静岡での一泊二日の小旅行から帰ってきた。静岡から小田原までの”こだま”では、どの駅も、ただの”小ぬか雨降る 御堂筋 こころ変わりな夜の雨”、欧陽菲菲の風景だったが、東海道線に乗り換えて、茅ヶ崎あたりから”雪が降るあなたは来ない 雪は降る重い心に”のアダモの景色になってきた。辻堂、藤沢、そして大船に着くと、外は”雪の降る町を雪の降る街を思い出だけが通り過ぎて行く”とダークダックスの景色になっていた。
雪景色の好きなぼくは、ワイフを先に行かせて、もう暗くなった大船の町を歩いた。静岡、由比の東海道広重美術館で観て来た、広重の雪景色や川瀬巴水の夕闇の雪景色なんぞを思い出しながら、ゆっくりとゆっくりと歩いていた。
家の近くの公園までくると、ブランコやすべり台が、白くなっていて、これまでの歌謡曲路線から言うと、”君はおぼえているかしらあの白いブランコ”のビリーバンバンの景色というところだが、そのとき、ぼくが思い出したのは、黒澤明監督の”生きる”のシーンだった。胃癌になり余命いくばくもない市役所の課長、志村喬は、最後の仕事として、永年の住民の要望であった公園の設置を手がけ、上司らの反対など幾多の困難を乗り越え、完成させる。雪の降る夜、完成した公園のブランコに乗り、志村は、”いのちみじかし 恋せよおとめ あかきくちびる あせぬまに 熱き血潮の 冷えぬまにあすの月日の ないものを” 、ゴンドラの唄を歌いながら、息をひきとる。忘れられない、名場面だった。