気ままに

大船での気ままな生活日誌

東御苑を歩く

2010-10-07 13:40:43 | Weblog
昨日、二人の日本人ノーベル賞受賞者が決まった、おめでたい日に、ぼくは東京方面に出かけていた。有楽町駅から、まず、出光美術館で”仙崖/禅とユーモア”展をみて、お堀端を歩き、東御苑に向かった。御苑内の三の丸尚蔵館で、龍馬の薩長同盟の裏書きが、展示されているというのを知ったからだった。この裏書きはもちろんだが、日本書紀や古今和歌集やらの貴重な写し本がたくさんあり、とても、すばらしい展覧会だった。これらの感想文は、また改めて、記事にしたいと思う。

東御苑は、大手門から入る御苑なので、石垣、天守閣等の、江戸城の遺構が残されているし、四季おりおりの草木の花々も楽しめ、おまけに無料なのがいい(汗)。そのせいか、外人客も多い。その日も、尚蔵館を出たあと、一時間ほど遊んできた。

石垣


天守台:天守閣のあったところで、明歴の振袖火事で焼けてしまった。


ぼくが東御苑の中で一番、好きなところは、昭和天皇の発案でつくられた武蔵野の雑木林である。ぼくは、子供の頃、近くの、”武蔵野の雑木林”の中で遊んでいたから、故郷に来たような感じなのだ。とくに芽吹きの頃がうつくしいが、今も、まだ落葉前の秋の風情を感じさせてくれる。

雑木林の中に、かりがねそう、彼岸花がまだ咲いていた。

かりがねそう

彼岸花

苑内には、キンモクセイの大木や、ようやく穂を出し始めたススキがやさしく迎えてくれた。




仲良しさんもいた。

帰りに、お堀でも、仲良しさんをみた。


晩秋の頃にまた来よう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

十三人の刺客

2010-10-07 09:24:22 | Weblog

子供時代、ちゃんばらが大好きだった。だから映画といえば、必ず、東映の時代劇。次郎長一家の殴り込みや宮本武蔵等。筋よりも、ただ立ち回りをみているだけで楽しかったものだ。ぼくらの遊びだって、たいていチャンバラごっこで、だれもが、自分の刀(木の枝をけづって)をもっていたものだった。だから、ちょっとした怪我なんかは誰でもしていた。

最近、立ち回りを主体にした時代劇が少なくなって、藤沢周平的な時代劇が多く、それはそれでいいのだけれど、たまには、子供時代にみたチャンバラ映画をみたいと思っていた。最近、封切られた、役所広司主演の”十三人の刺客”が、どうも、その類の時代劇だということを知ったので、茅ヶ崎まで観に行ってきた。藤沢に映画館がなくなってしまったので、もう二駅先に行かねばみらえないのだ。

予想通りというか、いや予想以上に立ち回りシーンが多く、満足した。女性の方には、ちょっと残酷だなと思われるシーンもあるが、立ち回りでは当然のことで、映画は映画として割りきってみなければいけないノダ(笑)。

ふと、黒澤明監督の、三船敏郎主演の”七人の侍”を思い出した。あれも、本当に面白かった。村人たちが、七人の侍を雇って、野武士の襲撃から守ってもらうという筋立てだった。多数の野武士軍団を、わずか七人の侍が村を要塞化して、迎え撃つのだが、もちろん立ち回りもふんだんにある。この映画でも、ある宿場町を買い取り、そこを要塞化し、悪徳非道の明石藩主・松平斉韶(稲垣吾郎)が率いる300人以上の武士団を、わずか13人の、役所広司を大将とした刺客が待ち構えるのだ。構想はよく似ている。

残酷な性格で家来や農民を、理不尽に殺害を繰り返す藩主は、将軍の弟で、明年には幕府の老中になることが決まっている。江戸幕府の将来を案じた、幕府老中、平幹次郎が、明石藩御目付け、役所広司に藩主の暗殺を依頼する。役所は、松方弘樹ら13名の剣の達人を集め、参勤交代の道中に襲撃することを決めたのだ。

策を練り、その宿場町を通るように仕向け、大決戦が始まる。多勢に無勢、さまざまな仕掛け、爆薬などを使い、相手方の人数を減らしてから、本格的な斬り合いがはじまる。これがすごい。血まみれ、泥まみれの大乱闘。十三人の刺客もはじめは、優勢だったが、次第に倒れるものも多くなり、味方は少なくなってゆく。それでも、役所ともう一人が残り、藩主と数名の部下と最終対決までもちこむ。さて、どうなるか、その先は映画をみてください。

久しぶりの立ち回りふんだんの時代劇、とても面白かったです。でも、SMAPの稲垣吾郎フアンの方には、ちょっとザンコクな映画だったかもしれないですね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする