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『雨に打たれて』 アンネマリー・シュヴァルツェンバッハ作品集 酒寄進一・訳 2022年 書肆侃侃房
とても想像をかきたてられる本に出会いました。
もともとは、 ドイツ語のミステリ小説などを数多く翻訳している 酒寄進一先生の本を検索していて見つけたのです。 ミステリ小説ではなさそうな…
表紙の写真に一気に引き寄せられてしまいました。 いわばジャケ買いです。。 美しい人… アンネマリー・シュヴァルツェンバッハ作品集とあります、、 誰なんだろう…
本の紹介、 著者のことについては 出版者のページにリンクしておきます>> 書肆侃侃房『雨に打たれて』
第二次大戦前の1930年代、 中近東を旅したアンネマリー・シュヴァルツェンバッハの短篇集。 小説、ということになっていますが おそらく彼女が旅で出会った出来事や人物、事物にもとづいた旅のスケッチのようでもあり、 旅で出会った異色の人々を素材にした短篇など。。
アラビアへの船旅での船長との一夜や、 トルコ~シリアの列車内で出会ったパスポートを持たない少年や、 砂漠の遺跡を調査する旅で、死にかけている若いフランス軍少尉を救出する話や、、 短いながらもドラマチックな旅の一場面が切り取られます。 その背景に見えてくる当時のヨーロッパの様子やナチスの影、、 文章も簡潔で、フォトグラファーらしい場面の切り取り方も鮮やか、 鋭い観察眼を感じさせます。
私がまず最初に表紙に魅せられたように、 アンネマリー・シュヴァルツェンバッハ(Annemarie Schwarzenbach)で検索して見られる彼女のポートレートにはおそらく誰もが惹きつけられてしまうでしょう。 男性的な衣装に身を包んだ凛々しい美貌には男性も女性も魅せられたようです。 同性愛者だったそうですが、 フランス人外交官の(彼自身も同性愛者の)男性と結婚していたのは 自由に各国間を行き来できる外交官パスポートのためだったと。。(夫クロードとは良い友人関係であった、と)
アンネマリーのwiki を読むと、 若き日にベルリンでトーマス・マンの子姉弟と出会い作家を志すようになったことや、 奔放な生活と薬物中毒、 ナチスの台頭によってベルリンを去り、 ナチスの信奉者だった両親との断絶、 さまざまな女性たちとの関係やうつ病、 など 激しい生き様が読みとれるのですが、 『雨に打たれて』の文章からはそのような激情や混乱は見出せません。 むしろこの世界(とヨーロッパ)がいまどういう方向へ動いているか、 そのなかで人々(と自分)がどう生きようとしているか、を見極めている冷静さがうかがえます。
この時代のアラブやアフリカの砂漠を旅した人には、 『イギリス人の患者』のモデルになったハンガリーのアルマシー伯爵や、 『アラビアのロレンス』なども想い出されます。 やはり両者とも考古学者として砂漠を旅していました。 その近い時代に、 アンネマリーも考古学の調査隊に混じってベドウィン族の砂漠などをめぐっていて、 こんな凛々しく博士号も持つかたとは言え、この時代に女性が砂漠を軍人らと旅するのはどんなかと…) そんな歴史上のいろいろも想像されます。
時代は違いますが、 やはり旅の文学をのこしたブルース・チャトウィン、、 彼も誰の目からも魅力的な人で 出会った人からとっておきの話を引き出してしまう才があったと言われていますね。 アンネマリーもチャトウィンのように、自身の魅力をよくわかっていたのでは? 船旅で船長からの誘いをうまくあしらう様子などを自分自身で描いてしまうところなどは(小説という形ではあるけれども) 作家・フォトグラファーとして彼女自身の魅力をうまく武器にしていたのではないかなと… もちろんそれが出来てしまう才能を持っていたのでしょう。
34歳で事故死してしまったアンネマリーですが、 夫となったクロードは外交官として生きつつのちに作家としても小説も出しているようですし、 共に旅もした女性エラ・マイヤールはスイスの思想家・冒険写真家として晩年まで数多くの著書があるそうです。 アンネマリーもその後の人生を生きていたらどのような著作や写真をのこしただろう… と早世が悔やまれます。
『雨に打たれて』 一篇、一篇が 遠い時代、遠い世界と、 今のヨーロッパ、中東、ロシア、、 時代をつないで想いを馳せる余韻を残してくれますし、 アンネマリーの現在残っている写真作品や他の小説にもとても興味がわきました。 日本で出版されると良いな…
Annemarie Schwarzenbach 英文wiki>>
Achille-Claude Clarac(夫クロード・クララック)>>
エラ・マイヤールの本 『いとしのエラ―エラ・マイヤールに捧げる挽歌』>>Amazon