観さんの落款とサイン、、笑)  どれをみても、、 ちょっとずつ曲っているの・・・笑


美しいお花と、 うつくしい時間をいただいた 楽しいたのしい日曜日、、でした。


さぁ、 新しい一週間を!

アニミタス-さざめく亡霊たち

2016-12-11 | アートにまつわるあれこれ
東京都庭園美術館へ昨日行きました。

現在の展示は、 
「クリスチャン・ボルタンスキー アニミタス-さざめく亡霊たち」(内容はこちら>>) 
と、 同時開催の
「アール・デコの花弁 旧朝香宮邸の室内空間」(>>

「アール・デコの花弁」は、 旧朝香宮邸、、すなわち 庭園美術館の建築と室内装飾そのものがこの展覧会です。 一昨年まで改装工事で閉館していて、 リニューアル後に訪れたのは 今回がはじめて。
本館の構造や、 室内の調度品は、 基本的には変わっていませんでしたが、 ラリックのガラスの扉や、 各部屋の壁紙や照明器具など、 同じものでも以前より明るく、美しくなったように見えて、 かつて此処が朝香宮邸として使われていた当時の 生き生きしたかがやきが伝わってくるようでした。 以前は見られなかったお部屋も見られて、 朝香宮邸の当時のお住まいを訪れている、という雰囲気を味わうことができました。

もともと好きな美術館でしたが、 今回、 朝香宮邸を紹介するビデオを中で見ていて、 ここが美術館として公開されたのが 83年だったと知り、、 では美術館としてはずいぶん最初のころから何度も足を運んだのだなぁ、、と。。 思い出深い展覧会、、 いくつもありました。

今回、 新館がオープンになって、 そちらの方にも ギャラリーと、 それからカフェと、 ミュージアムショップがあって、、 (以前からあった、美術館正面入り口のミュージアムショップもまだあります) 、、 新館のショップは、 女性が好みそうな美しいグッズがたくさんあって、 アールデコ柄のクッキーや、 外国製の練り香水や リップバームや、、 素敵な品がいっぱい、、

あ、、 いけない… 本題から逸れてます(笑) 、、 今回カフェには寄りませんでしたが、 また平日に独りでぼーーっとくつろぎたい時に、 ぜひ行ってみたいと思います。

新館への通路にも こんな美しいガラスの装飾が(右)↓




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ボルタンスキーのテーマは、 「アニミタス-さざめく亡霊たち」
アニミタスとは、、「小さな魂」という意味だそうです。  部屋から語りかけてくる 誰かの「声」、、 あるいは 室内に響く心臓の鼓動、、 たくさんの揺れるスクリーンに刷られた「まなざし」、、 風の大地で奏でられる「風鈴」の音、、 などなど。。

そのような 「さざめき」、、 この<亡霊たち>は、すでに失われた過去のものではなく、 「アニミタス」=「小さな魂・霊魂」、、 いまもこの世界に存在し あるいは これからやがて生まれ来るかもしれないものたち、、、なのだそうです。 その無数の 「さざめき」・・・

この ボルタンスキーさんの意味するものにはちっとも違和感をおぼえません、、なぜなら<亡霊たち>、、は、自分にとってはわりと常に感じていること、、 むしろ親密なものたち、、 といった気持ちがずっとあるのです。

上のフォト(左)は、 新しい作品 〈ささやきの森〉だそうです。 日本の香川県にある豊島という場所とのこと。。 風にちろちろと声を発するたくさんの風鈴、、、 その奥で虫が鳴き、 鳥がさえずる、、 

、、 とても心地良い空間でしたが、 このように作品化された場でなくても、 小さな魂のさざめきは いつでも どこでも 身近に感じていて良いのではないかな、、と。。。 今年も昨年も、 大好きな山の中の森を歩き回ったから、 こういう森の映像や音を聴けば 私の魂はすぐにあのときの森と同化することができるし、、、 都会のど真ん中にいても、 木漏れ日が落とす翳や くるくる舞う落ち葉の中にだって、、 小さな魂は感じることが出来るんですもの、、、

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何日か前、、
マンションを出て買い物に行こうとして、 数歩あるいたら、 ふわっと足元にいつぞやの小鳥ちゃんが下りてきて (この辺りに棲むシジュウカラか何か、、前にも書きましたね)、、 わたしの足元の周りをちょこちょこ歩いて一周して飛んでいきました。。 なにかを伝えに来てくれたようです。。。

、、 今の季節の東京は、 木々の色が冬の日差しに映えて美しいですね。 街のすべてが優しい色合いに見えて、、 日差しがたっぷり注がれていると泣きたくなるような風景に出会えます。 、、けど、、 風は間違いなく冬を運んできていて、、 きのうの帰り道はとっても冷たい風に変わっていました。



落ち葉の散歩道も、、 あと少しの間だけ。。 


、、あたらしいベレー帽が欲しいな・・・

ダリ展 @国立新美術館

2016-11-13 | アートにまつわるあれこれ


昨日行くはずのところ、、 頭痛がひどくて、(お月さまのせい?) ならば、、と 今朝一番にお出かけ。 色づき始めた樹々の葉に 朝の日差しがやさしくて、、 こんな六本木ははじめて。。

美術館に着くと、もう入場待ちの列はできていて、、 でも 少し早めに入場開始してくださったので、 休日に行かれる方はそんなことも予想して行かれると良いかもしれません。

公式サイト>>

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大規模なダリ展は、 福島の諸橋近代美術館、 10年前の 上野の森美術館(そのときの日記>>)、 など見てきましたが、、 今回感じたのは、 ダリの作品としてすぐ想像される カマンベールチーズのようにとろけた時計、 燃えるキリン、 脚の長い象、 撞木杖の女性、 そしてガラの肖像、、 というお馴染みのテーマとちょっと違って、

まだ十代の少年時代の作品、 美術を学ぶ学生時代の作品、、 舞台美術や、本の挿画などの水彩やデッサン、、 晩年の ガラの晩餐シリーズのような、なんだかアンチンボルドをお皿に載せたみたいなみたいな 不思議な作品群や、、
今まであまり目にしなかった作品がみられてとても良かったです。

とりわけ 私が素敵に思ったのは、、 (ダリの作品はすべて色彩の透明感が美しいですけれども) 少年時代の故郷のカダケスの海や空が描かれている作品の、 その透明感、 光あふれる美しさ、、

16歳ごろに描いた、 窓辺のお祖母ちゃまを描いた作品、、 窓から見える青いカダケスの海、、 室内の蒼い光、、 ダリって ほんとうに繊細な優しさを持った、、 この海の光みたいに透明な心を持った人だったんだろうな、、と。。 少年期の傷つきやすい心を生涯かかえたままの人であったのは確かだろうけど、、 でも 透明な心ゆえに いつまでも胸の奥の小石が残ったままで・・・ 
この お祖母ちゃまの絵が見られただけで、 きょうは幸せ でした。。

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映像上映では、 ブニュエルの『アンダルシアの犬』、 ヒッチコックの『白い恐怖』、、 あと 驚いたのは ダリの有名な絵のモチーフ(砂漠や 女性や 変わった建造物)が 音楽とともに華麗に踊る、、、 (なぁに? これ・・・ ディズニーのファンタジアみたい!) 、、と思って見ていたら、、
ほんとうに ディズニーがダリに依頼して制作していたものだったのですね。 でも 完成せずに、、 2003年になって完成したものなんだそうです、、(CGも使ったんだと思います)  踊る女性のお顔が どうみてもディズニー顔(笑)だった点だけが・・・ ちょっと、、 でしたが、 ダリの世界が動き回るのは楽しかったな。。。

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ダリゆえに、 グッズもとても充実していたのですけど、、 やっぱり 図録! 2,900円。 作品解説もしっかりあって、 印刷技術もすばらしく、、 これは ぜったい損は無いと 嬉しく抱えて帰りました。。。 




あ、、このダリのお顔は 裏表紙ですね。。。
、、 帰りに買ってきた 無印お気に入りの バームクーヘン(きょうのリクエストはチョコバナナ…)と 珈琲で。。


、、いつか カダケスの海、、 見てみたいなぁ。。。

それは私には無理かもしれないけど、、 ダリの透きとおった色彩、、 美術館前の 晩秋のやさしい木漏れ日は いっぱい心をなぐさめてくれました。。 
明日は 68年ぶりのスーパームーン、、、 だけど お天気があまり良くないそうなので、 どうぞ 今宵の プレ・スーパームーンを眺めてみましょうね。。。




resort 地での res ort : クエイ兄弟 - ファントム・ミュージアム -

2016-09-11 | アートにまつわるあれこれ
神奈川県立近代美術館 葉山館、、 ここにはずっと前から行きたかったのです。
(こういう場所にあります >>美術館のサイト)

葉山の海岸近くの丘にあって、 だから 行くのは出来たら夏がいい、、 でも 気に入った作品展でなければいやだし、、 そう思いつつ数年、、 今年 『クエイ兄弟 - ファントム・ミュージアム -』展があると知って もう是非にと。。



美術館を背にして 海を。。 右手は海を眺められるレストラン。

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『クエイ兄弟 - ファントム・ミュージアム -』展 については 美術館のサイトを>>

クエイ兄弟(Quay Brothers) については いちおうWikiを>>

私、、 クエイ兄弟がアメリカ生まれと聞いていて、 この作品展を知ったときも、 概要を見て チェコアニメの大ファンか、 ヤン・シュヴァンクマイエルのパクりじゃないかと思ってしまったのでしたが、、 実際 シュヴァンクマイエルとも仕事をしていたのだと知り、 納得。。。 ロンドン芸術大学だし、 活動の拠点もインスピレーションの源も 英国や東欧で、、 もう全然 アメリカ的要素なし、 頭の中はヨーロッパ人の双子さんなのですね。

今回の作品展では、 サイトの出品リストを見ればわかりますが、 若い頃のイラストレーションや、 影響を受けたポスター画などから始まって、 手掛けたデザイン画などの平面作品、、 そして 映画などの映像作品、、 舞台美術、、 CM作品から ミュージックヴィデオまで、、 本当に充実した内容でした。

映像作品などは、 何箇所にも ディスプレイが設置してあって、 全編ではないけれども 殆どの作品の一部分を見ることが出来るし、 大画面で映画作品の紹介も見れるし、、 それぞれを見て廻ると 3時間くらいあっという間、、でした。

あ、、 良いサイトを見つけました。 今回の展覧会の図録の出版社、、 内容もよくわかります。
求龍堂 カタログ書籍 『クエイ兄弟 - ファントム・ミュージアム -』

↑ ここにも載っていますが 「デコール」というのでいいのかな? 人形や小物を箱の中に配した作品があって、、 オープンになっているものもあるんだけど、 閉じた箱のものがあって、 そこにレンズの覗き窓がついているの。。 箱の中は照明で照らされていて、 レンズから覗くと 小さな人形とか木のかけらやボロ布だったりのコラージュなんだけど 3D作品のように拡大されて立体的に まるで不思議の森に入ったみたいに空間がひろがって、、 あれがすごくすごく素敵だった。。 これはカタログではわかりませんよね、、 実際 箱を覗かないと、、

奥行き20センチくらいの箱だったりするんだけど、 レンズで覗くと、 ずっと遠くまで拡がっているように見えて、、 
あまりにも素敵だったので、、 同行の友(美術系出身)に、、 「ねぇ これ作って、 作って!!」 とせがんでおりました。。。

映像作品では、 youtube に映画のオフィシャルトレーラーがありました。
The Quay Brothers in 35mm - official trailer

クエイ兄弟が手掛けた ミュージックヴィデオ(の写真)も紹介されていたのですが、 さすがに 他のアーティストのものだから映像も音楽も会場では流れていなかったので、、 探してみましょう・・・ あった!
His Name Is Alive - Are We Still Married (Official Video)

いやん、、もう終わり? って感じですね↑ 興味が湧いたかたは もう少し探してみるといろいろあるかも、、

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ヤン・シュヴァンクマイエルとか、 ピーター・グリーナウェイが話題になっていた80年代、、 あぁ、、なんかよかったなぁ・・・ と つい老人めいたことを想ってしまいました。。

、、今のジャパンカルチャーといえば、 「カワイイ」 「ゆるキャラ」、、といったイメージで世界に発信していこうという感じで、、 首相さえマリオになりたがるご時勢ですから、、、 それも文化のひとつではあろうかと思いますが、、(文化というよりは、 ビジネス・・・ね)

、、とはいえ 個人的な趣味として ちびっ子の時から 着ぐるみのネズミさんとかウサギさんとか、、 或いはキャラクター商品とか、、 好きになった事 一度も無いんですよね、、(それも変?) 
小学校あがる前から 図鑑の 「宇宙」とか 「動物」とか、 いろいろある中で 「人体」とかの断面図なんか 楽しそうに眺めている子供だったりもして、、、 (病院で育ったからですね)

、、そんな人間もいるのだと、、 そんな人間には クエイ兄弟の世界は ある意味 「やすらぎ」の世界でもあると・・・

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岬めぐりの バスです↓ 青い海も大好きです。




美術館からは、 遊歩道を通って、 すぐに下の浜辺へも降りていかれます。 そこには色とりどりのパラソルが拡がって、、 とっても リゾート。 、、その海へ遊びに来た人が、、 ひょっこりクエイ兄弟展を覗いてしまったら、、 ?!?! な不思議な気持ちになってしまうかもしれません。。。




、、 一日の終わりは、、 逗子駅前で 生シラス&鯵フライ&ビール!!

たくさん食べて 健康的な日常に 戻ります・・・

今・あじゅ、、と Bowie の ’The Image’

2016-03-20 | アートにまつわるあれこれ
今日のカテゴリーは 何にしたら良いか困ってしまったんですけど、 「映画」でもあり、「文学」でもあり、「音楽」でもあり、、 でも 全部あわせて 「アート」ということに・・・

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Bowieが20歳のときに 初めて出演した短編映画が公開された、 という話題はネットで見ていたのですが、、 なんだか 見るのが怖くて 躊躇してました。。 やっと、、 見ました。

その映画は 1967年の 短編作品 「The Image」、、



このタイトルを知った時、、 ぞわっ、、と しました。。 前に、 一度 40年前の少女マンガ、 おおやちきさんの 「いまあじゅ」の事、書いてますが、、 そのマンガでは 左目を 「喪失」した少年が出てきた(はず)なんです。 (はず)、、というのは、 私が小学生の時に読んだきり、 再読していないから、 左目の視力が無いのか、 左目そのものが無くなっちゃっているのか、 覚えていないからです。 でも「片目」を失った、ことは覚えてて、、

だから 、、「いまあじゅ」の 左目、、って。。。 もしかして、  David Bowieと関係があるのだろうか、、と(その時の日記>>

、、ボウイの訃報からふた月ちかく経って、 気になっていたその事を確かめるべく、、大矢ちきさんの小学館文庫の作品集を 取り寄せました。 「いまあじゅ」を読むために。。 そしたら、、 同じ頃、 ボウイが67年に出演した映画が 「The Image」だと知って、、、 その共通に ぞわっと肌が粟立つ想いだったのです。 

、、「いまあじゅ」を先に読みました。
小学生だもの、、 「いまあじゅ」の言葉がまずわからないんです。 だから、意味を勝手に 「今」と「あじゅ」に分けて、、、(何だろう・・・??)って。。

さすがに 大人になって 「いまあじゅ」=「image」だとわかりましたけど、、 解った上で再読して、、 なのに難しい…!! 小学生にわかるわけがない。。 でも やっぱりちき様の世界は凄いものがあり、 小学生で読んでおいて良かった。。

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ところで、 ボウイの 「The Image」、、 今日観ました。 
Watch David Bowie’s Rarely Seen First Movie (wsj.com)

日本語のページはこちら http://nme-jp.com/news/16140/

ボウイ、、 美しいですね。 映画のこの役にはぴったり、ですね。 、、あの最初に描かれている「絵」のボウイ、、 あの絵、、どこに今あるんだろう。。 見てみたいですね。

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ちき様の 「いまあじゅ」と、 ボウイの出演映画 「The Image」とは 何か関係でも…? と 最初思ったのですけど、、 それはどうかな…? そもそも この67年の映画を 日本で見ることなどまず無かったでしょうから。

、、でも、、 ちき様が 「いまあじゅ」の中で引用している ポール・エリュアールの言葉を検索してみたら、 それは たぶん この本から引用したのだというのが想像できました。 

鏡・空間・イマージュ (1967年) (美術選書) - – 古書, 1967
宮川 淳 (著)
 (amazon.co.jp)
内容については、 検索してみて下さい。 「鏡」の章に、 ちき様が引用した部分と同じ言葉が書かれているようです。 たぶん、 芸大で美術を学んでいたちき様は、 この本をお読みになって、 それで 「いまあじゅ」に反映させたのでしょう。

、、でも、、 「ぼくの左目」は…?

「いまあじゅ」の掲載は、 1975年の1月号、とあるので 描かれたのは 1974年ごろでしょうね。  74年の 「雪割草」のキャラクター 「グイド」のモデルが T・REXのミッキー・フィンだ、って事は前にも書きましたから、、 ちき様がボウイのことも知っていたのは当然と言えます。 だから、 ボウイの「左目」の事だ、、なんてここでは言いません。 ストーリーとボウイが関係あるとも言いません。

でも、、 明らかに あの時代の感性として、 ボウイの瞳のような、 青くもあり、 灰色でもある、、 甘くもあり、 せつなくもある、、 儚くもあり、 残酷でもある、、 そんな感性が 小児体験として自分の中に深く染み込んでいったのは、 その後のロック体験にも無関係ではなかったのだな、、とあらためて思うのでした。

ボウイと出会ったのも、 75年の「ヤングアメリカンズ」からだものね。。 そして、 ベルリン三部作の世界へと 繋がっていくのです。。

 ***

「出会い」、、 って 本当に 「奇跡」 のようですね。

、、出会うべくして 出会ったとしか、、 今は思えない。。


、、この 病んだ子供が これから生きていくのに必要なもの・・・ 、、って、 天界の優しき人が私に贈ってくれたもののように思えます。。 だから、 40年経っても、 何ひとつ色褪せない。 
奇跡のような、、 たからもの、 です。


生への視点: 鴨居玲展と ロバート・ハインデル展

2015-07-19 | アートにまつわるあれこれ
この7月、 思いがけず二人の(ある意味)対照的な画家の回顧展を見ました。

先に見たのは

『没後30年 鴨居玲展 踊り候え』@東京ステーションギャラリー
(会期明日まで) 美術館サイト>>



ステーションギャラリーは改築前から好きな場所。 あの赤レンガの壁に囲まれたギャラリーで、 過去にバルテュスや ビュフェを観ました。

鴨居玲という方のことは殆ど知りませんでした。 絵は本かサイトで数点見たくらい。 、、上記サイトにも載っている 『私』という作品が、 クールベ(私の大好きな画家の筆頭)の『画家のアトリエ』と構図が同じで、、 それを意図している事は明らかなのに、絵の中のクールベがいつものように少しふんぞり返って 自慢げなのに対して、 『私』の中の鴨居さんは背を丸め、何かに怯えたように見える。 、、それは何故だろうと、、

鴨居玲展、、 観てみたいかな、、と思っていたところ、ある日たまたま帰宅してTVをつけたらBS日テレで鴨居玲展のことをやっていて、、 先に内容を見るのはどうかと思いつつ 見てしまいました。。(番組サイト>>

南米・パリ・スペイン・日本、、 転々としつつ、 そこで暮らす老人や酔っ払いといった人物を対象に描きながら、 何故かみな鴨居自身の〈顔〉になっている。 だからすべてが〈自画像〉に見える。

自画像を描き続ける画家って、、(想像するに、、)つねに「自分とは何?」という疑問を抱きつつ、 でもどうあがいても「自分という確信」が持てず、 だけど本当は自分そのものをあまねく理解してくれる「自分以外の誰か」を きっと永遠に求めている すごく淋しがりやなのではないかと。。 悪く言えば、 自分独りでは立ち続けられない甘えん坊(だから誰かに解って欲しくて自分を描き続ける)。。 プラトンの言う、 人間がもともとひとつだった、半分ずつに分かれた自分の〈片割れ〉を求め続けている、という〈愛〉の概念、、 それと似たものを感じました。

そして、 鴨居玲は末っ子で溺愛されて育ったらしいですが、 自分の兄が戦死し、 自分の近しい人の存在が突然、 奪われるようにこの世から消える〈死〉に出会ったがために、 死への恐怖が心に刻まれてしまった、、と。 
スペインなどで、 老婆や飲んだくれの土地の人間に惹かれたのも、 死など怖れることなく日常を謳歌して (いくらダメな酔っ払いだとしても)、 そうやって悠々と年齢を重ねて死んでいく、、 その単純でエネルギッシュな〈生〉に惹かれたからなのではないかしら、、

狂言のように鴨居は、何度も自殺未遂を繰り返したそうですが、 それもわざわざ「これから自殺する」と知人に告げたりして、、 本当は死が怖くてたまらないから、 自殺を企てて〈死〉を自分の手で翻弄することで、〈死〉に打ち勝ったような気持ちになっていたのではないかと思うのです、、

やがて日本に戻って定住し、 本来なら最も安定した暮らしになる筈なのに、 鴨居は描く対象物を失ってしまう。 そして、 新たな画題として裸婦画などに取り組むのだけれど、、 これが、、 全くもって生気が無い。 勿論、絵は巧みだし、描けているのだけれど、、

「こんなに味も素っ気も無い色気も何にも無い裸婦画を見たのは初めてだわ」と私が言うと、

「描いてて (こんなんやっても詰まんねぇなぁ)感がありありだよね」と友人。

結局、 追い詰められるように再び自画像の中に自己を求め続けて、 だがそんな時、 心筋梗塞に襲われ入院。。 いままで怖れていながら、 どこか弄んで遠のけていた〈死〉がとつぜん現実味を持って自分に迫る。 情けないとも言えるのだけど、 鴨居はやはり死が怖くて堪らなかったのだと思う、 逆に言えば生きていたくてしょうがなかったのだと思う。

最終的に彼は自死を選んでしまう。 それは心筋梗塞みたいに死が襲ってくるのが怖すぎて、死ぬくらいなら死んだ方がマシ、という矛盾しているけれど どうしようもなく一途な生への欲求だったのじゃないかな、、と想像する。。

絵の事を何にも書いてないけど、 絵と向き合いつつ考えていたことを書いてみました。 会場が若いカップルで一杯だったのも、 みんな「自分とは何」「生きる意味って何」というのを考えている真っ最中の若者だからなのかな、とも思いました。 鴨居さんは、、 苦しんだ人ではあったかもしれませんが、 きっと彼に接した人にとっては愛すべき男として心に刻まれた人だったのでは、、とも想像します。

 ***

昨日は、『没後10年 ロバート・ハインデル展 光と闇の中の踊り子たち』@横浜そごう美術館 (会期26日まで)美術館サイト>>



ハインデルの絵は、ネットやポスターで見た時は、 お洒落なリビングやカフェに飾るのが似合いそうな、 そんな美しいバレエダンサーのスケッチだな、、という印象だったのですが、、 現物を見て そんな軽々しいものではなく、 むしろ衝撃的で 印象がずっと深くなりました。

イラストレーターという経歴から始まるハインデルのスケッチは、 人物を描くにしても、 全部は描かずに、 顔と手の一部とか、 肩のラインが消えたままとか、 膝頭だけの脚とか、、 描いていない余白がとても多いのに、 はっとするほど対象物を的確に捉えていて、 躍動的な身体の実体・実感が伝わってきて、 デッサンの力と存在感の確かさにまず驚かされました。

バレリーナを描いた油彩では、 カンバスの生地と油絵具と、さらにその上にパステルで陰影やラインを描いていて、 油の質感や色の美しさに、 加えてパステルの透明感とイマジネーション、 その組み合わせにも感動。 油彩とパステルってこんなに合うのか、、と。 そして、 光や空気が透明感に満ちて、その中で躍動するダンサーの肉体の生命力、、 ハインデルがダンサー達を見て感動したように、 見る者も身体の美しさ・力強さに感動、です。

こんなにも生命感に溢れているハインデルの絵ですが、 その発端には〈死〉があったこと。。 長男の死という喪失からハインデルは、 人間の命の力に希望を託すようにダンサーの肉体を描き、その力をもらい、そしてまた自己の絵画で人に力を与え、生の力を確かめ信じているように思えました。

私は見なかったけれど、「美の巨人たち」の番組でハインデルを取り上げたことがあったようです(番組サイト>>) 
長男の死を経て、 ハインデルが絵に託そうとした想い、 人間の生の力、、 人類への期待、、

、、鴨居玲は自ら命を絶ってしまいましたが、 ハインデルは肺気腫に冒されながら、 最後まで描き続けた生涯でした。

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偶然にも 同時代の二人の画家、 それも人間と向き合い、 人間を描く画家ふたりを観た訳ですが、 とても対照的な描き方です。 でも、 闇も、 光も、 どちらにも美しさはある。 鴨居玲展にも 〈踊り〉という語が入っているように、 人間を愛し求め、 生の力を求めることは、 両方の画家とも共通しているのかも、、 そう思います。

、、当初の予想外に圧倒的な力を持っていた ハインデルに私はより魅力を感じました。 鴨居玲にも忘れられない作品はたくさんあったけれど。。

ハインデルの実物の画の質感・透明感・強さ。。 またいつか見てみたいな。。。
 

チューリヒ美術館展

2014-10-14 | アートにまつわるあれこれ
台風がまだ来ない連休初日、 国立新美術館の 「チューリヒ美術館展」に出かけました。 素晴らしいお天気。 普段行かない六本木をしばしお散歩。

http://zurich2014-15.jp/

展覧会ポスターに載っている モネ、セザンヌ、ゴーギャン、ゴッポ、ジャガール、ピカソ etc、、、 といえば、 まぁなんて豪勢、お買い得、、的な関心は殆ど無くて、 ダリの「バラの頭の女」(観ていないバージョン) たった1点だけでもいいかな、、 と思いつつ出掛けたのでしたが

、、 スイスの美術館とあって、 今まであまり馴染みの無かった セガンティーニ(少し前に日曜美術館でやっていましたね)、 ホドラー、 ヴァロットン(今夏 三菱一号館美術館でやっていましたが未見) などが数点ずつ見られたのが嬉しかったです。

アルプスの風景画と少し異なる セガンティーニの「淫蕩な女たちへの懲罰」(女性が奇怪な樹形に変化してしまっている)なども 印象深かったし。

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その他、 ドイツ表現主義の彫刻家 エルンスト・バルラハの作品はたった1点でしたが、 たいへん胸に刺さる作品でした。 「難民」というタイトルの、 小ぶりな木彫ですが、 赤ん坊とおぼしき小さな塊を抱いて倒れるほどの前かがみで前方をめざす(逃げる?)姿。 像の周りをひとまわりしながら、 荒々しい削り跡と美しいフォルムを眺め、 研ぎ澄まされた、鬼気迫る鋭角の小さな顔、その一点に目が釘付けになります。

オーストリアの(表現主義に入るのかしら?) オスカー・ココシュカも、 今まで僅かしか見たおぼえがないけれど、 まとめて観る事ができ、 こちらも印象に残りました。


当初のお目当ての ダリは、、 驚くほど小さな作品。 ダリの絵は大きいとばかり思っていたので。。 でも 宝石のように色彩が美しかった。 今回の「バラの頭の女」は 松葉杖の無いバージョン。 薔薇頭の女の子は私のお気に入り。 いつ観ても愛おしいです。

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ところで、 今後の展覧会のチラシを見て、、 わぉ またフェルメールが来るのね(来てしまうのね)。。 行かないわけには・・・ いかないでしょうね。。。 構図的には 「地理学者」とほとんど同じなんですけどね。 


今年は 二度の台風で、 金木犀の開花が少し遅れているのかもしれませんね。 家の近くでは この連休に金色の香がたちはじめたところ。 

ふたたび雨になる前に、 明朝 香りをたしかめにまた行ってみましょうか。。。