星のひとかけ

文学、音楽、アート、、etc.
好きなもののこと すこしずつ…

心臓が右の胸で、、、

2005-07-11 | 文学にまつわるあれこれ(詩人の海)
きょう、ある本を読んでいたら
こんな歌が載っていた。

   怯れたる男子なりけり Absinthe したたかに飲みて拳銃を取る

森鴎外の歌である。「アブサン」「拳銃」、、、といったら、先日ドイツ映画祭でみた『青い棘』みたい、、、あ、鴎外もドイツへ、、、、と思って一瞬閃いたけど、『青い棘』の事件は1920年代でした。鴎外のこの歌は1908年くらいのはず。

軍医とは言え、鴎外が日常的に拳銃など持っていたとは余り想像されないけれど、、持っていたのかしら。。そんなことを考えていたら、ふと朔太郎の詩も思い出した。

      『殺人事件』

   とほい空でぴすとるが鳴る。
   またぴすとるが鳴る。
   ああ私の探偵は玻璃の衣装をきて、
   こひびとの窓からしのびこむ、
   床は晶玉、
   ゆびとゆびとのあひだから、
   まつさをの血がながれてゐる、
   かなしい女の屍体のうへで、
   つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。    (以下略)

詩集『月に吠える』の挿絵は、田中恭吉。23歳で早世した。本の末尾に彼の言葉が載っている。以下その全文。
 
 ***

 朔太郎兄
 
  私の肉体の分解が遠くないといふ予覚が私の手を着實に働かせて呉れました。兄の詩集の上梓されるころ私の影がどこにあるかと思ふさへ微笑されるのです。

  私はまづ思つただけの仕事を仕上げました。この一年は貴重な附加でした。

  いろんな人がいろんなことを言ふ。それが私に何になるでせう。心臓が右の胸でときめき。手が三本あり、指さきに透明紋がひかり、二つの生殖器を有する。それが私にとつてたつた一つの眞實!

  蒼白の藝術の微笑です。かの蒼空と合一するよろこびです。           恭吉

 ***

 「いろんな人が・・・たつた一つの眞實!」、、、その言葉のただしさの前では、鴎外の拳銃もかすんでしまう。いや、、、私の指先のぴすとるさえも。。