開高健が晩年過ごした茅ヶ崎の旧居が、開高健記念館となって、一般に公開されている。一度、訪ねたことがあるが、今、”開高健とパリ展”を開催しているので行ってみた。歩くと結構ある。氷室椿庭園より、さらに先に行き、ラチエン通りという変わった名前の通り沿いにある。あとで調べたら、この通りに住んでいたドイツ人の名で、サザンオールスターズの歌にもあるそうだ。
記念館に入ると、係の人がビデオをみませんか、という。NHKのアーカイブ”あの人に会いたい”で、開高健が出演している番組だ。この部屋で対談したものだそうだ。私はみんなにタフと思われているが心はピアノ線のように繊細なんですよ、という言葉から始まった。またこんな言葉もあった。みんなベトナム戦線に行きもしないで、ああだこうだと評論しているが、実際戦争をこの目でみなければ、なにもわからん、だから俺は最前線までいった。実際、戦乱に巻き込まれ、九死に一生を得て、サイゴンに戻ってきた。
男が熱中できるのは危機と遊びやね、とも言う。危機と遊びはからみあってもいるけどね。実際、前述のベトナム戦争の取材、アマゾンでの魚釣り、言葉の通りの生活を送ってきた。はじめ寿屋(サントリー)の宣伝部につとめていたこともあり、お酒も大好き。友人が訪ねてきたとき、最高級ワインのロマネコンティ2本とシャトーディケムを駅前のチェーン店、ジンギスカンで飲んだという話は以前のブログ記事で書いた。
何故、”開高健とパリ展”なのか。彼が少年時代からサルトルの”嘔吐”にはまり、何度も何度も読み返し、ぜひパリに行きたいと、フランス語を独学で勉強した。名画劇場とシャンソンが”教材”だったそうだ。後年、パリ行きが実現し、学生街のカルチェラタンに住んだ。あこがれのサルトルにも二度会えた。展示数は少ないけれど、開高健の一面を知ることができる。
寿屋時代の”洋酒天国”
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芥川賞 ”裸の王様” このときの直木賞は司馬遼太郎だったはず。
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名作が次々と
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各種賞
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酒
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釣り
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パリ展
サルトルの”嘔吐”
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パリの地図
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パリでの写真 ポンヌフの前かな
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庭も公開されている。哲学の小路とある。いろいろな言葉を刻んだ石碑が建っていた。
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大阪で生まれ育ったが、58歳で亡くなり、鎌倉の円覚寺松嶺院で眠っている。