そこの喫茶店に入って、アメリカンコーヒーを注文して、カウンターの方に目を向けると、5枚の演劇ポスターが壁に貼られているのに気付いた。”頭痛肩こり樋口一葉”、”雨”、”父と暮らせば”、等々。言わずと知れた、井上ひさし脚本の、こまつ座公演のポスターだった。
先日、横浜中央図書館で、今年逝った、5名の作家展が開かれていて、その一人に井上ひさしさんがいた。展示物の中に、彼が、この十年間、よく散歩の途中で寄った喫茶店があることを知った。鎌倉、小町通りの”門”という名の喫茶店だ。今日、ぼくも散歩の途中、寄ってみた。彼が好んで座ったという、窓側から4,5番目の席が、ちょうどぼくを待っていたように空いていた。
彼は、この席で、いつも大きなガラス窓の向こうの、小町通りを歩く人をみていたという。奥の目立たない席もありますが、とご主人が薦めても、ここがいい、人をみているのが好きなんだと答えたという。実際、その席に座っていると、透明な、大きなガラス窓の向こうに、歩いている人がまる見えだ。ということは、向こう側からもまるみえで、ときには、井上さんをみつけ、入ってきて挨拶をしていく人もいたという。きさくな井上さんは、にこにこと応対していたという。
ぼくは喫茶店に入ると、よく備え付けの新聞や、持ち歩いている文庫本を読むことが多いが、この席に座り、通りを行きかう人々を見はじめたら、面白くて、まるで映画のスクリーンでもみるように、窓の外ばかりを観ていた。いろいろな人々がいる。あのカップルはどんな人生をおくってきたのだろうか、もしかしたら不倫ではないか(爆)、あの女の人は、頭痛、肩こりに苦しんでいるのではないだろうか、寂しそうな顔したお年寄りだが、最近、連れ合いに先立たれたのではないだろうか、いろいろ想像がたくましくなる。
井上ひさしさんも、この席で、ガラス窓の向こうの人々を観て、”頭痛肩こり樋口一葉”などの草案を練っていたのかもしれない。まさに、この席で。
ぼくは、2010年の年末に、ここで、また、フアンであった井上ひさしさんを偲ぶことができ、本当によかったと思った。
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ポスター
窓の外を歩く人々